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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
【第11章】白竜と乙女の里
254/411

121-3、フレイアの稽古とヤガミの屈辱。俺がスレーン高地に足を踏み入れること。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けた俺は、自警団の少女ナタリーらとの出会い等を経て、サンラインの歴史を左右する重要儀式「奉告祭」に参加する。

 そこで俺達は五大貴族の一人、及び異教徒「太母の護手」を手引きとした、敵国・ジューダムから襲撃を受け、危機感を募らせる。

 その後、リーザロットの悲願であり、「勇者」の使命でもある戦の和平を実現するため、俺達は少数精鋭で、都市・テッサロスタの奪還を目指して遠征を行った。

 旅はつつがなく進むかに見えたが、その途上で俺達はまたもやジューダムからの刺客と遭遇、ついにはジューダムの王…………俺のかつての親友、ヤガミと対峙する事態にまで陥った。

 魔導師・グレンの助けにより、何とか奪還の望みを繋ぐも、ジューダムの支援を行う「太母の護手」の指導者を倒して、目標達成まであと一歩まで迫ったという時、再びヤガミが俺達の前に立ちはだかった。

 大混戦の中、俺とフレイアは急遽時空の扉を潜り抜け、オースタン…………俺の故郷、地球へと逃れた。

 そこで待っていた真の「勇者」こと俺の妹・水無瀬朱音と、もう一人のヤガミ……ジューダム王の肉体を連れてサンラインへと戻ってきた俺は、最終決戦に挑むため、中立国・スレーンへ同盟を持ちかけに向かうのだった。

 タリスカの監督の下、俺とヤガミの修行…………フレイアは「稽古」と呼んだ…………は始まった。

 それはかなり実戦的なもので、ジューダム王とヤガミとの融合を目的としていた。


 タリスカ曰く、


「肉と霊のまったき調和は、刃の上を駆け抜けるが如き極限の緊張の中で生ずる」


 要するに、何のことはない。

 蒼の館での悪霊マラソンで、俺とタカシがやらされたことと同じだった。


 ただ、あの時と違うのは、今回は融合すべき相手こそが、まさに命懸けで立ち向かわなければならない相手でもあるということ。

 そして、協力者として俺がいることだ。


「王の一片(ひとひら)のみでは、王には敵わぬ。勇者の力を存分に利用し、成せ。最後に決するのはお前達だ」


 俺が扉の力でヤガミの身体に残る魔力を操り、あるいは、ジューダム王の魔力を操作して押し留めて(できれば王に手を出すべきではないと戒められたが)、ヤガミが王に一撃を入れる隙を作れということであった。


「…………ちょ、ちょっと待ってくれ! 一撃入れる? アイツに?」


 俺だけではない。それを聞いたフレイアもまた、目を大きくしてタリスカを仰いだ。

 タリスカはヤガミに、スラリと伸びた真っ直ぐな刃のショートソードを渡し、俺の問いに答えた。


「反目し合う者が同じ緊張を味わう機は、滅多に訪れぬ。共通する仇でもおれば良いが、此度は望めぬ。…………なれば、己が手で機を生むべし。…………斬り合い、溶け合うがよい」


 タリスカは真剣そのものだった。

 さすがに今回は、俺も彼の正気を疑った。


 「斬り合う」…………だと?


 ヤガミは、そりゃ要領も運動神経もいい。だけど、所詮俺と同じ一般オースタン市民に過ぎない。

 当世最強の魔術師の一人である王を相手に、一体何ができる?

 もう少し、マシな計画はないのか。

 俺の訴えは、すげなく打ち捨てられた。


「無い。…………言葉のみで、魂へ届く段階は過ぎた」


 援護を求めてリーザロットを振り返ると、彼女は慎ましく首を振り、言った。


「タリスカの言う通りでもありましょう。…………セイ君は、どう思いますか?」


 蒼玉色の澄んだ眼差しがヤガミへと伸びる。

 俺達の注目を一斉に浴びたヤガミは、受け取ったショートソードを何の衒いもなく肩にかつぎ、すんなりと答えた。


「いや…………そもそも、一発ぶん殴ってやるつもりでしたから、異論は無いです。…………手痛くやられなければわかりませんよ、俺は」


 フレイアは不可思議な目で彼を見ていた。今まで会ったオースタン人が俺やあーちゃんであることを考えれば、ある意味当然の反応だったかもしれない。というか、こんなにアッサリ流血を容認するヤツはこちらの世界でも少数派だろう。


