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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
青い果実のマイ・レボリューション 
248/411

119-3、あの子の瞳に今日もまた俺がいない。俺が不信心者の烙印を押されること。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けた俺は、自警団の少女ナタリーらとの出会い等を経て、サンラインの歴史を左右する重要儀式「奉告祭」に参加する。

 そこで俺達は五大貴族の一人、及び異教徒「太母の護手」を手引きとした、敵国・ジューダムから襲撃を受け、危機感を募らせる。

 その後、リーザロットの悲願であり、「勇者」の使命でもある戦の和平を実現するため、俺達は少数精鋭で、都市・テッサロスタの奪還を目指して遠征を行った。

 旅はつつがなく進むかに見えたが、その途上で俺達はまたもやジューダムからの刺客と遭遇、ついにはジューダムの王…………俺のかつての親友、ヤガミと対峙する事態にまで陥った。

 魔導師・グレンの助けにより、何とか奪還の望みを繋ぐも、ジューダムの支援を行う「太母の護手」の指導者を倒して、目標達成まであと一歩まで迫ったという時、再びヤガミが俺達の前に立ちはだかった。

 大混戦の中、俺とフレイアは急遽時空の扉を潜り抜け、オースタン…………俺の故郷、地球へと逃れた。

 そこで待っていた真の「勇者」こと俺の妹・水無瀬朱音と、もう一人のヤガミ。なんと、ジューダム王の肉体。

 彼らを連れてサンラインへと戻ってきた俺は、最終決戦に挑むための準備を進めるのだった。

 「教会」というのは、裁きの主を信仰する人々の集まりである。

 「赦しの主」もとい「母なるもの」を信仰する人々には「太母の護手」という名があるのだが、こちらには無い。

 「裁きの主」教には、不便なことに、ちゃんとした名称が存在しないのだ。

 サンラインの人々はその集団を、ただ「教会」の信徒と呼び、信仰する対象のことはシンプルに「主」と言う。


 教会は大小様々な規律を定めて、サンライン市民に模範的な生き方を示している。

 どうしたら恐ろしい「裁き」を受けずに済むのか。どうしたら恵みの雨を絶やさずにいられるのか。それを教会は教え、導いてくれる。


 基本的には、サンラインの人間は皆、信徒だ。

 だが、教会との関わりにどれだけ熱心かには差がある。

 例えば、教会騎士団に入ろうなんていう人間は、「誓いの儀」を経験した本格的な信徒であることが要求される。しかし、一般の人々、貴族でも旧家の出身でも何でもない市井の人々は、普通はそこまではしない。せいぜい、時々街の教会で開かれるお祭りで説教を耳にするぐらいだという。(それも大抵は、お祝いの焼菓子目当てに)


 とまぁそんな教会の一番偉い人、教会騎士団の団長も頭が上がらず、何なら三寵姫にだって堂々と意見ができる、国のVIP中のVIP、教会総司教・パトリックはこう俺達に語った。


「主の恵みを寿ぎ、裁きを畏む。大切なのは、それだけなんです。…………ですからね、規律というのは、ちょっとした参考に過ぎんのです。あんまりうるさくは言わんですよ、私は。

 …………マヌーのお肉も、お酒も、結構なことではないですか? 特に若者は元気が一番。私は昔から胃腸が弱くて、どちらもやれませんがな」


 真っ白な服を着た、サンタクロースそっくりの総司教は、今日もふかふかの白いひげに埋もれて、優しそうにニコニコとしていた。

 真ん丸の顔にポツンと灯った青い目が、何だか宇宙から見た地球みたいで愛らしい。同じように真っ白な毛に包まれたワンダが、彼の足下でぐぅぐぅとお腹丸出しで眠っていた。


 何でマヌーの肉の話になったかというと、たまたま遊びに来ていた彼の幼い孫が干し肉をかじっていたのを見掛けて、つい俺が尋ねたからだった。

 まぁ、総司教公認ならもう誰も何も言えまい。俺も大手を振ってマヌー肉のステーキにかぶりつける。


 ともあれ、彼は協力の打診について、ゆっくりと頷いて言った。


「こんなじじいが役に立つならば、ぜひぜひ。…………ただ、剣も魔術もなーんにもできませんのでな、何かできることと言ったら、たかが知れとりますがな…………」


 言いつつ、彼は顎髭を愛おしそうに撫でて目を瞑った。

 しばらく動かずそのままでいるので、もしやワンダと一緒に寝てしまったかと一瞬不安になったのだが、幸いにしてお爺ちゃんはまた青い粒の目を見開いた。


「…………蒼姫様は、お優しい子であられる。昔から、誰に教わるでもなく、お祈りの仕方をよーく知っとりました。…………魂の声が聞こえるのでしょう? でしたら、それに従いなされ。如何なる運命の呼び声だとしても、魔海に溶けた者の歌を聞き届けるのは、姫様にしかできません」


