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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
【最終章】魔道を行く者
403/411

180―1、星堕ちる夜、希望の明日を求めて。私が見守る夢の水際のこと。(前編)

 私を助けてくれた翠玉色の瞳の女の子は、ナタリーと名乗った。兄の知り合いらしく、「勇者」()のことも知っていた。


 ナタリーさんが助けに来てくれてから、すぐに続々と街の自警団や魔術師達が救援に駆けつけてくれた。

 ナタリーさん自身もサン・ツイードの街の自警団の一員だそうで、瀕死のグラーゼイさんを一目見るなり、大急ぎで腕の立つお医者さんを呼んでくれた。


 巨大な、虹色に輝くクジラが…………ナタリーさんはレヴィと呼んでいたけれど…………私達を囲って、オーロラめいた光の中を悠然と漂っていた。

 イリスもリケも魔人も、幻霊さえも、この光の中へは入って来られないようだった。


「今のレヴィは無敵だからね! 私の近くにいれば、ひとまず安心! …………うん、そう。安心…………」


 ナタリーさんが夜空を泳ぐクジラへ大きく手を振って結界の光を広げている。その横顔には、言葉とは裏腹に険しい色が走っていた。


 私にもわかる。先程から世界の様子がどうもおかしい。…………明らかにおかしい。

 駈けつけたお医者さんの治療を受けながら、グラーゼイさんもナタリーさんに言っていた。


「かたじけない、ナタリー殿。…………だが、この状況は…………」

「うん…………ちょっとマズいかもっすね…………」


 何がマズいのか、魔術ド素人の私でも聞くまでも無く察せられるのが、まさにマズい。

 急に激しい衝撃が天地を裂いたかと思うや、いきなり空が噴火したみたいに星が流れ始めた。

 ビリビリと軋み唸るような透明な圧力と悲鳴が、空気をたちまち覆い尽くして分厚く埋めた。


 息をするのさえ苦しい。何か凄まじい、正体不明の力があちこちで渦巻いている。

 このレヴィの結界がなければ、果たして私は正気でいられただろうか…………?


 何も言えないでいる私の隣へ、背の高い男性の影がゆらりと寄り添った。次いで耳の長いシルエットも足元へとかかる。

 振り返ると、グレンさんとウィラック博士が並んで立っていた。二人とも少々火傷を負ってはいるが、深刻ではなさそうだった。


「グレンさん、ウィラック博士! 無事だったんですね!」


 皆、魔人の業火に飲まれてしまったものと思い込んでいたのだけれど…………。

 ウィラック博士が、ウサギの鼻を小さく膨らませて答えた。


「あの魔人の攻撃で魔力場に乱れが生じ、リケとイリスを振り切る隙が生じた。誠に、不幸中の幸いでしたな」

「しかし、ナタリー君達が間に合って良かった。こればかりは主の計らいと言うよりない」


 グレンさんが難しい顔で星降る夜空を睨み、言葉を続けた。


「「時空の逆流(アブノーマル・フロー)…………このような規模で…………」


 混沌の洪水が収まったかと思ったのも束の間、今度はこれだ。誰もが、もう完全にお手上げの面持ちだった。

 何か途轍もない瀬戸際にいる。そのことだけが、確かな事実として身を震わせる。

 グレンさんが私の…………というより、サンラインに残っている人々全員の疑問を察するかのように話し継いだ。


「これは恐らく、ジューダム王の呪術だ。歴代の「王」達の怨嗟が聞こえてくる…………。何らかの事情により、時空の扉から彼の国の業が溢れ出しているのだ」

「「何らかの事情」…………?」


 グラーゼイさんの言葉に、グレンさんは眉間の皺をさらに深くした。


「これ程の規模の時空変動をもたらす力は限られる。一つは、ヴェルグや我が師・琥珀などの人外の大魔導師、あるいはそれらと同等の力を持つ存在による魔術。もう一つは、強大な魔具によるもの。…………例えば、女王竜の逆鱗…………」


