表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
【最終章】魔道を行く者
397/411

176-3、開け、最後の扉。俺が時を超えて挑むこと。

 顎門(アギト)が獰猛に身を捩って現れた光に牙を食い込ませるも、それは微動だにしなかった。ただ突き刺さる牙を黙って身に沈ませるばかり。

 やがて大鮫は光から離れると、いつの間にか正面に立っていた王の背後へと消えていった。


「…………ソラ」


 王が光を見つめて、低く呟く。

 俺は白い光が小さな魚の姿に変わるのを見た。


「君は…………」


 魚はゆっくりと俺の周りを巡り、辺りから押し寄せてくる白い腕を遠退かせる。

 散らばったままの逆鱗の欠片と、空を覆うツーちゃんの魔法陣から舞う琥珀色の火花が、まるで魚に操られるみたいに吹雪いた。


 ソラ君…………ヤガミの弟。もう一人のジューダムの王子。

 先代の王に魔海にも還れない程の強力な呪いをかけられ、殺されたという…………。


 これまでにも何度も俺を助けてくれた。

 彼は単なる霊体ではないと、感覚の冴え渡っている今ならよくわかる。

 この子は人じゃない。多分、最初から違っていたんだろう。かつては確かに人の器の内で生きていた。

 けれど、今は完全に…………。


「魂獣…………いや、まつろわぬ魔…………?」


 零れた俺の言葉に答えるように、ソラ君が細くしなやかな身体を捻った。

 瞬きの内に、小さな魚が輝かしく透き通った肌の少年へと姿を変える。


 兄と同じ、深い灰青色の大きな瞳。水彩のように淡くなびく栗色の髪。

 いなくなった日そのままのあどけない笑顔に、俺は言葉を失くした。


 ソラ君は王を振り返って華奢な手を伸ばすと、こぼれそうな瞳を懐かしそうに…………悲しそうに細めた。


 聞こえない声が彼の兄の名を呼んだかもしれない。


「ソラ…………何で…………」


 王の声が微かに震えている。

 彼はついに抑えきれず、大きく声を張った。


「なぜお前まで!!!!!」


 割れた吐息が、夜風に擦り切れていく。

 ソラ君は虹色にほの光る逆鱗の欠片を指先に集結させ、正方形の形に組み直した。


「何をする気だ…………?」


 俺の問いに、聞こえない声が答える。

 音も時も容易く超越して、不思議な魂獣の放つ穏やかな律動は、魂に強烈に響き渡った。




 ――――――――…………ソラ君は、永遠に魔海に溶けることのない「彷徨う魚」。


 彼には力が無かった。

 邪の芽のように世界を染め上げることなぞ出来ないし、そもそも望みもしない。

 アカシックレコードの守り人のように、世界を見続けることも、見通すこともしない。

 その魂はただ一つしかなく、数多の世界の伝承を歌うこともない。


 ただ、彼にはある存在だけが寄り添っていた。

 永遠に寄り添う眼差し。魔海より全てを見守る、ただ一つの眼差し。


 それは力ではない。彼を助けることもなく、導くこともない。

 だが決して、片時とて離れることのない、白き瞳…………。


「…………「裁きの主」…………」


 最も近しく、長く連れ合う定めでありながら、彼らは溶け合わない。

 互いがそういう存在であることを望んでいるのか? 俺にはわからない。


 ともかくも彼は白き恵みのもっとも近くにあって、そして外に居続ける。

 故に最も「まつろわぬ」もの――――――――…………。




 気付けば琥珀色の火花がすっかり弾き飛ばされて、力場は白い光と、火照る熱風に包まれていた。

 ツーちゃんの声も、誰の気配も一切感じられない。

 満ちているのは緩やかなソラ君の魂の声…………歌にも似た、豊かな律動だけだった。


 一度砕かれた逆鱗は今や時空を超えることはおろか、覗くことすら不可能なはず。

 それなのに、これから何が起ころうとしているというのだろう?


 王が何か叫んでいる。

 王…………?

 いいや、王じゃない。確かにアイツの声だけど違う。


 もっと遥か遠くから聞こえてくる。

 ずっとずっと遠く。

 もうどこにもない場所から…………。




 ――――――――…………光がオーロラみたいに揺らぐ。

 さわさわと風に撫でられるみたいに、それは次第に柔らかに翻る。

 やがて光は薄いレースのカーテンとなり、ゆっくりとひだを流し始めた。


 カーテンの奥に窓が見える。

 窓ガラスの開くカラカラという音が耳に伝わってきた途端に、俺は自分の身体が半透明に薄れ、力場に馴染んでいくのを感じた。


 熱く迸る風が俺を超えて窓の向こうへ吹き去っていく。

 一緒に飛び込んで行きたい気持ちと、留まりたい気持ちとがせめぎ合った。


 あの窓は扉だ。

 俺が今いるのは、ソラ君の力場の中。

 俺が見ているのは、彼の扉に違いない。


 俺と同じ半透明の白い魚が螺旋を描き滑り抜けていく。

 耳を澄ませば、また王の声が律動と重なって聞こえてくる。


 言葉にならない魂の底からの呼び声。

 彼のかけがえのない人を呼んでいる。


「…………」


 俺はソラ君が描いた軌跡の先…………カーテンに霞む窓の奥を見据えた。

 その先に何が待つのか、ソラ君が何をしたいのか。予感はある。本当は俺でなくて、彼の兄にこそ見せたいのだろう。 


 俺には本当にこの先へ立ち入る覚悟があるか?

 あの日も俺は飛び込めやしなかった。

 飛び込むべきじゃないと固く戒めていた。今ですら足が動かない。


 待つのは拒絶だ。…………殺したい程の…………。


 ソラ君の奏でる律動が一段と高く跳ねる。

 それは記憶にこびりついた赤い雫の滴る音とぴったり同じで、俺は刃物で深く突き刺される激痛を腹に覚えた。


「…………ッ!」


 抑えた腹から、鮮やかな血が流れ落ちる。

 誰かにやられた訳じゃない。俺の罪悪感が…………俺自身がこれを蘇らせた。


「…………」


 俺はむせた拍子に手のひらへ散った血を見つめ、それを強く握り締めた。

 そうしてもう一度、窓を睨む。

 カーテンの向こうを射る。


 フレイアの最期の笑顔が頭によぎる。

 贈られた言葉が傷に染み入る。



 ――――――――…………お二人がまた仲良くなれますように。



 紅玉色がパッと明るく胸に瞬いて、足に熱が迸る。


「…………っ、…………!!」


 俺は腹の痛みを堪えてぐっと背筋を伸ばし、両手で強く頬を打つ。

 深呼吸すると、血の錆くさい匂いが脳を抜けた。


 意識を窓の奥へと向ける。

 大きく呼吸して、ゆっくり全身を風に乗せて放つ。

 ソラ君が描いた軌跡をなぞって、窓へ滑り込む。


 勢いをつけて、カーテンを引き千切れ――――――――…………!




 俺はジューダム王に向かって、思いきり魂をぶん投げた。



「決めたぜ…………!!! 今度こそ、お前の世界を叩っ壊してやる!!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