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160-3、きらめく水晶と魂の花火。俺が紅の姫の願いに触れること。

 ――――――――…………彼方で光が弾け、無数の星となる。


 俺は小さな水晶の内から、そのきらめきをじっと眺めていた。

 よくよく目を凝らせばあちこちで、俺のほんの目と鼻の先でさえも、きらめきの破裂は絶え間なく続いていた。


「何だ、これ…………?」


 口にしつつも、答えはすでにわかっている。

 これはサンライン(この地)に生きる魂たちの、気脈への呼びかけだろう。

 誰かが魔術を使う度に、大きく、美しく…………時に胸が張り裂けそうな程に息苦しく弾けて、闇に余韻を残すのだった。


 水晶の欠片はそこら中に、数えきれない程たくさん浮いていた。

 一つの欠片は光を浴びて、また別の欠片へと光を投げ返す。


 俺はその光に飛び乗って、気脈を辿っていった。

 この水晶の正体は知れない。サンラインを走る水脈か、あるいは俺の世界(オースタン)の言葉では定義できない何かかもしれない。


 さて、紅の主はどこから仕掛けてくるかな。

 俺は魔術の輝き弾ける世界を渡り歩きながら、思考を巡らせた。


 紅の主は、フレイアのものと同じレイピアを持っていた。

 あれが単に人を斬るためのものであるのなら、わざわざ彼女が今、あの剣を構える必要は無かったように思う。


 俺の予想では、あの剣こそが彼女がこの力場へ至るための起点なのだ。

 「己の道を切り拓くための刃」。その意味ではフレイアの剣と同じ。

 だが姫は、それ以上に世界そのものを開拓するために、あの剣を使っているのだろう。


 剣が魔術を斬り裂くのは、この世界では当然極まりないこと。

 刃が描く軌道の先に、扉があることもよく知っている。


 闇に浮かぶ水晶の欠片は、キラキラ、チカチカと忙しなく輝いていた。

 まるで水面がたゆたうように。

 火の粉が踊るように。

 秒針が時を刻むように。

 きらめきは大きな螺旋を描きながら、ゆっくりと果てしなく力場を巡る。


 と、また一つ、強い光の破裂が間近で起こった。

 伝わってくる熱とほの甘い魔力の味から、フレイアのものだとわかった。

 どうやら敵と戦っているわけではなさそうだ。それにしては相手の魔力が伝わってこない。多分俺を助けようとして、どうにか力づくで力場を突破しようと試みているのだろう。

 でも、拒まれてうまくいかないんだ。


「…………ん? ってことは――――…………」


 俺はふと立ち止まり、今一度フレイアが魔術を使うのを待った。


 フレイアが魔術を使うと、光が何ともわかりやすく大きく弾け飛ぶ。彼女の焦りと怒りを丸写しするように、それには何も隠すところが無いのだった。

 俺はその素直な光だけを拾うようにして、水晶を渡っていった。


「よし、これできっと…………」


 そうして思った通り、魔法陣が描かれていく。

 何の陣かまではわからない。クラウスだかグレンだかが使っていたような…………いや、リーザロットだったかな?

