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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
【第3章】魔術師たちの愚かな宴 <酒礼>
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40、魂獣・ポルコとのどかな昼の街。俺が潜入捜査に乗り出すこと。★

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 竜の国での空中緊急脱出。影の国での魔術師からの襲撃。あらゆる困難を乗り越え、ついに俺たちはサンラインへと辿り着く。

 目的地に着いた俺は、「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けることとなる。

 だが、到着して酒場でようやく一息ついたところで、俺に新たな悲劇が降りかかった。俺は痴漢(冤)罪で自警団に逮捕されてしまったのだ。

 幸い、自警団員のナタリーという女性に助けられ、一旦は事なきを得たものの、俺はその見返りとして、「サモワール」という店への潜入捜査に協力する羽目になった。

 待機所を出てから、俺とグラーゼイは一言も口をきかずに帰った。

 辿り着いた屋敷の門の前には蒼ざめた顔のリーザロットが立っていて、グラーゼイはそんな彼女を見とがめるや否や、こう嗜めた。


「蒼姫様! このような夜更けに外に出られては、お身体に障ります。昨今は女性を狙った犯罪も多く、物騒です。どうかご自愛ください」

 

 俺は露骨な嫌味に怒るべきだったけれども、リーザロットの不安そうな、頼りなげな表情を見ていたら急激に気持ちが萎えてしまった。俺が悪いのだと、素直に反省したくなった。


 俺はリーザロットに


「ごめん」


 と謝った。リーザロットはふるふると首を横に振ると、優しく俺の手を取った。


「気にしないでください。それより、あなたが無事に帰ってきてくれて本当に嬉しい」

「ありがとう、ございます」

「ひどい目には遭わされなかった?」

「いえ」


 俺は一瞬、隣のオオカミのことを言いつけてやろうかと迷ったが、それはそれで癪に障ると思い直した。いつか機会を見つけて自分で一矢報いてやろう。

 リーザロットは次いでグラーゼイの方へ向き直ると、いつものように静かに礼を述べた。


「ありがとうございます、グラーゼイ。こんな遅くに来てもらって、どう感謝したらいいか。…………いつも頼りにしているわ」


 グラーゼイは畏まってそれを受けつつ、少し気分を直したようだった。彼の表情はとてもわかりやすい。機嫌が良いと少し耳が後ろへ逸れ気味になるし、目つきはやや柔和になる。

 彼は、


「当然のことをしたまでですから」


 と、満足げに胸を張ると「失礼いたします」とやけに丁寧に言い残して、意気揚々と闇夜に去って行った。俺はその背に内心であかんべぇを向けた後に、リーザロットと一緒に部屋へと戻った。


 その途中で俺は、リーザロットに今日の出来事と、明日の予定を伝えた。彼女は話を聞きながら、しきりに不思議そうに瞬きをしていた。


「コウ君って、本当に次から次へと色んなことに巻き込まれるのね。…………ですが、買い物ももう済んでいるそうですし、琥珀が帰って来るまでなら、問題無いと思うわ」

「そっか、良かった。なんか面倒なことばっかりで、参っちゃうよ」

「私からすると、ちょっと羨ましくなっちゃうな…………。色んな場所に、自分の身体で行けるなんて羨ましい」

「リズも一緒に来る?」

「どこへ?」

「例の場所。「サモワール」だっけ。俺だけじゃちょっと不安だし、寂しいしさ」

「えっ。それは、興味深いけれど…………」


 リーザロットは俯き、それきり黙り込んでしまった。もしかしたら俺は、とんでもないお誘いをしたのかもしれなかった。だが、リーザロットは俺を部屋へと送った帰り際に、こんな風に言い残した。


「あのね、コウ君」

「何?」

「その、そういう場所は…………二人だけで行こうね」


 俺は答えに詰まってしまった。



 翌日、指定された時刻に俺は噴水広場へと向かった。場所は昨日の買い物の時に覚えていたので、迷うことはなかった。

 時間については昨晩、リーザロットから簡単な携帯用の日時計をもらい、その読み方を教えてもらっていた。ちなみにサンラインでは、「時計」と言えば一般的に日時計を指すらしい。


「ここを日の方角へ向けて、ここをこう。この文字を読むの」


 使い方の説明を聞きながら、俺が意外そうに時計を眺め回していると、リーザロットは少し楽しそうに首を傾げた。


「そんなに珍しいかしら?」

「うん。何か、意外なところが原始的というか」

「オースタンの時計はものすごく細かくて、正確ですものね。あんなものは、この国ではとても作れません」

「そうなの?」

「そうよ。一度、たまたま手に入った物を出来心で分解したら、大変なことになってしまったからよく覚えているの」

「へぇ…………」

「その点、この日時計は安価ですし、子供でも簡単に修理できます。便利ですよ」

「でも俺、肝心の文字盤が読めないんだけども」

「そこは私が意味を教えますから、コウ君の言葉でメモをとったらいいでしょう。まずは…………」


 そんなわけで、俺は無事、約束の場所と時刻を守れたというわけだった。


 俺はつい何度も自分の日時計を確認し、悦に入りながら、噴水の際のベンチに腰掛けて、ナタリーを待った。まだ「蛇の刻」を告げる教会の鐘は鳴っておらず、俺はその間、のびのびと街の様子を観察できた。


