表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
蒼天の決闘
291/411

134-2、アオイ山の激闘。俺が前人未踏の気脈に挑むこと(後編)

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けた俺は、自警団の少女ナタリーらとの出会い等を経て、サンラインの歴史を左右する重要儀式「奉告祭」に参加する。

 そこで俺達は五大貴族の一人、及び異教徒「太母の護手」を手引きとした、敵国・ジューダムから襲撃を受け、危機感を募らせる。

 その後、リーザロットの悲願であり、「勇者」の使命でもある戦の和平を実現するため、俺達は少数精鋭で、都市・テッサロスタの奪還を目指して遠征を行った。

 旅はつつがなく進むかに見えたが、その途上で俺達はまたもやジューダムからの刺客と遭遇、ついにはジューダムの王…………俺のかつての親友、ヤガミと対峙する事態にまで陥った。

 魔導師・グレンの助けにより、何とか奪還の望みを繋ぐも、ジューダムの支援を行う「太母の護手」の指導者を倒して、目標達成まであと一歩まで迫ったという時、再びヤガミが俺達の前に立ちはだかった。

 大混戦の中、俺とフレイアは急遽時空の扉を潜り抜け、オースタン…………俺の故郷、地球へと逃れた。

 そこで待っていた真の「勇者」こと俺の妹・水無瀬朱音と、もう一人のヤガミ……ジューダム王の肉体を連れてサンラインへと戻ってきた俺は、最終決戦に挑むため、中立国・スレーンへ同盟を持ちかけに向かうのだった。

 ――――――――…………。

 誰なのか。

 何なのか。


 あれの正体を、彼女は知っているという。


「とても古い世界の主よ…………」


 囁き声は優しく澄んでいる。

 リーザロットに似ている。というよりは、彼女本人なのだろう。この女性は彼女が見せる、「蒼の主」の魂の一面。

 「蒼の主」は、決して一重の存在ではない。


 白く透き通るような肌が暗闇の中、眩しい。

 雪像のような裸体に、俺は恍惚としていた。

 彼女は指先から花びらを散らせて俺を撫で、言葉を継いだ。


「でも、皆忘れてしまったの。

 …………いいえ。本当は皆、ちゃんと知っている。

 それでも、決して彼女を想い浮かべることができないの。かつて人々が…………誰よりも彼女自身が、そういう在り方を望んだから」


 蒼玉色の揺らめく眼差しは闇の底をしんみりと見つめている。

 俺はそれを追って視線を伸ばす。

 女神は俺の背をトンと柔らかく押し、ふわりと宙へ浮き上がった。


「私の大切な人。ここからは貴方が先に行ってください。これは貴方の物語であるべきなのです。

 貴方がこれから会いに行くのは、とても古い主。

 だけど、最も新しい主。

 …………大丈夫。貴方ならきっと歌えます」


 待って、と叫んだが届かなかった。

 蒼の主は花吹雪となって儚く散り、静かな月光を後に残すのみになった。


 彼女の言葉だけが頭に響いた。


「大切な人。どうかよく思い出してみてください。貴方は知っているはずです。この力場のことを。この力場を探し続けてきた子達のことを。

 …………思い浮かべて」


 …………手を伸ばすと、かすかに白い指先が触れた。



 ――――――――…………ふと、ツーちゃんの顔が思い浮かぶ。

 何となく、この暗闇とぼんやりとした気配に、彼女の魔術を思い出したのだった。

 それと一緒に、彼女そっくりのヴェルグの澄ました顔も、ふっと瞼の裏に映って消えた。彼女の呪いの力場もこんな漠然とした闇を抱えていたような…………。


 懐かしくも寂しげな琥珀色の瞳と、思い出すだに禍々しい黄金色の瞳が、何か探すように一瞬だけ交差して闇の内へと溶けていく。


 …………今のはなんだ?

 まさか、彼女達がここに?


