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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
蒼天の決闘
273/411

128-3、あちらこちらどちら…………? 俺が獣の咆哮を大地に轟かせること。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けた俺は、自警団の少女ナタリーらとの出会い等を経て、サンラインの歴史を左右する重要儀式「奉告祭」に参加する。

 そこで俺達は五大貴族の一人、及び異教徒「太母の護手」を手引きとした、敵国・ジューダムから襲撃を受け、危機感を募らせる。

 その後、リーザロットの悲願であり、「勇者」の使命でもある戦の和平を実現するため、俺達は少数精鋭で、都市・テッサロスタの奪還を目指して遠征を行った。

 旅はつつがなく進むかに見えたが、その途上で俺達はまたもやジューダムからの刺客と遭遇、ついにはジューダムの王…………俺のかつての親友、ヤガミと対峙する事態にまで陥った。

 魔導師・グレンの助けにより、何とか奪還の望みを繋ぐも、ジューダムの支援を行う「太母の護手」の指導者を倒して、目標達成まであと一歩まで迫ったという時、再びヤガミが俺達の前に立ちはだかった。

 大混戦の中、俺とフレイアは急遽時空の扉を潜り抜け、オースタン…………俺の故郷、地球へと逃れた。

 そこで待っていた真の「勇者」こと俺の妹・水無瀬朱音と、もう一人のヤガミ……ジューダム王の肉体を連れてサンラインへと戻ってきた俺は、最終決戦に挑むため、中立国・スレーンへ同盟を持ちかけに向かうのだった。

 ――――――――…………。


 どこまでも深く続く井戸の中から誰かに見つめられているような気がする。

 だがその眼差しはともするとひっくり返って、遥か遠い井戸の口にいる誰かを見つめている俺の眼差しとなる。


 ――――そこに何がいる?

 ――――お前は誰だ?


 2人の俺の対話が浮つく脳裏に反響する。


 眠たい。

 物凄く。


 それなのに、どうしようもなく覚醒したままの自分がいる。

 「彼」…………「俺」は世界が終わってもなお、ずっと起きているだろう。

 永遠に独りだと思うと、堪らなく怖く、そして寂しくなった。


 井戸の中の俺は、必死で叫んだ。


 ――――お前は何をしている?


 井戸の外の俺は、がむしゃらに答えを叩きつけた。


 ――――知るか、馬鹿! お前こそ何をしているんだ?


 水の跳ねる音がして、俺はまた井戸の底で怒鳴った。


 ――――はやく、ここから出しやがれ! 凍えちまう! 目が潰れちまう! ここは暗過ぎる!


 焼けつくような太陽を背負って、俺は深い井戸を覗き込んでいた。


 ――――そこに何がある?


 井戸の底には、ひたすらに闇と泥水だけが溜まっている。


 ――――何もねぇよ! はやく縄を下ろせ! 俺を出しやがれ!


 日差しが刻一刻と苛烈さを増している。日焼けした背中が乾いてヒリついて擦り剥けて、痛かった。


 ――――ダメだ、縄なんてない! 自力で上がってこい!


 上がろうにも、井戸の壁はヌルヌルと滑って到底手を掛けられない。

 空は果てしなく遠かった。


 ――――ふざけんな! どうやって出ろっていうんだ!?


 井戸の底はとにかく深く、暗く、何も見えない。水音がなければ、水があるとさえ信じられない。このまま地獄へ真っ直ぐ落ちていくのだと、ごく自然に思えた。


 ――――知るか、馬鹿! お前は誰だ?


 ――――俺は…………



 ――――――――…………。


 切り取られた空が見える。

 誰かがその縁で叫んでいる。

 誰だ?


 俺は水底に何を見ている?

 もう一人の自分?

 何も見えやしない。



 ――――――――…………。


 ああ、畜生。寒い。

 ああ、クソ。暑い。



 ――――――――…………。


 暗い。このままじゃ目が潰れちまう。

 眩しい。もう真っ白だ。



 ――――――――…………。


 …………お前は誰だ?


 お前だよ。

 どうしてそこにいる?

 そこに何がある?



 ――――――――…………。


 ああ…………。

 それにしても、咽喉が乾いた…………。



 なぁ、

 お前、

 そうは思わないか――――――――…………?