「そして」と間を置き、彼は言い切った。


「異邦の未知の力。…………例えば、「扉の力」」

「お兄ちゃんのせいってこと!?」


 驚く私に、ウィラック博士が淡々と付け加えた。


「いや、それらの複合という線も十分にある。私はそう見ているが。…………あとは、アカネ君の「勇者」の力だが…………それでないことは明らかですな」

「え?」


 ウサギの赤い目がグラーゼイさんの顔でピタリと止まる。私はすぐ傍らのグラーゼイさんを仰ぎ、首を傾げた。


「…………どういうことですか?」

「いえ、私にも…………」


 グラーゼイさんは如何にも腑に落ちかねるといった様子でウィラック博士に尋ね返した。


「ウィラック、どういうことだ?」

「観察対象が自らを観察することは不可能です、隊長。まぁ、それはさておき」


 ウィラックさんが長いウサギの耳をピンと立て震わせ、瞳の色合いを警告灯のように尖らせた。


「さしもの古の大魂獣でも、この世界の崩落までは防げまい。さて、如何に対処すべきか…………」


 話す最中に、竜の甲高い鳴き声が響き渡った。

 ハッとなって皆が同時に見上げた方角から、凄まじい勢いで二頭の竜が飛び込んでくる。

 片方はジューダムの濁竜、もう片方はスレーンの緋王竜だった。


 二頭はぐるぐると激しく鋭い螺旋を描きながら、翼を擦り合うようにし咬み合っている。乗り手達の姿を見て、私は肝を潰した。


「ヤドヴィガさんに、シスイさん…………!! まだ戦っていたんだ…………!!」


 ヤドヴィガさんの操る剣の切っ先がシスイさんの緋王竜の脇を掠め、シスイさんが素早く竜を翻らせる。

 と、シスイさんは一転急降下して、こちらへ高速で突っ込んできた。


「援護を頼む!!!」


 シスイさんが声を張ると、即座にグレンさんが光る矢をヤドヴィガさんへ射かけた。

 ヤドヴィガさんはしがみ付いている濁竜を急旋回させると、濁竜の腹を盾にして全ての矢を受け切り、自分はそのまま近くの建物へと降り立った。


 ヤドヴィガさんは獣の如く軽やかに、剣を構え猛然とこちらへ向かってくる。

 シスイさんの竜が私達のすぐ傍を飛び抜ける。

 勢いを残して旋回し、再びへヤドヴィガさんの背から迫っていく。


 竜の羽ばたきが起こした風をグレンさんが刃状に変化させ、ヤドヴィガさんへと飛ばした。

 同時に、シスイさんもまた矢を射掛ける。

 ヤドヴィガさんはその全てを流れるような身のこなしと剣捌きで躱し、振りかぶったその剣を、防衛に出てきた魔術師達へと向けた。


「――――いかん!!! 逃げろ!!!」


 グレンさんの叫び虚しく、向かっていった魔術師達が一瞬のうちにヤドヴィガさんの剣と風刃によって斬り刻まれる。


 悲鳴と血飛沫が高く夜をつんざく。

 撒き散らされた血の錆っぽい匂いが、結界の外から伝わる呪いの力を一気に増強した。


「うぅっ…………!!」


 込み上げてきた吐き気と割れんばかりの頭痛に、私は声を漏らす。その間にも、ヤドヴィガさんはまっしぐらにこちらへ向かってくる。

 私をひたと睨むその吹雪に巻かれた目は、どこまでも純粋に研ぎ澄まされていた。


「勇者殿!」

「あっ、隊長さん! まだ!」


 グラーゼイさんが剣を取って立ち上がろうとするも、耐えきれずよろめく。

 慌てたお医者さんが辛うじて巨体を支える隣へ、ナタリーさんが勇ましく拳を構えて進み出た。


「隊長さん、下がってて! 私がどうにかしてみせるから!」

「無理だ、ナタリー殿…………! 貴女は魂獣を…………!」

「その通りだ、ナタリー君! 君はレヴィに集中したまえ!」


 不服そうなナタリーさんをよそに、グレンさんとウィラックさんが球状の結界と赤い魔法陣を展開させる。ウィラック博士の赤い光線がヤドヴィガさんを連続で乱れ撃つ。

