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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
【第12章】玉座に吠える
301/411

140-1、苛立ちは伝染るから注意しよう。俺が最後の試練に挑むこと。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けた俺は、自警団の少女ナタリーらとの出会いを経て、サンラインの歴史を左右する重要儀式「奉告祭」に参加する。

 そこで俺達は五大貴族の一人、及び異教徒「太母の護手」を手引きとした、敵国・ジューダムから襲撃を受け、危機感を募らせる。

 その後、リーザロットの悲願であり、「勇者」の使命でもある戦の和平を実現するため、俺達は少数精鋭で、都市・テッサロスタの奪還を目指して遠征を行った。

 旅はつつがなく進むかに見えたが、その途上で俺達はまたもやジューダムからの刺客と遭遇、ついにはジューダムの王…………俺のかつての親友、ヤガミと対峙する事態にまで陥った。

 魔導師・グレンの助けにより、何とか奪還の望みを繋ぐも、ジューダムの支援を行う「太母の護手」の指導者を倒して、目標達成まであと一歩まで迫ったという時、再びヤガミが俺達の前に立ちはだかった。

 大混戦の中、俺とフレイアは急遽時空の扉を潜り抜け、オースタン…………俺の故郷、地球へと逃れた。

 そこで待っていた真の「勇者」こと俺の妹・水無瀬朱音と、もう一人のヤガミ……ジューダム王の肉体を連れてサンラインへと戻ってきた俺は、最終決戦に挑むため、中立国・スレーンへ同盟を持ちかけに向かう。

 スレーンの頭領・シスイとの決闘に勝利し、晴れて同盟を結んだ俺達は、いよいよサンラインへと帰国する。

 結局、ヤガミの残酷な提案は受け入れられることとなった。

 他に良い案…………それよりも確実な案が、誰にも見つけられなかったのだ。

 それがどれほど非人道的な作戦であるかは皆承知していたが、闇雲にジューダム王を探して時間を費やせば、より悲惨な事態に繋がっていくのは明白だった。


 ナタリーの魂獣・レヴィを俺の力で誘い出し、ナタリーに攻撃を仕掛ける。そうすれば、王は必ずや彼女を守りに姿を現すだろう。

 そこを全力で迎え撃つ。


「攻撃は本当に…………絶対に必要なのか?」


 精鋭隊の控室で、俺とヤガミは護衛のクラウスと共に、作戦の詳細が決まるのを待っていた。

 その最中での幾度目ともない俺の問いに、ヤガミはまた長い溜息で返した。


「さんざん話しただろうが。単に人質に逃げられたというだけじゃ、意味がねぇんだよ」

「けどさ…………俺は、ナタリー達を裏切りたくない!」


 ヤガミは苛立ちを瞳の奥に込めて、真っ向から俺を見据えた。


「他に手があるなら喜んで従う。だが、そんなものは無い。今朝の会議でどれだけ考えたか、お前だってわかっているだろう。

 これ以上お前の愚痴を聞く気はない。続きは壁にでも話しかけろ」


 カッときてさらに詰め寄ろうとする俺を、クラウスが止めた。


「もう止してください、コウ様。ヤガミ様の仰る通り、すでに決定したことです。

 …………お気持ちはよくわかります。私とて、あの麗しいナタリーさんに剣を向けるなど考えたくもありません。ですが、それをいくらヤガミ様にお伝えしても仕方がありません。

 今、グレン様方がナタリーさんの安全を最大限に確保できるような作戦を必死に考えてくださっています。私達はそれを信じ、確実にやり遂げることにこそ心を砕くべきだと思われませんか?」

「その通りだけど…………」


 すんなりと飲み込める程、まだ冷徹にはなれない。

 信じた人に囮に使われたと知ったナタリーとレヴィがどれだけ傷つくか、思うだけで吐き気がこみ上げてくる。

 クラウスはヤガミを見て、静かに告げた。


「…………罠ではないという貴方の言葉、信じていますよ」


 ヤガミは同じく冷ややかな目で――――奥には、未だに怒りがくすぶっていたが――――それに答えた。


「感謝するよ。…………それより、お前は姫様の下に行かなくていいのか? 門外漢の俺らはともかく、お前は何かしら意見ができるだろう」

「…………随分な言い様だ。ようやく本性を表されたんですか?」

「戯言はもういい。いい加減、お前も素で話せ。ウザったくてしょうがねぇ」


 クラウスが赤褐色の毛をザワリと逆立て、野性味を帯びた黄色い目を眇める。

 二人は一時睨み合った後、再び話し始めた。


「存外に気の短いお方だ。

 …………いいだろう、ヤガミ・セイ。お前は信用ならないが、この戦においては信じると決めた。

 だが共に戦場に出る以上、わだかまりは極力残したくない。こちらからはこうして信用を示した。そちらからも、何か言葉をくれないか?」


 ヤガミは鼻で笑うと、ふてぶてしく腕を組んだ。


「口約束を信用するタイプには見えねぇが」

「躊躇わずにお前を斬る口実にはなる」

「誰に気を使っているんだ? コウか? …………いや、リズか」

「蒼姫様とお呼びしろ!」


 吻部に皺を寄せ、クラウスが低く唸る。

 ヤガミは真顔に戻ると、腕を解いて言った。


「…………いいぜ、俺もお前を信用しよう。俺はアイツを…………ジューダム王を、あのクソ陰気なカビまみれのドブ沼から必ず引きずり出す。俺の狙いはそれだけだ。

 わかったら、後はお前が守るべきもののことにだけ集中しろ」


 クラウスが逆立てた毛をそのままに、息を吐く。

 俺は二人のやり取りにかえって頭が冷えて、突っかかる気を無くしていた。何でこんなに仲が悪いんだ、コイツら?


