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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
フレイアの使命 俺の使命
36/411

21-2、魂の回廊とトレンデの裏庭。俺が黒衣の魔術師と向かい合うこと。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳、ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 だが魔法に不慣れなフレイアは時空の移動に失敗してしまい、俺たちは誤って別の国へ飛んでしまう。

 そうして辿り着いたのは影の国・トレンデ。俺達はそこで突然の敵襲を受ける。

 急ぎサンラインへの時空移動を行おうとしたところに現れた、魔術師イリスと魔人クォグ。フレイアは渾身の力で「裁きの嵐」を招来して敵を退けたものの、その代償として重篤なダメージを負ってしまった。

 俺は魔人との対決の後、仲間の魔術師であるツーちゃんの協力を得て、フレイアの救出へと向かった。

 ――――…………身体がぷつぷつと再構成されていく感覚は、ゲームやSF映画でありがちな量子テレポート的な装置を俺に思い起こさせた。足元から少しずつ俺を作る粒子が集まって、やがて全体が出来上がっていく、あのイメージである。


 俺はあの装置を見る度に「バラバラになった時点で一度死んでるんじゃないか?」とか密かに疑問に思っていたのだけれど、似た体験をした立場から言わせてもらうと、それに対する回答は限りなく「イエス」であった。


 死とは何か。

 話を続けるためには、まずはそれを定義しなければだが、肉体の方の定義については、今は置いておこう。そんなのパソコンに聞いてみればすぐに、心拍がどうとか、反射がどうとか答えが返ってくると思うし、何より今の俺は霊体なのだから。


 じゃあ、霊体の死ってなんだよ、って言ったら、俺は「どこにもいなくなってしまう」ってことなんじゃないかと思っている。生きている人間はおろか、幽霊だとか、神様にだって見つけられなくなってしまう。それが霊体…………心の「死」なんじゃないかと。

 

 そして俺は、精神をそんな風にするトンネルをくぐって、この「裏庭領域」へやって来た。


 俺はどこにもない場所を、誰でもない何かとして、途方もなく巨大な黒い流れに乗って、通過してきた。そんな中でかろうじて「俺」…………「水無瀬孝」を繋いでいたのは、火蛇の静かに燃えるエネルギーと、彼らから波となって漂いくる、フレイアのイメージだった。


 こっぱずかしい話、俺はあの子の笑顔だの横顔だの、その他もろもろのことばかりを考えていて、そのうちに何となく「水無瀬孝」に戻れたのだった。送り出される間際のツーちゃんのアドバイスも一応は頭にあったのだけれど、実際のところ、ほとんど自分自身のことなんか考えちゃいなかった。

 フレイアに会いたい。ただ、それしかなかった。


 いずれにせよ、旅路の果てに辿り着いた場所はトレンデの表? にも負けず劣らず、やはり奇妙な空間だった。

 夜中だからなのか、暗くてどこもよく見えなかったけれど、トレンデとよく似た農村ではあるらしかった。辺りは一面、昏々と深い眠りに包まれていて、まるで広大な廃墟だ。火蛇の明かりがなければ、俺は真っ暗闇の中ですっかり途方に暮れていただろう。


 どこかから小川の流れる音と、喰魂魚の中で響いていた、あの歌が聞こえてきていた。俺は時間が無いことを自分に言い聞かせて、早速歩き出した。


「フレイア!! 聞こえるか!?」


 俺は村の真ん中を通る道を辿りながら、勝手に右腕に巻きついていた火蛇を振りかざした。


 村はどこまでも静寂に満ちていて、フレイアからの返事は一向になかった。もちろん、ここに着いた瞬間から何度も何度も何度も意識下で呼びかけてはいたのだが、彼女の側からは時折、苦しそうな息遣いが聞こえてくるだけだった。


