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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
「勇者」と銀狼の騎士
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171-2、皆殺しの魔女と血の旋風。私が地獄の中に雪の白さを見たこと。

 突如現れた幻霊の爪が私とグラーゼイさんを捉える。

 刹那、魔人の閃光が幻霊を飲み込んだ。


「キャアァァァ――――――――――――ッッッ!!!!!」


 ずっと我慢していた悲鳴が飛び出る。

 咄嗟に私を抱いて伏せたグラーゼイさんは、燃え盛る緑色の炎に焼かれて悶える死者達の中で躊躇わず立ち上がり、すぐに私を抱えて駆け出した。


 血が…………。

 グラーゼイさんの身体から、血がたくさん流れ出て行く。

 私はすぐにでも降ろしてもらって自分で走りたかったが、それはそれできっと足手まといになる。

 眼前の壮絶な光景に黙るより無かった。


 炎に包まれながら、それでも斬りかかってくる兵士達。

 燃え崩れる身体で這い寄ってくる太母の信徒達。

 自身を焦がす火をも操って、私達を道連れにするべく走る魔術師達。


 何もかもがおかしい。もう誰が誰と何のために殺し合っているのか、わけがわからない。

 ジューダムの竜、魔獣、魔人の攻撃。怒涛となって入り乱れる全てを頭は完全に拒否していた。

 もう何にも理解できない。

 したくない。


 ただ怖かった。怖いのはいつまで経っても慣れないどころか、どんどんひどくなっていく。

 リケはどこへ行ったの? 幻霊だっていなくなったわけじゃない。どちらも絶対にまた襲ってくる。

 私、本当にもう二度と家へ帰れないかもしれない…………!


 叫び出したいのを、流れ出るグラーゼイさんの血の熱が押し留める。

 何もかも信じたくないのに、全部夢だと斬り捨てたいのに、どう足掻いても逃れられないのは、この血のせいだ。

 私を抱くグラーゼイさんの腕は力んで少し痛かったけれど、それよりもずっと心強かった。


 戦場を駆けていく私達の上空には、大きく複雑な魔法陣が輝いている。グレンさんの描いた魔法陣だろう。だが、それは所々危なっかしく揺らいでいて今にも途切れそう。

 魔法陣と夜空の境を、シスイさん達の竜がくるくると舞っている。

 時折、ウィラック博士の魔術がサーチライトみたいに地上と空とを赤く貫いた。


 と、私達の行く手を一本の矢が遮った。


「――――キャッ!」


 矢は私の頭を危うく掠めて地面に勢いよく突き刺さる。

 グラーゼイさんは矢が放たれた方角へ切っ先を向け、声を張った。


「出てこい、アルゼイアのイリス!!!」


 凄まじい剣幕に辺りの空気が一斉に震え上がる。

 呼びつけられた魔女は、倒壊した瓦礫の上に姿を現し、けばけばしい紫色の唇を邪悪に歪ませた。


「アハァ、か弱い少女とその騎士(ナイト)様って感じですかー? 羨ましいことですねー。イリスちゃんも白馬の王子様に守られたぁ――――い!」


 新たに番えられた矢が、グラーゼイさんへ狙いつけられる。右目に嵌まったモノクルの奥のアメジスト色の瞳が、ギラギラと粘っこく燃えていた。


 グラーゼイさんは私を下ろし、静かに両手で剣を構え直す。

 イリスは冷ややかに――――ぶ厚く塗りたくられたファンデにクッキリとした皺が寄るのが恐ろしかった――――目を細めて、言った。


「正直見くびってましたよー、隊長さぁん…………。案外お強いんですねぇー。リケちゃんが仕損じるのはままあることではありますが、こんだけマジの本気の殺意が貴方目掛けてズブズブぶすぶす飛び交っている力場のド真ん中で、よくもまぁーまだその程度の傷で済んでるもんですー。…………ちょぉっと異常ですねー…………」