 即座に身を伏せ躱したヤドヴィガさんの剣から、低く、地面スレスレに風刃が放たれた。


「――――――――ッ!!!」


 風刃が結界にぶつかり、足元に強い衝撃が走った。


「キャアッ!!!」


 呪いでふらついていた身体が思わず結界の外へ倒れ込む。

 そこへ、もう一枚の風刃が降りかかってきた。


「勇者殿!!!」


 グラーゼイさんがお医者さんを振り切り、身を傾ける。

 絶望すら浮かぶ間もない。

 刹那、赤い巨躯が空から私達の前に立ちはだかった。


「ヌン!!!!!」


 風刃が赤い肉体の前であえなく弾き飛ばされる。

 私は大きな薙刀を泰然と振りかぶる眼前の大鬼に、呼びかけた。


「ア…………アードベグさん!?」

「応とも!!」


 真っ黒焦げになって地に横たわっていたのを確かに見たはずだが、どういうこと? っていうか、今も普通に血まみれの大火傷に見えるけど…………。


 俄かに信じられず目を丸くしている私をよそに、アードベグさんはヤドヴィガさんに真っ向から掛かっていく。

 ヤドヴィガさんの剣と大薙刀が盛大な火花を散らして衝突し、鍔迫り合った。

 

「スレーンの守護鬼…………生きていたのか…………!」


 ヤドヴィガさんの呟きに、アードベグさんは呪いの暴力にも猛風を纏う剣にも一切押されぬ大音声で答えた。


「フン!!! 頑丈が身の上よ!!! あれしき焦げ付いたぐらいじゃ、湯浴みとて怖くないわ!!!」


 アードベグさんの大声はさらに空を割った。


「ヤドヴィガ殿!!! 先の竜への狼藉!!! 私は目を疑った!!! 音に聞こえし貴方程の乗り手が、何故そこまで堕ちたか!?」

「全ては、大義がため…………!!」


 ヤドヴィガさんが距離を取る。

 揺るぎない虚ろな眼差しは、世界そのものを見据えていた。


「救われるのだ、全て…………!!!」


 再び衝突する二人の打ち合いは、文字通り目にも止まらない。

 こちらの息つく暇も無い攻防に、グレンさん、シスイさん、ウィラックさんが果敢に割って入る。


 だが、ヤドヴィガさんを止めることはできない。

 完全に捨て身の覚悟で戦っている上、射線上には必ず誰かが並ぶよう巧みに動き回っていた。


 この乱戦では、本来なら頼もしいはずのアードベグさんの大薙刀の間合いがかえってもどかしい。

 剣戟によって絶えず砂塵が舞い上がり、ヤドヴィガさんの風刃はその砂礫をも巻き込んで、より凶悪に広範囲へ斬撃を散じていた。


 グレンさんはヤドヴィガさんへの呼びかけを執拗に続けていた。

 巻き上げられては落ちる塵のように空しい試み。その合間にも、ジューダム王の呪いはいや増していく。

 グラーゼイさんが苦しそうに…………悔しそうに歯を噛み締めるのを、私は黙って見守っていた。


「剣を下ろせ、ヤドヴィガ君! わからないのか! すでに「黒い魚」は去った…………母なる混沌もまた、闇の底に沈んだのだ! …………もう終わったのだ! 君の抵抗は最早、何にも繋がることはない!!!」

「まだだ!! 私が…………信ずる者が、唯一人でもある限り…………母様は何度でも蘇る!!! 果て無き時空をも超え…………母様の静かなる愛は必ずや満ちる!!!」


 一際強い一撃が激しい爆風を起こし、砂塵を大きく巻き上げる。

 その内から、無数の風刃が四方へ放たれた。


 咄嗟にグラーゼイさんが私をかばって飛び出すも、刃は狙いを違えてナタリーさんへと向かった。


「うわっ!」


 間一髪、ナタリーさんは身を逸らしたが、もう一重の風刃がブーメランの如く宙を翻り彼女の背後から襲い来る。

 途端にレヴィの鳴き声が、響き渡る呪いをも押しやって轟いた。




 ――――――――O-ooo-o-n!!!!!




