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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
清き月夜に星達は踊る
268/411

127-1、ぶつかり合う紅と黒。俺が灼熱の波に揉まれ翻弄されること。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けた俺は、自警団の少女ナタリーらとの出会い等を経て、サンラインの歴史を左右する重要儀式「奉告祭」に参加する。

 そこで俺達は五大貴族の一人、及び異教徒「太母の護手」を手引きとした、敵国・ジューダムから襲撃を受け、危機感を募らせる。

 その後、リーザロットの悲願であり、「勇者」の使命でもある戦の和平を実現するため、俺達は少数精鋭で、都市・テッサロスタの奪還を目指して遠征を行った。

 旅はつつがなく進むかに見えたが、その途上で俺達はまたもやジューダムからの刺客と遭遇、ついにはジューダムの王…………俺のかつての親友、ヤガミと対峙する事態にまで陥った。

 魔導師・グレンの助けにより、何とか奪還の望みを繋ぐも、ジューダムの支援を行う「太母の護手」の指導者を倒して、目標達成まであと一歩まで迫ったという時、再びヤガミが俺達の前に立ちはだかった。

 大混戦の中、俺とフレイアは急遽時空の扉を潜り抜け、オースタン…………俺の故郷、地球へと逃れた。

 そこで待っていた真の「勇者」こと俺の妹・水無瀬朱音と、もう一人のヤガミ……ジューダム王の肉体を連れてサンラインへと戻ってきた俺は、最終決戦に挑むため、中立国・スレーンへ同盟を持ちかけに向かうのだった。

 かくして、頭領の代替わりの奉告は明日、急遽決行されることとなった。


 先代の頭領の下を辞した後、俺とリーザロットはシスイとアオイを連れて、白露の宮へと戻った。

 例によってアオイが力づくで俺を自分の宮へ連れ帰ろうとするのを、シスイが止めてくれたのだった。


「アオイ、コウさんは一度皆さんの所へ帰って話をしなくちゃならない」

「不要じゃ! ミナセはわらわの側役なのじゃ!」

「大概にしろ。何より、コウさんには決まった相手がいるんだ。お前の世話などしていられない」

「何じゃと?」


 言われてギクリと身が竦む。

 シスイは親切で言っているだけに、今は事情がこじれているとは言い難い。

 アオイは俺を粘っこい疑いの眼差しで眺め回し、尋ねてきた。


「…………本当か、ミナセ?」

「あー…………その…………。そう…………好きな人が、いるんだ」

「…………それか?」


 アオイがリーザロットを指差したのを、シスイの手がはたき落とす。

 リーザロットはくすっといたずらな笑顔を浮かべ、肩を竦めた。


「そんなに気になるのでしたら、私達と一緒にいらっしゃってはいかがですか? 見ていれば、すぐにわかるでしょうから」

「…………生意気を言う」


 アオイが眉間に皺を寄せ、口をへの字に曲げて俺とリーザロットを見比べる。こういっちゃなんだが、まさにちんちくりんな顔だ。ブルドッグみたいで面白可愛い。

 彼女はガッシと俺に腕を絡めると、


「どこへでも参るがよい!」


 と、大袈裟に胸を張った。



 というわけで今、俺達は白露の宮に集合していた。

 ヤガミはアードベグに連れられて一旦岩牢へ戻ってしまっていたが、事情が変わったということで、すぐにシスイに呼び戻された。(いつも通りアオイとひと悶着あったが、どうにか納得させた)

 ことの顛末を話すと、ヤガミは一緒に呼ばれてきたアードベグを仰いで言った。


「つまり、貴方は先代のご病気をご存知だったんですね」

「ええ」


 赤鬼は大きく頷くと、シスイに向けて言った。


「坊ちゃん。今回ばかりは本当に本気で腹を括らにゃあなりませんよ。いつまでも先代のお力に頼ってはおれませぬ。

 ご決断の時です。里の心を織り上げ、次の時代へと導くために、貴方はいかなる道をお選びになるのか」


 追い打ちをかけるように、アオイがシスイを睨み付ける。

 何も言わないのがかえって高圧的である。ただその眼差しには、一抹のやり切れなさが怒りとは違う何かがポツリと宿っていた。


「…………わかっている」


 シスイが腕を組んで俯き、渋く呟く。

 リーザロットが彼に話しかけた。


「…………手を取り合うという選択肢があることを、どうか心に留めておいてください。黒矢蜂(こくしほう)と戦える者は、何もスレーンの方だけに限りません。私の魔力は彼らを誘いますが、それは裏を返せば、私の魔術は彼らに大変響きやすいということでもあります。必ずや、お力になれるでしょう」

「いざとなれば、私もお供いたします」


 リーザロットの提案に、フレイアが短く言葉を添える。

 アオイが俺から手を離し、彼女らの前に立ちはだかった。


「口を慎め! それ以上、兄上をそそのかすでない」


 蒼と紅の視線を浴びてものともせず、彼女は続けた。


「ここぞとばかりに足下を見おって…………。その代償が大戦への参加というのでは全くもって割に合わぬではないか。我らはまだ、ジューダムと完全には敵対していない。わざわざ死に急ぐような真似をするものか」


 リーザロットは極めて冷静に、そして彼女にしては珍しく挑戦的に返した。


「お決めになるのは貴女ではないでしょう? それとも、貴女が頭領となられるのですか?」


 アオイの目がいよいよ据わってくる。

 アオイは低くゆっくりとした声で、リーザロットに言った。


「…………里の中にはそれを望む者もおる。決して少なくはない。兄上が民の目に適わぬのであれば、わらわは喜んで長となろう」

「「白竜の血」…………。貴女には発現していませんね。貴女もまた、掟を破るのですか?」

「…………。…………何が言いたいのじゃ?」

「掟破りを非難なさるのに、貴女自身もまた掟を破る。矛盾しているように思えます」

「だから何じゃ? 竜王様から賜りし戒律は里を護るためにある。ただ愚直に従うばかりが良き民の行いではない。我らの心は常に竜王様と共にある。我らは掟の要を守っておる」

