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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
「勇者」と銀狼の騎士
382/411

170-2、魔人と竜の申し子達。私が哀れなパスボールの気持ちを知ること。

 魔人の周りでは一匹の竜が忙しなく飛び回っていた。私とシスイさんが乗っている竜よりも一回り大きい。


 誰かが乗っている。その人も一回り大きい。

 豪快に高笑いしながら、巨大な薙刀のような武器を振り回している。


 人…………?

 いや、あれは…………鬼だ!

 赤鬼だ!!


「シ、シスイさん!!! 鬼が!!! いや魔物が…………っ、あの、竜の上に…………!!!」


 ここへ来てさらなる怪物が! と慌てる私に、シスイさんは落ち着いた声で応じた。


「いや、あれは味方だ! 見紛う気持ちはわかるが――――…………アードベグ! 交代しよう!」


 シスイさんは赤鬼へ大声で呼びかけるなり、急降下ざまに竜を捻らせてあっという間に方向転換すると、鬼が乗っている竜目掛けて一直線に駆けていった。

 向こうもまた、こちらへすっ飛んでくる。


 あわや衝突すると目を瞑った刹那、私と竜を繋いでいたハーネスがいきなり解かれ、私は宙へと放り出された。



「――――――――――――――――ッッッ!?!?!?!?!?!?」



 悲鳴も上げられないその隙に、鬼が隆々とした腕で私を捕まえ自らの竜の上へと叩きつける。


「ぶぇっ!!!」


 叫ぶ間に乱暴にハーネスで竜の背に括られて、私の目の前には今度は一面藍色の鱗が広がる。


 おずおず振り返ると、見るも恐ろしい風貌の大鬼が――――割ったばかりの柘榴みたいに艶めく赤い肌をした、厳めしい大男が――――ニカッと牙を見せて笑っていた。


「キャアアアアア――――――――ッッッ!!!!!」

「あーっ! 落ち着け落ち着け! 怖くない!! オジサンは怖くない!!」

「怖い!! 怖いよ――――!!」

「怖くない!! 怖くないぞ――――!!」


 ひとしきり叫び合ってから、ようやく互いに息を整える。

 どうやら彼は、アードベグという名のれっきとしたスレーンの兵士であるらしい。


「ハァ、ハァ…………すみません。つい…………」


 疲れて項垂れる私に、赤鬼は大きく息を吐いて返した。


「いいえ! 坊ちゃんが無茶苦茶しよるからです! 本物の「勇者」殿が驚かれるのも全く持って当然のこと!」

「坊ちゃん…………シスイさんのことですか? …………そうだ! シスイさんは!?」

「心配要りやせん! 大したもんですよ、我らが頭領は!」


 遠巻きに見やったシスイさんとその竜は、私を乗せていた時よりも遥かに軽く勇ましく空を舞っていた。


 竜上で弓を引くシスイさんの放った矢は勢いよく空を裂き、巨大な槍へと形を変える。

 槍は魔人を貫くには至らないまでも、うまく動きを牽制してあの緑色の閃光を放たせない。私達の方へも寄せ付けない。


 彼の他にも、何匹かの竜が魔人の周りに集っていた。乗り手はいない。とすると、ジューダムの竜だ。


「アードベグさん! シスイさんが囲まれてます! 助けに…………」

「あぁ、見えとります! …………だが何のあれしき! 坊ちゃんならばすぐに振り切りましょう!」


 高速で藍色の竜が夜を翔ける。暗くてよく見えなかった山肌が思ったよりも近付いてきていてギョッとする。

 ロクに振り返る余裕は無いが、閃光の瞬く気配がチラチラと視界の端を揺らした。


 アードベグさんは突如片手で大薙刀を構えると、叫ばずとも聞こえるにも関わらず、やたらな大声で私に呼びかけた。


「――――勇者殿ォッ!!!」

「は…………はい!?」


 つられて声が大きくなったのに応じて、相手の声はさらに大きくなった。


「しくじり申した!!! お覚悟を!!!」

「へぇっ!?」


 アードベグさんが太く響く雄叫びと共に、大薙刀を振り回す。

 驚きやら恐怖やらが悲鳴になるよりも圧倒的に速く、突如として竜の下に曼陀羅じみた魔法陣が広がった。


「ひっ!?」


 見れば、私達を囲うように魔法陣はあちこちに輝いている。

 それらは緑色に眩く輝いたと思うや否や、大地から空にかけてを無数の閃光で貫いた。



「キャアアアアア――――――――ッッッ!!!!!」



 轟音と爆風と雄叫びをいっぺんに浴びながら、私は必死で身を縮める。

 続く高速の旋回上昇下降反転もう何が何だかな三次元軌道を、私は歯を食いしばってとにかくやり過ごす。

 アードベグさんの大声が、ただでさえ痛む鼓膜を一層痺れさせた。


「うむぅ、何たる陣の数か!!!! これは抜け切れぬ!!!! やはりあの魔人を倒すしか――――…………坊ちゃん!!!!」

「ああ、そのようだ!! 全く、狭い空だ!!」


