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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
【最終章】魔道を行く者
404/411

180-2、星堕ちる夜、希望の明日を求めて。私が見守る夢の水際のこと。(中編)

 


 ――――――――W-O-ooo-o-n!!!!!



 レヴィの叫びが再び天地を震わせる。

 爆発的に広がったオーロラ状の光は、この場にいる全てを…………敵味方の区別を一切無しに包み込んだ。


「あーもう、何が何だかよくわかんないよー! …………とにかくおいで、レヴィ!!!」


 ナタリーさんが送った合図に応え、虹色のクジラがこちらへ全速力で泳いでくる。

 その間にも、睨み合うリケとリーザロットさんは熾烈な魔術の攻防を繰り広げていた。


 実際、何が何だか私にもさっぱりわからない。

 何かが黄色く瞬いた? そう思った次の瞬間には、蒼く冷たい津波がどこからともなく突き上げてきて、思わず強張った身にぶちまけられる。


 涼しげなリーザロットさんの詠唱が響く。黄色い光が、もっともっと点滅を激しくして、そこら中に蛍火じみた奇妙な明かりを浮かばせる。

 重なってどこからか、たくさんの声がリーザロットさんの詠唱を執念深く追い始めた。…………生きている人の声じゃない。禍々しい、破けた咽喉から無理矢理に絞り出された声…………!


