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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
【最終章】魔道を行く者
406/411

181―1、詩と、心と、剣と。俺が夜明けの扉を開くこと。

 

 ――――――――…………邪の芽のまつろわぬ魔の力は、たちまち俺の内で大きな花を開いた。


 花と呼ぶには少々、漆黒が過ぎる。

 だがそれは瑞々しかった。まさにこの身を流れる血みたいに熱く、鮮やかに鼓動しながら咲き誇っている。

 心の臓の奥の奥まで深々と張られた根を伝って、実に心地良い律動を刻んでいた。


 邪の芽が望んだ、唯一無二の業火。

 俺が望んだ、果てないカーテンの向こう。

 愚かで夢見がちな二つの旅路は今、晴れて交わった。

 (お前)はもう、何にも縛られない…………!


 花弁はみるみる色付き、やがて俺の右手のひらの傷から、薄く鋭い黒銀の刃を実らせた。

 真っ直ぐで脆い、手折れば簡単に砕けそうなちゃちな銀の輝き。強烈な懐かしさが湧き上がってくる。

 俺はすぐに、俺の剣の正体を思い出した。


「…………ああ、これがいい」


 染み入るように手に馴染む、一本の古いカッター。


 …………俺はこれが気に入っている。

 これは世界を切り拓く刃。壊すばかりじゃない。創るための刃。

 ずっとずっと同じ暗闇を過ごしてきた。何枚も何枚もこれで紙を裂いては、小さな世界を生んで、そして捨てて…………。

 少しずつ、許せる何かをこの手で折り上げてきた。


 ヤガミを刺したのもこのカッターだ。

 あの日、何よりも俺の間近にあって、誰よりも強く強く激しく俺を語っていたもの。


 俺の初めての詩。

 飾れなかった魂。

 紛れもなく…………もうどうしようもなく、俺自身。


 …………おかしいな。

 もう惨めだとは思わない。


「よし…………行こう」


 何度でも。

 どこまでも。

 夜の向こうへ。


 俺は右手に握り締めたカッターを、目の前の闇に大きく振りかざした。



「――――――――俺は扉の魔導師だ!!!」




 ――――――――…………真っ直ぐに、思い切って線を引け!


 躊躇うな!

 決めたら、一直線に。


 …………世界を拓くにはそれが大切なんだ。

 速度が必要だ。

 走れ。

 転んだって、止まれやしない。


 やけっぱちになって、すっ転んで。

 取り返しがつかなくて、途方に暮れて。

 …………だから何だ?