 俺はと言えば、そういやコイツはそういうヤツだったと、自分にともヤツにともなく、呆れ果てていた。



 かくして、修行である。

 修行、もといフレイア言うところの稽古は、フレイアの火蛇をジューダム王の魔力であるシロワニ、顎門(アギト)であると仮定して行われた。

 ものは全然違うが、獣型の魔力の特徴は十分備っているとタリスカは話した。


「獣型魔力は己で考え、動く。如何なる魔力場にも溶け込まぬが、如何なる力場の色にも染まらぬ」


 俺は前に、テッサロスタへの道中で、襲い来る濁竜を倒すために火蛇の扉を開いたことがあった。

 確かにあの時は、いつもより扉を探すのに苦労した。タリスカの言う通り、火蛇は周りの力場に染まらず独立して存在していて、フレイア自身にも彼らを完全にコントロールできているわけではなさそうだった。


 どこまでもフレイアでありながら、どこか確実にフレイアではない生き物。

 彼らがフレイアの気持ちの分身みたいなものだってことは、薄々気付いている。いや、それに関して言えばつい最近、火傷する程味わったからよく知っている。

 あの子達はフレイア自身にもどうすることのできない、剥き出しの彼女自身だ。


 それだけに、彼らを攻撃するのは気が引けた。


 俺は何ともすっきりしない気分で、ヤガミと共に剣を構えるフレイアの前に立った。

 フレイアは凛とした立ち姿で、毅然と言った。


「準備は出来ております。いつでもいらしてください。…………まずは最低限の守りから始めます。私は剣を抜きません」


 火蛇はいつもよくやっているように、細い輪となって彼女の周りを巡り、彼女を守った。戦闘時は彼女の剣に絡みつき、攻撃もするのだが、今回は防御に専念している。

 二重の輪は時に軌道を変えてクロスし、気まぐれにまた重なる。


 ヤガミはタリスカから習い覚えたばかりの型でショートソードを構え、何かためらっている様子だった。


「…………どうした、勇者、一片(ひとひら)?」


 タリスカの低い声が森に響いた。


「戦場での迷いは即ち、死。…………覚悟無くば、直ちに去れ」


 けしかけられて、ヤガミがフレイアに打ち掛かっていく。初心者だから仕方ないが、動きにキレが無い。

 俺は未だにいまいち乗れないながらも、ヤガミの扉を探ろうとした。

 とはいえ、実はそもそもまだ共力場すら編めていないのだが。



 フレイアとの掛かり稽古の前に、タリスカはヤガミにいくつか剣の動きを教えた。

 最初はごくシンプルな打ち込みや刺突だけだったが、筋が良いと見ると、タリスカはもう少し複雑な受け流しやフェイントなども伝授した。


 羨ましくて、俺もその辺の木の枝を拾ってちょっと真似して振ってみたが、基本的な身体能力の差に嫌気が差してすぐ止めた。

 まず、足捌きからしてついていけない。

 何であんなに軽々と動けるの? 


 無様に足をもつれさせてコケた俺を、リーザロットが慰めてくれた。(「大丈夫ですか、コウ君?」「焦らないで。無理しないでくださいね」「私も少しタリスカに習ったことがあるんです。後でゆっくり一緒にやってみましょう。ね?」「ひとまず、お茶にしましょう」「今、温めたばかりなんです」…………)