 リーザロットさんは長い睫毛の下の蒼玉色の瞳を艶めかしく細め、寄せた波飛沫を指先で弄び、蛍火を一つずつ叩き落していく。

 と、突然彼女の眼差しがこちらを射たかと思った途端に、桜色の花びらの嵐が大きく私を包み込んだ。


「――――――――キャアア!!!」


 渦巻く花びらが、いつの間にか迫り来ていたヤドヴィガさんの風刃を受け流して守ってくれた。

 ホッとする暇も無く、花嵐をぶち破ってイリスの撒き散らした毒蟲の大群が通り過ぎていく。

 大量のGやら毛虫やらが眼前に落ちてくる。足を走り登ってくる蜘蛛の群れ、地を這い滑り波打つミミズの群れに、私は目を剥いた。


「…………ッ!!! …………ッッッ!!!!!」


 もう言葉も汗も涙も出ない。

 今にも気絶しそうな私へ、竜に乗って飛来してきたシスイさんから声が降りかかった。


「アカネさん! そのままで!」


 言うが早いか、シスイさんが私越しに巨大な矢を放ち、猛然とこちらへ向かってくるヤドヴィガさんがそれを剣で弾き飛ばす。

 大量の蟲が蠢く空を貫いて、ウィラック博士の赤い光線がさらにヤドヴィガさんを襲う。


 ヤドヴィガさんが身のこなし軽く全てを避けきる。と、アードベグさんにも負けないデンザさんの大音声が、彼の大斧の勇壮な風切り音と共に響いた。


「行かせませんぜ、ヤドヴィガ「隊長」!! 俺ぁ難しいこたぁ何も知りませんがね!! 仕事はせにゃなりません!! アンタは! 精鋭隊の! 俺達が! 斬る!!」


 デンザさんの柄の長い戦斧がヤドヴィガさんへ果敢に打ち掛かっていく。切っ先から放たれる強烈な爆風が、辺りの蟲をも巻き込んで地面を粉々にした。

 それとぴったり息の合ったタイミングで、赤い援護射撃が続いた。


「ウィラック!!」

「やぁ、デンさん」

「さっきのありゃあどういう風の吹き回しだ!? 隊長も目が点になってたぜ!!」

「何、最も迅速かつ効率的な処置を取ったまで。…………やれやれ、自分の血など何十年ぶりに見たことか」

「ハッハッハッ!! まだちゃんと赤かったか!? もう少し観察できると思うぜ!! 生き残れればな!!」

「善処しよう」


 彼らが戦う傍らでは、なおもリーザロットさんとリケの戦いが過熱していく。

 私達を取り巻く、大海原のど真ん中のような景色が、逆さになってはまたさらにひっくり返り、その度に獣の激しい威嚇が波を裂く。

 蟲達が波間に砕け、それらが黄色い光に炙られる。


 背後から飛び掛かってきたリケの爪を、リーザロットさんの魔法陣が容易く弾いた。


「ナタリーさん!」


 ふいに、リーザロットさんが呼びかけた。


「何スか!?」


 レヴィがやって来るのを横目に見やり、リーザロットさんは大波と桜吹雪を綾にして操りながら言った。


「アカネさんを乗せて逃げてください! リケを始末したら、お呼びします」

「…………っ、了解っス!」


 私が何か言うより先に、レヴィがこちらへ突撃してくる。

 虹色クジラは優しく跳ね上げるようにして私を背へ乗せ、同じようにナタリーさんも乗っけた。


「あ、あのっ、グラーゼイさん…………!」


 振り返ろうとする私に、包帯まみれのオオカミ騎士が答えた。


「ご武運を、アカネ殿!」


 声に張りが戻っている。瀕死の深手だったのに、俄かには信じられない。だけど、ひとまずは安心だ。


 レヴィが大きく尾ひれを振って、うんと高くまで空を泳ぎ上る。予想外の速度に驚いていると、ナタリーさんが後ろから話しかけてきた。


「ねっ、「勇者」ちゃん!」

「えっ!? は、はい! 何でしょう!? っていうか、アカネでいいです!」

「アカネちゃんって、隊長さんのこと好きなの?」

「えぇぇっ!?」 


 こんな時に何を聞くんだ!?

 口ごもる私に、ナタリーさんは無邪気に明るく微笑んだ。


「大丈夫だよ! あの人、すごく強いからさ! それに蒼姫様も、何だかめっちゃ強くなってたし…………」

「前から強かったんじゃないんですか?」

「いや、そうなんだけど、前よりもずっとすごいの! 何か一段違うっていうか…………魔力場の広さも深さも、今はまさに、本物の…………これぞ三寵姫って感じ…………。

 それより、隊長さんって結構歳離れてない? いくつなんだろう? 素顔見たことある?」

「そ、その話はもういいですよ! 全然そういうんじゃないですし!」

「赤くなっちゃってぇー。アカネちゃん、本当にお兄さんそっくりだなー! っていうか、敬語じゃなくていいよ! 私達は歳、同じくらいでしょう? ナタリーって呼んでよ!」

「もう…………」


 パッと咲いた笑顔は真夏のヒマワリみたいに爽やかで、正直、こんな時にはかなり救われる。

 ナタリーはふっと表情を真剣に研ぎ澄ますと、辺りに目をやった。


「それにしても、凄まじいね。これは…………」

「…………」


 止め処なく星が雪崩れ落ちる中を、戦の炎が踊り狂っている。

 たくさんの濁竜と緋王竜が飛び交っている。イリスの毒蟲達は暗紫色の霧となり、それら全てを無差別に喰い荒らしていた。

 術者本人の姿は見つけられない。ただ気味の悪い、心底吐き気のする彼女の甲高い声と笑い声だけがわんわんと鳴り響いている。


 魔人の巨大な影が炎を猛々しく煽り、曼陀羅状の魔法陣を輝かせて暴れている。

 蟲達を、竜達を、まさにコバエのように叩き落して踏みしだき、同じく黒い影と戦っている。

 嵐の如く荒ぶる火花をまとったもう一方の影は、ひたすら苛烈に魔人を切り刻んでいた。


 辺りを舞う濁竜をも足場にして、一切の躊躇いも容赦も無く攻撃を続ける一筋の漆黒。

 残虐な剣の蒼い閃き。絶え間なく迸る血飛沫。盛る炎。絶叫。潰れる羽音。「王」達の悲鳴…………。恐ろしくて堪らないはずの何もかもに、私はどうしてか異様に昂っていく気持ちを抑えられない。


