番外編壱:久々野空子は見た
話は聞いてるよ。
それで、なんの話だっけ?
私、久々野空子には、尊敬している先輩がいます。
それは同じ中学、同じテニス部の一つ上の先輩、このか先輩です。
先輩は顔が可愛くて、髪の毛も綺麗で、性格も真面目だけど、少しだけお茶目で。
努力家でテニスも上手くて、部長や顧問の先生からも頼られている、そんなとても素敵な先輩なのであります!
実は、私がテニス部に入るきっかけになったのは、このか先輩の練習試合を見たからだったりして……てへぺろりんころ。
でも、そんなこのか先輩でも。
時々、とても不思議な顔をする時があります。
「ねえ、聞いてよ空子」
「はいはい。久々野空子は、このか先輩の話なら何でも黙って聞きますよー」
部活終わりの更衣室にて。
部活の皆が帰った後、スマホを弄って時間を潰す私と、居残りで練習するこのか先輩の二人が更衣室の鍵を閉めるのがお決まりになり始めた頃。
このか先輩が着替えを終えてぽつりと呟いた。
「この前さ、兄が私の好きなプリンを買って来たのね」
「ははあ」
先輩、プリンが好きなんだ。可愛いなあ。
「で、それを私の目の前で食べながら言ったの。《お前の分もあるぞ》って」
「優しいお兄さんですねー」
私には兄弟がいないから、そういうの羨ましかったりする。
「でも、私が冷蔵庫を見てみたら。兄が食べてたプリンじゃなくて、苺大福が入ってたの。ね、ひどくない!?」
私はこのか先輩の話を聞いて、《ひどいと思われる理由》についてしばし考えて言った。
「なるほど。このか先輩はプリンが好きだったのに、食べたくもない苺大福が冷蔵庫に入っていたと。確かにそれはひどい話ですね-」
「あ、いや。別に私は苺大福嫌いじゃないの。むしろプリンより好き。大好き」
「……え? じゃあ、なんでひどいと思ったんですか?」
「それは……。私が好きな食べ物を二つとも買って来たくせに、一つしか貰えなかったから……」
……えー。それ、お兄さん悪くないじゃん?
「もちろん、苺大福の方が好きだから、それでも全然嬉しいよ? でもね、私は目の前でプリンを食べられて、気分がプリンの気分だったの。なのに、苺大福に裏切られるこの気持ち。空子なら分かるよね?」
「もちのろんですよ。このか先輩の気持ち、シンパシってますから!」
すみません、全然分かりません。
「はあ……ホント、うちの兄は全く……」
溜め息を零すこのか先輩に、私は小首を傾げて言う。
「このか先輩は、お兄さんと仲が悪いんですか?」
「仲の良い兄妹なんていないよ」
「そんなもんですかねー?」
「そう。この前だって、私の嫌いなニンジン入りのカレー作ったし。まあ、ニンジンは兄が食べたから全然いいんだけどね」
「はあ」
「先月の雨の日なんか、私に《傘持ってけ》って言ったくせに、自分で傘忘れるんだよ?」
「アホですね」
「そう、アホなの。仕方ないから、私が走って兄の高校まで傘を届けに行ったんだけどね? もう、結局それでずぶ濡れになっちゃって。最悪だったわ」
「……え。わざわざ届けに行ったんですか?」
「そう。面倒くさかったなー」
「お兄さんに頼まれて?」
「ううん。自分で行ったけど?」
「……いいえ、何も」
仲、悪いの……?
私が兄弟いないせいでよく分からないけど、これが仲の悪い兄妹というものなのかな?
でも、お兄さんの話をする時のこのか先輩の表情は、怒っているようにも、楽しんでいるようにも感じられる。
そんな不思議な表情をしていて――。
「あ、後ね、空子。前の日曜日なんか――」
「はいはい、聞きますよー」
私は、そんなこのか先輩の表情が、一番好きだった。
「……でね。あ、空子。聞いてる?」
「はい。あ、先輩」
「なに?」
「今度、このか先輩のお家にお邪魔してもいいですか?」