 俺は好意に甘えて、彼女と温かいお茶を飲んでヤガミ達の動きを見学した。


 そういう事情を経て、ヤガミは今、剣を振っている。

 ちなみに俺と共力場を編む訓練は稽古の中でということで、省略された。扱いの雑さは信頼の証とも言えるが、一抹の寂しさを感じなくもない。



 ともあれ、まぁ何とかやるさと、いざ俺が扉を見つけようと気合を入れた矢先だった。トッと何かのぶつかる音がした。

 ハッとして意識を眼前へ戻すと、ヤガミの身体が宙を舞っている。


 驚きで息を飲んだまさにその瞬間、


「うわぁ!」


 という情けない叫び声と共に、彼の身体が地面の上へ叩き付けられた。


 その手に剣は無く、代わりにフレイアの手にそれが納まっている。

 前にマンガで見た「無刀取り」だと、俺は一拍、二拍、三拍ぐらい遅れてようやく理解した。

 フレイアは未だかつて見せたことの無い冷然たる眼差しでヤガミを見下ろし、平坦な口調で言った。


「…………ヤガミ様。手加減は無用です」


 物静かな調子が、森のさざめきすら黙らせていた。


「本気で打ち込んできてください。失礼ながら、今の貴方の動きは止まって見えます。これでは稽古になりません。…………わずかな稽古の時間を大切にいたしましょう」


 地べたで土埃にまみれているヤガミは、強かに打ったらしき腕をさすりながら答えた。


「す、すみません。そんなつもりは…………。ただ、丸腰の女性に斬りかかるのは…………」

「見くびらないでください。…………お立ちください。続けましょう」


 ピシャリと言い放つフレイアに、ヤガミはもう口答えしなかった。

 俺は呆然として2人を見守っていたが、やがて冷ややかな深紅の視線がこちらにも向いていることに気付いて、背筋を凍らせた。


「コウ様。…………お疲れでしたら、先程までのように蒼姫様とお休みになっていては如何ですか? 貴方のお身体は、サンラインにとっても大事なお身体です。どうかご自愛ください」


 俺は大仰に首を振り、大急ぎでヤガミの傍へ寄って返事した。


「い、いや! だ、大丈夫、大丈夫! …………ヤガミ、悪かった! 手伝う、手伝うよ!」

「おう、頼む」


 改めて顔つきを変えたヤガミが、今一度フレイアから返された剣を握り締める。投げ飛ばされてようやく気合が入ったのか、明らかに今までとは雰囲気が違っていた。

 俺は、半ばは一刻も早くこの状況から脱出したいがために集中し、力場の感触を掴むべく神経を研ぎ澄ませた。


 タリスカはその間、ずっと腕を組んで見ていたが、やがてフッと腕を下ろすと事もなげに言った。


「フレイア、勇者、一片。ここまでだ。…………続きは夜、私が相手となろう。…………出発だ。呼吸を整えた後、竜に乗れ」


 それから彼はリーザロットを振り返り、全員にお茶を配るよう言った。

 リーザロットはぞんざいな言い方に少し気分を害したようであったが、優しい言葉と共に皆へお茶を渡した。


 フレイアは恐縮しながら受け取り、ヤガミは傷を気遣われて照れ、俺は実はさっき飲み過ぎてお腹いっぱいだとは言い出せずに、全部飲み干した。


 旅慣れているフレイアとタリスカのおかげで、出発は至極速やかであった。



 こんな調子で、旅は続いた。

 特にトラブルがあるでもなく、甘いエピソードも無く、まるで運動部の合宿のように淡々と、修行は朝昼晩に容赦無く行われた。


 森を複雑に縫う獣道はやがて人の通らぬ本格的な山路となり、山からはやがて緑が消え失せて、岩だらけの不毛な土地が広がり始めた。

 標高が上がれば上がる程、気温が下がっていく。俺はローブを手放せなくなった。

 空気が薄くなると、修行が一層辛くなる。俺はともかく、ヤガミはかなり息を上がらせていたけれど、わずかすらも呼吸を乱さない、汗ひとつかかないフレイアの手前か、持って生まれたプライドのせいか、弱音は吐かなかった。


 雲すら追い越して、一体どこまで行くのかと気が遠くなってきた頃、最も高い山の頂へと続く尾根沿いに、ポツンと建物の影が見えてきた。

 乳白色の霞に覆われている山頂の麓に、その建物はある。

 近付くにつれ、次第に姿がハッキリとしてきた。


 大きい。

 そして、赤い。

 門…………いや、鳥居に似ている。

 その中央に、鬼が一人、立っていた。

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