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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
【第12章】玉座に吠える
304/411

140-4、入り乱れる愛と剣と子ブタと。俺が狂乱のド中心へ投げつけられること。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けた俺は、自警団の少女ナタリーらとの出会いを経て、サンラインの歴史を左右する重要儀式「奉告祭」に参加する。

 そこで俺達は五大貴族の一人、及び異教徒「太母の護手」を手引きとした、敵国・ジューダムから襲撃を受け、危機感を募らせる。

 その後、リーザロットの悲願であり、「勇者」の使命でもある戦の和平を実現するため、俺達は少数精鋭で、都市・テッサロスタの奪還を目指して遠征を行った。

 旅はつつがなく進むかに見えたが、その途上で俺達はまたもやジューダムからの刺客と遭遇、ついにはジューダムの王…………俺のかつての親友、ヤガミと対峙する事態にまで陥った。

 魔導師・グレンの助けにより、何とか奪還の望みを繋ぐも、ジューダムの支援を行う「太母の護手」の指導者を倒して、目標達成まであと一歩まで迫ったという時、再びヤガミが俺達の前に立ちはだかった。

 大混戦の中、俺とフレイアは急遽時空の扉を潜り抜け、オースタン…………俺の故郷、地球へと逃れた。

 そこで待っていた真の「勇者」こと俺の妹・水無瀬朱音と、もう一人のヤガミ……ジューダム王の肉体を連れてサンラインへと戻ってきた俺は、最終決戦に挑むため、中立国・スレーンへ同盟を持ちかけに向かう。

 スレーンの頭領・シスイとの決闘に勝利し、晴れて同盟を結んだ俺達は、いよいよサンラインへと帰国する。

 ――――――――…………リーザロットがてくてくと歩いていく。

 子ブタ…………じゃない、子グゥブの俺をぎゅっと抱きしめて。


 彼女の足取りは軽快で涼しげだ。

 廃墟の街には到底似つかわしくない、血の通ったエネルギーが周囲に渦巻いている。


 ただ、不思議と温かい感じはしない。

 どちらかといえばガラスのように冷たい、無機質な感覚が俺を捕らえ続けていた。

 俺を、というより、一緒にいるヤガミもクラウスも、むしろ人類全体をも遠く突き放したような距離を、そこはかとなく、だが確かに感じる。


 たまに俺のお腹を撫でてくれる彼女の手つきはとても優しい。

 目に見えるものだけを信じるならば、彼女は間違いなく本物のリーザロットだった。抱きしめられているから顔は窺えないが、伝わってくる魔力の気配は絶対に彼女のものだ。


「ブゥ…………」


 困って鳴くと、よしよししてくれる。

 かけてくれる言葉も、労わる気持ちに満ちている。

 やはりヤロウ共とは違う。ヤロウ共は可哀そうな俺を迷惑そうに押しやるだけだった。ヤロウ共には愛がない。ヤロウ共にはおっぱいもない。


 そんなヤロウ共はやけに口数が少なかった。

 恐らく俺と同じ違和感に当惑しているのだろう。いつもだったら、クラウスなんてうるさいぐらい喋り倒すというのに。


 より奇妙なのはヤガミだ。怪しいとみれば、もっと攻撃的に問い詰めるタイプのはずだ。それがどうだ? 曖昧で遠慮がちとすら言えるような姿勢を貫いている。絶世の美姫の前には、所詮王様も無力なのか。


 他愛もない会話がぽつぽつと続いていく。

 この場所についてさりげなく探ろうとするヤロウ共に対し、リーザロットはすんなりと答えていくが、どうにものらりくらりと核心を躱されている感じだ。

 そんな中、リーザロットはとある荒れ果てた家の前で立ち止まり、独り言のようにこぼした。


「ここは…………」

「ブー?」


 身体をひねる俺を、リーザロットが少しだけ強く抱く。

 魔力の感じがほのかに変わる。真夏の水面にかかる陽光のような、眩い明かりが胸に差した。

 すぐにまた元に戻ったが、リーザロットの腕はしばらく固まったままだった。

 クラウスが彼女に尋ねた。


「こちらの民家がどうかされましたか?」

「…………いいえ。昔住んでいた家に少し似ていただけです」

「昔住んでいた家…………?」


 ヤガミが何か問いかけたが、リーザロットはすでに歩き始めていた。


「ごめんなさい。あまりお話したくないの」


 微笑む彼女に、ヤガミはそれ以上問えない。そういう笑顔だった。


 三寵姫となる前、リーザロットがどこでどんな風に暮らしていたのか、俺は知らない。

 あまり幸せな暮らしはしていなかったということは聞き知っているけれど、その彼女が今、その頃の知人とどういう関係にあるのか。姫になったばかりの時はどんな様子だったのか。