「いいえ」


 蒼の主が、そっと俺を諭した。


「それは貴方の心が映した気脈の姿。ここでは…………ううん、どこであっても、貴方の心が世界を形作るのです。

 さぁ、よく見て。…………ここは永久の闇の中ではありません。貴方の心が映し出すものを、きちんと見つめてあげて」



 ――――――――…………真っ白な身体にチラチラと燃える炎をまとった火蛇が、俺の身体をこそっと撫でて過ぎ去った。


 円らな2つの瞳。

 揺れる二又の小さな舌。

 レイピアの冷たい銀色が炎を鈍く照らし返している。


 火蛇が何を訴えているのか、俺にはわかっていた。

 痛い程に胸を締め付けてくる、フレイアの感情の片隅で熾火のようにくすぶっている淡い期待。

 「いつかきっと、誰かが世界を変えてくれる」という、夢想することさえ大それた想いが火蛇をこうさせるんだ。


 ずっと、何となく気付いてはいた。

 彼女はいつだって心の奥底で願っている。

 自分でもそうと知らずに。



 ――――――――…………灰青色の湖。

 鏡のように果てしなく広がっている。


 虚無に似ている感情、感傷。

 だけどそれとは確かに違う。そういう色をしている。


 彼は魂を求めている。

 あると知っているから。


 何もかも無意味だと知っている。

 そしてそれを信じていない。


 彼は生きたがっている。

 さらに見果てぬ夢を吠えるなら、愛したがっている。



 ――――――――…………白々と冴える、蒼の主の眼差し。


 花吹雪が華麗に舞う。

 伝わるは少女の好奇心。

 女神は一心に祈っている。

 森羅万象その全てが、慈しまれ愛されてあることを。



 ――――――――…………琥珀色と黄金色の気配がゆっくりと混ざり合う。


 針の先がピンと弾かれる微かな音と、黒い奔流のドッと押し寄せる音が響き和する。


 音も無く落ちていく針が強張った灰青色の水面に波紋を走らせる。

 ひんやりと澄んだ月光が刃物のような水面を明るく照らし出す。

 白い蛇が2匹、互い違いに身をくねらせて泳いでいった。

 水を引いた後には、ポツポツとささやかな炎が灯っている。


 俺は弱々しく人魂じみた炎を一つずつ辿って、呼吸を整えた。


 そうして蒼の主に目配せをした。


「…………ありがとう、リーザロット」

「どういたしまして、コウ君」


 聞き慣れた声。

 俺は安堵し、今一度、気脈の最深部へと挑んだ。



 …………。




 ……………………。





 ――――――――…………いる。


 相も変わらず、黙りこくっている。


 とても古い何か。


 遠く時の彼方に葬られたもの。


 かつては誰もがその名を口にしていた。


 今はただ、影の主…………――――――――。



 ――――――――…………ゆくりなく、暗闇に火焔が立つ。

 影よりなお濃い、黒々と血の通った炎。

 火炎はほんの刹那、翼を広げた鳥の形を成したかに思えたが、すぐに灰となって闇に散っていった。


 残された静寂の中、琥珀と黄金の輝きが星空となって空を飾り始める。

 すっかり風に運ばれ消え去ったかに見えた灰の塵は、まだかろうじて宙に浮かんでいた。


 ツーちゃんの居丈高な声が響いた。


 ――――この阿呆めが!


 あどけない少女の声は矢継ぎ早に話し続けた。


 ――――なぁーにが、「影の主」だ!


 ――――何にも見えないよう~、僕ちん全然わかんないよう~! って、年端も行かぬ童ならばともかく、貴様は一体いくつだ? オッサンが如何にか弱いふりをしたとて、薄気味悪いばかりだ!

 ――――ハァ。全く、そのようではいつまで経っても先が思いやられるわ。


 ――――皆が忘れた? 誰も知らない?

 ――――馬鹿めが。

 ――――では、今そこにおる貴様は何だ?

 ――――貴様は今、それを見ているのではないか?


 ――――ああ、そうだ!

 ――――他でもない、貴様が! それを知っておるではないか!

 ――――それとも何か? 誰ぞに印鑑付き証書付きで保証してもらわねば、己の目にしたものすら信じられぬと抜かすか?

 ――――ハッ! どこまで行っても貴様はワンダ以下だな!


 ――――…………コウ!

 ――――貴様はもう魔術師であろう。

 ――――魔道を行くと、心に決めたのであろう。

 ――――ならば、己が魂を信じよ!


 ――――貴様が今再び見出し、瞳に映しているそれに、名を与えるのだ。

 ――――わからぬとは言わせぬぞ。この世界に、唯一人として観客なぞという者はおらぬ。


 ――――貴様は、物語なのだ!

 ――――貴様が、物語るのだ!


 ――――コウ。

 ――――私は貴様を甘やかさぬぞ。

 ――――貴様の行く道だ。

 ――――…………行け。


 ――――扉の魔術師――――――――…………!



 両手を広げて、赤いワンピースの少女が俺へ笑いかける。

 彼女の琥珀色の眼差しが、俺の逆鱗を温かく、心地良く燃え上がらせた。




 ――――――――…………ヤガミが俺を呼んでいる。


 我に返った時、俺は荒れ狂う空の真っ只中にいた。

 驚いたことに(俺の相棒に任せていたなら、当然でもあるが)、まだ白竜ともシスイともそれ程離れていなかった。

 ただ、雲塊はもう、うんと間近にある。


 火蛇の炎の結界が、太陽みたいに白熱していた。

 いつの間にかヤガミの剣から離れて、2匹で守っている。


「コウ! 大丈夫なのか!?」


 乗り手の切羽詰まった呼びかけに、俺は揚々と答えた。


「ああ、大丈夫だ!

 俺、これから魔術を使うぜ! 行きずりの扉に頼るだけじゃない、ミナセ・コウの魔法を見せてやる!」

「…………ハァ!?」


 ヤガミが手綱を握る手をわずかに緩める。


 俺は高らかに、ホイップクリームを泡立てるように、思いきり声を張った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