「あ」とイリスは意地悪な喜色を浮かべ、ケラケラと言葉を継いだ。


「あ、あーっ! わかっちゃった、わかっちゃった♪ 勇者ちゃんのせいじゃないですかー!? 勇者ちゃんが世界を捻じ曲げてるんでしょー? だってだって、世界はいつでもどこでも、ぶっ壊れどチートの勇者ちゃんの思うがまま望むまま、アレンジ自由自在って話でしたもんねー? じゃあ、騎士(ナイト)様が死ぬわけないっすねー。このこのっ、ヒロイン気取りめー♪ …………あー、マジでムカつくわー…………」


 私は恐怖やら混乱やらで震えるばかりだった。

 あの女は何を言っているのだろう…………。

 私の力はそんな都合の良いものじゃない。彼女の言う通り器用に扱える代物なんかじゃ全く無いのに。


 向かい合う緊張を弄んで、イリスは冷たく騒がしく甘ったるく喋り続けた。


「の、割には隊長さん結構冗談じゃなく抉られちゃってますけどねー。そういうのが趣味なんですかー、勇者ちゃん? うわぁー引いちゃうなー。…………まぁでも、その道のプロたるイリスちゃんから見れば、まだまだまだまだまだまーだまだまだですけどねー。

 結局、全部全部全部悲劇のヒロインのおままごとって感じですもーん。お子ちゃまにはきっとまだ早いんでしょーねー、血のカ・ン・ノ・ウは…………♪ まっ、かえって真綿で締め付けてくみたいな感じになってて、ある意味余計に悪趣味っちゃー悪趣味ですけどもねー」


 グラーゼイさんは魔女の吐く毒液に眉一つ動かさなかった。

 私がいなければ、きっと自分から斬りかかっていけただろう。だが、あの女は恐らく筋金入りの性悪だ。こうやって差し向いながらも、むしろ私の方を狙っているのだ。

 イリスはつまらなそうに鼻息を吐き、独り言を重ねた。


「んー…………にしても、そうあからさまにカウンター待ちされると萎えますねー。クソゲー? クソゲーのモブ敵ですかー、センパーイ? はーん?

 …………ったく、男なら覚悟して潔くかかって来いよってんです、なっさけなーい! 陰湿な男ってモテませんよー? 特に私みたいな若い子にはっ☆

 っつーか、わかってますかー? イリスちゃんがどんなにどんなに可愛いからって、いつまでもこうしてはいられないんですよー? …………ホラ! お友達がどんどん来ちゃってまーす!」


 周囲で何かが大量に蠢く音がして、私は警戒を散らせる。

 見れば、まだ生きている――――恐怖に濁った目がそれを知らせていた――――サンラインの騎士達が、見るだにおぞましい姿の魔獣に追い立てられてこちらへ剣を向けていた。


「…………お前達、何をしている!?」


 グラーゼイさんが初めて大きく表情を変える。

 私は連れてこられた彼らが、先程見送ったはずの若い騎士達であることに気が付いた。皆一様に蒼褪め、異様に身を震わせている。

 イリスの投げやりな口調が、耳にべったりこびりついた。


「言っときますけどー、イリスちゃんのせいじゃないですからねー? その子達は…………。イリスちゃんなら、そんな若い身体をそんな風に浪費するような勿体無いマネ、絶対にしないですからー。…………んでも、そうなった以上はさっさと斬ってあげちゃった方が親切ってものですよー。…………もう治らないですからねー、そ・れ」


 治らない…………?