「ッ!!!!!」


 比喩ではなく、本当に息が止まる。

 天地を傲然と震わす叫びは衝撃波となって砂塵も風刃も粉々に撒き散らし、残っていた建物をもクッキーみたいに脆く打ち砕いた。


 誰もが身を屈めるしかできない中、オーロラ状に揺れていた光の結界までもが引き攣り薄れていく。

 呪いの圧力がうんと高まり、空を落ちる星の加速度がそのまま全身に圧し掛かる。

 悲鳴と苦脳が再びのレヴィの叫びに相殺され、エメラルド色の透明な波がどっと私達へ押し寄せてきた。


「レヴィ…………レヴィ!!! 落ち着いて!!! 私、大丈夫だから!!! 鎮まって!!!」


 冷たい波を思いっきり浴びながら、ナタリーさんが叫ぶ。

 私はどこから現れたのかもわからない突然の大波でずぶ濡れになりつつも、どうにか目は見開いたままでいた。


 しかし、そうして目の当たりにしたのは、全くもって知りたくなかった最悪の景色だった。

 消えた結界の向こうに、それは山の如く聳えていた。


「…………嘘でしょ…………?」


 心臓が爆発しそうに高鳴っている。


 そこには魔人が佇んでいた。怒りに燃える黄緑色の瞳と同じ色に輝く、巨大な曼陀羅じみた魔法陣を背に展開しながら、深く大きく息をしている。

 その周りを飛び交う大量の濁竜の群れの騒がしい鳴き声が、呪いと共鳴しながら例えようも無く忌々しい旋律を奏でていた。


 控えているのは魔人だけではない。その黒々とした巨体と向かい合って、炎のくすぶるメイド服を纏った魔女と二股の尾を妖しく揺らす三毛の猫が立っている。

 モノクルの奥で不気味にチラつくイリスの紫色の瞳と、満月をくりぬいてそのまま嵌め込んだようなリケの目は、尋常でない妖気を迸らせていた。



 イリスがおもむろに長いスカートの裾を摘まみ上げる。リケが一歩前へ踏み出す。

 紫色にぬめる魔女の唇から、低く抑揚の無い言葉が溢れ出た。


「ハァーあーもー、完っっっ全に意味わかんなくなっちゃってんじゃないですかぁー…………何ですー、これー? 何でジューダムの「王」なんかが裂け目作っちゃってんのー? 皆しっかりしてくれー? 何なのー、もーマジ何なのー? イリスちゃん意味わかんなーいでーすー…………ハァーご主人様の気配も消えちゃうしー…………マジご主人様様どこ行っちゃったんですかー? アァー死んだら死んだであの可愛い死体絶対欲しいからわかるようにしといたのになぁーあー…………萎えーマジで萎えーハァーマジ意味わかんなーい…………ハァーあー、なぁーんかもうマジだっるぃークソみてぇですー、本当ー…………」


 リケがまた一歩歩み、暗闇に姿を消す。

 持ち上げられたイリスのスカートの中から、毒々しい紫の煙が湯気みたいに立ち上り始めた。

 その間にも、魔人の魔法陣が爆発的に輝きを強めていく。

 今まさに全ての殺意が放たれるかと身を縮めた瞬間、イリスの狂気じみた甲高い叫び声が鼓膜をつんざいた。


「うーぁー…………うtぁjg;ぁjgk」おwlしkgmくぁwせdrftgyふじこlplうぇいl;gkjろ;じゃgq――――――――――――――――!!!!!!!!!

