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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
時を駆けるセンチメンタル・ジャーニー
236/411

115-4、「勇者」は大魚に跨る、海を渡る。私がこの世界でなすべきこと。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けた俺は、自警団の少女ナタリーらとの出会い等を経て、サンラインの歴史を左右する重要儀式「奉告祭」に参加する。

 そこで俺達は五大貴族の一人、及び異教徒「太母の護手」を手引きとした、敵国・ジューダムから襲撃を受け、危機感を募らせる。

 その後、リーザロットの悲願であり、「勇者」の使命でもある戦の和平を実現するため、俺達は少数精鋭で、都市・テッサロスタの奪還を目指して遠征を行った。

 旅はつつがなく進むかに見えたが、その途上で俺達はまたもやジューダムからの刺客と遭遇、ついにはジューダムの王…………俺のかつての親友、ヤガミと対峙する事態にまで陥った。

 魔導師・グレンの助けにより、何とか奪還の望みを繋ぐも、ジューダムの支援を行う「太母の護手」の指導者を倒して、目標達成まであと一歩まで迫ったという時、ヤガミが再び俺達の前に立ちはだかった。

 大混戦の中、俺とフレイアは急遽時空の扉を潜り抜け、オースタン…………俺の故郷、地球へと逃れた。

 そこで待っていた真の「勇者」こと俺の妹・水無瀬朱音と、もう一人のヤガミを連れて、今、俺達は再度サンラインへと降り立ったのだった。

「…………何、それ」


 軽蔑と共に私は呟いた。

 心の底から、自然と湧いて出てきた言葉だった。


 散々小難しい話を聞かされた挙句、いくら何でも馬鹿にし過ぎだ。



「君は、君の思うがままに、世界を創り変えられるのだ」?



 ふざけるな…………!

 そんなことができるなら、誰も苦労なんかしない。

 しかも、使ったら世界が滅びる?

 全部、私の気持ち次第?


 何を言っているんだか、さっぱりだ。

 理解したくもない。


 兄がオロオロとチラ見してくるのが、物凄くウザかった。

 心配してくれているのはよくわかるけれど、こんな風にあちこちからご機嫌を窺うような真似ばかりされて気持ち良くなれる程、私はお嬢様じゃない。むしろ、かえってこっちが気疲れしてくる。


 空っぽになったティーカップに、また律義にお茶が注がれる。

 凛と青く澄んだ、魔法で青空を溶かし込んだみたいな色のお茶。ブルーミントティーなんて最初はギョッとしたけれど、不思議なくらい冷たさが後に残らない。飲むと気持ちが晴れやかになって、胸が軽くなる。このお茶は好き。

 私は入れられたばかりのものを半分ぐらい一気に飲み、キレそうな頭をかろうじて冷やした。


 落ち着かなくちゃ。

 そもそも、一体何にキレるっていうの?

 それがわからないから、余計にイライラするんだけど。


 …………でもダメ。子供じゃないんだから。

 皆しっかりしている。せめて表向きだけでも同じように振る舞えなきゃ、本当に誰にも相手にされなくなっちゃう。


 ふと見たら、グラーゼイさんとバッチリ目が合った。

 私は急いで目を逸らし、平然としている振りをした。

 何でか知らないけれど、あの黄金色の目に睨まれると(いや、今は私から見たんだけど…………)身が竦む。少しでもみっともない真似をしたら、すぐに冷たく見捨てられそう。


 そうしているうちに、グレンさんがまた話し出した。


「「勇者」君が信じられないのも無理はない。我々とて未だ信じ難いのだ。人の身で、「因果」の力場に干渉する者がいるなど…………」


 兄が眠たそうな目を擦り、改めて真剣な顔を作って言った。


「でも、そんな大層な力、一体どうしろって言うんです? 使ったら、サンラインもジューダムも一巻の終わりなんですよね? そうなったら、戦どころの話じゃない。

 あーちゃんはどうしたらいいんですか? そんなチート能力、ヤバ過ぎて使いどころがない」


 グレンさんが顎を撫で、溜息と共に俯く。

 彼は眉間にさらに皺をよせ、話した。


「ちーと…………? ともあれ、リリシスの伝承の解釈は難航している。今朝も蒼姫様と私、そして霊ノ宮の宮司であるロドリゴ殿で話をしていた。ミナセ君を「勇者」と見做していた解釈には、少なからず修正を加える必要があるとな。

 本来であれば、「勇者」君本人にも伝承に目を通して頂きたいところなのだが、あれは強い力を持つ者にとっては、とても危険な代物だ。ミナセ君もかつて経験したであろうが、魔術に慣れぬ者が迂闊に触れれば、ほぼ間違いなく強い混乱をきたす。「勇者」君の力の暴発の危険性が万に一つでもあるのであれば、私はこれは時期を待つべきだと判断した。

 それ故、「勇者」君の伝承における役割については、私から暫定的な解釈を伝えるに留めようと思う」


 …………伝承?