 「偽」の蒼の主であったという先代とのいざこざも、彼女の口からは直接聞いていない。

 そもそも「依代」になるつもりもない俺が立ち入っていいことなのか、どうか…………。


 リーザロットはてくてく歩いていく。

 スカートの裾が揺れる度に白い素足が可愛らしく見え隠れする。今気が付いたが、彼女は靴を履いていない。白く滑らかな裸足には不思議なくらい汚れておらず、天使か…………あるいは幽霊のようだった。


「…………蒼姫様。そろそろ、目的をお話しして頂けませんか?」


 大きな四つ辻で、クラウスが立ち止まった。

 リーザロットはぴたりと足を揃えて彼の方を振り向くと、優しく返した。


「…………クラウス。貴方はずっと、そればかり気にしていますね」

「申し訳ございません。ですが、館にいる蒼姫様が心配でならないのです。大変に疲弊しておられます。誰かがついていなくては、万一お倒れにでもなられたら…………」

「貴方が行かずとも、ちゃんと他に人がいるではありませんか。グレンも、西方区領主様も、宮司様も…………グラーゼイやフレイアだって、きっと駈けつけてくださるはずですよ」

「人任せにする気はありません。私は姫様の剣です。あの方は私の…………女神なのです」


 こっぱずかしいことを平気で口にするなあと、俺は耳と鼻をムズムズさせた。

 リーザロットはクスッと愛らしく笑って、また俺をキュッと抱き締めた。


「変な子。ここにいる私も私なのに。…………貴方は「蒼の主」に焦がれているの? それとも、「リーザロット」に?」

「俺にとっては、分かちがたいものです」

「そうね。貴方は出会った時からそうでした。とても純粋で、危うい」

「霊体の欠片たる貴女のことも、本来ならば同様に敬愛すべきなのでしょう。ですが、今は一時でも長く姫様の肉体の傍にいたいと願っております。どうか、どうかご容赦ください」

「良い子ね。貴方は、本当に…………」

「止めてください。俺は、そんな風に扱われたくはありません」


 リーザロットがクラウスの頬を片手でさする。クラウスは避けるように顔を背けたが、身は引けずに黙って頬を赤くしている。

 ムズムズがいよいよ限界に達して、俺はもぞもぞと身体を動かした。

 耐え難い。俺を挟んでやることじゃないだろう? っていうか、俺のこと忘れてるんじゃないだろうな?


 リーザロットの腕からようやくスポンと抜け出すと、俺は雄々しく鼻を天に掲げて存在をアピールした。


「ブヒ!!!」


 リーザロット達が少し驚いた様子で離れる。

 ヤガミが口を開いた。


「リズ。…………お前が俺と同じ、存在の一片なのはわかる。お前も、館にいるリズも、どちらも「蒼の主」の…………いいや、「リーザロット」という魂の一枝なのだろう。

 だが、どうしても腑に落ちないことが一つある。…………お前が今、共力場を編んでいる相手。それは何者だ? 俺達をどこへ導こうとしている?」

「共力場だと…………?」


 クラウスが顔をしかめる。

 俺にも、ヤガミの言っていることはよくわからなかった。

 リーザロットの魔力場には、何の混ざり気も感じられない。ただ深い蒼がたっぷりとたゆたっているばかりである。

 ひらりと舞ってきた桜色の花びらに、ふと心を奪われる。これも彼女の色だと、俺はよく知っているが…………。


 問うているヤガミ本人も、承知しているようだった。灰青色の眼差しにかすかに濁りが見える。自信が無いのか。

 ヤガミはこうも続けた。


「共力場という言い方は、もしかしたら適切ではないかもしれない。そいつは俺達の魔力場の間を自在に駆け巡り、力をふるう。

 コウの扉の力が、さっきからずっと発現したままだ。辺りの魔物の気配がどんどん濃くなってきているし、気脈も荒れてきている。アオイ山だってこんなに酷くはなかった。

 コウ自身は、身も心もすっかりブタになっちまってるってのに…………」

「ブーッ!?」


 失礼な! 身はともかく、心は俺のままだ!


