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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
影の、その奥へ……
24/411

14-1、フレイアとの共闘(俺は彼女の乗り物)。俺が初めての喜びを知ること。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳、ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 だが魔法に不慣れなフレイアは時空の移動に失敗してしまい、俺たちは誤って別の国へ飛んでしまう。

 そうして辿り着いたのは、影の国。

 俺はそこで突然の敵襲によって、ドウズルという使い魔と戦った後、仲間の魔法で竜に姿を変えられてしまった。

 そして俺は今、新たな闘いへと挑む。

 学生時代、体育の時間が楽しいと感じたことは、一度もなかった。

 別に運動が苦手だったというわけでもないのが、だからといって特別できたということもなくて、何となくあまり面白くなくて、自分は身体を動かす喜びなんて一生知らずに生きていくのだろうと自然に思っていた。


 それに、この頃牛丼屋のバイトを辞めてニートになってからは、自分が走ったりジャンプしたりできる存在であることすら、ほとんど忘れかけていた。時々散歩に出たり、部屋の中でちょっと筋トレしてみたりするだけで、俺はわりと満足してしまっていた。


 だから、と言っては妙な話だが、そんな俺にとって、色んな映画や漫画に出てくる戦士やアクションスターなんかは、ずっと憧れの的だった。夢の世界の住人達が持つ、しなやかな肉体や運動のセンスはひたすらに眩しかった。中学生の頃こそ、気取って「頭脳派」だと割り切ろうとしていたが(もちろん、そんなに頭も良くない)、本当は俺もフレイアみたいになってみたかった。


 そして俺は今、多少理想とは違うものの、図らずもその夢を叶えていた。

 俺は身体中を駆け巡る情熱の粒子(アドレナリンと呼ぼう)によって、未だかつてない魂の充実をひしひしと感じていた。


 さっき打たれた虹色のヤバそうな薬のせいではなさそうだ。どちらかと言えば、今の俺の半身である「魂獣」とやらの影響だろう。自分じゃない何かが俺を漲らせていると、確かにわかる。

 さっきまで一緒にいたユルギスの走りが強烈だったから、余計にそう思えるのかもしれないが、ただ「走る」だけで、こんなにも気分が昂るものだとは思いもよらなかった。


 強い衝動が、ひたすらに俺を突き動かす。

 俺は脇目もふらず、貯水池まで一直線に荒野を駆け抜けた。

 息が上がってくるし、心臓が勢いよく弾む。正直とても苦しかったけれど、それよりも、身体を軋ませる痛みが妙に心地良く、走るほどにヒュンヒュンと流れていく風の鋭さが、新鮮で、面白くて仕方なかった。


 やがて、そういう風の手応えさえも、次第に物足りなくなってきた。

 近付いてくる水面の揺らめきが、俺の心を疼かせた。水の匂いが…………そんなもの、俺は知らないはずなのに…………異様に恋しくなった。


「コウ様、もうすぐ敵が来ます。おそらく銀騎士が4、いえ、5体」


 低く抑えられたフレイアの声が聞こえてきた。

 俺は彼女の言う銀騎士が何かはわからなかったものの、とりあえず彼女に尋ねた。


(なぁ、君は手綱は使わないのか? 竜の国で、俺にくれたみたいなやつ。今は俺のたてがみに掴まっているみたいだけれど、それじゃあ危なくない?)

「いえ。どうにかやれますので、お気遣いなく」

(あった方がいいなら、遠慮しないで使ってくれよ。俺は気にしないからさ)


 俺の提案に、フレイアはしばし悩んでいたようだったが、やがて思い切ったように言った。


「…………わかりました。ご配慮痛み入ります。では、お言葉に甘えて失礼させていただくことにします」

(初めからそうしなってば)

「申し訳ありません」


 しょげるフレイアに謝らなくていいと返そうと思った時、俺はふと前方から風に乗って嫌な気配が漂ってくるのに気が付いた。


(…………ん?)

「どうかされましたか?」

(いや。何だか、右の方から、かな? 変な感じがした、っていうか、する気がして)


 フレイアは俺の首筋から口周りにかけて、思いのほか頑丈で複雑な、まるで輓馬にでもくくるかのような手綱を装着しつつ答えた。


「ああ、コウ様もお感じになりますか?」

(感じるっていうか、何と言えばいいか…………)


 俺が表現しあぐねて口ごもっていると、フレイアが先に続きを話し出した。


「その魔力は、新たに召喚された魔獣のものでしょう。かなり強大なものです。まだ完全ではないようですが…………一体何を呼び出したのでしょうか」

(実は俺、魔力の感覚って初めて感じ取ったから、強さとかはよくわからないんだけど)


 俺は気配が漂ってくる方角を眺めやって、一度そこで言葉を切った。

 魔力は、端的に言って、ミルクと金属が混ざりあったみたいな味がした。正確には直接味を感じたというわけではなかったが、他に例えようがなかった。

 澄んだ風に交じって、温くて不気味な風がじわりじわりとそよいでいた。


(すごく嫌な感じだね。近付きたくない)

「同感です。ところでコウ様、窮屈なところはございませんか? ちょっと気合を入れ過ぎてしまったかもしれません」


 俺は問いに答える前に、噛まされたハミの感覚に慣れようと口をもごもごと動かしてみた。多少屈辱的な感じは否めなかったものの、言い出したことに今更文句を言うわけにもいかない。フレイアの安全が一番だ。


(うん、大丈夫そう)

「それでは、参りましょう」


 やや綻んだ満足気なフレイアの声とは対照的に、貯水池の奥から、雄々しい鬨の声が上がった。


 間もなくして、銀色の鎧を纏った5人の大柄な騎士が何かの生き物に乗り、水面を滑ってこちらへ突進してくるのが見えた。

 4体の鎧には白銀の光沢があり、残る1体のくすんだ鎧には、年季の入った傷跡が数え切れないほど刻まれていた。彼らは各々、槍に似た得物を携えており、シャチとアンコウを足して二で割ったような、奇妙な形をした生物を操っていた。


 俺は本能とフレイアに誘われるままに、目の前の貯水池に鋭く飛び込んだ。

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