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155-2、黒い魚の嘆きに沈む街。俺がジューダムの大魔術を仰ぐこと。

 ――――――――…………ジューダム兵の猛攻は、デンザ達の大暴れにも怯まず続いていた。

 ネズミに似た獣。ウサギに似た獣。小鳥。蝙蝠。コスモス。タンポポ。蝋燭。弱々しい魔力が次々と立ち上がっては、あえなく吹き散っていく。


 黒い魚のわななきが、彼らの悲鳴と痛ましく和する。

 彼らは灰青色の力場に溶け、別の魂へとその影を投げかける。

 最早魔術なのか呪術なのか、見分けがつかない。

 散りゆく影を託された魂は、その輪郭をどんどん濃く、生々しく強めていく。


 トラ。水牛。クマ。イノシシ。

 大樹。大蔦。胞子。毒花。

 岩石。氷塊。熱風。稲妻。

 大河。砂河。氷河。星河。


 まさに混沌の大瀑布。

 大小様々な魔力が入れ違い、立ち替わり、薙ぎ倒される。その度に散った影はますます濃く、強い魂へと投じられていく。


 幾人かの銀騎士が力尽きて魔海へ還っていったが、デンザは一瞬たりとも足を止めない。

 無尽蔵とも思える体力と膂力を振るいに振るい、たまに労いの言葉らしきものを大声で吐いては、銀騎士達を限界以上に奮い立たせる。


 俺は半ば引き摺り回されながら、彼の戦斧の斬り裂く扉を――――爆発の、そのど真ん中を――――開いていった。


「イヤッホ――――ゥ!!! 快調!!! 絶好調!!!!」


 俺の協力をわかってくれているんだか、そうでないんだか…………。


 とにかく、彼は強い。

 迷い込んできた牙の魚の群れもろとも、デンザと彼の闘魂を宿した銀騎士達は片っ端から叩き潰していく。

 己が叩きのめされることなぞ一顧だにしない。というか、この祭りの最中にそんな野暮が介在する余地なんて、俺から見てすら一片もありはしなかった。


 あんまり凄まじいので、俺は最後の相手が眼前にそびえ立つまで、全体へ意識を向けることを忘れてしまっていた。

 というより、俺をも巻き込んで容赦無く爆発する魔力に始終翻弄されていて、良くも悪くも余計な考えには捕らわれている暇がなかったのだ。



 ――――――――…………爆風が急に静まる。

 デンザの兜が一体いつ吹っ飛んだのかはわからないが、彼の剥き出しの獣の横顔が、激しい緊張と高揚を迸らせていた。


 俺は恐る恐る、彼の睨む先へ気を向ける。

 そこにはリーザロットとフレイアもいた。二人もまた険しい顔で、彼女らが屠り残した存在を見据えていた。


 魔力場の外と内の景色がじんわり重なり合って、星の瞬きも空虚な、がらんどうの空が開けてくる。

 俺達が臨む海上には、白い2つの人影が揺らいでいた。透き通った灰青色が時折、水彩絵の具のように淡く滲む。


 俺とデンザを見下ろしているのは、全身に鎧をまとった騎士だった。王の短刀に施されていたのと同じ、細かで精緻な装飾が長剣と鎧に彫られている。

 細工の一つ一つが、今までに散った影をつぶさに纏って息づいている。

 いくつもの戦いの傷を誇る鎧は、それだけで厳めしく恐ろしく、老練な静けさを湛えていた。


 一方、フレイアとリーザロットの前には、艶めかしい女性が立ちはだかっていた。

 千年降り積もった雪を思わせるほの青い肌が、透き通って妖艶に光っている。その身の内に宿る膨大な魔力が、溺れそうな程にかぐわしく漂ってきた。

 騎士のものと同じ、精緻な模様の織られた羽衣を纏っている。長くたなびくその裾と、波打つ豊かな長髪の影に、数多の魂の色彩が色濃く刻まれていた。


 黒い魚が吠える。

 …………泣いている。


 現れたジューダムの大魔術師達はそれぞれ俺達へ構えると、ごく短く――――二人の昏い眼差しから放たれた光がこちらへ届くよりも遥かに速く――――祈りを捧げた。