 やれやれ。焦って不安をぶつけても、こうして悪い雰囲気が伝染していくばかりか。

 ここはやはりおとなしく、ナタリーの身のことは大人達に任せよう。

 俺はクラウスの毛並みが程々に落ち着くのを待ち、話題を変えた。


「ところで、クラウス」

「何です?」

「確かに、今日はまた何で俺達なんかにくっついているんだ? 俺もヤガミも、特にこの館から出る予定は無いし、本当にリーザロットの所に行っていてもいいよ? 悪さはしないから」


 言いつつヤガミを見やると、怪訝な表情が返ってくる。

 クラウスは首を振り、肩を竦めた。


「いえ、今日は他ならぬ蒼姫様からの直々のご命令でお二人についております。「決してお傍を離れるな」と、言い含められておりますので」

「え? 何で?」

「それはですね…………」


 彼が説明しかけたその時、ふいに俺達の背後から大きな影が被さった。

 何かと思うより先に、あまりに予想通りの、地獄の底から湧くような声が耳に響いた。


「…………勇者、一片(ひとひら)。来い。修行だ」


 ヤガミが俄かに瞳を輝かせ、それに応じた。


「タリスカさん。待ちくたびれましたよ」


 たった1日休んだだけなのに、もう?

 何でか知らないが、もう修行はないものと思い込んでいた自分がいることに今、気が付いた。どうやらそうあって欲しいと願い過ぎて、現実認識が歪んでいたようだ。

 物凄く乗り気なヤガミが本気で信じられない。


 青くなるやら白くなるやらの俺の額へ、タリスカの冷え冷えとした白骨の腕が迫ってくる。

 ぐわしと掴み上げられ、もうダメだと目をつぶった所を、クラウスの声が阻んだ。


「あっ、ちょっと待ってください! 蒼姫様から言伝がございます!」


 俺の頭を鷲掴んだまま、タリスカが彼を振り返った。


「何だ?」

「お二人の修行は今日はお休みさせるようにと、固く仰せつかっております」

「…………一片、傷は如何(いかん)?」


 タリスカの問いに、ヤガミは手足を曲げ伸ばししながらキッパリと答えた。


「完全に塞がっています。よく眠れたので、疲労もありません」


 正気か、コイツ?

 そういえば朝、動かずに飯食うと身体が鈍るだなんだとボヤいていたが、どうもマジでおかしくなっちまっているらしい。

 クラウスが慌てて割って入った。


「いえ、いけません! そのためにわざわざ俺が遣わされたのです。言ってきかぬようなら、力づくでも止めるようにと」


 クラウスが剣の柄に手を掛ける。

 頑張れ、クラウス!

 心の中で声援を送るだけの俺を、どうか責めないでほしい。ヘタに弱気を口にしたら、いつどこへ連れ去られるかわからない身の上なのだ。

 ヤガミがクラウスに訴えた。


「クラウス、構わない。誰より俺達自身が望んでいる。お前だってさっき言っていただろう。俺達はやり遂げることにこそ力を尽くすべきだと。

 俺達は一刻も惜しい。たとえわずかな時間でも、出来る限りのことがしたい。失敗すれば後悔すらできない戦いなんだ」


 クラウスは片耳をピクリと動かし、ヤガミをきつく睨み据えた。


「明日まですら待てないか? 実に気に入らないが、蒼姫様はお前のことを心から案じていらっしゃる。もしまたお前の傷が開くなり増えるなりすれば、ただでさえ心労を重ねてらっしゃる姫様が、さらに胸を痛められる。少しは弁えろ!」


 そうだ、そうだ!

 無言のエールが運命を変えることを切に祈る。俺の筋肉痛は少しも癒えていない。きっと明日にはもっと痛い。

 と、急にタリスカが俺から手を離した。


「のわ!」


 俺が尻餅つくのと同時に、クラウスとヤガミの短い悲鳴が聞こえた。

 見ればタリスカは俺の代わりに二人を両手で掴み上げ、長く不気味な息を吐いていた。


「フム…………。…………早いか…………否…………」


 独り言だろうか。

 じたばたと足掻く二人の声などまるで耳に入らぬ、というより、右から左へ吹き抜けるかのように、死神は虚ろな眼差しを行き来させている。

 やがてポツリと、彼はこぼした。


「まぁ良かろう…………」


 何が? と尋ねる間もなく、呆然と仰いでいた俺の額を何か巨大なものが力任せに掴み上げた。


「いっ!?」


 地面から黒い腕がガジュマルの樹のように伸び上がって、俺の顔面を覆っていた。

 何!? 魔術!?

 暗黒のガジュマルはミシミシと嫌な音を立てて俺を締め付けていく。割とマジで痛い。本当に大丈夫これ?

 タリスカの言葉が、身体を這い上ってきた。


「荒事とは成ろうが…………良い。…………いざ、相見えん」

「何に!? タリスカ、一体何に会いに行くって言うの!?」

「…………裁きの主だ」


「え」


 と、俺達全員が息と心臓を止めた瞬間、身も心も魂までも漆黒に塗り潰すが如き膨大な闇が、一挙に意識に雪崩れ掛かってきた。

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