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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
【第11章】白竜と乙女の里
258/411

123-3、姫様、何様、アオイ様。俺がいつも通りトラブルに巻き込まれること。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けた俺は、自警団の少女ナタリーらとの出会い等を経て、サンラインの歴史を左右する重要儀式「奉告祭」に参加する。

 そこで俺達は五大貴族の一人、及び異教徒「太母の護手」を手引きとした、敵国・ジューダムから襲撃を受け、危機感を募らせる。

 その後、リーザロットの悲願であり、「勇者」の使命でもある戦の和平を実現するため、俺達は少数精鋭で、都市・テッサロスタの奪還を目指して遠征を行った。

 旅はつつがなく進むかに見えたが、その途上で俺達はまたもやジューダムからの刺客と遭遇、ついにはジューダムの王…………俺のかつての親友、ヤガミと対峙する事態にまで陥った。

 魔導師・グレンの助けにより、何とか奪還の望みを繋ぐも、ジューダムの支援を行う「太母の護手」の指導者を倒して、目標達成まであと一歩まで迫ったという時、再びヤガミが俺達の前に立ちはだかった。

 大混戦の中、俺とフレイアは急遽時空の扉を潜り抜け、オースタン…………俺の故郷、地球へと逃れた。

 そこで待っていた真の「勇者」こと俺の妹・水無瀬朱音と、もう一人のヤガミ……ジューダム王の肉体を連れてサンラインへと戻ってきた俺は、最終決戦に挑むため、中立国・スレーンへ同盟を持ちかけに向かうのだった。

 月でウサギ肉とお餅をたらふく食らい、心身共に鍛え上げて帰ってきたと思しきパワフルなかぐや姫は、すぐさま俺から目を逸らすと、すぐさまヤガミを睨み付けた。


「何じゃ、その男は? 何故、ジューダムの王がそこにおる? 汚らわしい」

「初めまして。僕はジューダム王の肉体の、ヤガミ・セイです」


 ヤガミが悠長に挨拶をする。

 2人は視線を2秒ほど激しく戦わせると、やがて白けたとばかりにアッサリ互いの心の拳を納めた。


「…………フン。つまりは何の力も持たない、ただのブサイクか。後でジンに岩牢へ叩き込んでおくよう言いつけておかねば。その面、見るに堪えぬ」

「…………ブサイク?」


 ヤガミの呟きに、かぐや姫は無言で片方の眉だけを吊り上げて返した。

 彼女は、今度はリーザロットへ視線を移すと、これまた不機嫌極まる般若の表情で言った。


「そこのちんちくりん。そちは何しに来た? わらわはおぬしを蒼の主とは認めておらぬぞ。…………わらわぐらいともなれば、「謁見」の有無は一目でわかる。力場の味わいが全然違うのじゃ。ただの小娘が…………サンラインは軽んじておるのか、我らがスレーンを?」

「止めるんだ、アオイ。その方は正真正銘、蒼の主だ」


 シスイが険しい口調で咎める。

 かぐや姫、もといアオイは切れ長の高貴な目を細めてシスイを見やると、一段と冷えきった調子で話した。


「兄上に何がわかる? 操竜の才は多少兄上の方が上といえど、魔術、呪術、剣術、体術、統率力、美貌、天才性、品性、その他あらゆる面において、わらわが優れておるのじゃ。…………何なら、わらわは兄上のことも認めておらぬぞ。兄上に民を統べる力が無いのは、もう火を見るよりも明らかじゃ。

 先の身勝手なジューダムとの契約。それに続く戦による甚大な被害。分家との不和。ヴェルグとかいうサンラインの黒魔女による腹立たしい取引規制も、無関係では無かろう。

 近年まれにみる不作の年によくもまぁこれだけやってくれたものじゃ。叔父上を頼っての馬鹿げた遁走…………その果てが、これか」


 アオイが白々とした目で俺達を見渡す。


「呆れて物も言えぬわ!」


 吐き捨てた彼女の視線がもう一度、ひたと俺へ注がれる。ふっくらとした白桃みたいな頬が、やはりどこか少女めいている。雛人形のように行儀良く並んだ目鼻は、動きさえしなければ、本当に深窓のご令嬢という感じで上品だ。

 「兄上」とは言うが、あまりシスイには似ていない。ただ一つ、慎ましくも芯のある輝きを秘めた、黒真珠のような眼差しだけを除いて。


 あんまりじっと見つめてくるので、「何か?」と尋ねようとした丁度のタイミングで、彼女がシスイに言った。


「兄上が「白竜の血」さえ受け継いでいなければ…………とっくの昔に里から追放されておる。

 その掟破りの兄上が、頭領…………。里の大勢が反対しておる。勿論、わらわもじゃ」


 チラリと、またアオイの視線がこちらへ寄越される。棘のある眼差しではないが、何か例えようのない不安を掻き立てられる。


 何?

 俺に何かあるの?


 気になるものの、尋ねる勇気も隙も無い。

 あのヤガミをしてブサイクと言ってのけ、傾国の美女リーザロットをちんちくりんと罵る。俺なんかもう生ゴミにしか見えないんじゃないか?


