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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
蒼天の決闘
285/411

131-3、弱く儚い者達。俺が尋常でなく蚊に喰われること。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けた俺は、自警団の少女ナタリーらとの出会い等を経て、サンラインの歴史を左右する重要儀式「奉告祭」に参加する。

 そこで俺達は五大貴族の一人、及び異教徒「太母の護手」を手引きとした、敵国・ジューダムから襲撃を受け、危機感を募らせる。

 その後、リーザロットの悲願であり、「勇者」の使命でもある戦の和平を実現するため、俺達は少数精鋭で、都市・テッサロスタの奪還を目指して遠征を行った。

 旅はつつがなく進むかに見えたが、その途上で俺達はまたもやジューダムからの刺客と遭遇、ついにはジューダムの王…………俺のかつての親友、ヤガミと対峙する事態にまで陥った。

 魔導師・グレンの助けにより、何とか奪還の望みを繋ぐも、ジューダムの支援を行う「太母の護手」の指導者を倒して、目標達成まであと一歩まで迫ったという時、再びヤガミが俺達の前に立ちはだかった。

 大混戦の中、俺とフレイアは急遽時空の扉を潜り抜け、オースタン…………俺の故郷、地球へと逃れた。

 そこで待っていた真の「勇者」こと俺の妹・水無瀬朱音と、もう一人のヤガミ……ジューダム王の肉体を連れてサンラインへと戻ってきた俺は、最終決戦に挑むため、中立国・スレーンへ同盟を持ちかけに向かうのだった。

 ――――――――…………燃える。



 突如として、黒く華やかな炎が眼前に湧き踊った。

 それは俺を取り巻いて瞬く間に周囲を焼き滅ぼし、一面に深い闇を張り巡らせた。


 「白竜」はおろか、ヤガミも、俺の故郷も。あっという間に消失してしまった。


 闇は陽炎のようにユラユラと揺らぎ、炭の欠片に似た火の粉を嘲笑うかの如く大量に舞い上がらせている。


 身体が熱い。

 心臓がドクドクと異様な鼓動を響かせている。

 俺自身が熱源だ。


 俺は息を上がらせ、激しい眩暈でぶっ倒れそうなのを堪えて、ぐ、と歯を食いしばる。

 何だか知らんが、こんなの絶対、アイツの仕業に決まっている…………!


「…………邪の芽!! 何のつもりだ!?」


 黒い火の粉がゆっくりと渦を巻いて集積し、人の形を成す。

 かと思えば、それはすぐに飛竜…………今の俺の形になった。


 竜は嫌味っぽく尾を揺らし、俺に首を寄せてくる。

 邪の芽の、地獄の底から聞こえるような低い声が粘っこく空気を震わせた。


「「白竜」は怒っていたぞ。お前があまりに殺生を繰り返すせいでな」

「殺生だと? 俺はそんなこと…………」

「僅かな血さえ惜しむ。痛みとも言えぬ痛みをも拒む。なんと矮小な魂よ。干乾びる程にやつらは群がってきたか? どうだ?」

「あ」


 言われて、俺は潰した蚊達のことに思い至った。

 …………確かに、殺す必要はなかったかも。普段なら切り刻まれたって押し潰されたって我慢できるのに、つい癖でやってしまっていた。


 邪の芽は意地悪く微笑み(竜の口が、あり得無い形にバックリと歪んだ)、話し継いだ。


「アイツは裁きの主と同じなのさ。考えてもみなかったという、まさにそのことを知らしめるために、ヤツらは力を振るう。虫けらを踏みにじるが如き、絶大な力を。

 あれらにとってはお前も小虫も、いずれ広大な森の一葉に過ぎん。…………思い上がった魔物だ、全く」


 憎悪や憤怒などという感情だけでは到底語りおおせない邪悪な笑みが、竜の黒い顔にくっきりと浮かび上がる。

 ゾッとしたが、目を逸らしてはいけない。

 魂が叫んでいた。

 退けば、喰われると。


「お前…………何をした? ヤガミ達はどうなった?」

「どうもしやしないさ。どいつもこいつも、気合の入ったアホ面を並べて大騒ぎだ。蒼の小娘共が俺の力場へ侵入しようと試みているが、かなうはずもない。

 ふん、これが主の寵愛を受けぬ姫か。笑える。全くただの小娘だ」

「何が望みだ? 言え」

「随分な態度じゃないか、おい? また、お前を救ってやったというのに」

「頼んでない! お前はお前の都合で俺を助けているだけだ!」


 竜の顔からふっと笑みが消える。

 何の表情も無い、黒い塊は身じろぎもせず、ただじっと俺を見つめている。

 ほんの少し…………本当に微かにその爪が動いた時、俺は思わず身体を強張らせた。


 邪の芽は全身を震わして笑った。


「ハ、ハ、ハ! 人らしいものだ、つくづく! 魔物の何たるかが、どこまでもわかっておらぬ! 永遠にわからぬのであろうなあ! いとけないことよ!