 あの影。

 あの漆黒。

 あれは、まさに…………。


「…………「死神」。またの名を「蒼の剣鬼」」


 ナタリーが私の視線の先を見て呟いた。


「蒼の主の絶対の守護者にして、運命の人。サンライン最強の戦士だよ。…………いつ見てもすごいや」

「運命の人…………?」


 盛大に噴き上がった血柱が炎に掛かり、壮絶な煙が立つ。むせるような生々しい匂いに、私はまた制御不能の心臓の高鳴りを感じる。

 目が離せぬままに、返した。


「人、なの…………? あれが…………あんな…………嵐が…………」

「人…………うん、人…………かな? 多分…………」


 ナタリーが肩を竦める。

 レヴィが泳ぐ傍らへ、一匹の緋王竜が飛んできた。


「お嬢さん達! 無事か!?」


 頬に切り傷を付けたシスイさんが、片手を大きく振る。

 耳元のオパールのイヤリングがレヴィの虹色の光を反射して、いつもより特に神々しくきらめいていた。


「うん、大丈夫! 久しぶりっス、シスイさん!」


 ナタリーが返事をすると、シスイさんは流れる血を拭って言った。


「ああ、テッサロスタでは災難だったな! ところで俺は今、スレーンの頭領をやってるんだが、ちょっと協力を頼まれてくれないか!?」

「えっ、頭領さんだったんスか!?」

「ああ! これから来るヤツは俺の手に余る! レヴィの力を貸してくれ!」


 言われるが早いか、私達の上空が急に真っ暗に翳る。

 腹の底まで響くような轟音がぐんぐんと近付いてくる。

 何だろう? 鼓膜が引き攣れる…………!


「ジューダム軍最後の隠し玉だ…………来るぞ!!!」


 長く深く息を吐き、シスイさんがその黒い眼差しを強く鋭く尖らせる。竜の鱗によく似た形のイヤリングが、不思議な光を鮮やかに散らした。


 爆音じみた羽ばたきと共に急降下してきたのは、レヴィにも劣らぬ巨体を、さらに巨大な翼で支えた竜だった。

 旅客機、いや、爆撃機と例えた方が相応しい気がする。

 魔人と同じタール色の荒々しい鱗に全身を覆われ、長い尾を生やしている。黄緑色に輝く擦りガラス状の目が、真っ先に私達を捉えた。


「――――レヴィ!!!」


 ナタリーが叫ぶと、レヴィはすぐさま身を翻して突っ込んできた巨竜を躱しに移る。

 巨竜の羽が再び空気を打つ。

 身体にそぐわぬ速度で軌道を変えた巨竜は、またもやレヴィへと向かってきた。

 今度は避けられない。衝撃を覚悟して身を固めた刹那、シスイさんの光の矢が巨竜の横腹を刺し貫いた。


「こっちだ、デカブツ!!!」


 怒りに燃える巨竜の目が、一気にシスイさんへと向かっていく。両翼の後縁に浮かんだ黄緑色の曼陀羅状の魔法陣が爆発的に火を噴いた。

 巨竜がシスイさんの下へ、瞬く間に迫る。


「竜型の魔人…………!! あんなものまで…………!!」


 言いながらナタリーがレヴィを追わせるも、到底届かない。

 巨大な牙の生え揃った口がジェット機みたいな速度でシスイさんへ襲い掛かる。

 伸びきった巨竜の首を、赤い隕石が寸前で強烈に打ち付けた。


 巨竜の絶叫が空を高く割る。

 赤い隕石はそのまま、飛来してきた乗り手のいない緋王竜に掴まり、宙返りして離れていった。

 竜上の赤鬼は、サイラインのどこまでだって届くような大音声でシスイさんを呼ばわった。


「坊ちゃん!!! アードベグ、只今戻り申した!!!」

「助かった!!!」


 一息吐いたのも束の間。

 巨竜の叫びが突如色合いを変えて響き渡る。遠吠えを思わせる、切なく訴えかけるような響き。夜空へ遥か深く轟く。

 すぐに幾重にも重なって、無数の濁竜の応えが合唱となって返ってきた。


「ムッ、ちゃんと喉を割ったつもりでしたがね…………!!!」


 アードベグさんが高速で飛びながら鼻息を吐く。同じく羽を休めないシスイさんは唇をきつく噛みしめ、案の定大群をなして押し寄せてきた濁竜達と、それを追ってやってきた毒蟲の群れをまとめて睨み据えた。


