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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
【最終章】魔道を行く者
402/411

179-2、崩壊する時空の崖の底へ。俺が新しい再会を果たすこと。

 夜が壊れていく――――――――…………。


 時空の扉が捩じれて過去と繋がる 「時空の逆流」(アブノーマル・フロー)が、サンライン中の扉に生じつつあった。


 急激な気脈の変動と暴走が、小さな砂粒と化した逆鱗の欠片を押し潰さんばかりに圧する。

 サンラインのみならず、ジューダム兵達もまた大混乱をきたしていた。


 古より継がれてきたジューダムの民達の、そして彼らの命を繋ぐ糧となってきた魂達の叫びが、際限無く扉から…………過去から、雪崩れ込んでくる。歴代の「王」と呼ばれた者達の残酷な鬱屈が、呪いとなって力場を加速させている。


 最後の「王」のもたらした混沌は、残ったサンラインの結界をも無惨に叩き割った。



「空が裂ける…………!!」



 紅の主の絶句が欠片となった俺の身を震わせる。



「我が主…………どうか…………!」



 彼女の祈りは、圧し掛かる無数の時空に掻き消えて瞬く間に潰える。続く誰の者とも知れない大勢の祈りが、「王」達の絶望をさらに深めた。


 俺は混沌を裏返して暗闇の内へさらに深く沈んでいった。

 潜っていく…………底の底すら突き抜けて落ちる。

 まだ見ぬ扉を目指す俺の傍らを、数多の魂の叫びが通り過ぎていった。


 昏々と降り積もった永年に渡る絶望は、天へ向かって高く激しく湧出する。迸る呪詛を縫うように、男の声が聞こえてきた。


 …………宮司の声だ。



 ――――――――…………拡散する島よりいらした貴方には、わかりにくいことでしょう…………。

 ――――――――…………我々の時空は厚く連なっている。


 ――――――――…………遥か古より連綿と続いている。

 ――――――――…………有限にして、無限の世界。


 ――――――――…………呪いの力場も、魔術の力場も、元はその水脈より紡がれ編まれしもの。

 ――――――――…………その理が、ああ…………崩れようとしている…………。



 大変なことだ。

 それにもかかわらず感情が薄らいでいくのは、俺もまたこの暗黒に塗り潰されようとしているからか。

 それとも、所詮異邦人だからか…………。



 ――――――――いいえ…………いいえ。


 ――――――――…………混沌たる世界は、確かに貴方と貴方の世界すらをも包んでいる。

 ――――――――…………誰もこの祈りの輪からは逃れられはしない。


 ――――――――だが、何かが…………、

 ――――――――貴方の内に未だ潜む、何かが、まだ…………。



 声が遠退いていく。

 俺はさらに潜っていく。

 さながら見果てぬ夢を夢見るが如く。

 ひた走るワンダの如く。


 サンラインでは、流れ込んできた数多の宇宙が星となって降り注いでいるらしい。

 それを仰ぐ人々の見る景色、嘆き、そして悲鳴が無数の雫となって、ここにまで降り注いでくる。

 祈りは流星群となって空を覆う。そして膨れ上がる「王」の痛みは大地をも踏み砕いていく。


 これが世界の終わりなのか?

 誰も知らない。

 誰にもわからない。


 レヴィの歌が一瞬、耳を掠めたかもしれない。

 俺は潜っていった。



「どうしたらいいと言うのだ…………!」



 ツーちゃんの、ひどくらしくない呟きまでもが落ちてくる。

 彼女は粉砕された結界と世界をどうにか編み直し、サンラインを守っていた。ついでにジューダムの兵までも守っているのだから、もう何が何だかだ。


 …………本当に全く、どうかしている。

 この世界の何がそんなに彼女の気に入りなのだろう。

 彼女をなじったヴェルグも、思えば似たことを言っていた。あの哀れで愚かな魔女と俺が違うのは、何となくでも答えがわかっているかどうかだが。


 悠久を生きる大魔導師様ですら見たことも無い世界の裂け目へ、ぐんぐん潜っていく。


 あの馬鹿野郎をここまで焚き付けたのは他でもない、この俺だ。

 始末を付けなくちゃならない。


 深く沈めば沈むだけ、気負う気持ちは淡々と薄れていく。激痛と血の記憶も、他人の影みたいに薄っぺらく剥がれていく。


 何も感じない。生きているのか死んでいるのか、境目なんかとうに消失してしまっている。程なくして、俺は俺でなくなるだろう。


 だが、不安も恐怖も感じない。

 何もかもがひたすら暗い。

 たゆたうこともない静寂の中、微かな緊張だけがかろうじて俺を紡いでいる。


 耳を澄ます。

 全身全霊を灯火にして、感じる。



 …………俺の片隅に、何かがいる…………。



「――――――――…………なんだ…………まだいたのか」



 俺は俺の陽炎みたいに揺れるそれへ、驚きの目を向けた。

 相手は本来の姿らしく…………如何にも魔海の底の魔物らしく、静かに静かに横たわっていた。

 ボロ布を引き裂くような惨めな声が応じた。



 ――――――――…………ヨコセ…………


 ――――――――オマエ ノ カラダ…………

 ――――――――カゲロウ ノ オン…………

 ――――――――ワスレタ カ…………



 魂をそっとそちらへ泳ぎ寄せていく。

 ズタボロになった黒い炎が、禍々しく猛った。



 ――――――――オレ ハ…………!

 ――――――――マツロワヌ マ…………!

 ――――――――コンナ………… コンナ トコロ デ…………!



 フレイアが自らごと巻き込んで「裁きの嵐」に葬られたはずの魔。

 最後に彼女と共力場を編んだ際に、俺からも離れたものと思っていた。


 コイツはフレイアの「不信」の力を希求していた。

 世界を自分の望む通りの混沌に染め上げるために、何百年だか何億年だか待って、俺をも利用して邪悪を燃やしていた。


 俺はかつて、サモワールでコイツの眷属だとかいう「陽炎」という魔に助けられたことを思い出した。

 …………そうだ。そもそも今の俺の霊体は、それの虚像のようなものだったのだ。


 だからか?

 今、「陽炎」を通して、虚無の果てに裁かれたはずのコイツはまだ俺に引っかかって残っている。


 不思議な心の冷たさは、まつろわぬ魔が背中合わせにあるゆえ。

 まつろわぬ者の縁者ゆえ。


 俺は沈む夕陽の残光じみて輝いている扉の力を、そこへ伸ばした。



「やぁ、邪の芽」



 応えて炎が燃える。

 漆黒が怨嗟に踊る。


 紅潮した自分が明るく照らし出された。



「馬鹿だな、お前…………。俺なんかに近付き過ぎたばっかりに…………可哀そうに。

 …………しかし、お前はもうお前じゃいられない。


 ―――――――――まつろわぬ魔族の力、俺のもんだ」

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