165-2、怒りの帳に包まれて。やっぱり俺が馬鹿だったこと。
――――――――…………浴びるような漆黒。
降り注ぐような歌声。
それらが小さな魚群の一匹一匹を、頭の先から尾の端まで余さず震わしていた。
チカッと、遠くで灯台の明かりに似た閃光が差す。
ツーちゃん? いや、何か雰囲気が違う。
しばらく見つめていると、それは瞬く間にこちらへ近付いてきて、俺を…………俺達を、飲み込むように閃いた。
「――――!?」
声が出せない。叫びはこだまとなってたくさんの頭の中に反響するだけ。
咄嗟に、ぞわりと魚群を割って俺は闇へとうねり逃れた。
また灯台から鋭い光が差す。
それは分かれた群れを狙い撃って群れをさらに分断させた。
光の射撃は矢継ぎ早に、容赦無く続く。
一点からだけではない。気付けば全ての方向から、サーチライトの如く俺を狙い撃ってきていた。
俺はあっという間に小さな群れへと分散されられてしまう。
文字通り散漫になった意識を必死で搔き集めながら、俺は全速力で鰭を動かした。
「――――…………っ!」
散らばった自分を少しずつ寄り集めて、また大きな群れを作り直す。集まれば集まるだけ、意識がハッキリしてくる。
光が身体を掠めると、焼けつくような凄まじい痛みが全身に走った。
脳が痺れ上がって何も考えられなくなる。小魚となった身体は、浴びた端から焼け爛れて灰となっていった。
だが痛みに悶える暇さえ、光の嵐は与えてくれない。
俺はとにかくがむしゃらに泳ぎ回った。
逃げる。ひたすら逃げる。
そんな俺達を、光は無慈悲に一匹、二匹、三匹、五匹、十匹と焼いていく。
いつしか強い潮の流れができ始めていた。
力一杯に泳ぐも、思うようには進めなくなる。流れに逆らうのを止めると、そこを狙って光が何条にも交差した。
「――――!」
間一髪で群れを割り、また闇へ奔る。
光が踊っているのか、光に躍らされているのか、段々訳が分からなくなってくる。
潮流れが急に強くうねり、群れの一部がうんと後方へと引き剥がされた。
――――いけない…………!
逃げるべく意識を飛ばしかけたその瞬間、巻き上げられた群れが集中砲火によっていっぺんに焼き払われた。
「ッ!!!!!」
神経が根こそぎ脳から引き抜かれたみたいな、激痛が轟く。
衝撃で群れから散らばった数匹の魚を、続いて光が焼き殺した。
悲鳴が自分の中で喧しくこだまする。
俺は爛れた鰭を引きずるようにして、また必死で泳ぎ始めた。追いついてこられない数匹が、光を逃れてバラバラに散っていく。
か細くなっていく意識を、俺は追いかけるみたいに掴んで泳ぐ。
ふいに正面から強い光が差し込んでくる。
逃れられない――――――――…………!
俺は真っ向から全身を焼かれた。
「―――――――――――――ッッッ!!!!!!」
真っ白に染め上げられた意識の片隅へ、フレイアの金切り声が雪崩れこんでくる。
ツーちゃんと彼女の高音の怒鳴り合いが、わぁんと脳いっぱいに響いた。
「――――コウ様!!! コウ様の力場が…………っ!!!」
「集中しろ、フレイア!!! コウには今、私が…………」
「フレイアが参ります!!! フレイアが…………コウ様が、フレイアは…………!!!」
「落ち着け!!! 貴様ではダメだ!!! 己でわかっておるだろう!!!」
「ですがナタリーさんが…………!!!」
「であればこそ!!! 貴様なぞが割って入ってはより事態が複雑かつ深刻になると何故わからんのか!!!」
「ですが、コウ様が…………コウ様が!!!」
――――――――…………ボロボロと爛れ落ちていく身体へ、さらに降りかかってくるものがある。
…………。
歌…………。
歌だ。
――――ppp-p-pppn……
――――rrr-n-rrr-n……
――――tu-tu-tu-n……
壊れたピアノの鍵盤をでたらめに叩きつけるような、崩れた響きが辺りを埋めていく。
それはやがて音階の破壊され尽くした不協和音を伴って、洪水となって溢れ返った。
――――ppgp-p-pbppnn……
――――rrzzr-n-rrrzzg-n……
――――tuh-tu-tvvu-n……
――――ppnpbgg-n-pggapp-n……
――――rrvvr-rybnnrr……
――――tuggg-tufff-tu-n-tuvrr-tuw-tuhhh……
――――pgahogjap-pj-ppafodiaeihgjmnvzpn……
――――rrafnaofjaanfoair-n-rrafanfoieaiar-n……
――――tuafhdafe-tufaofja-tufahfdaojejaoieapje-n……
――――ppfdajewjqgcgjqpawkeap-vvvvvvvn-pfdajoetjwoa;gjq:gawkgeapp-jjjjjjjjn……
――――rreawfjak;sjgairo;jfdksajhfjmz,car-rrfadjz,nmz,m:aekazma;rvvvvvvvvv……
――――tggggggggggggu-tvvvvvvvvu-twwwwwwwu-nnz;ojewa:jeaowga-tttttu……
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――――tggggggggggggu-tvvvvvvvvu-twwwwwwwu-nnz;ojewa:jeaowga-tttttu……
旋律などというものからはおよそかけ離れた、滅茶苦茶な音の羅列が俺を一片残らず叩き潰す。
歌声…………もしまだそう呼べるのなら…………は、逆巻く奔流となって、俺の欠片を八つ裂きにした。
歌が加速する。
瞬く間もなく、それは甲高い刃と化す。
回転する幾重もの音の刃は、俺をスクリューに飲まれた小魚みたいに斬り刻んだ。
絶叫が歌声に重なり、さらに刃が鋭く、速く俺を細切れにする。
もがけばもがくほど痛みが増す。
叫べば叫ぶだけ地獄が暴力的に渦巻く。
フレイアの悲鳴が聞こえる。
泣き声混じりの彼女の声は、無数の針のように俺へと突き刺さった。
壊れた歌の渦に巻き上げられると、フレイアの声はただただ不快な高音と成り果ててしまう。俺を呼ぶ声は、たちまち俺を責め立てる憎悪の色を帯びた。
怒りの壮絶さに、俺はひたすら打ちひしがれていた。
俺を苛むこの力場は、俺に何も望んでいない。
全ては「拒絶」に他ならなかった。彼女は己が受けた痛みを、そのまま俺へ叩き返している。彼女は…………ナタリーは、俺を殺したって構わないぐらいに拒絶している。
…………俺に何ができる?
彼女の痛みは、俺のせいなのだ。
俺がこの痛みの嵐を作り上げた。
あの光みたいに、俺は彼女を追い詰めた。
この醜い歌の只中へ、俺が彼女を突き落した。
散り散りになった意識がいよいよ消えかかる。
風前の灯を、フレイアの叫びがさらに残酷に痛めつける。
ツーちゃんが何か呼びかけているが、聞こえない。大魔導師の魔力の光は、刹那浮かんだと思うやすぐに歌の大渦に搔き消され、あっけなく濁る。
痛みが俺を砕く。
俺はまだ絞り出せたのかと自分でも驚くような最期の悲鳴を轟かせた。
横殴りの歌が、残った俺の最後の一片を粉砕する。
「――――――――…………」
…………甘かった。
話せばわかるだなんて、どこの馬鹿が勘違いしたのだったか…………。