 俺はサラサラと流れ続ける砂時計の砂(もう4分の1は流れてしまったろうか)を一度見やって、さらに声を枯らした。


「フレイア!! どこにいるんだ!?」


 半ば予想していたが、蛇たちは無邪気な可愛いらしい瞳を俺に向けるばかりで、何も導いてはくれなかった。

 俺は村の奥へ、さらにがむしゃらに歩いて行った。


 そのうちにふと、道の先に人影が見えた。

 華奢な姿。女の子みたいだ。

 俺はきょとんと少女を見つめていたが、向こうは少しも俺に驚いていない様子だった。むしろこの出会いは当然といった佇まいで、悠々と立ち尽くしていた。


 俺は何か口をきこうとしたが、言葉になるより前に全ての語が頭の中で霧となってしまい、どうしても話し出すことができなかった。

 少女は、真っ黒だが夜目にも豪奢なドレスを纏い、吹雪にも似た無感情な眼差しでじっと俺を見つめ返していた。その唇は血のように真っ赤な口紅でくっきりと彩られ、整った顔立ちを一層迫力あるものに見せている。


 艶やかな、ややクセのある黒髪を長く伸ばしたその少女は、猫のような黄金色の瞳を鋭く輝かし、まだあどけないとも言える齢の頃にはおよそ似つかわしくない、ニヒルな口調で俺に言った。


「やぁ。オースタンの、伝承の」


 彼女は涼やかに続けた。


「まさか君を送ってくるとはな。ツヴェルグは本当に、悪趣味だ」


 俺は混迷を極める脳内から、どうにか一言を掬い取った。


「…………誰だ?」 


 ドレスの少女はせせら笑うのみで答えず、代わりにこんなことを言った。


「ハハ、他人からそれを聞かれるのは随分と久しぶりだな。悠久の時を、その自問と共に過ごしてきたものだが…………。

 それより、急いでいるのだろう? 僕と一緒においでなさい。君の行きたいところへ、どこへでも連れて行ってあげよう。ツヴェルグと違って、僕は情緒を大切にしているよ」


 俺は警戒し、首を横に振った。少女の瞳の内に刹那だけ、濁った光が差したのを見逃さなかった。

 少女は輝く金の目をゆったりと細め、続けた。


「…………ふぅん。なかなかに上質な力の持ち主だ。「扉」の魔術師…………いや、うまく削ぎ落すことができれば、魔導師級にも仕立て上げられようか。好ましいことだ。

 …………いいかい? オースタンの、伝承の」


 少女は長いドレスの裾を優雅に引きながら、こちらへ一歩迫って来た。


「君は、僕についてくる。それ以外にできることは、ない。…………運命なんだよ」


 俺は後退り、思い切って話を遮った。


「来るな! 君の話を聞く気はない。俺には、やることがある!」

「知っているとも」


 少女は冷たく言い放つと、肘まである手袋を付けた手を俺に向けて伸ばした。その手のひらには今まで見てきた魔術とはまるで異質と一目でわかる、禍々しい黒い何かが渦巻いていた。