 …………鍵の男よ、俺は気に入らないだけだ。それだけなのだ。俺は何ものにもまつろわぬ。

 それを「白竜」めが。ありふれた白子の分際で…………許し難い、実に」


 邪の芽の身体が火の粉を集め、次第に膨張していく。

 蝙蝠のように飛び交っていた火の粉が、一斉に俺を囲って旋風を巻き始めた。


「! や、止めろ! 暴れるな! お、俺は…………お前に乗っ取られるぐらいなら、自分で…………」


 黒い渦はぐんぐんと半径を狭め、俺を追い詰める。

 俺はガチガチと絶えず震える歯に舌を添えようと試みる。

 邪の芽は黒く歪んだ翼を乱暴に開き、威圧的に怒鳴った。


「ハッ! できるものか! お前は我が力無くば、何一つ成せぬ! これまでに幾度消滅した!? お前のその身体とて、俺の陽炎に過ぎぬ!!」

「――――黙れ!!!」

「わかっておるのであろう!? お前ではあのスレーンの長には勝てぬ! ジューダム王の残りカスなど荷物に等しい! 敗北は必至! 混沌は必定!!」

「黙れっつってんだろうが!」

「「白竜」は未だ我らの周りを付きまとっておる! 我を喰らわんと、執拗にな!」


 俺を包んでいた火の粉がチリチリと音を立てて、霧状になる。

 それは砂の擦れるような奇妙な音を立てたかと思うや、蚊の大群となってけたたましい羽音を立て始めた。


「うわぁぁぁあぁ――――――――っ!!!!!」


 肌に纏わりつく無数の虫達を、俺は半狂乱で払いのけた。

 だが、払っても、払っても、払っても、潰しても、潰しても、潰しても、逃げても、叫んでも、際限無く張り付いてくる…………!


「ヒッ、ヒィィィィーーーーーーーーッ!!!!!」


 顔にも鼻にも口にも目にも、容赦なく虫が群がってくる。入り込んでくる。

 舌に喉に纏わりつく脚の感触に吐き気を催す。

 涙すら吸い尽くされるような凄まじい襲撃に、俺は転げまわるより他に成す術がなかった。

 痒い…………否、痛い!


 始終叫んでいたが、最早人の声ではなかっただろう。

 赤く腫れあがった肌に、水膨れじみた痕が大量に出来上がっていく。血に濡れて爛れた肌にも、虫は次々と針を差し込んできた。

 肉の腫れる音が聞こえる。


「やっ、やめっ…………止めてくれ!! 止めろ――――――――っ!!!!」


 視界が黒く霞む。

 口を閉じても、目を閉じても、羽音は止まない。激しさを増していく。

 腕も首も顔も、血まみれだった。


 邪の芽は不気味な高笑いを闇に響かせ、闇に翼を強く、禍々しく打ち付けた。

 大軍がさらに湧き、踊り狂う。


「ハーッハッハッハッハッハッハ!!! 良い姿じゃないか!!! 死んだ方がマシではないか? 蛇の娘であれば躊躇いも無かろうが、お前ではなあ!?

 我が力はお前の血と引き換えだ! 掻痒感はおまけだ、楽しむがいい!!!」

「いらない…………! いらない!!! これ以上俺に構うな!!!」

「もう遅いよ」


 意地の悪い幼い声が脳内に囁かれる。

 黒い嵐の中、微かに目を開けると、そこには見慣れた姿の少年が立っていた。

 正面から見ると、ヤガミの言っていたことがよくわかる。結構トラウマなペガサス柄。

 やや伸びすぎた前髪を鬱陶しげに振り払い、幼い俺を模った邪の芽は日に焼けた細い腕を真っ直ぐに振り上げた。


 合図に合わせて、俺に集っていた蚊が一斉に離れていく。

 黒く巨大な雲塊と化した虫達は、今度は無数の金属が擦れるような耳障りな音を響かせていた。

 邪の芽は素っ気なく、冷徹に言い放った。


「「白竜」を殺すんだ。ウザいんだよ、アイツ。…………そのついでにスレーンの長でも何でも殺せ」


 黒い鉄球が一つ、先駆けて落ちる。

 続いて豪雨の如く、黒い塊が俺へと降り注いだ。


「――――――――ッ!!!!」


 全身を凄まじい痛みが貫く。

 眉間を砕いた一打が、俺の意識を決定的に攫った。




 ―――――――――――…………。





 ―――――――――――…………。





 …………。

 青空が見える。


 最悪の気分だ。

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