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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
【第12章】玉座に吠える
317/411

145-1、リーザロットと「蒼」の試練。俺が最後の修行に臨むこと。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けた俺は、自警団の少女ナタリーらとの出会いを経て、サンラインの歴史を左右する重要儀式「奉告祭」に参加する。

 そこで俺達は五大貴族の一人、及び異教徒「太母の護手」を手引きとした、敵国・ジューダムから襲撃を受け、危機感を募らせる。

 その後、リーザロットの悲願であり、「勇者」の使命でもある戦の和平を実現するため、俺達は少数精鋭で、都市・テッサロスタの奪還を目指して遠征を行った。

 旅はつつがなく進むかに見えたが、その途上で俺達はまたもやジューダムからの刺客と遭遇、ついにはジューダムの王…………俺のかつての親友、ヤガミと対峙する事態にまで陥った。

 魔導師・グレンの助けにより、何とか奪還の望みを繋ぐも、ジューダムの支援を行う「太母の護手」の指導者を倒して、目標達成まであと一歩まで迫ったという時、再びヤガミが俺達の前に立ちはだかった。

 大混戦の中、俺とフレイアは急遽時空の扉を潜り抜け、オースタン…………俺の故郷、地球へと逃れた。

 そこで待っていた真の「勇者」こと俺の妹・水無瀬朱音と、もう一人のヤガミ……ジューダム王の肉体を連れてサンラインへと戻ってきた俺は、最終決戦に挑むため、中立国・スレーンへ同盟を持ちかけに向かう。

 スレーンの頭領・シスイとの決闘に勝利し、晴れて同盟を結んだ俺達は、いよいよサンラインへと帰国する。

「――――――――…………掴んだか、勇者よ」



 地獄の底から、闇を這う声が響き渡る。

 彼の眼差しを浴びたその瞬間、身も凍る強烈な寒気が俺を襲った。


 漆黒の死神の魔力は極地の風の如く無慈悲で、流れる溶岩の如く熱い。

 こんなに間近で味わったのは初めてだ。

 今、俺は彼の真の魔力に魂の奥の奥から戦慄していた。


 これはまさに地獄の荒野に吹き荒ぶ大嵐だ。

 息も出来ない旋風の中、たった一滴、極上のアルコールみたいな蜜が揮発する。

 たちまち消え失せるその味の幻影に、俺は我を忘れて魅せられていた。



「――――――――…………そう。

 それが私を…………そして「主」をも捕らえて離さない、唯一の存在なの」



 俺の身体を巻いて、花吹雪が舞った。

 今もって改めて身に染みる。

 彼女…………大人になったリーザロットが紡ぎだす魔力は、子供の頃とは段違いに奥深く、濃く、甘やかだった。


 タリスカの幻を引き継いで、彼女の力は俺の内へ透き通り、やがて大輪の花が空を押し上げるみたいに星空を開花させた。

 何もかも忘れて身を投げ出したくなる、蒼い夜の揺らぎ。

 奥ゆかしく輝く蒼玉色の眼差しが、俺を真っ直ぐに見つめていた。


 ようやく我に返った俺は、子グゥブの姿で空中を舞っていた。

 眼下に広がるは荒廃した未来のサン・ツイード。瓦礫まみれの広場で、満身創痍のヤガミとクラウスが瞳を大きくして俺を仰いでいた。


 タリスカに吹っ飛ばされて、「主」の白い光に包まれて、摩訶不思議なリーザロットの少女時代に迷い込んで、ようやく蒼の館に戻ってきた俺は、放り出されたそのままの形で再び投げ返されたらしかった。



「プップキャ――――――――――――ッッッ!!!!!」



 思わず飛び出るグゥブの絶叫に、俺は今までの感慨がみるみる掻き消されていくのを感じた。

 ほんの数秒前まであんなに感傷的だったのに。あんなにやりきれなくて悲しくて、心が波にさらわれる砂のようで堪らなかったのに。

 完全復活したミナセ・コウのマインドが、あっという間に俺の肉体(タカシ)を支配していた。


 まぁいい、それより大事なのは「主」だ。

 どこへ行った?


 白く一途な水晶の眼差しの気配はまだ途切れていない。

 俺の…………というより、「彼」の本当の役目はこれからなのだ。

 見失うわけにはいかないぞ。



「――――コウ!」



 地面に叩きつけられる寸前、滑り込んできたヤガミが俺をキャッチした。

 俺はすぐさま彼の腕から跳ね上がって4つの短い足で立ち上がり、ヤガミと、彼の傍らで息を上がらせているクラウスに全力で訴えた。


 俺がリーザロットの魂に潜って、過去を見てきたこと。

 「裁きの主」と出会ったこと。

 幼いリーザロットの「依代」となり、彼女の運命の岐路に立ち会ったこと。

 見えこそしないが、「主」は今もここにいるということ。

 そして中でも一番に伝えたいのは、これから俺達が成すべきこと。

 ようやくわかった、タリスカの修行の本当の狙いについて…………!