 私達もまた彼らの後を追って、レヴィを高く素早く泳がせる。

 巨竜の翼の後縁では、また魔法陣が輝きつつあった。


「シスイさん!」

「坊ちゃん!」

「頭領さん!」


 矢継ぎ早の呼びかけに、シスイさんは頬の血を拭うことも忘れて苦笑した。


「わかってる! 聞こえてるよ。…………そうだな。ひとまずはあのデカブツ君を群れから引き離そう。頼めるか、アードベグ!?」

「合点承知!!」

「それで、お嬢さん達は…………」


 離れて一人巨竜に向かって行くアードベグさんを見送りつつ、ナタリーと一緒に視線を向ける。

 レヴィと緋王竜は並んで真っ直ぐに夜を翔けていった。

 正面には別の魔人が放った魔法陣の機雷原が広がっている。空は広いようで広くない。


 シスイさんは器用にその空域を避けて山影へ滑り抜け、話した。


「レヴィと一緒に出来る限りあの群れを蹴散らしてほしい。全てを倒さなくていい。しばらくの間…………俺が変化を終えるまでの間だけ、もたせてくれ。長くはかからない」

「変化? 獣変化術のこと?」


 ナタリーと声が重なる。

 グラーゼイさんみたいな、獣の姿への変わるってことだろうか? そうすると男の人は魔力が強くなると、誰からだったか聞いたことがあるけれど…………。

 シスイさんはイヤリングを大きく揺らして竜を捻らせ、ブランコみたいに不可思議な軌道で進路を変えた。


「できれば、この手は使いたくは無かったんだがな…………今となっては、明日の文句など言っていられない! 頼んだぞ!」


 ナタリーと顔を見合わせる。頷く必要も無く意が通じたのを認め合い、私達はすぐに言われた通り濁竜と毒蟲の群れへと突き進んだ。


 わかる…………わかるよ、ナタリー。

 濁竜達はともかく…………。

 …………でも、確かに今は言っている場合じゃないよね!


「なるべく早くしてくださいね――――――――!!!!!」


 ナタリーと一緒に叫ぶ。

 シスイさんは私達の上空へ襲い来た幻霊を鮮やかなジコン捌きで斬り裂き、滑り落ちるような螺旋軌道を描いて去っていった。

 ナタリーが前を見据え、勇ましく声を張った。


「よし、じゃあやろうか!!! しっかり掴まっててね、アカネちゃん!!!」

「うん!!!」


 レヴィが敢然と向かっていく。



 ――――――――O-ooo-o-oo-n!!!!!



 輝く巨体は無敵だった。

 竜だろうが蟲の大群だろうが、まず質量からして敵わない。レヴィが高速で体当たりをぶちかませば、大抵はそれだけで蹴散らせる。

 千切れ飛んだ有象無象の蟲の死骸が肌中に張り付くけれど、そこはとにかくテンションで凌ぐ!


 時々、跳ね飛ばされたヤツが懲りずに追いかけてくる。あるいは、避けた拍子に反撃してくるヤツもいる。蟲達はやたらに数が多いので、いつだって完全には吹き飛ばしきれない。必ず追ってくる。

 そいつらには、歌が効いた。


 そう。このクジラは歌を歌うのだ…………!

 人の声では絶対に真似できない、不思議な歌。ただ一人ナタリーだけが、綺麗な澄んだ歌声でなぞっている。


 …………魂の歌なのだ。

 何でそんな風に思うのか、説明はできない。でも、きっとそうに違いないと、いつしか私の心も一緒に歌っていた。



 ――――ppp-p-pppn……

 ――――rrr-n-rrr-n……

 ――――tu-tu-tu-n……


 ――――p-p-p-ppn……

 ――――r-n-rr-n-rn……

 ――――tu-tu-tu-n……



 どこからか流れてきた翠玉色の波が、砕けた蟲達や傷付いた濁竜を大らかに押し流していく。

 聞こえてくるのは悲鳴じゃない。どこか遠くへと連なる切ない呼び声。遥かに響き渡っていく。


 シスイさんの魔力なのか。

 あのイヤリングの輝きによく似た力の気配が満ちていくのをひたひたと感じる。

 レヴィの歌の旋律は、それとよく馴染んで広がっていった。



 ――――p-p-p-n……

 ――――r-r-r-n……

 ――――t-t-t-n……



 色んな魔力が混ざり合い果てしなく広がっていく。私にすらこんなにはっきりと魔術の景色が見て取れるのは、世界の終わりだから?

