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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
蒼天の決闘
294/411

136-2、若者たちの空と大人のやり方。俺が色んな意味で里の未来を預かること(前編)。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けた俺は、自警団の少女ナタリーらとの出会いを経て、サンラインの歴史を左右する重要儀式「奉告祭」に参加する。

 そこで俺達は五大貴族の一人、及び異教徒「太母の護手」を手引きとした、敵国・ジューダムから襲撃を受け、危機感を募らせる。

 その後、リーザロットの悲願であり、「勇者」の使命でもある戦の和平を実現するため、俺達は少数精鋭で、都市・テッサロスタの奪還を目指して遠征を行った。

 旅はつつがなく進むかに見えたが、その途上で俺達はまたもやジューダムからの刺客と遭遇、ついにはジューダムの王…………俺のかつての親友、ヤガミと対峙する事態にまで陥った。

 魔導師・グレンの助けにより、何とか奪還の望みを繋ぐも、ジューダムの支援を行う「太母の護手」の指導者を倒して、目標達成まであと一歩まで迫ったという時、再びヤガミが俺達の前に立ちはだかった。

 大混戦の中、俺とフレイアは急遽時空の扉を潜り抜け、オースタン…………俺の故郷、地球へと逃れた。

 そこで待っていた真の「勇者」こと俺の妹・水無瀬朱音と、もう一人のヤガミ……ジューダム王の肉体を連れてサンラインへと戻ってきた俺は、最終決戦に挑むため、中立国・スレーンへ同盟を持ちかけに向かう。

 スレーンの頭領・シスイとの決闘に勝利し、晴れて同盟を結んだ俺達は、いよいよサンラインへと帰国する。

 帰路は、シスイがスレーンの竜を貸してくれるという。

 曰く、


「同盟を結ぶんだ。竜を預けるぐらいの信頼はあって当然だろう」


 行きに乗ってきた地竜達は、後からちゃんと里の兵士が届けてくれるという。

 竜の里では飛竜以外にも色々な竜を飼育しており、世話なら任せてほしいと胸を張っていた。当のテンテンとトントンもまんざらでもなさそうだったので、遠慮なくお願いした。


 頭領が直々にかなり良い竜を手配してくれたおかげで、想定以上の長居をしたにも関わらず、予定よりも1日早くサン・ツイードへ戻れる運びとなった。

 これでジューダムとの決戦の日まで、1週間程猶予ができたことになる。


「黒矢蜂の件もアッサリ片付けてくれたからな…………。これでも心尽くしとしては、全然足らないぐらいだ」


 シスイはそう言って苦笑していたが、スレーンの最上級の竜4頭ともなれば、十分過ぎる贈り物である。


 実際、我らが死神の黒矢蜂退治は相当強い衝撃を里の人々に与えたようだった。

 有無を言わせぬ活躍によって、最早同盟に反対する勢力は皆無となり、なんなら俺が目覚めさせた将軍・今行之介と並んで、タリスカまでもが救世の魔神として崇め奉られかねない勢いであった。

 本人はと言えば、


「…………他愛無き戦であった」


 と、不満気に腕を組んでいるばかりなのだが、里の民の目には、それがまたいかにも古式ゆかしい武人の謙虚な態度に映るらしく、やたらに高評価だった。


 リーザロットは呆れてロクに口も利かず、ずっと眉を顰めていた。

 気持ちはよくわかる。特にこの旅の責任者である彼女からすれば、「そんな力があるのならなぜ先に言わなかった!」と胸倉掴みたい気分だろうし(これに関しては、「剣を交えるまでは何事も確かならず」だそうだ)、そもそも最初っから交渉そっちのけで自分の戦にかまけていたなぞ、馬鹿にするにも程があるといった所だろう。

 結果オーライだとしても(だからこそかな?)モヤモヤはするはずだ。

 帰って変に揉めないといいが…………不安だ。


 そう。揉めているといえば、ヤガミとアオイもだ。

 今晩にでも飛んで帰りたいところを、明日にまで出発を後らせることになったその理由である。


 決闘の時に負ったヤガミの傷は案の定、浅いものではなかった。

 このまま帰るなんて(ましてや修行なんて)とんでもないとリーザロットが血相を変えてヤガミ本人を説得し、怪我の手当てをちゃんとしてから帰ることになったのだった。


「エルフの軟膏があるであろう」


 口を挟むタリスカに、リーザロットはさらに眉間を険しくして返した。


「あのお薬はいけません! 簡単に使えるものでないのは貴方もご存知でしょう? いくらなんでも侵襲性が高過ぎます。大体、「傷の処置を済ませ」とあの時コウ君達に言ったそうですが…………まさかコウ君に塗らせるつもりだったなんて言いませんよね!?」

「然り。至急の処置が必要なれば」

「…………いい加減にしてください!」


 リーザロットが両手で顔を覆う。


「何の話だ?」


 と、尋ねてくるヤガミに、俺は何も答えなかった。

 「痛みが快感に変わり性的興奮をもたらすお薬」の話だなんて答えられるわけがない。

 事情なぞ露程も知らない幸せなヤガミは、俺を責め立てた。


「おい、何とか言えよ。どうせ副作用のキツい魔法の薬か何かだろ? とっとと治るなら、俺は何だって構わないぜ。多少の危険ぐらい、今更どうってこともない。のんびり治療している暇が惜しい。人の命が掛かってるんだぞ」