 リーザロットが畏まって頭を下げる。

 総司教は次いでヤガミに目を向けると、いとも不思議そうに首をひねった。


「…………君は、ジューダムの王様とは違いますな。…………どこか別の世界…………オースタンだとか、ジューダムだとか、サンラインだとかいう話ではなく、もっと遥かな地平の向こうからやって来たような…………。違いますかな?」


 俺達は静かに顔を見合わせた。あーちゃんの力がかつてオースタンを創り変えたことは、まだ誰にも話していない。

 それを、どうして?


 ヤガミは驚きを顔に表すことなく、返事した。


「間違っていません。…………あえて言うなれば、「あり得た未来」から来た…………という所でしょうか」


 …………あり得た未来。

 本来は、そうでなかった未来。


 どこまで意図が通じているのか、総司教は「うむ、うむ」と何か飲み込むように数度頷き、話した。


「そうですか。長く生きていると、本当に色んな方に会えるものです。…………遠い所、よくお越しくださった。サンラインはどうですかな? 元気に過ごせていますか? ご飯は、おいしいですか?」

「はい」


 ヤガミが柔らかな笑顔を向ける。

 オースタンでもお祖母さんの面倒を見ていたようだったし、お年寄りには普通に優しいらしい。

 ヤガミは一拍置いて、また口を開いた。


「ここは…………夢のような世界です。綺麗で、色んな境界線が曖昧で…………時々、本当に誰かの夢の中なのではないかと疑いたくなるぐらいです」

「ホッホ。あるいは、本当にどこかの呑気なワンダの昼寝のおまけなのかもしれません。…………いずれにせよ、楽しい、平和な夢なら良いのですが」


 プゥ、と、ワンダの膨らませた鼻提灯が割れることなく、また引っ込む。膨らむ。引っ込む。膨らむ。ついに割れる。

 どこかで見たような背の高い女の人が部屋に入ってきて、追加のお茶を注いでくれた。やけに高貴な雰囲気を纏った目つきの鋭い人で、何だか恐縮してしまう。

 リーザロットもお気に入りのブルーミントティー。

 透き通った青の上に丸く広がった波紋は、コップの縁にぶつかって少し騒いでから消える。


 総司教は俺達にお茶を勧めると、しみじみと語った。


「以前、「勇者」さんに黒い魚のお話をしました。覚えておいでですかな?」


 頷く俺に、彼は和やかに続けていった。


「「勇者」さんは、喰魂魚や、牙の魚と戦われたことがおありでしょう。黒い魚は、彼らに本当にそっくりです。同じ生き物なのかもしれないと、多くの魔術師が考えていますし、私もそう思っております」