 ――――――――…………「主の御心のままに」



 どこからかジューダム王の声が、灰青色の水面に一重の輪を広げた。


「――――――――其れは大いなる霊。

 ――――――――古より深く浮かびくる。

 ――――――――彼の道の暗きを寿ぐべきや。

 ―――――――――…………(しるべ)たれ、兵」


 ジューダムの騎士の長剣が振り抜かれ、海岸が一閃の下に斬り裂かれる。

 咄嗟にデンザが俺を掴んで、印と詠唱と共に後方へ爆破をかけた。


 尋常ならぬ速度で打ち込まれた騎士の剣と、爆風によって加速されたデンザのハルバードがぶつかり合い、壮絶な火花を散らす。

 騎士が力を込めると、見えない針が飛び散るみたいに辺り一帯に衝撃が走った。

 当てられた銀騎士がことごとく膝を折り、砂と化す。


 凄まじい悲鳴が聞こえる。黒い魚が大声で鳴いている。

 人、魔物、魂獣、竜、ありとあらゆるものの絶叫が、鼓膜と脳細胞をビリビリに引き千切る。

 雑然とした意識を鮮やかにつんざいて、一条の稲妻が意識に走った。


「―――――――…………遥か導け、魔道」


 王の声に繰られて、女の細く滑らかな両腕が暗い空を覆う。

 同時にリーザロットの甲高い叫びが飛んできた。


「逃げて!!!!」


 直後、熱く強い突風が俺とデンザを荒々しく吹き飛ばした。

 火蛇のシルエットが眼前を横切る。銀色の髪が俺の頬のすぐ傍を流れて、フレイアが俺達とジューダムの騎士との間に着地した。


「デンザ様!!!」

「応!!!」


 二匹の火蛇がデンザのハルバードへ素早く絡む。

 魔女の両腕が空を搔き乱し、泥のように練り上げる。それはたちまち蟻地獄と化し、多くの命を空へと引き摺り込んでいった。


 デンザのハルバードが白熱する。

 大音声の詠唱に次ぐ特大級の爆発と、燃え盛る火炎をまとった刺突が騎士へ突き出される。

 だが騎士は、難なく渾身の一撃を打ち払った。


「――――!!!」


 デンザとフレイアが目を剥く。

 騎士の刃には、それまでには見られなかった赤黒い文字が明々と焼き付けられていた。


 蟻地獄の空がアイスクリームみたいに溶けだす。

 中心にはあの太母の護手達が描いたのと同じ、古の魔法陣が禍々しく浮かんでいた。


 悲鳴が続々と響き渡る。

 空を翔ける鳳凰が、蟻地獄の奥底でねじ切られている。

 地の底で眠る大蛇が、そのまま黒く腐って溶けていく。

 戦場を駆ける火の車が、一つ残らずバラバラに砕け散ってエズワースの街を火の海に変えた。


 黒い魚の叫びが、この戦場にいる大勢の兵士の魂をどす黒く染めていく。

 どんな祈りも願いも飲み込んで、一つの混沌へと沈めていく。


 ふいに、黄金色の瞳が明るく投げかけられた。

 沈んでいく魂を見送る、穏やかな…………どこか子供っぽい眼差し。

 のしかかった凄まじい圧力に、俺は歯を食いしばった。


 黒い魚がヴェルグの視線に悲鳴を上げ、魔海に大波を立てる。

 大きく荒れ狂った津波の暴力に、街と死体の山はおが屑みたいに押し流された。

 絶叫が空を痛めつける。

 ジューダムの魔術師達が展開する魔法陣や文字が、一層輝かしく光を放った。


 蒼い潮流が俺達の周囲を渦巻き、そのままさらって空へ高く打ち上げる。

 飛沫を編んで作られた薄氷の足場を透かして、エズワースからサン・ツイードへ及ぶ相殺障壁が、音を立てて大きくひび割れた。


 ジューダムの騎士が、大剣を振るう。

 魔術師の女が古い言葉を紡ぎ、蟻地獄をさらに大きく練り上げる。


 飛び交うたくさんの緋王竜や濁竜を巨体で押し潰すようにして、黒い魚が陸へとその身をのし上げた。

 宇宙が弾け落ちる音がする。

 地獄も天国も塗り尽くす混沌が、力場に轟いた。

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