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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
【第2章】蒼の姫 銀狼の騎士 骸の剣 そしてニート
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【幕間の物語② とある少女の夢物語】


 深く暗い森の中で、慎ましく焚火が燃えている。

 火を囲っているのは紅玉色の瞳をした銀髪の幼い少女と、漆黒のマントに身を包んだ巨躯の男。

 男の顔は骸骨である。しかもその白々とした面は、冷たい風に晒されて一層冷たい色味を帯びている。

 少女は凍えた手をすり合わせて火にあてながら、こっそりと盗み見るように男の顔を窺っている。

 男はほんのわずかに顎骨を少女の方へもたげ、低い声で尋ねる。



男 「…………気に掛かることがあるか?」


少女 「あっ。いいえ…………何でもないのです。ただ何となく…………お師匠様と、お話がしたくて。でも、何をお話したらいいのか迷ってしまって、黙っておりました」



 少女がまた、ションボリと焚火を見つめる。

 橙色の炎に照らされた彼女の頬はそれでも明るく健やかで、初雪のような肌とサラサラとした短い銀髪とを美しく目立たせている。

 男は再度俯き、話し始める。



男 「先のドウズルとの戦い、見事であった。体格差を活かす戦法は意識したものか?」



 少女はパッと顔を上げて、弾んだ調子で答える。(その両手は変わらず、焚火にあてられている)



少女 「はい。前に、お師匠様にお手合わせしていただいた折に、いっそ思い切って深く踏み込んでしまった方が相手の意表を突けると思いましたので。今日は勇気を出して試してみました。

 お師匠様には、すぐに狙いを気取られてしまいましたが、今回はうまくいってホッとしました」



 男はゆったりと口調で、彼女を見るでもなく応じる。



男 「結界術発動の機も申し分なかった。日々、よく学んでいるようだ」


少女 「ありがとうございます。結界術は、この間お家へ帰った時におばあ様にコツを教えていただいたのが役に立ちました。

 実は…………ガシューリン結界という、もう少し今日の力場に合いそうな術も一緒に教えていただいていたのですが、こちらはまだまだ練習が必要みたいでした。剣を振るのに夢中で、気が回りませんでした…………」


男 「ガシューリンか。ならば、明日見てやろう。修練は一つ、また一つと地道に積むものだ。踏みしめつつ、心に沿って駆けよ。

 …………エレシィは息災であったか?」


少女 「おばあ様は、もうすっかり快復なさっておりました。スコーンを山程焼いて、私とお姉様にご馳走してくださったぐらいです。美味しかったんですよ。あんなにたくさんあったのに、気付いたらいつの間にか全部食べきってしまっていて、私自身も驚きました。お父様はもっと驚いていらっしゃいましたけれど」


男 「オーディンとも会ったのか?」


少女 「ちょっとだけの間でしたが。お父様はお忙しい方ですから。お目にかかれただけでも嬉しく思います。

 それにしても、お師匠様もご一緒だったらもっと楽しかったのにと残念です。おばあ様も、お師匠様のことをとても気に掛けていらっしゃいましたよ。どうしてお師匠様はいらっしゃらなかったのですか? もしかして、スコーンがお嫌いなのでしょうか?」


男 「…………嫌いではない。

 エレシィは、「蒼」について何か言っていたか?」


少女 「「あお」とは…………蒼姫様のことでしょうか?」


男 「否。真の「蒼」だ」


少女 「いえ…………すみません。私には、何も」


男 「ならば良い。「蒼」については、お前には時期尚早ということだろう。エレシィの目に曇りは無い。私も従おう」



 男は火掻き棒も用いずに素手で火の中の薪を調整する。

 少女はその様子を平然と見つめながら、話を再開する。



少女 「…………お師匠様が私と旅をしながら、ずっとお探しになっている方が、その「蒼」様なのでしょうか?」



 男は新たに薪をくべ、答える。



男 「然り。「蒼」こそは、裁きの主の(まこと)の寵姫。この地のどこかに必ず顕現している」


少女 「そうしましたら…………「蒼」様が、お師匠様の「運命の君」なのですね」



 少女の一途な視線に当てられ、男が手を止める。

 髑髏の虚ろな眼窩はじっと少女を見据えている。

 少女はあどけなく目を瞬かせ、答えを待っている。

 男は静かに、尋ねる。



男 「どこでそのようなことを耳にした?」


少女 「おばあ様が眠る前にお話してくださいました。異国のお伽噺です。長い間眠られたままのお姫様の下に「運命の君」が参上なさって、魔術で彼女の目をお覚ましになるのです。

 私は、「運命の君」様がお姫様のことをずっと想って旅をしてきたことを考えると、とても温かな心地になります。いつか私もそのようなお方にお会いしたく思います。そして、できることなら私も…………私から、「運命の君」を探して旅がしたいです」



 少女は嬉しそうに両手を胸の前で合わせる。紅玉色の瞳は焚火の炎を映し、チラチラと輝いている。

 男は微かに首を垂れ、聞こえるか聞こえないかの息を吐く。

 彼は沈んだ調子を崩さず、話す。



男 「…………因果あれば、いずれ巡り合おう。

 フレイアよ、もう寝なさい。明日はスレーンへと赴く。出立は早い」


少女 「スレーンへですか?」


男 「近々、頭領の代替わりがあるという。その相談を受ける」


少女 「わかりました。では、竜の準備をお手伝いいたします。はやく独りでも飛べるように要領を覚えたいのです」


男 「承知した。では今宵の力場構築は任せる。月相と気脈は既に把握しているが、習熟のために今一度自力でまとめてみよ。

 後で私が確認しに行く」


少女 「はい」



 少女は跳ねるように立ち上がり、軽やかに焚火に背を向ける。

 だが彼女は数歩進んで、また男を振り返る。



少女 「あっ、お師匠様」


男 「何だ」


少女 「スレーンへ行くのでしたら、もう一つお願いしたいことがあるのですが構いませんか?」


男 「何だ」


少女 「防人のアードベグ様に剣術のご指導をお願いしたいのです。よろしいでしょうか?」


男 「あれは全く加減の出来ぬ男だぞ」


少女 「ですが、ぜひ。お師匠様と互角と謳われる剣、受けてみたく思います」


男 「よかろう。だが左様なれば、今一度お前の火蛇の結界術を見直せ。…………生半可では、あやつの剣は捌けぬ」


少女 「わかりました。

 ですが…………それでは、ガシューリンの訓練はその後になってしまいますか?」


男 「一つ、一つだ」


少女 「…………」



 肩を落とす少女に、男は腕を組んで言い添える。



男 「「運命」は逃げぬ。その魂の燃ゆる限り、縁はお前を離さぬ。

 …………踏みしめ、辿り着け。その時まで」



 少女は殊更に真摯な表情で頷き、森の中へ去っていく。

 小さな足音が闇夜に響き、やがて消えていく。

 火の粉の舞う寂しげな音だけが後に残る。


 男は小さな薪を火にくべた。

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