 黒い魚。

 魔海の深部から誘われてくるという、強大な魔物。

 魂の源泉から、感情の双子として生まれてくるという…………。

 戦の悲しみや痛みを大量に抱え込んでしまったがために、真っ黒に染まってしまった、哀れで救われない生き物。


 総司教は俺を見て、それからリーザロットとヤガミを順繰りに見つめた。

 彼の語り口は、どこまでも穏やかだった。


「今回の戦でも、きっと黒い魚が呼ばれてくることでしょう。そしてまた数多くの魂が飲まれ、新たな魚が生み出されるでしょう。

 …………私には、見えます。…………途方もない悲劇です」


 リーザロットが険しい顔つきで肩を強張らせる。

 ヤガミはそんな彼女をさりげなく観察しつつ、黙って耳を傾けている。

 総司教はコバルトブルーの美しい瞳を静かに静かにこっそりと輝かせ、話を続けた。


「…………たくさんの人が、エズワースの地で命を落とすでしょう。蒼姫様達の試みは、結末によらず、必ず誰がしかの悲しみを導きます。

 各々の望みを、しっかりと見つめなされ。見誤れば、失ってはならぬものを失われるでしょう」


 総司教は瞬かない。ちっぽけな瞳は慎ましく光りながら、じっくりと見る者の心へと波紋を広げていく。

 リーザロットの眼差しは彼の瞳へ、ほとんど縋るように注がれている。


 不思議なことに、魔力の気配は一切感じられなかった。

 総司教の扉は、まるで長閑な昼下がりに開け放たれた窓のようで、何一つ滞らせてはいない。


 ワンダが寝惚けて何かフォウオゥと喋っている。

 総司教はなだらかな坂をゆっくりと下るように続けた。


「…………北へ向かいなされ。竜の縁が未来を紡ぐでしょう。竜の縁は根が深い。思いもよらぬ場所へと繋がっているやもしれません」


 ワンダがふいに黙り、またプゥスカと慎み深い鼾を立て始める。

 総司教がふと俺を見る。

 微笑むと、コバルトブルーがほのかに冴えた。


「「勇者」さんは、前にお会いした時よりも大分逞しい顔つきになられましたな。…………どうですか。ご自分でも、変わった気がしませんか?」


 変わっただろうか?

 タカシに尋ねてみるも、相手もまた肩を竦めるばかりだった。


 そりゃあ、多少慣れてきて、戦わざるを得ない中で、いつもまでも弱いままではいられないから、俺なりに何とかやろうと思っている。

 …………そういうのを逞しくなったというなら、そうなのかもだけど。


「…………わからないです」


 俺は正直に答えた。


「打たれ強くはなったと思います、少なくとも。…………でも、相変わらずだなぁって思うことも、しょっちゅうなんです」


 フレイアとは上手くいかないし。

 ヤガミの方が適応が速いし。

 あーちゃんはすげないし。

 そういう話じゃないのはわかっているけれど、頑張ってるのになぁと落ち込みはする。


 総司教はホッホと笑って、言葉を継いだ。


「嘘のつけないのは、変わりませんか。紡ノ宮でも、貴方はそうでしたな。サンラインでは危うい程だと、不躾ながら申し上げましたのを覚えております。

 ですが…………いやはや、いやいや。じじいは少々見込み違いをしておりましたようです。貴方はまっさらなまま、見事に強かになられた。今の「勇者」さんには、主の恵みをどれだけ強く望んでも、願っても、ご自分の刃を密かに隠し持っているような、しぶとさがおありだ。

 …………貴方は奇跡を信じていらっしゃる。と同時に、己のことも信じるようになられた。その手で守るべきものを、貴方の魂はもうご存知のようです。

 …………いやいや、さすがは琥珀殿の見込んだ青年ですじゃ。さしもの竜の因果も、この分では…………」


 総司教はそこまで言ってそっと目を閉じ、またゆっくりと開いた。

 地球は優しく平熱で燃えて、青くポツンと明るい。


 琥珀。ツーちゃん。

 別に見込んだなんてもんじゃなくて、誰にだってあんな感じで厚かましいだけだと思うけど。

 それでも、今の俺を見てそんな風に思ってくれたなら、嬉しいな。


 総司教は長く息を吐くと、足下の白ワンダのお腹をわしゃわしゃと撫で、全員に言った。


「…………。…………いや、申し訳ない。何せじじいでしてな。今ので…………フゥ。少し、疲れてしまいましたわい」


 急に起き上がったワンダが、ブンブンと尻尾を振って総司教の顔まで伸び上がる。

 総司教は激しい勢いで頬を舐めてくるワンダを、「よーしよし」と引き剥がすと、丸々と太った腰を椅子からどっこいしょと持ち上げて言葉を繋げた。


「今日は…………ここまでで良いですかのう? 今度は、もう少し、たくさんお話しできると良いのですがな…………。…………っと」


 立ち上がり際によろけた総司教を、リーザロットとヤガミが慌てて支える。

 両肩を支えられ、総司教は恥ずかしそうに笑った。


「姫様と王様に同時に介護されるとは。ホッホッホ。何だかとても偉くなった気分ですなぁ…………。

 まぁ冗談はさておき、実は一昨日も紅姫様にも頼まれて、年甲斐もなく頑張ってしまいましたものでしてなぁ。…………いや、本当に、最近は身体が思うように動かんで、困ったものですじゃ。