 黒い渦は一瞬にして、弾けんばかりに膨れ上がった。


 背筋に悪寒が走ったその瞬間、右腕から火蛇が少女へ飛びかかっていった。


「あっ、オイ待て!!」


 少女は眉一つ動かさずに呪文を呟き、渦を握り潰し、わだかまる混沌を勢いよく飛散させた。

 蛇は空中で身を翻して俺の元へ戻るや否や、飛沫から俺を守るように高速で回転し始めた。頭からモロに浴びた混沌によって、彼らの美しい橙色に細かな黒い染みが散った。


 蛇に弾かれた混沌の飛沫が、たちまち周囲の草花や家屋を、悪臭を放つドロドロへと溶解していく。汚泥はマグマのごとく、黒々と大地を覆った。


 少女が手を開いて手首を返す。途端に蛇に付着していた飛沫の一滴一滴が、急激に膨張した。黒い飛沫はあぶくのように成長すると、あっという間に蛇を圧迫した。

 火蛇がのたうつ程に、泡が大きくなる。苦しげにもんどりうつ蛇達は、輝きをみるみる失っていった。


「やっ、やめろ!!」


 俺の叫びに少女は酷薄な笑みを浮かべると、両手を静かに合わせ、長い指をしなやかに絡ませて印を組みかけた。

 紅い唇が、歌うように開く。


 絶叫が暗い空に虚しく響く。

 胸に絶望が重くのし掛かる。

 蛇の無音の悲鳴。


 ――――もう………。


 覚悟して拳を握り締めた、その時だった。


 やにわに火蛇の炎が、息を吹き返した。


「!?」


 俺と少女は驚愕に目を見開いた。


 二匹の蛇は激しく燃え盛り、纏わりついていた混沌を鮮やかに焼き尽くした。彼らは直ちに身体を捻るや、左右に一気に飛び分かれた。


 少女は焼け残った混沌を再び手のひらに結集させると、今度は無数の黒い矢を作って蛇達に放った。蛇達は矢の間を優雅にすり抜けつつ、再度合流してスルスルとお互いをらせん状に巻き、俺と少女の周囲を旋回し始めた。炎が煌々と盛る。

 少女は鋭い目つきで辺りを睨み渡し、こぼした。


「抗うか、紅い目の」

 

(フレイア!)


 俺が呼びかけると、奥の納屋の陰で人影が蠢いた。

 納屋の壁に寄りかかって立っていたフレイアは、全身痛ましい切り傷にまみれていた。彼女は途切れがちな意識を必死で束ね、さらに詠唱を続けようとした。


(――――今、一度…………乞う。

 混…………沌に巣食うもの。

 仮初めの…………裏部屋の、花嫁に。

 …………を、――――…………)


 俺は発動しないと察し、途切れた言葉に被せて、ダメ元で蛇に指示を飛ばした。


「分かれろ!!!」


 蛇は言葉に応じて身を解くと、片方は上空へ、片方は地へ向けて滑り出した。少女は蛇たちを眺め口元を少し歪ませると、長い髪を揺らして一言、呪文を吐き捨てた。


 蛇の進む先に黒い泡沫がいくつも出現する。それらは現れた傍から盛大に爆発し、蛇たちを強烈な爆風で煽った。


「――――くっ!!!」


 俺は刺激性の突風に思わず顔を顰めた。だが、爆煙の中から現れた蛇たちは怯むことなく突き進み、果敢に少女へかかっていった。

 蛇たちはそれぞれ大きくターンして、もう一度絡み合おうとしていたが、二匹を見比べる少女の瞳がおぞましく輝いたかと思った瞬間、彼らは反発し合うように再び大きく分かれた。


「コウ様!!! 伏せて!!!」


 フレイアの振り絞った声に、俺は何も考えずに地面に突っ伏した。

 

 ――――キィン!!!


 直後、金属のこすれ合うような音を響かせて、背後から白いレーザー光線のようなものが走り抜けた。レーザーはそのまま無慈悲に直進し、フレイアのいる納屋を木端微塵に破壊した。


「フレイア!!!」

(無事です!!!)


 転がり出てきた彼女に合図されて後ろを振り返ってみると、街道の奥に、あの女魔術師・イリスが、和弓(どう見ても和弓だった)に白く輝く矢をつがえて立っているのが見えた。

 暗がりになっていてよく見えなかったが、イリスもまたフレイアと同様に深い手傷を負っているようであった。


「やーっと、見つけましたよぉー…………」


 イリスはやたらべとつく声で呟くと、素人目にもわかる、重心を心得た構えで弓弦をキリキリと絞りながら、正面の黒いドレスの少女に話しかけた。


「ヴェルグ様。この人たち、もうヤっちゃってもいいですか…………? 特にその、ちっちゃい野暮娘。イリス、限界です。体力的にも、精神的にも」


 イリスにヴェルグと呼ばれた少女は、どこかで見たような大仰な溜息を吐くと、冷ややかに答えた。


「仕方が無いな。少々勿体無いが、確かにこう暴れられては、完全な形で持ち帰るのは面倒がかさむ。…………ただし、魂をなるべく、汚さぬようにすること。その男は貴重だ」


 ヴェルグの目は会話中も抜かりなく火蛇に向けられており、見るからに一分の隙も無いかった。

 俺はイリスの矢先にいる、フレイアを見やった。

 フレイアは息を切らして地に膝をつき、今にも矢を放たんとする敵を、弱りきった眼差しで睨んでいた。火蛇はヴェルグの監視下でなす術なく、遠巻きに旋回している。


 俺は歯を食いしばり、残り少ない時を流す砂時計を割れんばかりに握り締めた。

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