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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
【第2章】蒼の姫 銀狼の騎士 骸の剣 そしてニート
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31、肉の身体と、魂の身体。俺とタカシがついに再会すること。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 竜の国での空中緊急脱出。影の国での魔術師からの襲撃。あらゆる困難を乗り越え、ついに俺たちはサンラインへと辿り着く。

 サンラインで俺は、「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受ける。

 しかしその晩、俺は自分の肉体(名をタカシという)と遭遇し、早速気絶。

 目覚めた俺を待っていたのは、俺の護衛を名乗る骸の騎士・タリスカと、タカシ行方不明という、新たなトラブルだった。

「勇者よ。腹が減ったか?」


 予想外の問いに俺が目を輝かせたのは、荒廃した大広間に足を踏み入れたばかりの時だった。

 動揺のあまり俺がぽかんと口を開けていると、タリスカは肯定と受け止めて話を続けた。


「霊体というのは、肉体の鏡でもある。逆もまた然り。両者は表裏一体の存在ゆえ、肉体に染み付いた衝動はそのまま、霊体の衝動ともなる。私は今や、眠りも食事も欲することの無い身となったが、このように欲が拭い去られるまでには、長い年月を要したものだ。

 勇者には未だ、肉体の感覚が深く沁みついていよう。耐え、己の魂をひたすら純なるものへと磨き続けるよりほかに、その苦痛から逃れる術は無い」

「はぁ。つまりは、我慢しろという…………」


 俺は月明かりが照らす、瓦礫だらけの暗い広間を歩きながら肩を落とした。


「でも、必要は無いとはいえ、食べることも寝ることも、一応はできるってことなら、今のところそんなに問題は感じないですけどね。まぁ、確かに今は空腹でクラクラしますけど」


 タリスカは割れた窓から差す月影の下でマントをバサリと翻し、こちらを振り向いた。


「その満足は、肉体あればこそのもの。餓えた日の記憶は根深く、満ち足りた記憶は儚い。肉が滅び、霊のみとなった者は、いずれ永遠に満たされぬ欲を抱え、悠久の時を過ごす。中にはお前の状態をこそ、地獄と見做す者もある」


 俺は瓦礫を乗り越え、彼の傍に行った。


「ちなみに、それってどうして、俺が満たされれば、あっちも満足するってことにはならないんですか? 例え肉体が何も食べてなくても、俺さえ食べて寝て満足していれば…………」


 タリスカは答える代わりに黙って虚空を仰いだ。彼の話の行先はいまいちわからなかったものの、とりあえず俺は口を挟まなかった。

 やがてタリスカは、暗がりになった奥の出口に向けて歩み出しつつ、話を再開した。


「肉を捨てし、霊のみの満足。…………一時の快楽と呼ぶべきだろう、そのような手法は。霊体の快楽は極めて危うい。それは欲の乾きと、限りなく重なる。…………先にも述べたが、肉体と霊体は本来、一つに在るべきものだ。いずれが欠けても、歪だ」

「じゃあ、やっぱりタカシ無しで生きていくってのは、難しいってことですね」

「然り。勇者の修行が肉と霊の制御に始まるのも、それが理由だ。そして、それが故に、苦痛の由縁を、肉体の存在をゆめ忘れぬよう、私はお前に忠告したい」

「…………わかりました」


 俺はタリスカの後をひょこひょこと付いて歩きながら、何となくだが、彼の過去の一端に触れた気がした。彼の話は、もしやタリスカ自身の経験なのではないか?

 俺は少し勇気を出して、彼にもう一歩尋ねてみた。


「タリスカは…………いつ肉体を失ったんですか? その姿、グラーゼイみたいに魔法で化けているってわけじゃないんですよね?」


 タリスカは少しだけこちらを振り向くと、静やかに答えた。


「いや。紛らわしい言い方をしたが、私の肉体はまだ存在している。もっともこの通り、「肉」と呼べる代物では、ないがな」


 俺は暗い廊下に響くタリスカの乾いた笑い声を聞きながら、頭を抱えたくなった。

 やっぱり俺には、魔法の世界のことはまだまだわからない。



 それからしばらく歩いていくと、こじんまりとしたギャラリーに出た。四隅には例の人魂灯が浮遊していて、それぞれの絵画をぼんやりと、薄気味悪く照らし出していた。

 絵はどれも貴族然とした人物の肖像画で、一人、フレイアと同じ、深紅の目をした人がいた。


 俺は正四角形の枠に収まった人々の、やけに几帳面な、不健康そうな顔立ちを眺めながら、どこからか人の話し声が聞こえてくることに気付いた。聞き慣れない声だったが、誰のものかはすぐに分かった。


「いる!」


 俺は急いでタリスカに告げた。

 タリスカは足を止めると、


「どこからだ?」


 と、俺に尋ねた。

 俺は耳、というより、全身の感覚を砥ぎ澄まして、声の出所を探った。留守電で聞いた声そのものの、どこかのんびりとした口ぶりがやけに癪に障った。俺はアイツが、事態の深刻さをこれっぽっちも把握していないことを確信した。


