118-1、蒼い決意の向く先。俺が突然の来客に動揺すること。
ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。
「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けた俺は、自警団の少女ナタリーらとの出会い等を経て、サンラインの歴史を左右する重要儀式「奉告祭」に参加する。
そこで俺達は五大貴族の一人、及び異教徒「太母の護手」を手引きとした、敵国・ジューダムから襲撃を受け、危機感を募らせる。
その後、リーザロットの悲願であり、「勇者」の使命でもある戦の和平を実現するため、俺達は少数精鋭で、都市・テッサロスタの奪還を目指して遠征を行った。
旅はつつがなく進むかに見えたが、その途上で俺達はまたもやジューダムからの刺客と遭遇、ついにはジューダムの王…………俺のかつての親友、ヤガミと対峙する事態にまで陥った。
魔導師・グレンの助けにより、何とか奪還の望みを繋ぐも、ジューダムの支援を行う「太母の護手」の指導者を倒して、目標達成まであと一歩まで迫ったという時、ヤガミが再び俺達の前に立ちはだかった。
大混戦の中、俺とフレイアは急遽時空の扉を潜り抜け、オースタン…………俺の故郷、地球へと逃れた。
そこで待っていた真の「勇者」こと俺の妹・水無瀬朱音と、もう一人のヤガミを連れて、今、俺達は再度サンラインへと降り立ったのだった。
夜半、俺の部屋にリーザロットが訪ねてきた。
それも誰の護衛も無く、独りで。
例によってほぼ素っ裸で寛いでいた俺は、突然の来客にそれはもうみっともなく、あられもなくうろたえた。
「リ、リズ!? えっ? え? 本物?」
霊体の欠片的な何かの可能性が真っ先によぎったのだが、リーザロットの姿をした女性は少し眉をひそめて、こう答えた。
「…………「本体」と呼ぶべきですけれどね。より正確には」
俺はこれはいよいよいけないと思い、急いでその辺に散らかっている服を掻き集めて着直した。
リーザロットはそんな俺の様子を何となく目を逸らして見守っていた後、一段落した所を見計らって、
「お邪魔してもよろしいですか?」
と、今更なことを聞いてきた。
俺はテーブルの傍の椅子をベッドの前へ引っ張り出し、彼女を招いた。
「どうぞ」
言いつつ自分はベッドの上に座る。奥のカウチソファは俺の脱ぎ散らかした上着やら靴下やらでまみれて、とてもじゃないが人の寛げる空間ではない。折角のテーブルも、本やら地図やら飲みかけのカップやらで大渋滞している。
我ながら、一体いつの間にあんなに散らかしたのだろう。
向かい合ったリーザロットは、何かとても言いにくそうに唇を結んで俯いていた。
さっき会った時には匂わせる程度だった疲労の色が、今はどっと濃い。麗しい瞳に緞帳の如くかかった影が、彼女の印象を一層重くしている。
首筋から鎖骨にかけての肌が、少し心配になるぐらい透き通っていた。
「何か…………困りごと?」
おずおず尋ねると、リーザロットはこくんと小さく頷いた。
俺は彼女の長い睫毛の奥の悩ましい瞳を覗き込み、聞いてみた。
「…………俺でよければ、聞くよ」
リーザロットは心細い上目遣いで俺を見、また俯いて、ポツリと呟いた。
「また…………クラウスとセイ君の溝を広げてしまいました」
「はい?」
俺は呆れて声を上擦らせた。
だって、今2人と別れて戻ってきたばかりじゃないか。体感的には1時間も経過していない。
一体どうしてそうなる?(そもそもまず、セイ君と呼ぶのを止めるべきじゃない?)
そのまま聞くとリーザロットは、溜息を一つこぼして話し始めた。
「「依代」の…………ことだったんです。考えていることがあって、クラウスにも伝えておきたいと思って、折を見てお話したら、また怒らせてしまって」
「「依代」のこと? …………っていうか、別にリズがそこまでアイツを気遣う必要無いと思うんだけど。一応、クラウスは君の部下みたいなものなんだろう? 君が決めたことに、いちいち口を挟む立場じゃない」
「…………同じことを、セイ君がクラウスに言ったの。もう少し柔らかくて、突き放した言い方でしたけれど」
「どんな言い方だよ…………。っつか、ヤガミも何を考えてるんだ…………」
額を押さえて息を吐き、俺は言葉を継いだ。
「そもそも、何でアイツらが揃っている時に話したの? 別れてから、クラウスにだけ伝えれば良かったのに」
リーザロットは眉を下げ、こぼれた髪を掻き上げて答えた。
「できればそうしたかったんです。けれど、クラウスは明日から力場の事前検分のためにエズワースへ発ちますので、今しか暇がありませんでした。私の護衛役は、今はフレイアに引き継がれています。さっきまでは結構無理を言って時間を作ってくれていたみたい」
「…………サンライン語では話さなかったの?」
「もちろん話しましたよ。でも、もうだいぶ普通に聞こえるみたいで」
リーザロットが自分の耳を指差し、いたずらっぽい笑みを見せる。
彼女からすれば、そんなヤガミは恐ろしいというよりも、只々興味深いらしい。
そんなことをちょっとだけこぼしつつ、彼女は続けた。
「クラウスは…………誰にでもそうなのですけど…………ああ見えて、とても一途ですから。尽くしてくれる分だけ、応えてあげたいんです」
「誰にでも一途、ねぇ」
矛盾している気がしてならないが、まぁこの際どうでもいい。
俺は何となく途切れてしまった会話を繋ぐべく、話題を戻した。
「ところで、その「依代」の話っていうのはどんなのなの? もし問題無ければ、俺にも聞かせてよ」
むしろ、本命はそっちだろう?
目だけで問う。
リーザロットは大きな蒼玉色の瞳をかすかに曇らせ、ためらいの吐息を漏らした。
彼女は深呼吸して大きく膨らんだ胸に手を置き、真っ向から俺を見つめて言った。
「コウ君に、お願いがあるのです」
何でも言ってと、気軽に応答できない瞳の輝きに、俺は言葉無しで身構える。
実を言えば、いつか来るのではと予期していた話題でもあった。
リーザロットは苦しそうに唇を結び、それから一息に言った。
「コウ君、私の「依代」になってください」
蒼玉色の凛とした決意に、俺は息を飲んだ。