「プキーッ! キーッ!! プキィーッ!!!

 プキャッ、グブブブブブ、ブゥー、プーッ…………グゥ!

 プキィーッ、プフーッ、フンッグゥウ…………ブフーゥッ、フンーッフッ、キィー! プーッ!

 プッ、プキャー!!!」

「畜生…………コウが狂っちまった! 師匠に何て言えばいい!?」


 ヤガミが拳を地面に叩きつける。

 クラウスは痛ましげに口を引き結び、目を逸らした。


「――――ったく、何で通じないんだよ!?」


 地団太踏んで叫ぶと、二人が同時に驚いた顔で俺を見た。


「喋った!?」

「…………ずっと喋ってるよ! どうしてわからないんだ!? 何で今はわかるんだ!?」

「それよりコウ様、一体何があったのです!?」


 もう一度話そうとしたところを、リーザロットの声が遮った。


「コウ君は私の「依代」となって、「扉」を開いてくれたの。正確には、かつての私の「依代」となってね。

 …………貴方達にも、輝かしい「主」の存在が感じられませんか?」


 彼女はひらひらと踊るように周囲に花びらを舞わせながら、ゆったりと歩んでくる。蒼い夜空と海原のワンピースに、白く滑らかな裸足。

 次いで俺達の後ろから、死神の声がした。


「白き眼差し…………お前達が「魔」と呼んでいた者の正体だ。…………勇者の力が、ここに開眼させた。

 …………姫よ、なすべきことがわかるか?」


 ヤガミとクラウスは当惑を隠せぬまま、ただ漆黒の剣士の纏う尋常でない闘気に操られて、リーザロットに向かって剣を構える。

 呼びかけられたリーザロットは、二つの刃の切っ先に臆することなく妖艶に微笑んだ。


「ええ、わかっています。今を逃せば、もう二度と謁見の機は訪れないということも。

 …………ねぇ、貴女もそう思うでしょう? 「蒼の主」」


 ハッとして、タリスカ以外の誰もが大きく息を飲む。

 その瞬間、桜色の花風がもう一陣、鋭く渦巻き広場に吹き込んできた。


 鮮やかさに思わず眩んだ目をまた見開いたその時、そこには紛れもない「蒼の主」が…………俺達のよく知る、魂の本体たるリーザロット当人が、これでもかと瞳をきつく絞って立っていた。


「…………リズ」


 リーザロットは俺達をちらと振り返り、次いで向かい合うもう一人の自分に強く言った。


「貴女は本当にいつも余計なことばかり考えますね。こんな館の奥深くに潜んでまで…………何が狙いなの?」


 リーザロットの欠片は笑みを崩さず、肩をすくめた。


「アカシ姉様の言っていたこと、今ならばよくわかります。本当に私は白々しくて、生意気。

 私の願いは貴女の願い。わかりきっているはずよ」


 リーザロットは黙って唇を引き締め、泰然と腕を組んでいる骸の騎士を睨み据えた。


「タリスカ…………一体これはどういうことですか!? 皆をこんな目に遭わせて…………明らかに「修行」の範疇を逸脱しています! 貴方はどこまで自分勝手なの!? もう一歩間違えれば、セイ君も、コウ君も、クラウスも…………!」

「「私も」ではありませんか、リズ? その人がいなければ今の私達はあり得なかったって、認めなくてはいけませんよ。これからだってそう。…………運命って本当に不思議ね。「主」ある場所にその人もまた、必ず存在していた。…………リズ、混乱しているふりはもう止めて。

 可愛くありません」

「貴女は口を挟まないで!」


 もうほんの一滴でも感情が加われば決壊してしまう。そんな危うさを抱えたまま、リーザロットはタリスカに話し続けた。


「貴方が尋常でないことは、よく承知しています。ですが、それでもあえて尋ねます。…………貴方は本気で、この戦いにコウ君達の命…………世界の命運そのものとも呼ぶべき魂を懸ける価値があると考えているのですか? それで私の「謁見」が叶うと、本気で信じているの?」