 …………想定が甘いんだよ、お前は。

 そうこうしていたら、またもシスイが助け舟をよこしてくれた。


「蒼の主。その薬は貴重なものだろう。取っておくといい。代わりに本家の泉を使えるようにしよう」


 聞いたアオイがギョッとした顔でシスイを振り返る。

 彼女は間髪入れず、


「嫌じゃ!!!!!」


 と子供じみた大声で叫んだ。

 竜も周囲の従者も皆目を丸くして怯える中、頭領は姫を静かに厳しく戒めた。


「アオイ、時と場合を弁えろ。ヤガミ君の言う通り、今は人の命が掛かっているんだ」

「じゃっ、じゃが! あの泉はこのわらわでさえ片手で数える程も立ち入ったことの無い神聖な泉で…………」

「ジンのようなことを言う。もう小言はたくさんだ。お前も一族の人間なら、黙って聞き分けなさい」

「じゃっ、じゃが、あれは本家の乙女が嫁入りのために身を清めるための…………」

「しつこいぞ。…………頭領命令だ。ヤガミ君を雪花の泉に連れていき、傷の手当をしなさい」

「…………」

「わかったか?」

「…………」

「返事」

「…………り…………了解、しまし…………た」


 アオイの地獄の底の亡者めいた表情は忘れられない。憎しみというか怒りというか絶望というか、「苦」という名の抽象画を描くなら、あんな感じに仕上げるべきだと思う。


 そうしてヤガミは、さながら暴れ鳥に引かれる手負いの野生馬といった格好で、キリンジ家伝来の秘泉へと連れて行かれた。


 この泉というのは要するに、紡ノ宮にあった三寵姫専用の恵みのお風呂と同様のもので、浸った者の傷をたちどころに癒してくれるというものであるらしい。

 遥か昔、天に帰らなくてはならなくなった竜が愛する乙女の幸福を願って流した涙から生じたという伝説の泉。空の青さをそのままそっくり溶かし込んだような、透き通った群青色が印象的だとか。


 そんなロマンチックな風情を見事に台無しにしながら、アオイとヤガミは俺達と別れていった。


「あぁああぁあぁ!!!!! 解せぬ解せぬ解せぬ!!!!! 何故よりにもよって、そちのような世にも稀な不細工をあの美しい清らの泉に入れねばならぬのじゃあ!!!!! こやつなぞ山に捨て置けば傷ぐらい勝手に舐めて治すであろうに!!!!! どうしてミナセではなくコイツなのじゃ!? こんなヤツの垢が溶けたら、水まで不細工になるではないか!!!!!」


 いつしか人前で紳士ぶることをすっかり止めてしまったヤガミが、風前の灯火のはずの体力を無駄に燃やして怒鳴り返していた。


「うるせぇ!!! 傷に響くんだよ!!! 文句なら頭領に言え!!! あとこの際だからハッキリ言うが、お前の美的センス、完全に狂ってるぞ!!!」

「何を生意気な!!!!! わらわの許可無く口を利くでない!!!!! わらわは早うミナセの手当てがしたいのじゃ!!!!! 無駄口叩かず、さっさと歩きおれ!!!!!」

「だから騒ぐなっつってんだろうが!!! っつーかもう場所だけ言え!!! 独りで行く!!!」

「あ~嫌じゃ~嫌じゃ~! これだから田舎者はぁ~! 一体誰の泉だと思うとる!? 感謝の一つもできんのか、無礼者!」

「したよ! シスイの頭領にな!」

「あ――――!!!!! かわゆくない―――――!!!!!」


 俺達は一旦待機のために白露の宮へと戻りながら、不毛な言い合いが遠退いていくのを黙って聞き流していた。



 そんなわけで只今、帰り支度がてらの待機中である。

 ヤガミを一晩寝かせてから、明日の朝、出発する。


 ちなみに俺の傷は、フレイアとリーザロットが手分けして手当てしてくれた。

 穴の開いた俺の翼にぐるぐると包帯を巻きながら、フレイアは首を傾げていた。


「コウ様はいつまでこのお身体のままなのでしょうか…………?」


 一応、アオイが戻ったらすぐに人間に戻してくれると言っていたが。

 それでも待ちきれないのでリーザロットに頼んでみると、彼女はすまなそうに肩をすぼめた。


「そうね…………。私にも解術できないことはないのですが、あまりお薦めはしません」

「どうして? 俺、早く人間になりたい」

「心中お察しします。でも、万が一のことを考えたら、ここはやはりアオイさんに施術して頂く方が安全だと思います」

「大丈夫さ、リズなら」


 本音を言うと、これ以上アオイと共力場を編む気になれない。

 何か着々と距離を詰められている気がするし、これが最後となると、マジで貞操が奪われかねない。

 リーザロットは困った顔で、躊躇いがちに続けた。


「獣変化術の解除は繊細な作業です。人に戻ろうと急ぎ過ぎてはいけませんし、獣の姿に未練が残ってもいけません。変化している当人と、術をかける方との呼吸が合っていることが非常に重要なんです。

 これは最初に変化した時の呼吸の変化を逆に辿るということでもあります。私はアオイさんが術をかけた時の様子を知りませんから、想像で再現するしかありません。後遺症の危険はどうしても高くなってしまうでしょう」

「後遺症って?」

「…………身体に名残が残ってしまうんです」

「また鱗とか? なら、治せばいいだけだよ。大したことないって」

「いえ、あの…………生殖器官などに」


 リーザロットが気まずい面持ちで俺から目を逸らす。

 フレイアが唇を閉じ、痛ましげに俯く。


 アオイの帰りを待つと潔く決断した俺は、気晴らしに辺りを少し散歩してくることにした。

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