 いつの間にやらシスイさんがすぐ近くへ飛来してきている。

 彼の竜の翼が微かに傾くのを認めた次の瞬間、ハーネスが解かれる解放感、そして宙に放り出される無重力の浮遊感を私は再び味わった。


「キャアアアアア――――――――――――ッッッ!!!!!」


 叫び終わったその時にはすでに、私は無事にシスイさんの竜の背に巻き付けられていた。

 直後、魔人の閃光がアードベグさんを狙って放たれ、アードベグさんと竜は間一髪身を翻して躱した。

 シスイさんは深く鋭い旋回で、すかさず魔人へ向かって竜を走らせた。


「私、ラグビーボールじゃないんですけども!?」


 私の涙ながらの訴えに、シスイさんはちょっとばかり眉を顰めて言った。


「らぐびぃ…………? …………それより、申し訳ないが逃げ切るのは難しくなってしまった。俺の読みが甘かった。あの魔人は、いつの間にか退路に魔法陣を仕掛けていたらしい。…………気脈の把握が速過ぎる。全く…………」


 苦しそうな表情に、私は何も言えなくなる。

 彼は襲い来るジューダムの竜を難なくいなしつつ、アードベグさんと激しくぶつかり合う魔人の様子を窺いながら続けた。


「…………あの魔人、体術もさながら魔術も相当な手練れだ。討伐するには、俺とアードベグだけでは心許無い」

「どうするんです…………?」

「あちらの魔導師達に助けを乞おう。…………行こう!」


 アードベグさんが雄々しく詠唱し、大薙刀の刃を魔人に仕掛ける傍らを、シスイさんを乗せた竜が素早くすり抜ける。

 アードベグさんの一撃が魔人の肌を大きく斬り裂く。

 だが魔人は斬撃に怯むことなく、身を捻って強かにアードベグさんを翼で打ち落とした。


「アードベグさん!!!」

「――――なんの!!!」


 追撃してくる魔人の拳を睨んで、赤鬼の銀色の瞳が恒星の如く輝く。

 彼は自らの竜を蹴って宙に飛ぶと、向かってくる拳に薙刀を突き立てて身を返し、そのまま引き抜いた刃で魔人の首を狙った。


 魔人が咄嗟に後ろに身を引かせる。

 と同時に私の後ろで、弓を引く突っ張った音がした。


「アードベグ!!!」


 シスイさんが白く輝く矢を放つ。

 赤鬼は滑り込んできた自分の竜に飛び乗って、放たれた矢を――――すぐに大きな槍へと変わった――――辛うじて躱した。


 当たったか…………!

 目を瞠るも、跳ねる心臓の鼓動は未だ暴走し続けている。

 魔人は首の直前で槍を握り締めていた。


 怒りに燃える魔人の目に極めて禍々しい光が差す。射貫かれた瞬間、本当に息が止まった。

 魔人が槍を粉々に砕き割って、すでに逃げている私達を猛追する。


 シスイさんはそこで何を思ったか、急に竜の首を上げさせて翼を畳み、背面へ倒れ込ませた。

 すると螺旋を描くみたいに、竜が一気に地面へ吸い込まれていく。

 上空を勢い余った魔人の影が高速で通り過ぎていった。


 悲鳴が地面へ突っ込んでいく。

 シスイさんは地上スレスレで竜の翼をパラシュートの如く広げると、即座に竜の身体をロールさせて旋回し、魔人から遠ざかった。


「平気か、アカネさん!?」


 問いかけに、私は首をどっち方向へ振っているんだかわからない。心臓は爆発寸前。

 シスイさんは「そうか、よかった!」と独り納得すると(よくない!)、竜を一度強く羽ばたかせて、さらにスピードを乗せた。


 一体どれだけ集まってきているのか…………。無数に群がる死者の軍勢の頭上を、ぐんぐんと追い越して竜は飛んでいく。

 やがて正面に、白銀の鎧をまとった大柄の騎士と魔導師達、グレンさんとウィラック博士の姿が見えてきた。


「グラーゼイさん!!!」


 私の声に、オオカミの耳が微かに動く。

 黄色い獣の瞳が強くこちらへ輝いたかと思うと、彼の大剣がすぐさまそれを遮った。


 振り抜かれた刃に跳ねられた死者の群れが、血飛沫を上げて宙を舞う。

 竜はそれらを越して上空を回り、グラーゼイさん達の上で止まった。


「結界を張られた!」


 シスイさんの短い説明に、グレンさんが額の汗を拭って頷いた。


「では、先にこちらへ手を貸して頂こう。幻霊を頼む。…………アカネさんをこちらへ」

「了」


「あ」と思った時にはまたも解放感、中空の浮遊感。

 成す術なく落下する私を、大きくて毛深い腕があっさり受け止めた。


「…………お怪我は?」


 低く落ち着いた声に、私は小さく頷いた。


「ない、です…………」

「くれぐれもお離れになりませぬように」


 そう言ってゆっくりと私を下ろしたグラーゼイさんの横顔は、いつも以上に険しく強張ってはいたが、心なしかどこか安堵した様子も垣間見えた気がする。


 だが、それはほんの一瞬の幻だった。

 迫りくる軍勢を相手に、彼はたちまち果敢にして勇猛な騎士…………戦の獣となった。

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