 固く口を引き結んだままのシスイに、アオイは居丈高に言葉を浴びせ続けた。


「兄上、応援を待っても無駄ぞよ。ジンとアードベグはわらわの宮におる。蔵でコソコソとしておったのを、この手で直々に引き摺り出してやったわ。あの赤角頭め、どうも今朝から様子がおかしいと思っておったが…………よもやこのような者共を引き入れたとは。大した忠義心よ」

「…………アードベグは誠実に使命を果たした」

「どうせ戯れで済ませたのであろう? あれが本気を出したのなら、そこの陰気な骸骨男も含めて、誰も無事でおられんわ。…………全く、毎日毎日酒ばっかり食らいよってからに…………あの役立たずの木偶(でく)の坊め!」


 シスイがわからぬように小さく溜息を吐く。

 アオイは目尻を吊り上げ、座っている兄へ粘りのある低い声で言った。


「兄上。()く、この下らぬ会合を中止せよ。誰が何と言おうとも、我らは決して中立を崩さぬ。キリンジ一族の魂は、ただ竜王様のためにのみぞ在る。その他の事など些事じゃ。

 …………それとも、また身勝手な振る舞いで一族の貴重な働き手をさらに喪わせるのかえ?」


 シスイは何も言わず、アオイとは目も合わせない。

 ただ雨風を耐え忍ぶように、俯くでもなくじっとしている。

 アオイは幽霊みたいにそんなシスイの周りを巡り、最後の言葉を吹きかけた。


「いい加減目を覚ますのじゃ…………。兄上が向き合うべきは外の世ではない。空の果てには何もありはしない。兄上は、この里の、この家の、加護の内で、生きるのじゃ」


 白き竜王の眼差しが、シスイの背中へ降りかかっていた。

 もう呼ばれてはいないし、魔力を感じることもできない(というより感覚が麻痺してしまったみたいだ)のだが、ずぅんと肩にのしかかる存在の重さは、俺すら息苦しくさせる。


 リーザロットが唇を小さく噛んで悩んでいる。

 何を言うべきか、言わないべきか。難しいところだった。

 頭領であるシスイにどれだけの決定権があるのか、それ次第なのだが…………。


 警戒しつつ、チラッとアオイを盗み見る。

 彼女に話は通じそうにない。別の誰か…………例えば、奉告祭にスレーンの代表として来ていたおじさん(彼が先代の頭領だったのかな?)とかには、話を聞いてもらえないものだろうか?

 いや、下手に話を通すと逆に厄介なのかもしれない。どうにもシスイのキリンジ一家には複雑な家庭事情が渦巻いているようだ。


 と、ふいにアオイと目が合った。

 慌てて逸らそうとしたが、一拍遅かった。


「そち。…………ああ、そうじゃ。黒い髪のおぬしじゃ」


 ついに本格的に目を付けられた。

 どんな罵倒が飛んでくる? ボンクラか? キモいトカゲ面か? クサい生ゴミか?

 冷や汗がつぅと額を伝う。


「俺…………ですか?」


 なるべく怯えを悟られないようにと短く聞くと、存外に柔らかな声が返ってきた。


「ああ、そうじゃ。おぬしじゃ」


 アオイが袂から取り出した木製の扇子で平安貴族よろしく口元を覆う。こっちからしてみれば、表情が窺えないのは本当に恐怖でしかない。

 彼女は今までとはうって変わって、見た目に似つかわしい可憐な喋り方で尋ねてきた。


「名は何という?」

「…………。…………ミナセ・コウです」

「そうか。ミナセは、どこの出身じゃ?」

「…………オースタンです。蒼姫様に呼ばれてきて…………その、今はサンラインのお手伝いをしています」


 もう「勇者」じゃないから、何と言っていいのか。

 っつうか、お手伝いって何だよ。自分でもよくわからん。

 アオイは「そうか」とさほど興味無さそうに流すと、女の子らしく首をかしげて呟いた。


「それにしても…………かわゆいのう」


 …………。


 …………は?


 アオイは軽やかに扇子を閉じると、満開の桜の如き晴れやかな笑みを湛えて言った。


「よし、許す! ミナセ、そちはわらわについて参れ! わらわの宮で養ってやろう。そちは顔も良いが、魔力の味わいも苦しゅうない…………むしろ、好みじゃ! 気に入ったぞ!」

「おい、アオイ。お前、何を言って…………」

「兄上は黙っておれ!」


 立ち上がりかけたシスイを、アオイがピシャリと言葉で打ち据える。


 リーザロットが目を大きく瞬かせて何か言おうとしていたが、アオイはあからさまに彼女を無視して俺の前へ出て、初雪のように白く柔らかそうな手を伸ばした。


「さぁついて参れ、ミナセ! おぬしには特別に、わらわの手に触れることを許そう」

「え…………でも…………あの…………」


 助けを求めてオロオロと周りを見渡すも、皆、呆気に取られている。

 その隙にアオイは強引に俺の手を握ると、見た目からは思いもよらぬ剛力で俺を立ちあがらせた。

 戸惑って顔を見ると、黒い眼差しが瑞々しく光っている。童女のように屈託ない微笑みで、アオイは俺に言った。


「本家の者が外から側役を迎えるなど未だかつてないことじゃが…………他でもない、このわらわが認めるのじゃ。問題はあるまい! 光栄に思うが良いぞ!」

「けど、俺、交渉に来たので…………」

「ああ、恥じらう顔もかわゆいのう! ワンダのようじゃ! わらわのワンダじゃ!」


 両腕をしっかりと絡め取られて、とてもではないが振りほどけそうにない。痛くこそないが、抵抗しても無駄だとハッキリとわかる堅固な締め付けに、俺はどうしようもない恐怖を感じた。

 これ…………マジでヤバいやつなんじゃないか?