 止まりやしない。

 欲しがる限り、魂は走る。


 切り裂け。

 象れ。

 世界はそこにある。

 この手は必ず届く。


 真っ直ぐ。

 ひたむきに。

 ただ前へ。


 出来ないなら、少し慎重になるだけ。

 考えてみるだけ。

 それでも、心は走っている。


 止められやしない。

 叫びも。

 嘆きも。


 世界を彩る力になる。

 明日への道になる。

 走る限り。



 満ち満ちていた闇が切り取られ、世界がみるみる晴れていく。


 流れ落ちる無数の星が迎えてくれる。


 どこかで誰かが歌っている…………。

 …………祈っている。


 「王」達の記憶が再び色鮮やかに流れ込んできた。

 彼らの世界の残酷な彩度が、俺の血を一層滾らせる。


 どんな絶望も、悲しみも、どこかに真っ白な場所を残しているから。

 だからこそ痛々しく、凄惨になる。

 感情は地獄を生む。

 地獄は魂で出来ている。


 奇跡を信じるから。

 夢を抱くから。

 切に願うから。

 深く愛するから。



 …………走れ。


 繋いで、繋いで、折り上げろ。

 悲鳴も慟哭も、

 迸れ。


 弔いの歌が長く重く聞こえてくる。

 遠く揺らめくのはかけがえのない灯。

 悲劇を見つめる強い瞳。

 全てはやがて知恵となり、実る。


 小舟に乗って漂う、小さな魂達が俺を見守っていた。

 たくさん、たくさん、

 流れていく。

 白く透明な魚が一緒になって泳いでいく。


 無垢な子供の魂、だなんて形容は俺はしない。

 彼らが口ずさむのは漆黒でも純白でもない歌。

 数限り無いグラデーションが、彼らの辿り着けなかった世界をどこまでも色付かせていく。

 蛹のまま眠り続ける蝶の如く…………。


 …………さぁ扉を開いていこう。

 このカッターならば触れられる。

 眼差せるもの全てに。

 信じるのなら、何へでも。


 力場に歌が溢れている。

 三寵姫の祈り。

 レヴィの歌。

 異邦人達の未だ知られぬ旋律…………。


 崩壊の流星が大きく一つに渦巻き、巨大な螺旋を描き始める。


 俺は果てしなく貫かれた時空の力場の真ん中で、大きく深呼吸をした。


 捩じれた扉を、折り曲げて、折り曲げて。


 一つ、一つ、命が宿るように、心を尽くして。


 聞こえる、見える、感じる世界を繋いでいく。


 祈り。

 叫び。

 望み。

 育まれた世界が鼓動を打ち始める。


 美しい。

 誰も、誰も縛れない。

 波立つ魔海が飛沫をきらめかせる。


 さぁ。

 紡げ。

 歌え。

 走れ。

 大きな何かが応えるまで――――――――…………!




 …………幼馴染の声が、輝く時空の奔流の中から滴った。



 ―――――――――…………神様気取りか…………?

 ―――――――――ふざけろ…………!



 俺は熱い血の味を感じながら、答えた。



 ―――――――――ああ、そうだな。

 ―――――――――…………そうやって作る。

 ―――――――――…………そうやって生きる。



 アイツは静かに、水面越しから叫ぶみたいに続けた。



 ――――――――時空の逆流が収束していく…………!

 ――――――――…………あり得ない!

 ――――――――この新たな扉がどこへ続くのか、お前はわかっているのか!?

 ――――――――自分が、何をしでかしているのか…………!



 俺はカッターの柄を握り締め、最後の…………最初の扉へと刃をかざした。



 ――――――――わかっているとも!

 ――――――――…………でも、俺は所詮神様じゃないからな。

 ――――――――知らねぇよ。

 ――――――――夜明けの先のことなんて。



 苛立った、咽ぶような声が、迸った。



 ――――――――ふざけるな!!!

 ――――――――こんな…………途方もない世界にして、どうするつもりだ!?

 ――――――――俺は望んでいない…………!!!

 ――――――――俺は…………!!!



 輝き逸る黒銀の刃を、大渦の壁にあてがう。

 そうして俺は分からず屋に声を張った。



 ――――――――「許されない」か!?

 ――――――――…………知るかよ、馬鹿野郎!!!

 ――――――――俺だけじゃない!! 誰も知らねぇんだよ、そんなことは!!!

 ――――――――大体なぁ…………!!!



 世界よりも何よりも、俺にはわかっているんだ。

 肉体のヤガミが、どうして霊体のお前と融合したか。


 お前が魂から望むもの。


 望んではならないと、足掻けば足掻くだけ呪いになる、鮮烈な願い。


 ユイおばさんの声が、歌に乗って響いた。




 ――――――――…………自由に生きてね。どこまでも、いつまでも…………。




 魔海が全身全霊で歌っている。

 これこそ饗宴だ。

 凄まじい速度で世界が回っている。

 あらゆる時空が溶け合い、一つになる。


 サンライン中の気脈がはちきれんばかりに湧き立っていた。

 数えきれない彩りを孕んだ透明な泉が空にも大地にも満ちて、命という命の眼差しを扉へと導く。


 …………決めたら、迷わない。

 一直線に。




「――――――――…………ハッピーバースディ、新世界」




 思い切って斬り裂くと、この上なく快い音がした。

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