「では、シスイ様のお心は違うと?」

「…………行き過ぎておるのじゃ、兄上は」


 アオイがシスイを睨む。

 シスイは何も言わず、またも険しい顔で黙りこくっている。流石にそろそろ何か言ったらどうなんだと俺でさえ思うが、果たして何を考えているのやら。

 アオイはその間にも言葉を積み重ねた。


「今の里にも問題はある。それはわらわも承知じゃ。だが、いきなりは変わらぬ。突然扉を開いて、さぁ出ていけと言われたところで、足踏みするのは当たり前のことであろうが! 誰しもに翼があると思うでない!」


 シスイは目を上げ、アオイを見て言った。


「…………わかっている」


 先程アードベグに返したのと全く同じ言葉だったが、さっきよりもずっと苦い苦悩が染み込んでいた。頼むからもう何も言うなと、眼差しが強く訴えている。

 アオイはアオイで、そんな彼の内心はすっかり見透かしているようだった。彼女の強い瞳はあえて、シスイの痛みを責め立てている。


 憎しみ…………だろうか?

 同じ目を、俺はすごく間近で見てきた気がする。


 ずっと部屋の隅で影に溶け込んでいた死神が、おもむろに口を開いた。


「姫。話が済んだのであればフレイアと勇者と一片を寄越しなさい。修行を行う」


 ビクッと肩を強張らせたのは俺だけでない。ヤガミと目が合った。

 マジか? この期におよんで? 少しは空気読んでよ?

 救いの女神リーザロットが眉を落として話した。


「タリスカ、もう皆、お疲れです。今晩はもう休んではいかがですか?」

「いえ、蒼姫様。私は全く疲れておりません。万全です」


 即座にフレイアが答える。彼女は身のこなし涼やかに立ち上がると、シスイとアオイに向かって頭を下げた。


「成すべき務めがございますので、失礼致します。監視が必要でしたら、どうぞご用意ください」


 アオイが眉を顰め、同じく立ち上がった。


「何じゃ? 随分と偉そうな物言いじゃのう。おぬし、何様じゃ?」

「何様でもございません。ただの騎士です」

「ではただの騎士、よく聞け。ミナセはわらわのものじゃ。勝手は許さぬぞ」

「いいえ、行かせていただきます。コウ様は誰のものでもございませんので、まだ」


 睨み合う二人の美女は、戦慄する程に荒々しかった。

 気迫の大波が真っ向からぶつかり合い、凄まじい飛沫を上げている。沸騰した雫が頬にかかり、俺は思わず悲鳴を上げそうになった。

 アオイの小馬鹿にするような声が、さらに背筋を凍らせた。


「ほう…………そーか、そーか…………おぬしか。ああ、道理で初めから繁殖期の牝竜みたいに苛立っておったわけじゃなぁ。…………単に面白い顔なだけかと思うて、ちっともわからんかったわ」

「不快な表現です。私は常に節度と誠意をもってコウ様に接しております。顔の造詣の評価はともかく、態度においてそのように言われる謂れは一切ありません」

「ふん。しかし、ミナセの口からはおぬしのことなど、一っっっ言も出てこなかったぞ?」

「…………」


 フレイアのドロリとした蝋のような視線が俺を滴り焼く。

 いや、だって、距離を置きたがっていたのは君の方じゃないか! ちょっと理不尽過ぎないか!?

 言いたいが声が出ない。すっかり喉が引き攣ってしまっている。


 その時ふいに、シスイが腰を上げて俺の腕を掴んで、立ち上がらせた。


「!」


 フレイアとアオイが同時にシスイを見る。

 俺が目を大きくして仰ぐと、シスイは疲弊した目で溜息を吐き、全員に素っ気なく告げた。


「ちょっと借りる」


 皆が呆然としている中、ヤガミが意外そうに尋ねた。


「どこへ?」

「気晴らしに飛んでくる」


 飛ぶ?


 俺が今度もサッパリついていけないでいると、シスイはこちらを向いてこう付け加えた。


「君だって息抜きがしたいだろう? これ以上地べたにいたら、俺は窒息してしまう。もう限界だ」

「え…………? でも、なんで俺?」

「君がいい」


 激しい衝撃を受けたように、アオイが口元を手で覆って後退る。彼女の黒い瞳はいつになく黒々と波立たち、焦点すら見失っていた。

 フレイアは燻る煙の如く曇った眼差しをシスイに向け、抑えた調子で囁いた。


「わかりました。…………必ず私にご返却の程、お願いいたします」

「わかった」


 言い方。


「じゃあ、行ってくる。修行はその辺で好きにやってくれていい。…………ただ、くれぐれも畑だけは燃やさないでくれ」

「承知」


 タリスカがヤガミの額を掴み上げ(「待て、俺も竜に乗り…………」途切れた叫びがかろうじて聞こえた)、瞬く間にどこかへと姿を消す。後からフレイアが慌てて窓から飛び出していった。

 シスイは最早うんざりした表情を隠しもせず、俺を連れてさっさと部屋を出た。


「シ、シスイさん? 本当に行くんですか?」

「言ったろう? 限界なんだよ! こんな里、俺は…………!!!」


 残されたリーザロットがちょこんと座って手を振っているのが、横目に見えた。


 いや…………俺、疲れたよぅ…………。

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