 冷や汗が全身に湧き出る。

 騎士達が次々に剣を取り落し、咽喉を掻き毟って絶叫した。


「うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――ッッッ!!!!!!!」

「どうした!?」


 グラーゼイさんが微かに切っ先を下げ、騎士に寄りかける。

 途端に、イリスの矢が放たれた。


「危ない!!!!」


 私は咄嗟にグラーゼイさんの腕を掴み、身を逸らす。

 矢は私達の脇を掠め、次いでいくつも風切り音がしたかと思うと、雨の如く矢が降り注いだ。


「キャアア――――――――ッッッ!!!」


 グラーゼイさんが何か唱え、周囲に風を巻かせて矢を打ち払う。

 そうこうするうちに、騎士の一人がこちらへ猛然と斬りかかってきた。


「ッ!!!」


 声も出せずに身を屈めるも、高い金属音が鳴って直前で刃が食い止められる。

 グラーゼイさんはギラギラと輝く獣の瞳を、怒りに震わせて相手を見つめていた。


「…………! この力場の匂いは…………!」


 騎士の目を覗き込むと、そこには死者達と同じ虚ろが深々と溜まっていた。

 私は鳥肌を立て、唾を飲む。

 そうこうするうちに、イリスの矢が甲高い奇声と共に再び雨と放たれた。


「パーンッ!!!!! 花火、パーンッッッ!!!!! パーンッッッッッ!!!!! パーンパーンッッッッッッッ!!!!!!」


 グラーゼイさんが本物のオオカミのように唸り、全身の毛を逆立てる。

 彼は吠え声じみた声で何か怒鳴ると、一段と激しい旋風を刃に渦巻かせて向かってくる騎士達と魔獣、降り注ぐ矢を悉く凪ぎ落していった。


 狂暴とさえ思える、凄まじい獣の咆哮が響く。黒い魚の声なのか、魔獣達の鳴き声なのか…………いや、グラーゼイさんの叫びなのか、わからない。

 私はひたすらに身を竦ませていた。


 血飛沫が飛んでくる。

 私と同じように、グラーゼイを慕って頼りにしていた騎士達の血。

 もう傷など一切気にせず身を暴れさせるグラーゼイさんから迸るたくさんの血。


 血をまぶした金平糖を舐めるような嫌な感触が、舌と咽喉を焼き続けている。

 イリスが何か喚くと、その味はより生々しく吐き気を催させた。


「…………ッハァ!!! ったく鬱陶しいったらないですねー!!! いつまでやる気ですかー!? 死ぬまでー!? ねぇ、じゃあいつ死ぬんですー!? イリスちゃんじれったーい! 待ちきれなーい! ねぇねぇねぇねぇいついついついついつ――――!?」


 絶えず矢が降り注ぐ。十重、二十重とその攻撃の範囲は急激に広がっていく。

 無数の矢は夜空に展開するグレンさんの魔法陣までもズタズタに斬り裂き、ついには完全に塵と砕いた。

 矢は私達だけでなく、死者の軍勢の上にも、スレーンの竜の上にも、魔人の上にも容赦無く降る。


 グラーゼイさんの旋風は泥と血を巻き込み、赤黒く染まっていた。

 オオカミの横顔は憤怒にまみれ、私などが入り込む余地は一片も残っていない。

 イリスの甲高い声が鼓膜を延々苛んでいた。


「アハハハハハハハ――――――――!!!! 無差別殺戮マジ楽しい――――――――!!!!! ッパーン!!!!!

 仲間とか! 家族とか! 誇りとか! 愛とか! 正義とか! イリスちゃん、何一つわからないんですよねー! ぜーんぶ全部圧倒的パワーで踏みにじってやるー! 感動ポルノ劇場なんかズッタズッタにしてやるぅ――――――――――!!! ヒュゥ――――――――!!!!!

 っつーか、どいつもこいつも弱過ぎー! 才能無さ過ぎー! どうしてー!? ウケるー!!!

 ってか、こーんなクッソみてぇな世界でぇー、なぁーにがどぉーしてそんなに惜しいってんですー!? なぁーんも持ってないくせにぃー、なぁーんも積み上げられないくせにぃー、どーしてーっ!? ねぇどーして――――――――!? 死ぬよりマシなことって実際アンタ達にあるんですか――――――――!? ッハァ――――――――ン!?」


 剣風が苛烈に吹き荒ぶ中、死者の軍勢が俄かに割れる。

 グラーゼイさんはすかさず波の谷間へ剣を向けたが、その燃え輝く眼差しはいつになく強張り、怒りと興奮の熱にまみれていた。


「…………?」


 私もまた、彼の視線の先へと目を伸ばす。


 その先には、グラーゼイさんと同じオオカミそっくりの顔をした、小柄なサンラインの騎士がいた。

 年古ふりた印象を受けるその牙と毛並みは鈍く柔らかに白く、研ぎ澄まされた名刀のような雰囲気を醸し出している。


 騎士の閑寂とした立ち姿に私はしばし見惚れた。

 一瞬だが、私は地獄を忘れさえした。

 騎士は白銀の毛に埋もれた瞳を真っ直ぐグラーゼイさんへ向けていた。


 吹雪に煙るような、霞む青を…………。

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