 ともかく、ワルサーでもアクエリィでもない、とても複雑な形を俺はなぞって繋ぐ。


 魔法陣には必ず使い手がいる。つまり、フレイアの力場への侵入をこの水晶を使って拒んでいる者が。

 いけるぞ。魔法陣は使い手へと繋がっているんだ。そうだ…………魔法陣は扉になる。

 光の連鎖がついに途切れたその時、俺の周囲を包んでいた闇が一瞬にして白く晴れ渡った。


「――――――――当たり!」


 俺のすぐ目の前には、ガーネットの瞳を驚きに輝かせた紅の主が立っていた。



「…………扉の魔術師殿」

「もう少しお話しやすい場所に行きましょう、紅姫様。…………フレイアは少し心配性が過ぎるみたいなので」


 紅の主がまた目を大きく瞬かせる。

 フレイアによく似ていて、つい笑みがこぼれた。


「剣を」


 伝えると、彼女はすぐに理解してくれた。

 紅の主が剣を大きく翻して旋回させ、円を描く。

 その軌跡のど真ん中に開いた扉に、俺は触れた。



 ――――――――…………そして俺達は、白く柔らかな、透明な滝の中に飛び込んだ。


 扉をくぐった俺と紅の主は、白い光の雨をいっぱいに浴びて対峙していた。

 ギラギラと強烈な紅の日差しは、光の滝のカーテンに遮られて和らいでいる。あちこちで起こる魔術の破裂も、今は優しく遠い。

 キラキラ、チカチカと輝く水晶だけが、妖精みたいに自由に漂っていた。


「ここは…………」


 紅の主は剣を肩に担ぎ、まじまじと辺りを見回している。

 彼女は少し瞳を伏せて片手のひらを空に漂わせ、何かを掬い取るようにして手を握った。


 そうして開くと、何のことはない。

 細く透明な因果の糸が、ふわりと流れてどこかに消えていった。


「ふむ、なるほど。…………これが因果の力場というものか」


 紅の主の言葉に、俺は肩を竦めた。


「さぁ、どうでしょう…………。俺はただ、紅姫様の剣が拓かんと願う世界へ扉を押しただけです」

「拓かんと願う? 私が?」

「貴女の剣が」

「剣が、か…………」


 軽く眉を顰め、紅の主が己の剣を正面に立てて眺める。

 俺は疑いの一切混じらない真剣な顔を見つつ、言葉を重ねた。


「紅姫様の剣は、紅姫様の意思によってのみ力場を裂くわけではないでしょう。そこに貴女は主の心を映すし…………貴女も知らない貴女自身を走らせる」

「…………聞いている。続けなさい」


 紅の主は剣から微動だに目を逸らさない。

 俺は真紅の眼差しに宿る炎をしみじみ見守りながら、続けた。


「紅姫様は俺と話しに来たって言ってましたよね? 俺のことを知るために…………フレイアのことを、心配して」


 紅の主の瞳の火は揺るがない。

 俺は一旦口を噤み、言い加えた。


「色々言ってましたけど、要するに妹が気がかりで居ても立っても居られなかったってことですよね? それで、世界の終わりの瀬戸際も瀬戸際になって、わざわざこんなことをしている」


 改めて口にしてみると、蒼に劣らずこちらもなかなかにぶっ飛んだ姫様だ。

 紅の主は「当然だ」と顔色一つ変えずに口を開いた。


「フレイアはいつだって可愛い私の妹だ。世界の終わりも始まりも、関係無い。…………それがどうしたというのだ? 私はそんな私への解釈よりも、この力場についての貴公の見解が聞きたいのだが」


 真紅の炎を浴びた刃が、燃えるみたいに美しく輝いている。

 俺は自分の胸の内だけで溜息をこぼし、要望に従った。


「まさに、その話をしているつもりです。貴女は望んでいるんです。フレイアの未来を、本当は、何よりも強く。

 ヴェルグが描くものとは違う、賭けてみるに値するもう一つの運命を、貴女は見出そうとしている」


 瞳の炎が、強く拍動するように燃える。

 彼女は切っ先を俺へと向け、言った。


「ようやく貴公の言わんとしていることが見えた。…………つまり、この因果の力場はそうした私の渇望の表象なのだな?」

「はい」

「…………」


 数多の魔術が弾ける音が聞こえてくる。

 世界の残響は透明な滝の水音――――それは魂にしか響かない音だが――――に紛れて、不思議と優しい。残酷な悲鳴すら白く白く打たれて、清らに流れていく。


 きらめく水晶の欠片が歌っているのは、いつものあの歌だ。

 今はもう混沌に飲まれて聞こえなくなってしまった、あの歌…………。


 扉はどこにだって潜んでいた。

 紅の主が何を呼び、何を斬り裂こうとも、この力場が彼女の切なる願いである以上、潰えることは決して無い。

 俺はここでなら、どんな風にでも彼女と戦える…………話せると思った。

 俺は扉を通して、彼女の夢をいかにでも表せる。彼女が決して斬ることのできない夢を、いつまでも、いくらでも。


 紅の主はしばし俺と眼差しを交わした後、静かに剣を下ろした。


「…………やらないんですか?」


 俺の問いに、紅の主は悠然と首を振った。


「ああ、もう十分だ。…………この刃に映る貴公は、どう足掻いても斬ることはできまい。それがわかれば、もういい。…………貴公の勝ちだ」

「そうですか?」


 受けて立つつもり満々だっただけに、肩透かしを食らった気分になる。というか、「勝ち」って何だよ。語らいにきたとか言っていた癖に、やっぱり姉妹か。

 紅の主はまた剣を担ぐと、何か噛み切れない表情をして俺を見た。


「とはいえ、折角の機会だ。貴公にはぜひ伝えておきたいことがいくつかある。…………何、今度は剣でなくて構わない。時間は取らせない。私の話も聞いてはくれないか?」

「もちろんです」


 紅の主が剣を地面に突き立て、それを前に胡坐をかく。


「貴公も座るといい」


 そう勧められて、俺もまた剣を挟んで同じく座った。


 磨かれた刃に真紅の炎がくっきりと灯る。

 俺はその火に吸い込まれて、気付けば紅の主の世界…………彼女の記憶を眺めていた。

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