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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
【最終章】魔道を行く者
407/411

181-2、さようなら、幼き世界。俺が青春と決別すること。

 

 ――――――――…………夜が明ける…………。


 紺青の空を最後の流れ星が一筋、駆けた。


 黒く重たい海に鮮やかな茜色が染み始める。

 たなびく雲を染める藍色と朱色は、刻一刻とその表情を変えていっていた。


 まだ煙のくすぶる街の上空を、レヴィが悠然と泳いでいる。

 遠く深く、今や誰にでも、いつでも聞こえるようになった魂の歌を、雄々しく優しく歌い上げていた。



 ――――ppp-p-pppn……

 ――――rrr-n-rrr-n……

 ――――tu-tu-tu-n……



 レヴィの上に誰かが乗っている。さすがによく見えないけれど、伝わる魔力のこの青く爽やかな感じは間違いなくナタリーだろう。

 それと一緒に感じる、ほんわかした土のようなこの感触は…………。


 …………あーちゃんか! 無事で何よりだ。

 他の大勢の魔力も、何となくだが漂ってくる。

 レヴィが伝えてくれているらしい。


 この新しい世界では、多くのことがただいるだけで伝わってきた。

 たくさんの声が…………レヴィだけじゃない、誰かの歌が、絶えず魂に囁きかけてくる。わかることも、わからないことも。喜びも、悲しみも。

 はっきりと状況が見えるわけではないけれど、雰囲気とでも言うのだろうか。同じ場所に誰かいる…………命があるってことが、滲み入ってくる。

 少し耳を澄ませれば、白く透明な雨音だって聞こえる。


 魔海の波飛沫が強い。

 それは苦くてしょっぱくて、冷たく清らに澄んでいる。


 どこからか小さな大魔導師が、俺の隣へやって来て呟いた。


「コウ…………貴様がこの大変動を起こしたのだな? 何ということを…………」


 自分の琥珀色の瞳がどんな風に変わっているのか、きっと彼女にはまだわかっていない。後ろで剣を携えている紅の主もまたそうだろう。

 二人とも、今までと同じ琥珀と真紅じゃない。それは昨晩までよりもずっと美しく、それ自体が語り掛けてくるみたいに毅然と輝いている。


 さらに一歩後ろにいる霊の宮の宮司は…………相変わらずの血色と淀んだ緑の眼差しだが、それは恐らく俺が彼のことを理解しきれていないせいだろう。

 彼はじっと、味わうが如く世界の歌に聞き惚れていた。


 俺は目の前で打ちひしがれているジューダム王を眺めた。

 俯いて荒く呼吸する彼の表情は見えない。

 どんな処置を施したのかは知らないが、あの肉体の大怪我がこの短い間に完治したはずはない。身体はもうとっくに限界を超えていたのだろう。


 彼が操っていたジューダムの力場は、新しい扉が繋いだ時空をも超えた大気脈の中に取り込まれて、今や全く様相を変えていた。

 ジューダムの民がそれぞれ宿していた本来の魔力が、響き渡る歌声の中で血を通わせ始めている。

 あたかも彼らを繋ぎ止めていた王自身が、そうありたいと願ったのを映し出すように…………。


 止まらぬ出血に苦しむ王は、それでもゆっくりと立ち上がった。

 唯一人、ただの意地だけで身体を支え、俺を睨み付けている。

 哀しいぐらいに冴えた灰青色の瞳が、差し込む陽の色を浴びて一段と美しく、鮮烈に研ぎ澄まされていた。


「来い…………顎門(アギト)!!!」


 王の魔力である巨大なシロワニが、淡く夜の残る空から姿を現す。

 力漲る世界の景色と比べて、大鮫は遥かに貧弱で孤立して見えた。


「…………まだやるのか?」


 俺の問いに、ヤガミ・セイは掠れきった声で返した。


「…………俺は「王」だ! 世界がどうなろうとも…………俺だけは…………!」