「あの、困ります。離してくだ…………」


 まるで聞いていないアオイは、廊下に向かって大声で叫んだ。


「ジン! ニッカ! フジ! ダイゴ! 入ってくるが良い! 残りの全員を岩牢にブチ込んでおけ! 兄上もな! 決して竜に近付けさせてはならんぞ! 逃がしたらお前達の首も刎ねてやるからな!」


 ぞろぞろと、神聖なる竜王の間へ人々が押し入ってくる。

 同じ柄の紺色の着物を纏った、若い兵士達だ。よく鍛えられた屈強な上腕が、翻った袖から覗く。

 先程アードベグに連れ去られたはずの坊主頭の青年・ジンが、シスイを背中から捕まえた。


「おい、やめろジン!! 正気か!?」

「申し訳ございません、頭領!! 竜王様のためなのです!!」

「馬鹿野郎、まず人間のことを考えろ!! 本当にこれでいいと思っているのか!?」

「申し訳ございません、申し訳ございません!! …………竜王様の名の下に!!」

「この大馬鹿野郎が!!」


 ジンが素早く縄をシスイの腕に巻き付け、跪かせる。

 恐らく魔術でも使ったのだろう。シスイの瞳が、たちまち混濁して虚ろになった。


 リーザロットとヤガミを守るようにして、フレイアとタリスカが前へ出る。

 彼らと対峙した兵士達は、露骨に腰が引けていた。


「フレイア、タリスカ。下がってください」


 リーザロットが凛とした声を響かせる。

 忠実な護衛が脇へ引いた後、彼女は静かに言った。


「今は事を荒立ててはなりません。…………待つべき時です」


 ヤガミと目が合う。

 彼は口を開かず、わずかに頷いた。リーザロットと同じ考えだと言っているのか。

 次いでフレイアを見ると、燃え上がる紅玉色の火焔が俺をたちまち焼き尽くした。


「…………っ!」


 無表情ながらも凄まじい怒気に、思わず肩や頬が強張る。

 な、何だ?

 俺、何かした?


 アオイは意地の悪い笑みをリーザロットへ向け、ポツリと言った。


「残念。顔はちんちくりんじゃが、頭はまともなようじゃのう…………。素直に抗ってくれれば、正式な手順でもって国を挙げて叩き出せたものを。

 …………ん? どうした、ミナセ? 何か怖いものでもあるのかえ?」


 優しく尋ねたアオイの視線がフレイアへと伸びていき、今、初めて彼女の存在に気付いたとばかりに釘付けになる。

 対するフレイアの目は、完全に興奮状態の野獣のそれであった。

 アオイは「ほう」と呟いて目を細めると、やがてケラケラと可笑しそうに笑った。


「アハハハ! 何とも面白い顔の女じゃなぁ! あんな顔の侍従がいれば、それはそれは楽しい毎日であろうに!」


 フレイアが頬を引き攣らせ、眉を吊り上げる。わなわなと震える手が剣の柄に伸びるかと思われたが、かろうじて留まった。

 アオイはひとしきり笑って満足したのか、フゥと息を吐いて彼女の臣下へ言った。


「…………まぁ、多少つまらんが、よかろう。皆の衆、そやつらを白露の宮へ通せ。ただし、ジューダムのブサイク王だけは別じゃ。そやつは厳重なる監視の上、牢に叩き込め」


 ヤガミが小さく肩を竦める。


「ご、ご同行願います」


 と、やや引き気味で兵士が言うのに連れられて、リーザロット達が歩き出した。

 俺はアオイにリードを引かれるようにして先に廊下を歩きながら、ひどいめまいに苛まれていた。

 …………え? 何これ? どうしよう…………。


「ミナセ、もっと近う寄れ!」


 そう言ってギュウと締め付けられると、彼女のすべすべとした着物越しに、肌の温もりと柔らかな胸の膨らみがじんわりと伝わってくる。

 ぐらつく意識の中でどうにか見下ろすと、あどけない輝かしい笑顔が春風を吹かせて返ってくる。


 空恐ろしいことに、全く冗談を言っているようにも、嘘を吐いているようにも見えない。


 俺は予想外な事態に、今にも卒倒しそうだった。

 怒りに身を焦がした蛇の眼差しが、背中をジリジリと焼いている。


 俺はほとんど前後不覚に陥りながら、アオイの住まいへとズルズル連行されていった。

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