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166-2、響け! 色彩の旋律。俺が虹色の獣へ声を伸ばすこと。

 レヴィが空を泳いでいる…………。

 虹色に輝く彼は、もうすっかり元の普通のクジラの姿に戻っていた。


 廃墟の城塞に魂の歌が響き渡っている。

 澄んだ声音は美しく、優しく、おおらかで…………そしてどこか物悲しい。

 切ない痛みと胸に込み上げてくる不思議な熱が、涙の味によく似た魔力を辺りいっぱいに漂わせていた。



 ――――ppp-p-pppn……


 ――――rrr-n-rrr-n……


 ――――tu-tu-tu-n……



 聞き惚れている俺達の前に、腕を組んだツーちゃんが立っていた。隣ではフレイアが剣を下ろして呆然と立ち尽くしている。

 フレイアを囲って回る火蛇達が、歌に合わせて何とも優雅に炎をくゆらせていた。


 ツーちゃんは琥珀色の眼差しをじっとナタリーへ注ぎ、静かに口を開いた。


「…………納得できたか?」


 ナタリーは首を振り、眉を険しくして相手を睨み返した。


「やっぱり大人って最低。アナタ、謝りもしないわけ?」

「大人げないのでな。…………で、答えはどうだ? 返答次第では、貴様の「漂白」をせねばならぬ」

「…………この人でなし」

「人でもないのでな。何とでも罵るがいい。今は何より魂の答えだけが重要だ。…………ここは未だ黒い魚の腹の中。グズグズしていると、本当に街が灰になるぞ」


 ナタリーが思い切り不快を顔に刻み、息を吐く。

 彼女はもう一度大きく首を振り、答えた。


「もうわかったよ、いいよ! …………っていうか、もう私だけの話じゃないでしょう? レヴィと私がどう納得したって、この「黒い魚」を突き動かしているのはこの戦に巻き込まれた大勢の人の魂なんだもん。これ、どうするつもりなの?」


 それは俺も気になっている。

 ナタリーが許してくれて、レヴィが落ち着けば、自然と黒い魚の呪縛も解けていくものだと思い込んでいた。

 黒い魚を紡ぎ上げる呪い…………絶望しきった魂達の叫びは、一体どうしたらいいのだろう。


 ツーちゃんは組んだ腕を解いてレヴィを仰ぎ、言葉を続けた。


「ナタリー…………太母の巫女よ。貴様の祈りが要る」

「私が? 何を祈るの?」


 ツーちゃんは悠然と泳ぐクジラを眩しそうに見つめ、話した。


「あれの歌がより広く深く届けば、黒き魂はあるべき姿へと還るであろう。…………レヴィは特別な魂獣だ。その歌は、私にも計り知れぬ遥か深層にまで響く」


 ナタリーもまたレヴィを見上げ、ゆったりと滑るシルエットに目を細めている。

 俺はレヴィの歌を聞きながら、ツーちゃんに尋ねた。


「もう十分に綺麗に歌っているように思うけど…………」

「水先人の声がなくては、かの魂獣の歌は満ちぬ」


 フレイアが少し遅れて剣を収め、同じくレヴィを眺める。

 火蛇の散らす火の粉までもがキラキラと虹色に輝くようで、フレイア自身見惚れている様子であった。


 ツーちゃんは目線をナタリーへと向け語った。


「だから、貴様にあえて尋ねたのだ。…………今のレヴィを見れば、貴様の魂の色は歴然だ。だが、これよりさらに遠くへ響かせるとなれば、貴様の心の色彩はさらに敏感に伝わってしまう。…………故に貴様自身の言葉を聞きたかった」

「自分が信頼されてないって、ちゃんとわかってる?」

「大魔導師を侮るなよ。そのような感情など、些細な偏光に過ぎぬ。…………貴様の傍らにおるコウを見ればよい。貴様と干渉し合うその存在が、真実の色を投げ返す」


 ナタリーの翠玉色の瞳が俺を映す。

 確かに俺はちっともナタリーの覚悟を疑ってはいないが、こうリトマス試験紙みたいな扱いをされると気恥ずかしくなる。


 というか、あえて見て見ぬふりをしていたが、フレイアからの視線が何だか凄く居たたまれない。

 何か弁明したいが、そもそも申し開くべきことなぞ何もない。やましいことなんて本当に何もないのに、どうしてあんな目を向けられるんだ…………。


 ナタリーは大きな目を瞬かせて肩を竦めると、ツーちゃんに言った。


「本っ当に大人げない人だね…………。まぁどうでもいいけどさ。

 で、結局どうなの? そんなに心配なら、私の「無色の魂(カラーレス)」なんて黙ってさっさと漂白しとけばいいんじゃないの?」

「ナタリー! どうしてそんなこと…………」


 俺の言葉を遮って、ツーちゃんが答えた。


「せぬ。…………正直な話、そのようにした方が力場を制御しやすいことは否めぬ。…………だがな、そんな都合は全て私がよく慣れた方法というのに過ぎん。

 今は見知った道を歩む気分ではない。…………そうだ、好奇心だ。貴様の魂獣、その色彩で飼い馴らし得るか? 見せてみるがいい」


 ナタリーの横顔が、少し呆れたみたいにおどける。

 大魔導師が目敏く気付いて視線をきつくするも、彼女はちっとも動じなかった。


「あっそう。じゃ、頑張ってあげる。せいぜいまた真っ黒なお魚が飛び出てこないよう、お祈りでもしていて。…………アナタが何に祈るのか知らないけど」

「フン、子供が一丁前にグレおって」


 ナタリーがこちらを向いて歯を見せて笑う。

 とびきり爽やかで、だけどそこはかとなく好戦的な笑顔に、俺はドキリとした。


「当然、手伝ってくれるよね?」

「え? あ、あぁ…………」


 返事をしつつ俺は、おそるおそるフレイアを振り返る。

 紅玉色に燃える眼差しは、凪の海へ照り付ける秋の日差しのように燦々ときらめいていた。


 フレイアの声はあくまで穏やかだった。


「ご健闘をお祈りしております。コウ様…………ナタリーさん」


 全身の血がスゥと冷える。

 その速度を追い抜いて、ナタリーの温かい手が俺に触れた。


「それじゃあ、歌おう! …………レヴィも呼んでいるよ」



 ――――――――…………シャランと響いたのは、たくさんの宝石が擦れ合う音だった。

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