「多分、そっちの壁の向こうからだと思います」


 俺が言うと、タリスカはすぐにその方へ行き、おもむろに抜刀した。冷たい月光を纏った刀身は思いのほか分厚く、使い込まれた様子ではあったが、刃こぼれ一つなかった。何の飾り気も無い鋼の刃が、かえって幻想的で、洗練されて見える。

 俺はふと我に返って尋ねた。


「えっ、壁、壊すの?」

「歩いて辿り着けるとも限らぬ」


 壊して辿り着けるのかと俺が疑うよりも速く、タリスカは肖像画ごと、大胆に壁を切り拓いた。一瞬だけ壁に十字の亀裂が走った気がしたが、次の瞬きの後にはすでに、壁だった場所はガラガラと地響きを立てて崩壊していた。


「ひぇ…………」


 腰が引けた俺は、まるで怯えた小動物のごとくタリスカへ近寄って行った。建物ごと崩壊したらどうしようと考えた時に、彼の傍が一番安全だと判断したのだ。


 巻き上がる砂煙の向こうに、俺と同じく怯えた目をして肩を寄せ合った、二人の人間が見えてきた。彼らはあんぐりと口を開けっ放しにして、瞬きもせずに俺達を凝視していた。

 俺はその片方に呼びかけた。


「タカシ」


 相手はしばらく間の抜けた顔で呆然としていたが、やがてとぼけた声で返事した。


「コウ…………。どうして、ここに?」


 俺は肩をすくめ、タリスカを見やった。タリスカはタカシと一緒にいた、一目で金持ちとわかる身なりのチョビ髭の男を見据えて、低く呟いた。


「フム、まだ霊体を保っておるとは。しぶとい商人よ」


 男は身を震わしながら大声で返した。


「ア、ア、ア、アアアアナタッ!! 誰だか知りませんが、一刻も早く、私を救助しなさい!! 何なら、そちらが望む額を、ええ、いくらでもお支払いしましょう!! ですから、とにかく一刻も早く、私をこの屋敷から出しなさい!! あの生意気な魔女を…………訴えてやるのですから!!」


 俺は男の風貌と考え合わせ、彼こそがリーザロットの話していた薬屋だと悟った。

 タカシはただおろおろと、みっともなく場を見回していた。



「…………それで」


 俺はおそるおそるタリスカに話を切り出した。


「俺、どうすればいいでしょう? 元々、融合の仕方がわからなくて、分離したままだったんですけど」


 タカシがのそのそと俺の方へと寄ってきて、俺に同調するように何度か点頭した。何だかお笑い芸人のようだと俺は思ったが、あまりに馬鹿馬鹿しいので突っ込みは控えた。タリスカは俺達の方に目を向け、端的に伝えた。


「後で教えよう。今はこの領域からの脱出を優先する。思わぬ面倒が増えてしまったのでな」


 彼は薬屋を振り返り、顎骨の隙間から長い溜息を洩らした。薬屋はすこぶるこの状況が気に入らないようで、ひっきりなしに愚痴をこぼしていた。


「大体、このような長期間にわたって捜索も寄こさないとはどういう了見なのでしょう!? そこの青年が見つけに来てくれなければ、もう少しで私の魂は崩壊するところでしたよ!! 身体的損傷に加えて、重大な霊体的損傷をも受けました!! 蒼の主は、覚悟はできているのでしょうね!?」


 俺はタカシにそっと耳打ちした。


「あの人、もしかして自分がもう死んでいるってことに気付いてないんじゃ?」


 タカシは同じく声を潜めると、わかりやすく眉を八の字にして答えた。


「そうみたい。何か、ダークン薬品店っていう店の店長らしいんだけどさ。ちっとも人の話を聞いてくれないんだ。呼ばれて助けに行ってあげたまでは良かったんだけど、正直、好き放題に動き回られて困っちゃったよ」


 タカシの話を聞いていたタリスカは、それとなく言葉を挟んでタカシを労った。


「良い。アレのことについては、蒼姫から別の命を受けていた所だ。世話を掛けたな」


 タカシはタリスカを上目使いに見つめ、こくこくと無言で頷いた。

 俺はその様子を窺いつつ、彼が骸骨を見て驚かないのかと疑問に思っていた。あるいは俺のことだから、驚いてはいるけれど、頭の整理が追い付いていないだけかもしれない。

 タリスカは薬屋の傍に行くと、所作だけは丁重に申し出た。


「これから、外へ出る。早く立て」


 薬屋はネチネチと何か小言を繰りながら、小鹿のように震える足を踏ん張って立ち上がった。タリスカは薬屋を連れて踵を返すなり、俺達に短く呼びかけた。


「行くぞ」


 俺達は気の合う双子のように、特に示し合せることもなく同時に歩き出した。

 行く先は例によって、こんもりとした暗闇に包まれていたけれど、妙な話、タカシもいるとなると、かなり不安が軽くなった。


 タカシはいかにも馬鹿っぽく口を開けたまま、黙々とタリスカの背を追いかけていた。俺には彼の気持ちが手に取るようにわかった。


「超格好良いね、あの人…………」


 俺は予想通りのタカシの呟きに失笑した。

 本当に、俺はなんて能天気で、考えナシなのだろう。

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