 ああ、もう何だって構わない。

 ああ、何もかも夢のよう。


 いつの間にかすごく高い所まで来ている。少し頭痛がする。

 ずっと向こうに海が見える。星の嵐が降り注いでいる。空も海も一緒になって歌っている。

 燃える地上から熱い風が吹き上げてくる。

 私は輝くクジラに跨って、空を飛んでいる。


 リーザロットさんの魔術が蒼く輝き、桜色を華やかに巻き上げた。

 彼女の力が飛沫となってここまで跳ね上がってくる。冷たく、涼やかな甘い心地が胸を癒してくれる。


 皆が戦っているのが伝わってきた。

 人々を繋ぐグレンさんの魔力の網が、引き裂かれてはまた編まれる。何度も、何度でも。千切れる度にそれはしなやかに、強靭になる。


 ウィラック博士とデンザさんの力が交差して、大地を破砕する。舞い上がった蟲と砂埃の内に、黄色いリケの目が輝く。獣は音も立てず走り抜ける。


 ヤドヴィガさんの渇望が黒く沸き立っている。死者の痛烈な叫びが、あの人には聞こえないのか。…………聞こえているから、戦い続けるのか。


 グラーゼイさんの静かな憤怒が、力場に深く重たく沈んでいく。


 魔人の咆哮。閃光と火炎。

 漆黒の嵐。吹き荒ぶ血風。


 巨竜と赤鬼がせめぎ合う。宙を彩る火花と魔法陣の眩い軌跡。


 星が流れる。

 「王」達の絶望が時空を叩き割る。


 イリスの暴走する狂気が、さらに蟲達を禍々しく活気づかせた。



「――――――――アカネちゃん!」



 ナタリーに呼ばれて、私はやっと我に返った。

 それと同時にシスイさんの魔力の旋律が大きくたわみ、波打つ。

 虹色にさざめく白光が眼前に閃き、私は目を眩ませた。


「!!!」


 砕かれた宝石みたいに光が散らばり、きらめきながら失せていく。

 そうして現れたものを目にして、誰もがもう一度、息を飲んだだろう。


「シ、シスイさん…………!?」

「うっそぉ…………」


 ナタリーと私は目を大きくして、変化を遂げたシスイさんの姿を見た。


 それは白い竜だった。

 全身をオパールの鱗に包まれた、美しい竜…………。

 身体はジューダムの巨竜よりも小さいけれど、その翼は遥かに広く、透き通り、雄々しかった。



 ――――――――…………ありがとう、お嬢さん達…………そしてレヴィ。

 ――――――――虫まみれにしてしまって、すまない。



 シスイさんの声が響く。

 レヴィが応えて吠えた。



 ――――――――W-O-O-O-N!!!!!



 白竜がその大きな翼を悠然と羽ばたかせ、一気に上昇する。

 巻き起こされた風が蟲達を悉く砂と代え、追いかける濁竜達はどれ1匹として追いつけなかった。



 ―――――――――あとは任せてくれ!



 白竜が凄まじい勢いで向かって行く先には、巨竜と、それと打ち合うアードベグさんがいる。

 シスイさんはあっという間にそこへ到達すると、鋭い旋回軌道を描いて巨竜に食らい掛かっていった。


 後を追って追撃に走る緋王竜は、シスイさんが乗っていた竜だ。

 赤鬼と、緋王竜と、白竜とが絶妙な連携でたちまち巨竜の動きを封じ切る。

 輝き始めた曼陀羅の魔法陣に、もう恐ろしさはない。


 白竜の翼が鮮やかに翻り、突進する巨竜をいなして背に牙を沈めた。

 巨竜の絶叫が轟き渡る。

 すかさず閃いた赤鬼の薙刀が、今度こそ巨竜の喉笛を斬り裂いた。


 降り注ぐ血の雨。

 掠れ途切れる断末魔。

 美しくも残酷な狩りの光景…………。


 唾を飲み込み、ナタリーさんが言った。


「ここは…………もう大丈夫そうだね」


 彼女は張りのある調子で言葉を続けた。


「…………じゃあ、行こう! まだ助けられる人がいるかもしれない!!」

「うん!!」


 ナタリーがレヴィに合図し、また私達は夜を駈け出す。

 友達がいるってすごい。無敵だからというのもあるけど、それ以上に心強い。もう戦い抜くこと以外に一切考えられない。

 追ってくる濁竜も残った蟲もものともせず、クジラは走る。


 止め処なく壊れ続ける夜。

 明日なんか訪れないかもしれない、一度きりの夜。


 間違いなく世界は今、ここにあった。

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