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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
蒼天の決闘
278/411

129-4、サンラインの空は荒れ模様。俺が臆病者の夢を見ること。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けた俺は、自警団の少女ナタリーらとの出会い等を経て、サンラインの歴史を左右する重要儀式「奉告祭」に参加する。

 そこで俺達は五大貴族の一人、及び異教徒「太母の護手」を手引きとした、敵国・ジューダムから襲撃を受け、危機感を募らせる。

 その後、リーザロットの悲願であり、「勇者」の使命でもある戦の和平を実現するため、俺達は少数精鋭で、都市・テッサロスタの奪還を目指して遠征を行った。

 旅はつつがなく進むかに見えたが、その途上で俺達はまたもやジューダムからの刺客と遭遇、ついにはジューダムの王…………俺のかつての親友、ヤガミと対峙する事態にまで陥った。

 魔導師・グレンの助けにより、何とか奪還の望みを繋ぐも、ジューダムの支援を行う「太母の護手」の指導者を倒して、目標達成まであと一歩まで迫ったという時、再びヤガミが俺達の前に立ちはだかった。

 大混戦の中、俺とフレイアは急遽時空の扉を潜り抜け、オースタン…………俺の故郷、地球へと逃れた。

 そこで待っていた真の「勇者」こと俺の妹・水無瀬朱音と、もう一人のヤガミ……ジューダム王の肉体を連れてサンラインへと戻ってきた俺は、最終決戦に挑むため、中立国・スレーンへ同盟を持ちかけに向かうのだった。

 どのくらい経っただろう。

 フレイアはいつしか泣き止んで、静かに俺の胴に身体を預けていた。

 眠ってこそいないけれど、とても疲れて、擦り切れている。


 フレイアが覚束ない足取りで立ち上がろうとしたので、俺は彼女を身体で支えつつ尋ねた。


「もう行くのかい?」


 フレイアが何も言わずに俺を見下ろす。逆光の中で、瞳の色は完全に埋もれていた。

 彼女は少し目を細め、いつもより一層掠れた声で呟いた。


「ヤガミ様と蒼姫様のご様子も気になりますので…………そろそろ失礼いたします」

「大丈夫?」

「はい。ありがとうございます。…………ご迷惑をお掛けしました」

「迷惑なんて。俺の方こそ…………追い詰めてしまって、ごめん。…………自分勝手だったよ」


 フレイアは弱々しく首を振り、あまり器用でない笑みを白い顔に浮かべた。


「いいえ。コウ様のせいではありません。私の…………幼稚な八つ当たりでした。…………あまり気にしないでいただけると幸いです」


 それはさすがに無理だろうと思いつつも、今は何も言わないでおく。ようやく落ち着いたのを、わざわざ蒸し返すこともない。何か話すにしたって、後にした方がいい。

 フレイアはしばらく竜房の柵の前で立ちつくしていたが、やがて柵をくぐって外へ出た。


「それでは、コウ様。おやすみなさい」


 最後の言葉のとても優しいのが、なぜかとても胸に刺さった。

 フレイアの眼差しがスッと小屋の外へと投げ出されるのを、俺は心細く見守っていた。

 何も言えないのがもどかしく、叫ぶことすらできないのがさらに気まずかった。


「おやすみ、フレイア」


 フレイアが振り返って手を挙げる。

 細い背はやはりどこか覚束ない足取りで、静かに去っていった。

 フレイアが小屋から出ていく際に、彼女の足音とは明らかに別な物音がしたけれど、大方隣の房の竜が寝返りをうったか何かだろう。



 その晩、俺は不思議なくらいよく眠った。

 ワンダみたいに小さく丸まって、フレイアの温もりを思い出しながら微睡んでいたら、するすると滑り台を降りるように、滑らかに眠りの世界へと落ちていった。


 途中、誰かが様子を見に来たような気がしたが、夢だったかもしれない。

 その人はまるで怖がりの子がよくするみたいに、柵の向こうから目一杯に手を伸ばしてちょんと俺の鼻先を突いて、すぐに手を引っ込めた。


 この竜の里で、そんなことをする人間が果たして一人でもいるだろうか?

 だから多分、あれはビビりな俺の深層意識が見せた、臆病でガキな俺自身の姿だったに違いない。


 次にしっかりと目を覚ました時には、すっかり日が昇っていた。



「よう」


 真っ先に迎えにやって来たのは、ヤガミだった。


「おう、おはよ。身体、平気か?」


 尋ねる俺に、ヤガミは元気と生意気ががっしり肩を組んだ、健康優良児そのものの笑顔で答えた。


「ああ、心配かけた。もう大丈夫だ」

「そっか、良かった。…………リーザロットは?」

「…………うん、彼女も元気だ。かなり世話になった。今朝は白露の宮で休んでいる」


 回答直前のコンマ1秒の間を幼馴染は見逃さない。

 いかにも「平常運転です」という面付きだが、俺にはピンときた。

 野暮と知りつつ、俺は果敢に突っ込んだ。

 それはあるいはサンラインの平和にとって、非常に重要なことだった。


「リーザロットと何かあった?」

「…………何かって、例えば?」


 ヤガミの目つきに不良少年の光がキラリと差す。

 この程度で引き下がるぐらいなら、元より友達やってない。

 俺は躊躇いなく攻め込んだ。


「共力場、編んだな?」

「…………」


 ヤガミが腰に手を当て、眉間を険しくして窓の外を見やる。渋面の奥に、塩ひとつまみ分の動揺が見て取れる。

 彼は竜房の柵を外して腕を組み、俺に言った。


「それって、一見してわかることなのか?」

「つまり、答えはイエス」

「…………この世界じゃよくあることだろう」

「段階と色合いがあることを、今のお前は知っているはずだ」

「…………」


 ヤガミが複雑な表情で、柵を閉めて俺を外へと促す。

 彼はいかにもバツが悪そうに、こう漏らした。


「まぁ…………キツネ君に知られたら串刺し待ったなしってところかな?」

「他には?」

「…………別に、何も。そもそも共力場を編んだのだって、あくまで治療の過程の話だし」


 コイツ、まだ何か隠しているな?

 疑惑の眼差しを華麗にスルーして、ヤガミは爽やかに言った。


「それより、今朝も今朝とて修行だ。何でか知らないが、フレイア師匠が燃えに燃えている。今日こそ鍛え殺されるかもしれない。

 お前こそ、何か知らないか?」


 俺は


「さぁ」


 と短く答え、スパルタに備えて首と翼を柔軟体操がてらにゆっくりと伸ばした。


 フレイア、今日も荒れているようで何よりというか、なんというか…………。

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