「フガーッ! ピギーッ!! キーッ、キーッ!!」

「うるせぇ、まとわりつくな! 豚汁にされてぇか!」


 飛び掛かる俺をヤガミがぞんざいにあしらう。

 彼は納得がいかない様子のクラウスに、さらに話した。


「わからねぇだろう。俺だって本当はわかってねぇ。そんな力場の中に放り込まれながら、なぜ未だに無事でいられるのか。どころか、気付きすらできないのか。

 俺はたまたまだ。向こうの俺、ジューダムの王がこの気配を知っていたから、辛うじて違和を認識できた。いや…………「していた」というべきか。今はもうわからない。リズの中にいたもの…………今もいるのか? いや、別の誰かの中にいる…………?」

「何が言いたい!?」


 苛立ちを隠さないクラウスに、ヤガミは同じく声を荒げて答えた。


「お前には聞いていない! 欲しいのは、リズの答えだ!」


 俺はリーザロットを振り返る。

 その時初めて彼女の顔が目に入った。



 …………そこに彼女はいなかった。


 整った顔立ち。桜色の唇。白く滑らかな絹のような肌。

 果てしない海原のようなあの蒼玉色の瞳は…………しかし、そこになかった。

 水晶のように無機質な、鋭く尖った白い瞳が、代わりに俺達を見つめていた。



「…………プキッ」



 ぶるりと全身が震える。

 短い尻尾がピンと強張って、手足が動かなくなった。

 子グゥブのちっちゃな脳みそにわちゃわちゃと恐怖やら動揺やらが大量に湧いて出てくる。

 俺はたちまち圧倒され、尻餅をついた。


 リーザロットは、あくまで優しい声のまま、宇宙の果てから聞こえてくるような凍てついた口調で語った。


「セイ君はとても勘が良いのね。さすがは「彼」が見つめる、ただ一人の王子…………。

 …………そうです。私達の中には、「彼」がいます。一つだけ惜しいのは、これは共力場ではないこと。「彼」にとって私達は、あまりに取るに足らない、小さな小さな存在。人間が子グゥブを見るよりももっと、遠い存在」

「…………フギャッ!」


 見つめられて、俺は慌てて頭を抱えて丸くなる。

 あの目が怖い。

 あの目は、だって…………。


 ヤガミとクラウスが何も言わず、剣の柄に手を添える。

 リーザロットはくすっと笑って、すらりと長い指先を一回転させた。


 彼女の足元から、ふわりと螺旋状に花吹雪が舞い上がる。

 俺は慌てふためき、両者の間を忙しなく走り回った。


 どうしよう。

 どうしよう。

 隠れるところが見つからないよ!


「どうしました? もう私の答えには興味がないのですか?」

「姫様から離れろ、魔物め」

「クラウス、違うわ。「彼」に失礼ですよ」

「何が狙いだ!? リズを巻き込むな!」

「セイ君、わかっていますか? 荒れ狂う力場から貴方達を守っているのが、他ならぬこの私だと。私の方が、関わりたがっているのです」


 一体…………一体、何が目的だって言うんだ?

 ジューダムとの決戦を前にして、こんなことしている場合じゃないのに!

 それより、ひとまず子グゥブが潜れる程度の丁度良い穴はないのか? 本当にどこにもないのか!?


「コウ君。目的なんて、決まっているではありませんか。…………そして穴はそっちの家の、瓦礫の下に良いのがあるわ」


 教えてもらった穴へと突進しながら、続く言葉を聞いた。


「「彼」は私に会いたがっている。私もまた「彼」を求めている。…………今こそ、私達は相まみえなければならない。

 さぁ、クラウス、セイ君。私に剣を向けてください。力の限り私と戦って。貴方が、私が、真っ白になるまで…………!」


 花吹雪が勢いを増す。桜色の大群は街全体を覆うように、俺達を囲って華麗に広がった。

 クラウスが短く詠唱し、ヤガミが剣を抜く。

 俺は穴に鼻を突っ込もうとして、目の前にいた虫人間の群れに悲鳴を上げた。



「ピギィィィィィィイイイィイィ――――――――――――――――!!!!!」



 リーザロットの呟きが、雫を落とすように頭に響いた。



「まぁ…………「彼」に会いたがっているのは、私だけではないのだけれど」



 その瞬間、虫人間達が穴のある建物ごと、真っ二つに割れた。

 鮮やかな血が噴き出る。俺は浴びるより前に巨大な手に掴まれ、身が宙に浮くのを感じた。


 青白い閃光が花吹雪を斬り裂き、漆黒の旋風が広間に吹き荒れる。

 ヤガミ達が手を止め、突如躍り出てきたその漆黒へ呼びかけたが、熾烈な剣戟は止まらなかった。


 リーザロットの花が幾重にも重なり、砕け散るのを繰り返す。

 現れた死神・タリスカは、片手で掴んだ俺をリーザロットのもとへと投げつけた。


「グ――――ブゥッ!?」


 目玉が飛び出る。

 低くおどろおどろしい声が、辛うじて聞こえた。


「勇者…………「裁きの主」は、そこにいる。

 汝の力をもって、今こそ招来せよ」


 リーザロットの腕が迎えるように俺を捕まえる。


 …………リーザロットの腕?


 違う。

 白い光が、爆発的に意識を包み込む――――――――…………。

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