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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
「勇者」と銀狼の騎士
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171―1、ありふれた世界の終わり。私が四つ足の魔獣に踏み潰されること。

 イリスの放った矢が空中で砕け散る。

 その残骸を光のワイヤーで繋ぎ留めるみたいに、グレンさんが素早く魔法陣を描いた。

 ウィラック博士の魔術が時を掴んで歪ませる。

 瞬間、グラーゼイさんの大剣が地面を擦って砂を巻き上げ、リケへと降りかかった。


 邪悪な猫又のシルエットは砂埃の内に消えたかと思ったが、次の刹那にはあちこちに幻影を映し出していた。


「ニャオ。なんと姑息な手…………。賢いワンダ、褒めてあげましょう」


 全ての猫の影が同時に喋る。

 絶えず滴り続けるグラーゼイさんの血が地面を赤黒くゆるませる。

 私は何重にも重なって聞こえてくるリケの声を震えながら聞いていた。


「リケは、本当はどうでもいい」


 グラーゼイさんの刃が影の一匹を斬り付ける。

 現れたのは、死者の軍勢を成していたサンラインの騎士だった。

 死体の返り血がグラーゼイさんの鎧へ飛び散る。騎士は鈍い音を立てて、地面へ力無く倒れ込んだ。


 猫又の声はその遺体を丁寧に踏みつけるように、無感情に響いた。


「どこでも、リケはリケ」


 グラーゼイさんは斬り返し、また別の影を斬る。

 砂埃がいつしか一面に分厚く立ち込め、私達をすっかり囲い込んでいた。

 グレンさんとウィラック博士の姿が見えない。分断されてしまったの…………?


 今や無数に増殖したリケの影から次々と声が響いた。


「ヴェルグさんが望むもの」

「まだ見たことの無いもの」

「リケもちょっとだけ」

「見てみたい」

「それだけ」


 どこからか警告灯じみた真っ赤な光線が一条、灯台みたいに辺りを照らし過ぎる。

 光を浴びた影がいくつか慌てて逃げ出したが、残った影は微動だにせず話を続けた。


「リケは何にも属さナい」

「リケは」

「リケのまま」

「リケには」

「難しくニャイこと」

「世界の終わり」

「ただの」

「お祭りナ」


 グラーゼイさんが剣を舞わせ、影を千切ってはその背後にいる死者を斬り捨てていく。

 その傍らを、ふいに四つ足の獣が軽妙な足取りで通り過ぎた。それはからかうように剣を避けて跳ね回り、やがて私の足元へ降り立った。


「――――勇者殿!!!」


 獣は即座にグラーゼイさんの剣の切っ先で弾き飛ばされる。

 点々と転がって動かなくなった獣はたちまち幻みたいに姿を溶かして、後にワンダの死骸を残した。

 ギョッとする私達の後ろから、また淡々とした声が響いた。


「踊るワンダに」

「見るワンダ」

「同じナンとか」

「踊らニャそんそん」

「そん」

「そん」

「そん」



 また獣の気配が迫る。

 グラーゼイさんが私を庇い、切っ先を翻す。

 だが猫又の爪は刃を器用に逸らすと、踊るように身を返してグラーゼイさんの肩を血に汚れた鎧ごと斬り裂いた。


「ぐぅっ…………!!!」

「グラーゼイさん!!!」


 縋ろうとする私を、オオカミの鋭く尖った視線が留める。

 彼は毅然とした表情で剣を構え直すと、私を見ずに言った。


「心配無用です。…………なるべくお声を立てぬよう」

「…………」


 溢れ出る鮮血は夥しい。

 どうしよう…………。

 その場に縫いつけられたみたいに身体が動かない。魔術のせいなのか恐怖のせいなのか、本当に区別がつかない。


 また赤い警告灯が辺りを鮮やかに照らして過ぎる。

 いなくなった影と、過ぎ去った後にまたやってきた影。どちらが多いのだろう?

 リケはそれぞれの影を別々のタイミングで伸びをさせ、言葉を重ねた。


「ニャー…………」

「嫌な明かり」

「とてもうるさい」

「いやだ」

「いやだ」

「先にやるか?」

「あのウサギ」


 グラーゼイさんが殺気に反応し、剣を真横に振り抜く。

 一瞬だけ姿を現した四つ足獣は、紙一重で飛び退いてまた砂埃の中に姿を隠した。


「…………やれやれ」

「ワンダのくせに」

「ネズミみたいにせせこましい」

「…………つまんナい」

「リケは」

「飽きてきた」


 サーチライトのように、赤い光が何条も差し込んでくる。

 色的にそうなのではと薄々思ってはいたが、これってやっぱりウィラック博士の魔術なのか。

 リケの影達は、光を避けるように歩き回り始めた。


「んー、うるさいナー…………」

「どうしたものかナー…………」

「ナー…………」

「とりあえず」

「ひとまず」

「簡単に」

「やるか」


 ふいに砂埃が晴れる。

 と同時に、一体いつの間に集まったかわからない死者の軍勢が、一斉にこちらへ雪崩れこんできた。


 悲鳴を上げそうになるのを、歯を食いしばって堪える。

 そんな私を、グラーゼイは大きく踏み込んで庇い剣を振るった。傷ついた肩や脇腹から、一層大量の血が流れ出る。

 彼の大きな刃の上を白い風が激しく覆ったかと思うと、その風は竜巻となって軌跡を走り大群を薙ぎ払った。


 グラーゼイさんの刃から風が散り、名残の空気がクラゲの針みたいに肌に刺さりくる。

 強い魔術の使用は幻霊を呼び寄せると、シスイさんが言っていた。

 今、またアイツらがやってきたらどうしよう…………!?


「ニャ」

「…………世界はいつもおんなじ」

「争いニャんて」

「いつも」

「どこでも」

「今日は結局」

「いつもと」

「おんなじ日」


 予期したとおりに、幻霊の気配が私達の頭上にひんやりと重く垂れこめる。

 リケの言葉は、死者達の凄まじい呻きの中で奇妙にハッキリと聞こえた。


「さようなら、ワンダ」

「さようなら、勇者」

「お元気で」

「ニャア」

「…………また会う日まで」

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