 申し訳ないですが、蒼姫様、ジューダム王様、このまま私を部屋まで連れて行ってくださいませんか? 「勇者」さんは、少し、ここで待っていてくだされ。孫に、今、お茶でも、淹れさせますでのう…………」


 総司教はリーザロット達に支えられ、よろよろと歩き出した。扉の前に控えていた高貴な雰囲気の長身女性に一言声をかけると、彼はチラッとだけこちらを振り向いて、笑顔で会釈して去っていった。


 入れ替わりに女性がツカツカと、ヒールを高らかに響かせてこちらへ歩んできた。

 彼女はお茶のポットをトン、と俺の前に高圧的に置くと、鋭い目つきをさらに研ぎ澄ませ、明らかな怒気を声に含めて、こう言った。


「私を覚えておいでですか? 「勇者」様」

「え…………? えっと…………」


 俺が恐れ慄いていると、彼女は至極冷ややかな口調で名乗った。


「カスターシャです。カスターシャ・リラ・ウルスラ。紡ノ宮で、貴方の案内役を務めさせていただきました」

「あ…………ああ!」


 そういえば、前にもこんな感じの険のある対応をされた覚えがある。そうだ、そうだ。やけに高いヒールを履いているお姉さん。確かに一度、会ったことがある。

 総司教の孫娘だったのか。


「あ…………すみません。お久しぶりです」


 俺の挨拶なぞ聞きたくもないといった顔で、カスターシャは話し続けた。


「お爺様はああ仰いますが、私は貴方を信用いたしません。…………奉告祭のあの日、貴方が畏れ多くも主の魔力をご存知無かったことを、私は確と記憶しております。あまつさえ、客人の身でありながら「賢者」の称号を持たぬ私を侮辱いたしました。そのような方が、敬虔な信徒であると?

 …………私にはなぜかような不信心者に裁きが下らずにいるのか、至って理解不能です」


 あまりの剣幕に、俺は何も言えないでいる。

 そんなことしたっけ? 前者はともかく、侮辱なんて絶対にしていない。彼女は何か勘違いしている。

 俺がどうにか弁明を試みようとしたところを、カスターシャが先んじて甲高く遮った。


「お爺様はご高齢です。ご信条により魔術をお使いにならないために、ただでさえ弱っておいでなのです。

 お爺様の未来予知のお力は、みだりに使用できるものではありません。ただ見るだけだとしましても、因果への干渉は人の身には負担が大き過ぎるのです。ヴェルグ様、紅姫様へのご協力の上に、これ以上ご負担をお掛けしては…………本当に、お命に関わります。

 私は、断じて許せません」


 口ごもる俺に、カスターシャはさらに厳しく言った。


「私のような身分の者は、蒼姫様に直接物を申し上げることはできません。ですから、貴方にお伝えします。

 もし…………もし今後、貴方がたがお爺様にお力の行使を迫った時には、私は今日伺ったお話や書状に記された内容を、全てヴェルグ様にお伝えいたします。

 お爺様は、教会にとってはなくてはならないお方です。決してご謙遜を真に受けないでください。貴方のような不心得者には、まずお分かりにならない機微でしょうが」


 反論する間もなく、彼女はぴしゃりと俺に最後通牒を叩きつけた。


「私が申し上げたいことは以上です。例えどのように脅されたとしましても、心を変えるつもりは毛頭ございません。よくよくご配慮の上、ご行動なさってください。

 さようなら。お茶は召し上がりたければ、ご自分でお注ぎください。なみなみと、溢れんばかりに注ぐとよろしいかと」


 カツカツと、高らかにヒールを響かせてカスターシャが去っていく。

 俺は言われた通り、思うがままにお茶を注ぎ、飲んで、リーザロットとヤガミが戻ってくるのを待った。

 説得不能だったなと、後になってようやく思考に浮かぶ。


 帰りの馬車の中、リーザロット達にカスターシャのことを告げると、仕方無い、とあっさり諦めてくれた。

 何でも、総司教の体調は実際、思っていた以上に芳しくないらしく、2人としても、これ以上彼に負担をかけるのは忍びなかったそうだった。



 かくして俺達はさらに協力者探しを続けることとなる。


 フレイアは日々ストイックに職務をこなしている。

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