 ヤガミとクラウスがハッと目を大きくしてリーザロットを見やる。

 クラウスが、呻くように言った。


「謁見…………蒼姫様が…………。そうか。タリスカ様の修行って…………」

「俺達のじゃなく、リズのだったのか」


 ヤガミが長く大きな溜息を吐く。

 俺は二人に同調し、ピッと小さな胸と背中を伸ばした。


「リズ! 俺達は構わないぞ! 今度は、君だけの力で成し遂げるんだ! 出来るはずだ!」


 リーザロットが流れ星のように瞳を燃やして俺を見つめる。

 彼女はじっと俺を眺め、やがて肩から溶け落ちるみたいに力を抜いた。


「…………コウ君…………いえ、コウ兄様…………!」

「思い出してくれたか!」

「あぁ…………そう、そうだったのですね…………!」


 リーザロットが胸の前で手を組み、少女の笑顔を作る。

 瞳から一粒星が零れた気がしたが、彼女はすぐに拭って顔を上げた。


「どうりで、一目会った時から夢中になってしまうはずです」


 獣の視線が深々と突き刺さる。

 何の話か彼にはわからないはずなのだが、今の一言で十分だったのだろう。キツネの顔が、今にも俺を喰い殺しそうに牙を剥き出している。

 俺は刺々しく粘ついたクラウスの眼差しを甘んじて浴びつつ、彼とヤガミ、そしてタリスカを見上げて言った。


「ヤガミ、クラウス。リズには本気が必要なんだ。彼女はもう一度、あの日みたいに本当の自分を見つけなくちゃいけない。自分から「主」に手を伸ばすってことを、思い出さなくちゃいけないんだ。…………本当に戦うしか方法がないのか、俺にはわからないけど…………そうなんだろう、タリスカ?」


 虚ろな髑髏の眼窩に溜まる闇が、静かに答えを飲み込む。

 漆黒の嵐は誰にともなく、微かに俯いた。


「…………我らはそれより他に語らう術を持たぬ」


 ヤガミがタリスカを仰いで、次いでリーザロットへと視線を移す。

 彼は何も言わずに一度目をつむると、折れた剣の刃に辺りに散らばる砂礫を纏いつかせ、一つ深呼吸をした。

 再び開かれた灰青色の瞳は、朝霧のように冷たく、凪いでいた。


 クラウスはもう少しも俺なぞ見ていない。目の前のリーザロットだけをひたすらに見つめている。

 彼は剣を中途半端に下ろして、歯切れの悪く言葉をこぼした。


「…………コウ様の仰っしゃる「あの日」がいつのことなのか、俺にはわかりません。というか…………正直、もう全部、さっぱり訳がわかりません。

 いきなりタリスカ様にこの廃都へ連れてこられて、魔物と戦っていたら姫様の欠片がお越しになられて、何故だか戦う羽目になって、グゥブとなって消えたコウ様がようやくお戻りになったかと思うや否や、魔物だと思っていたものが実は「裁きの主」で、挙句、姫様はこれから謁見をなさるなどと…………何が何だかです。

 …………どうかお願いします。姫様。

 もうこうなった以上、一言…………たった一言で構いません。俺に命を下しては頂けませんか?

 俺は貴女の騎士です。例え貴女の心がどこにあろうとも、俺の心は永遠に貴女と共にある。貴女が命じてくださるのなら、俺は黙って全力を尽くします。…………例え相手が貴女自身でも」


 リーザロットは潮の満ちていく海のような目で彼を見つめ返している。

 彼女の欠片が、もう一人の自分に向かって冷淡に言った。


「リーザロット。今のままジューダム王と戦えばどうなるか、わかっているでしょう? 奇跡は起きない。貴女は知っている」

「…………口をきかないで」

「いいえ。貴女には私こそが必要なのよ。貴女があちこちに捨てていく貴女の欠片。その中でも殺したい程に大嫌いなこの私こそが、貴女に最も必要なもの」

「…………。…………貴女は信じているの? 「主」を」

「ええ、もちろん」

「ひどい戯言だと、思わないの?」

「どうかしら? 貴女は自身に問いかけているのよ」


 二人のリーザロットが瞳を重ねる。

 その存在が一つに溶け合うのを、俺は魔力のさざめきで悟った。

 欠片のリーザロットの姿が消えて、俺達の前のリーザロットだけになる。


 タリスカの声が、骸の暗い洞から低く響いた。


「…………それでいい、リーザロット。

 …………勇者、クラウスと王の一片(ひとひら)の扉を開けよ。

 最後の修行だ」


 花が舞い上がり、リーザロットの魔力が力場中に満ち満ちていく。

 甘やかで濃く、しかし攻撃的な吹雪に、俺は思わず竦んでしまう。


 夜空がキン、と音を立てて冷たく澄み渡る。

 星がチラチラと、白く燃え始めた。


 タリスカが見守る中、ヤガミはリーザロットに剣を向ける。

 まだ躊躇っているクラウスに、リーザロットが命じた。


「戦いなさい、クラウス。…………私が「主」の力をこの手にするまで、魂の限り」


 クラウスが剣を額の前に添え、詠唱して無数の氷の結晶を地面に輝かせる。

 そして彼はなぜか俺の方を振り向くと、未だかつて聞いたことのないない鋭さで、俺の名を呼んだ。


「――――――――コウ様!!!」



 彼は俺を睨み付けると、もう何一つ隠さず感情を叩きつけてきた。


「もう耐えられません!! …………一発、ブン殴らせていただきます!!!」


 言葉の直後、拳大の氷の弾丸が可愛い俺の横っ面に思いっっっきり叩き込まれた。

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