174-3、童心で戯れて。俺が運命の分かれ道に立つこと。
フレイアの切羽詰まった気分は、表情からも動作からもよく伝わってきた。
いちいちどこか大袈裟というか、コロコロと忙しない行動の一つ一つが妙にユーモラスで可愛らしい。
何かそれらしきものを見つけたと思っては喜んだり、落胆したり、焦ったり困ったり、時々こちらを不安げに振り返ったり。
動き回る彼女の全てが、大人になった彼女の面影(と言っていいのかな?)を感じさせる。
俺もまた屈んで辺りを探し回りながら、子供にかえったような気持ちになっていた。
実際にはオッサンのままなのは、茂みに入るにはあまりに邪魔過ぎる図体が十分証明している。
小枝が手や頬を掠める度、チクチクと痛い。
「…………って!」
何度目とも知れず手の甲を引っかけた俺を、フレイアがチラと見る。
目が合った拍子に、彼女は意を決した表情で話しかけてきた。
「…………あの!」
「ん? 何?」
「あの…………貴方のことを、なんとお呼びしたらよいでしょうか!?」
「…………ああ」
そんなことか。
そういえば、まだ名乗っていなかったな。こっちからはよく知っているものだから、ついうっかりしていた。
どうせ短い付き合いだしと肩を竦め、俺はニヤリと笑った。
「名乗る程の者じゃないけどさ…………そうだなぁ。とりあえず「運命さん」とでも呼んでくれたらいいな」
「ウンメイ様…………ですか? 「運命の君」の「運命」でしょうか?」
「そう。妙な言葉を知っているね」
「変わったお名前です」
「違いない。君は、何て言うの?」
少女は大きな真紅の瞳を瞬かせ、はにかんだ様子でもじもじと答えた。
「フレイアです。フレイア・エレシィ・ツイードと申します。…………よろしくお願いします」
「うん、よろしく」
もじもじとしていたフレイアが、子ウサギのように跳ねて背を向けまた逆鱗を探し始める。人懐こいのか人見知りなのか、よくわからない子だ。
俺は彼女の後について、草を掻き分けて進んでいった。
親元を離れて修行に明け暮れているにしては、フレイアはわりと元気そうだった。
一緒にあちこち逆鱗を探しながら、俺は彼女から色々と話を聞いた。
身の上話という程のものではないのだが、改めて彼女の子供時代の感触が伝わってきた。
「サンラインのおうち…………家には、たまに帰ります」
「うん」
「まずお父様にご挨拶して、それからおばあ様のおう…………家に、ご挨拶にいき…………伺うんです」
「一緒には住んでないんだね?」
「おばあ様はお身体の具合が良くないので、お医者様のお傍のおう…………家にいらっしゃいます」
「そっか。…………元気になってくれるといいね」
「はい。またお姉様と一緒に、おばあ様の焼いたお菓子が食べたいです」
「お姉さんとはよく会うの?」
「お姉様はサンチョーキとなられるご準備があるので、あんまり会えません。でも、お手紙はたくさん書きます」
「お父さんは…………あんまり遊んではくれないか」
「お父様…………遊ぶ…………」
考えもしなかったというような目が宙へ向けられる。
姉の方の紅姫様からもほとんど話が出てこなかったので、何となく察してはいたものの、ここまで子供の中で空気な父親ってどうなのだろう。
まぁ、貴族なんて皆そんなものなのかもしれないけれど。
フレイアは話を虚空へ放ったまま、話題を移した。
「ウンメイ様にはご兄弟がいらっしゃいますか?」
「俺? …………うん、妹が一人いるよ」
「そうなのですか。よくご一緒に遊ばれますか?」
「昔はね。一緒にかくれんぼしたり、本を読んであげたりしていた」
「いいなぁ」
零れた正直な一言に、俺は思わず言葉を見失う。
誰に向けて言ったつもりもないのだろう。当のフレイアは特に気に掛けるでもなく、足元の落ち葉を蹴ったりして地面を眺め続けていた。
俺は歩き回る小さな背中に再び呼びかけた。
「フレイアは、本は好き?」
「かくれんぼの方が好きです」
フレイアが少し遠くの木陰から顔だけ覗かせて振り返る。
彼女はピョンとこちらへ出てきて、話を続けた。
「かくれんぼなら、お師匠様とよくします」
「え!? タリスカが!?」
「お師匠様をご存知なのですか!?」
キョトンと目を見開きするフレイアに、俺は口ごもった。
「あっ、あー…………まぁ、ね」
「もしかしてウンメイ様は有名な魔術師様なのでしょうか!? お師匠様のお友達には、すごい方がたくさんおられますから!」
「うーん…………」
「まぁ」と言葉を濁し、俺は紅玉色の瞳から目を逸らした。
一見そうは見えずとも、今は時空移動の最中だ。いずれ乗り捨てていく時空とはいえ、あんまり目立つようなことはしない方がいい。
何にどんな影響が出るなんて知ったこっちゃないにせよ、わざわざ乱すこともないだろう。
フレイアはしばらく俺を見続けていたが、やがて小首を傾げて、また逆鱗探しに戻った。
「…………ウンメイ様は」
もう会話は終わったかと思いきや、唐突にまた始まる。
彼女は俺を見ずに、落ち葉を漁りながら続けた。
「…………ちょっとだけ、寂しそうですね」
意表を突かれて顔を上げると、真紅の真っ直ぐな眼差しとかち合った。
たじろぐ面持ちを俺は隠しきれなかったと見え、フレイアは手を止めて、すごく哀しそうに話した。
「…………嘘です」
「え…………?」
「とても寂しそうです」
何も言えなくなる。何もかも見透かされている気がして、胸の鼓動が大きくなった。
「…………」
「フレイアも、実は寂しいです」
「…………」
「なぜだかはわかりません。おばあ様もお姉様も、お手伝いさんのココさんも、お父様も、お師匠様も、旅で出会う方も、皆、とても優しくしてくださるのに…………」
「…………」
「お友達は、まだいません。だからかもしれません。けれど…………」
フレイアは小さな頭を俯け、胸の前に躊躇いがちに手を組んだ。
「それだけではないのです。何か…………とっても大切なものが…………ない」
夕陽が木漏れ日をほんのり赤く染めている。
樹々の合間を、乾いた風が吹き抜けた。
「…………ちょっと寒いだけかもしれませんが」
はにかむフレイアの瞳に溜まった紅玉色が、日を浴びて小粒の宝石みたいに切なく輝く。
俺が何も言わないうちに、フレイアはくるりと背を向けて再び歩き出した。
「ウンメイ様も、何かを探しておられるのでしょうか? 逆鱗を見つけたら、今度はフレイアがお手伝いいたしますね」
風に散らされた木の葉がひらひらと舞い落ちる。
俺は項垂れ、そして、足元にくすんだ虹色の欠片を発見した。