 やだやだやだやだイリスちゃんこんなのイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ早くこんなとこ出て行きた――――――――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――い!!!!!!!!! あーもー死ねよ死ねよ皆死んでくれよ死ね死ね死ね死ね死ね死ねお願いだから死んでくれですぅうぅぅぅ――――――――ッッッ!!! ぅーあーっ!!!! どいつもこいつもうっせぇわくっせぇわウッゼェんだわド畜生共がぁぁぁぁあああぁぁぁ―――――――――――――――――ッッッッッ!!!!!!!! イリスちゃんご機嫌斜めだぁあ――――ぁああ――――ぁッッッ!!! ぜーってぇ皆殺しの嬲り殺しにしてやる覚悟しろですぅぅぅぅうううぅ――――――――――――ッッッッッ!!!!!!! キェェェェエエエエエエエェェェェ――――――――――――――――!!!!!!!」


 思いっきり下品にまくり上げられたスカートの中から、無数の大きな蛾や蝶、毛虫、ミミズやムカデや蠅やGが飛び出してきた。

 黒と紫の靄となって蟲達が吹き荒れる。凄まじい羽音が、現実の悲鳴と呪いの力場の悲鳴と混ざり合い、まさに地獄絵図を成した。


 それらを斬り裂くように魔人の閃光が閃く。

 私達の周りは瞬く間に火の海に包まれた。


「――――――――危ない!!!」


 ナタリーさんが叫んで、私はハッと背後を仰ぐ。

 リケが爪と牙を尖らせ、飛び掛かってきていた。


「させるか、魔獣め!!」


 グレンさんが私とグラーゼイさん、治療中のお医者さんを囲って結界を張る一方で、ウィラック博士の赤い光線がリケを狙い撃つ。博士本人の姿は見えない。

 ナタリーさんは構えた姿勢から、跳ね逃げたリケを長い脚で蹴り飛ばそうとした。


「このヤロ!!!」


 ひらりと交わしたリケが黄色い目をこちらへ輝かせる。

 結界にひびが入り、砕けた破片の内からリケが迫ってきた。


「ナ、もう見破った。リケ賢い」


 嬉しそうに喉を鳴らすリケの声が脳内にこだまする。

 爪が襲い来る直前で、小さな白い身体が間に割って入った。


「ウィラック!?」


 グラーゼイさんが声を上げる。

 私の代わりにリケの爪を受けたウィラック博士は点々と地面に血を撒き散らしながら、綿玉みたいに転がって吹っ飛んだ。


「チッ、邪魔ナ!」


 リケがすぐさままた飛び掛かってくる。


 それをまた、誰かの魔法陣が遮った。

 蒼い…………蒼玉色に深く輝く美しい魔法陣。


 不快な蟲を吹き払い、桜色の穏やかな花吹雪が私達を巻いた。


「…………イタズラが過ぎますよ、仔猫ちゃん」


 耳に心地良い女性の声が聞こえてきて、花吹雪が目の前に集まる。

 そうして浮かんだ人影は二つ。サイのような頭をした騎士と、流麗な黒髪の女性。

 リケの憎悪に満ちた、歯を剥き出しにした威嚇の表情をものともせず、彼女は桜色の唇を微笑ませた。


「…………生意気ナ。「扉」無しで、お前如きがリケに敵うものか!」


 現れたその人は…………三寵姫が一人、蒼の主。

 リーザロットさんは、満ち満ちる悲鳴ごと洗い流すような遠大な波音を響かせて白い手をリケに向けた。


「やってみましょうか?」


 突然、魔人の絶叫が夜空を割って轟き渡る。

 見れば嵐のような黒い影が、魔人の腹から肩を螺旋状に斬り裂いて血を豪雨と降らせていた。翻り閃く、二振りの鈍銀の刃…………。


 蒼の主は艶めかしくも挑戦的な眼差しをチラとそちらへ向け、先よりも遥かに複雑で緻密な魔法陣を足元に広げた。

 彼女の隣に立つサイの頭をした騎士が、大きな戦斧を構えたまま、わずかに顔を引き攣らせる。

 蒼の主の声は、宣託じみていた。



「私、もう負けないことにしたんです。眼差すはあの人と同じだけの深淵…………。

 だから、まずは貴方。


 …………おいでなさい。魔術師・リケ」

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