 いつまで見ていても、この街は飽きることがない。

 一分、一秒刻みの時間に縛られず(まぁ、ニートの身にはほぼ無関係な話なのだが)、緩く自然に合わせて生きている世界ってのは、オースタンからすれば、まさにファンタジー以外の何物でもなかった。オースタンでは、っていうか、俺の住んでいた日本の街では、人はもっと俯きがちで、早足で歩いていたものだった。


「バウ!!」


 俺は足下から聞こえた咆え声でふと我に返り、その方へ目をくれた。

 勢いよく尻尾を振って、俺の顔と道路とを交互に見比べる声の主の顔は、やけに嬉しそうだった。俺は彼の頭を荒っぽく撫でつつ、尋ねた。


「なんだよ、いきなり? 何か美味そうなもんでもあったのか?」

「フンッ!」


 彼は鼻水と一緒に元気良く鼻息を吹き上げると、また落ち着きなく伏せの姿勢に戻った。その視線の先には、逃げて行く一匹の野良猫(どうみても猫だった)がいた。


「猫? お前、猫なんかが面白いのか?」

「スン…………」


 彼はまた息を吐くと、前足に顎を乗せ、退屈そうに道路の見張りに戻った。


 リーザロットが今日、俺のために特別に呼んでくれた護衛は、意外にも人間ではなかった。俺は足下の魂獣、ビーグル犬によく似たワンダ、ポルコをもう一度撫でた。ポルコはうざったげに横目で俺を見、すぐに道路へ目をやった。


 魂獣というのは、トレンデで俺がドウズルと戦った際に乗った獣と同じ生き物のことだ。厳密に言えば生き物ではなく、魔力を実体とする霊体存在…………とのことだったが、俺にはやはり、普通の生き物との違いがよくわからなかった。


 ツーちゃんが呼んだあの黄金の獣(冷たい目をした、神聖でクールな存在だった)ならまだしも、ポルコはそんな定義を完全にぶっ飛ばすぐらいには、何の変哲も無いビーグル犬だった。違いは、実体があるかないかだけと言っても過言ではない。きっと頼りになるとリーザロットが言う以上、とりあえずは信じるしかなかった。


 俺は教会の鐘が長く、高らかに鳴るのを聞きながら、通りの奥から、ナタリーが走ってくるのを認めた。

 ナタリーは刺青の手を大きく振って、今日も大量のアクセサリーをジャラジャラと鳴らしながら、俺の方へやってきた。足音は相変わらず、気持ち良いぐらいにリズミカルだ。


 ナタリーはやって来るなり、唐突に話を始めた。


「ミナセさん。今夜、空いてます?」

「今夜? …………大丈夫、だと思うけど」

「じゃ、決定! 今晩、流星の刻にここで待ち合わせて、「サモワール」へ行こう! 私の勘が、今夜だって、しきりに囁いているんです!」


 俺は満面の笑みで言うナタリーに、すかさず突っ込んだ。


「勘? まさか、それだけ?」

「ナメちゃいけません。私はこれで自警団員に出世したんだから!」


 俺は唖然とし、足下でビュンビュンと尻尾を振るポルコに目を落とした。ポルコは俺の気も知らず、あたかもナタリーに全身で賛同するかのごとく


「バウッ」


 と一回だけ咆えた。

 ナタリーは屈んで、ポルコを両手でわしわしと撫でながら、さらに不吉なことを続けた。


「それにしても、まさかミナセさんが私と同じ魂獣使いだったとは、思いもよりませんでした! しかも教会騎士団の客人ってことは、さぞや腕が立つんですよね!? すごいなぁ、私、本当に運が良いみたい!」


 俺は独り盛り上がるナタリーに、どう声を掛けたものか迷った。


「ああ、いや別に、俺は…………」

「楽しみになってきちゃった!!」


 ナタリーはそう言って笑顔で俺を遮ると、くるっと身を翻して、通りに向かって駆け出した。


「それじゃ、また夜に!! 私はこれから、また見回りに行ってきます!! 絶対に来てくださいよー!!」


 俺は段々と遠ざかっていく彼女の背を見つめながら、呆然と立ち尽くしていた。

 仕事熱心と言えば良いのか、それとも、この上なく雑と言うべきなのか。俺は自分がとんでもない誤解を受けていることについて、もう考えたくもなかった。

 きっと何とかなる。何とかする。何とかなれ。


 向かいの路地裏から、先程ポルコに吠え立てられて逃げたはずの三毛猫が、じっとこちらを見つめていた。俺がつとそちらへ目をやると、猫は音も無く、塀の裏へと消え去って行った。


挿絵(By みてみん)

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