「無意味だ。もうお前にやれることはない」

「俺は命じた! 「戦え」と…………! …………俺自身に、対しても!」


 ツーちゃんが歩み出ようとするのを、俺は片手で引き留めた。

 琥珀色の冷淡な目がすぐさま俺へと刺さった。


「コウ! この期に及んで情けをかける気か? …………こやつを生かしてはおけぬ。あまりに殺し過ぎた」

「わかっている。…………だから、俺にやらせてほしい」

「本当に理解しているのか? この大変動で、一体どれだけ気脈の分布が変わったか?  少なくとも、ジューダムとの力場の交雑は必ずや甚大な脅威となる。そのような状況で…………」

「頼む!!!」


 少女の顔が強張る。

 怒りとも当惑ともつかない目つきが、瞬きもせずに真っ直ぐ俺を見つめている。

 やがて琥珀色の眼差しは試すように、微かに細められた。


「…………できるのか? 貴様に…………」


 黙って頷く。

 大魔導師は睫毛をわずかに伏せ、小さな背を向けた。


「貴様が負け死ねば、すぐに私が止めを刺す」

「…………ああ」


 つまり、最後まで手を出さずにいてくれるということか。くどくど言っていたくせに、大概だ。

 ふと見やると、紅の主と目が合った。

 彼女は一言、涼やかに告げた。


「貴公を信じよう」

「感謝します」


 俺は右手のカッターを改めて握り締め、黒銀色の刃を親指で押し出した。

 もう片方の手で刃を手折り、まっさらな切っ先を相手へと向ける。


 彼は明るみゆく空の下で、血まみれの手を前へかざした。

 顎門が地獄の底から臨むが如き目をこちらへ止める。剥きだされた無数の牙の白が、それだけが、世界の中で痛ましく白く輝いていた。




 …………ツーちゃんに言われるまでもなく、わかっている。

 この戦は「王」を殺すまで止まらない。

 アイツ自身がどれだけ願っていようとも…………望んでいようとも…………それでは済まない問題なのだ。


 例え自国の民を食わせるためであっても、「王」の呪いに魂が縛られていたのだとしても、ケジメはつけなければならない。

 命の歌は美しいばかりではない。

 人の心は、今も叫び続けている。


 魔海へと還っていったたくさんの魂が彼を呼んでいる。

 生きている魂もまた、強く強く彼を願っている。


 「王」への呪い…………永遠の祝福は、未だ民の心を彩っている。

 「王」(アイツ)は、自由にはなれない。


 …………最後まで生き抜くことだけが、せめてもの祈り。

 償いなどできるはずもない。

 赦されるなど、あってはならない。

 死にたい程わかっているからこそ、アイツは戦う。


 自ら望んだのではない。

 それでも、自らが選んだ道。


 人としての最後の意地が、格好つけることだけが、叫べる唯一の自由。

 無惨に踏みしだいてきた全てへの、誠実。



 …………本当に、何も変わらないヤツ…………。






「――――――――行け!!!!!」






 顎門が猛然と飛び掛かってくる。


 凄まじい勢いと速度に、世界が軋む

 魂の吠え声が響き渡った。


 言葉よりも感情よりも激しく、世界を鋭く貫き通す命の閃光。

 天国も地獄も引き裂く詩…………。



 琥珀色の眼差しが、長く伸びきった世界の端で微かに光る。



 レヴィの歌が彼方から重なって、遥か轟く。



 たくさんの竜達が応えて一斉に鳴き続く。



 三寵姫の祈りが、


 白い眼差しが、


 水底からの瞳が、



 ゆっくりと風を動かす…………






「…………さようなら、「魔王」」






 牙が降りかかる寸前で顎門の脇へと踏み込む。

 滑らせた黒銀の刃は、一直線に顎門の口から腹を深く斬り裂いた。



 ――――――――…………花火の最後の一片が落ちるように、灰青色の灯が闇に失せた。

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