 …………――――――――。




 ――――――――…………。

 我に返った時、俺は澄んだ湯の中に浸かっていた。

 絹で出来ているのではないかと見紛う程に滑らかな誰かの肌が、ぴったりと鱗に寄り添っている。

 温かく心地良い微睡の中、甘く華やいだ香りがさりげなく覚醒へと呼びかけていた。


 …………喉が渇いた。

 それだけ、ハッキリしている。

 寒くて凍えていた記憶もあるし、暑くて痛くてうだっていた記憶もある。だがそれらは今は遠くぼやけて、まるで空想の中の出来事のようだった。


 あいつらは俺の何だったのだろう?

 結局のところ、よくわからない。きっと鏡のあちらとこちらの差すら無いものだろう。

 孤独は一人では見出せない。寂しさある所に賑わいあり。逆もまた然り。

 今の俺は何だか、寂しくてしょうがなかった。


 人恋しさに、肌へすり寄る。

 柔らかく気持ちの良いものが頬に当たったので触れてみると――――まるで羽根で撫でるような感触であった――――俺を包んでいた肌が、小さく声を上げて身じろぎした。


「…………ん」


 女の人の声。

 可愛らしい。

 気になって目を開くと、黒真珠そっくりの瞳を湛えた美女が目の前で微笑んでいた。


「ア…………オイ…………ちゃん…………?」

「…………おかえり、ミナセ」


 アオイが俺をそっと抱き寄せる。ほんのりと上気した頬は鱗に吸い付いつくようで、俺は快さについまた目を閉じそうになった。


 が、すぐに正気を取り戻した。


「…………って、ちょっと! 何やってんだ!?」

「んっ………痛っ! あまり強くは嫌じゃ」


 アオイが頬を赤らめて身を強張らせる。

 ハッとして手を離すと、彼女の胸の膨らみに獣の…………それもかなり大型の獣の手形が赤く、くっきりと付いていた。


「あっ! ご、ごめん! そんなつもりじゃ…………」


 慌てて目を逸らしつつ、弁解する。

 幸い血は出ていないみないだが、女の子の大切な身体にひどいことをしてしまった。

 確かに俺はセクハラの被害者だが、だからといって彼女を傷つけるのは本意じゃない。


 …………ん? 手形?


 即座に水面の下の己の姿へと目を落とす。少し身動きするだけで、大量の湯が浴槽から溢れ出た。

 アオイが衣の前を掻き合わせ、ぱちくりと目を瞬かせて俺を見つめている。その瞳からはいつもの彼女からは全く想像できない、素直な好意が注がれていた。


 俺は口を開こうとして、さっきまで縫い付けられていたはずの蜘蛛の糸がもうすっかり千切れてしまっていることに気付いた。

 そしてその直後、それよりも遥かに凄まじい事態が自分の身体に起こっていることを把握し、愕然とした。


「これ…………牙…………?」


 人の顔に吻部は無い。

 人間の肌には、鱗などついていない。


 この感じ、覚えがある。

 トレンデで。

 サモワールの地下で。

 精鋭隊の宿舎で…………!


 ただ一つ、今までと違っていたのは、背中に大きな違和感があることだった。


「何だ…………これ…………!?」


 自分でもどうやったのかは定かでない。

 俺はあたかも手足を伸ばすかのように、当たり前みたいに翼を…………大きく勇壮な、無数の水滴を纏って輝くエメラルド色の翼を浴場いっぱいに広げた。


 同時に身体の奥底から激しい衝動が湧いて来て、俺は大きく叫んだ。

 叫ばずにいられなかった。

 人の言葉では決して表し得ない、獣だけに許された咆哮であった。



「グゥオォォォオォオオォォ――――――――――――ッッッ!!!!!」



 勢いで煽られた湯を浴びてずぶ濡れになったアオイが、少し身体を震わせて不敵に笑っていた。

 彼女はほとんど空っぽになってしまった浴槽の床で、肢体をあられもなく投げだしたまま、高らかに声を上げた。


「見たか…………見たか、兄上よ!!

 これぞおぬしを墜とす運命の竜…………異邦の人竜・ミナセじゃ!!

 わらわの最高傑作、とくと味わうが良いわ!!」


 わずかに漂っていた湯気は、さらなる咆哮によって、瞬く間に掻き消された。

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