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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
【最終章】魔道を行く者
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174-1、君がいない世界。俺が望む、唯一つのこと。

 ――――――――…………この世ならぬ雷鳴が轟き、世界は真っ白な光に包まれた。


 世界を覆い尽くす「恵み」の氾濫…………「裁きの嵐」。

 フレイアが邪の芽と、「不信」に染まった魂達と、そして彼女自身を、絶対の白日の下に晒したのだ。


 そうして俺は独り、異邦の地に残されたのだった。




 …………


 ツーちゃんの声が遠く近く揺らいで聞こえる。

 俺を呼んでいるらしい。

 まだどこかを漂っているらしいヴェルグの、強い怒りとも悲しみとも取れる叫びが真っ白の中を無力にひた走っている。片割れであるツーちゃんは、必死になってそれを追いかけていた。


 ああ…………どうでもいい。

 もう全部、どうでもいい。

 何もかも俺には関係の無いことだ。


 …………いなくなってしまった。

 俺の唯一つ。

 俺の大切な人…………。


 混沌に混じって俺まで漂白されていく。

 心に巨大な穴が開いて、感情がちっとも通わなかった。空っぽだからなのか、飽和しているからなのか。とにかく壊れてしまった。


 全身がバラバラになりかけている。

 立っていられない。

 タカシが必死に呼びかけてくる。

 煩わしい。


 …………もう駄目だ。

 フレイア(あの子)がいない。

 あの惑わしい紅玉色の瞳にも、はにかむ笑顔にも、鮮やかな火蛇の炎にも、もう触れられない。


 信じたくない。

 信じて…………戦い続けるなんて、絶対に無理だ。


 立ち上がったら、歩き始めたら、時が流れてしまう。

 あの子が過去になる。

 認めたことになってしまう。

 クラウスがいなくなったのと同じように…………。


 魔海でまた会える、なんて綺麗ごとだ。

 俺は、俺が知っているままのあの子に会いたいんだ。

 この世界で、二人で、ずっと一緒にいたかったんだ。


 ああ、嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ…………!




 …………




 ……………………





 …………………………………………





 …………ふと、ポケットの中の小さな欠片へ意識が落ちる。

 俺はしばし――――瞬き程の時間だった――――躊躇ってから、おそるおそるその欠片を手に取った。


 虹色に燦然と輝く正方形。その欠片はエレノアさんと翠の主に渡された時よりも一段と妖しく、美しく、命を漲らせていた。


「女王竜の逆鱗…………」


 雷鳴の名残がまだ頭に響いている。

 鮮烈に閃いた考えに、俺は深く取り憑かれた。



 …………これを使えば、フレイアが戻ってくる…………?



 いや、正確には違う。俺が…………ここじゃないどこか、こんなはずじゃなかった時空に飛んでいくんだ。

 こんな血まみれの戦なんか起こらなかった世界へ。

 クラウスも、ヤガミも、助けることのできる世界へ…………。


「…………」


 フレイアごと裁きの嵐に飲まれたはずの邪の芽の声が、未だに聞こえてくる気がする。


 俺を優しくけしかけてくる。

 気怠く唆すその姿が、まざまざと頭の中に見えた。



 ――――…………何を躊躇することがあるんだ?



 俺は俺に耳を澄ましている。

 欲望と希望が混ざり合い、白く眩い世界に黒々とした渦を成している。

 15歳じゃない、等身大の俺の声は、魂によく馴染んだ。



 ――――もうどうでもいいじゃないか。

 ――――彼女を失った世界に守りたいものなんてないだろう?



 俺が守りたいもの。

 旅の理由…………。


 胸に大きく開いた(うろ)を覗き込むと、やっぱり何もなかった。



 ――――ヤガミ?

 ――――サンライン?

 ――――時空の扉(グレンズ・ドア)



 記憶が溶けるように虚ろに飲み込まれていく。

 みるみる色を失って灰色に霞んでいく日々が、俺には本当に幻の如く感じられた。



 ――――正直、地球(オースタン)だってどうでもいいはずだ。

 ――――そもそもお前は要らない人間だったんだよ。

 ――――覚えているだろう? カーテンの中のあの無力な時間を。

 ――――世界にとってお前は全く必要じゃなかった。

 ――――お前がいてもいなくても、何も変わりゃしない。

 ――――…………何にも…………。



 俺は俺を先回りして話し続ける。

 抗うことはできなかった。



 ――――「扉の力」? …………笑わせる。

 ――――力のある人間なんていくらでもいるし、どうせ広い世界だ。

 ――――替えはきくだろう。

 ――――きかなくても、お前がいないなりになるようになるだけ。



 言葉がメリーゴーランドみたいに賑やかしく回る。

 次第に速く、崩れた旋律を奏でながら。



 ――――大体そんな力で何が取り戻せるって言うんだよ?

 ――――失われたものは返ってこない。

 ――――お前は失敗したんだ。



 「扉の力」では過去には戻れない。



 ――――そうだ。

 ――――ここが行き止まりだ。



 フレイアはもういない。

 天国でまた会えるとか、魔海で溶け合うとか…………皆、同じ無に還るとか、考えて納得するしかない。



 ――――受け入れたらそこで終わりだよ。



 …………歩き始めたら、世界は変わる。

 時は流れていく。



 ――――そう。

 ――――でも、考えてみれば今までと大差無いだろう?

 ――――過去を残して、新しい世界を切り拓くんだ。

 ――――…………いつものことだ。



 …………この世界を置いて。



 ――――いつだって置いていっている。

 ――――何、誰も気付かないさ。

 ――――お前がいなくなった後のことなんて、気にする必要無いのさ。

 ――――お前にはお前の、新しい世界がある。



 逆鱗を使えば、やり直せる。



 ――――どうせ一度壊れた世界から来たんだ。

 ――――同じだ。

 ――――問題は何も無い。

 ――――信じて見つめれば、それが紛れもない「現実」になる。



 あーちゃんの時は、俺も知らなかった。

 だから幻の沼に落ちずに済んだだけ。



 ――――…………すぐに慣れるよ。

 ――――あの紅玉色の瞳にもう一度見つめられたら。

 ――――きっと何もかも、どうでもよくなる。



 …………もう一度、あの子に会えるなら。



 ――――会えるさ。



 俺は…………。



 ――――会いに行こうよ。

 ――――それから、やり直せばいい。

 ――――何だって、何度だって。



「…………」



 そっと逆鱗を握り締めると、ほの温かい七色の光が俺を包んで溢れた――――――――…………。

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