 訝しんで兄を見ると、彼は妙な形に口をひん曲げて何か考え込んでいた。


 確か、前にヤガミさんの家で、兄が見たという伝承の内容については聞いた。あんまり詳しく内容は覚えてはいないけれど、そのことを今、伝えるべきだろうか。

 悩んでいたら、ちょうどヤガミさんがそれについて触れた。


「その伝承、「リリシスの物語」でしたっけ? 「瞳の詩」っていう、特殊な文字で綴られているこの世界の記録書。

 それのことは、ざっくりとコウから聞いていますよ。コウの取ったメモも見せてもらいました」

「…………メモ? 私、見てない」


 兄に言うと、彼は「ああ」と気の抜けた声を上げて言った。


「そう言えば、前に書き留めておいたのを酔っぱらったノリで見せた気がする。あーちゃんは、その時はもう寝ていたから、見てないはず」


 私は呆れ、溜息を吐いた。

 この人、どうしてそんな大事なことを伝えてくれなかったんだろう。何を考えているの? いや、どうして何も考えていないの? 本当に信じられない。

 私は冷えきった眼差しを兄へ向け、伝えた。


「それ、あとで私にも見せてほしい」

「ああ、わかった。…………なんか、ごめん」

「別に謝らなくていい。気付かなかったんでしょう?」


 ションボリと肩を落としている兄が少し可哀想にも見えたが、それによってさらに怒りが湧いて出てくるのも事実だった。


 私はお茶を飲んでからグレンさんの方へ向き直り、話を続けてくれるようお願いした。

 グレンさんは気難しい顔で頷き、語っていった。


「伝承では、燃え盛る海上に大きな帆船が浮かんでいる様が窺える。洋上に渦巻く火炎を纏った旋風が特徴的であり、玻璃の欠片が無数にきらめく海岸線もまた、一つの大きな目印となっている。

 海中を探ると、2つの大きな潮の流れが見つかる。北からの流れは冷たく、南からの流れは温かい。一般的に混沌の漁場は「豊穣」や「闘争」を表すが、「勇者」君の力を踏まえれば、ここには通常とは異なる解釈が要求されるだろう。水流は時空の扉による浸食現象を象徴している。だが、今回はそれ以上の規模の世界の変革が予期されよう。

 そして、海岸。この陸地はまず間違いなくオースタンを示しているが、ここから流れ出る離岸流は………私は、ヤガミ君とジューダム王の繋がりを指しているものと睨んでいる。これがどのように全体の潮流に絡んでいるのかは、さらなる考察がいるがね。

 続く記述…………「大魚に跨る勇者」。夜を切り裂く「新しき扉の鍵」。そして、大魚が常闇の眠りに就いたその後に現れる、「拡散する島の男」。

 この辺りは、以前は全て「勇者」に関する一連の記述だと見做していたが、最早そのような単純な解釈は通るまい。「勇者」君のみならず、ミナセ君、ヤガミ君らのことも視野に含めて、改めて噛み砕いていかねばならない」


 グレンさんはそこで一旦、お茶で喉を潤した。

 彼は上品なロマンスグレーの髪のわずかな乱れをさりげなく直すと、また緩やかに話を再開した。


「…………未だ不確定な事柄は数多い。だが、私はあえて「勇者」君に伝えたい」


 グレンさんの、几帳面ながらも柔らかな薄茶色の瞳が私を捕える。魔術師の眼差しはなぜかどれも、その人の見た目以上に印象に残る。

 彼は、恐らくは彼なりになるべく優しい言葉を選んで、私に告げた。


「君は世界を変えることができる。何もかも無かったことにすることも、こうであってほしいという世界に創り変えることも、きっと可能だろう。

 だが、覚えておいてくれたまえ。君はまた、何も変えないこともできる。

 伝承の中には、途方もない記述が多い。こう言っては何だが、世界が一つや二つ滅ぶぐらい、もっともっと大きな何がしかの目からしたら、さしたることでは無い。

 君は、君の青春を賭けてここへ来てくれた。私達はそれに応えたい」


 兄が奇妙な顔をしてお茶を飲んでいる。どういう表情なのかはわからない。

 グレンさんは場を見渡し、さらに言葉を続けた。


「ここにいる者は皆、己の意志でここにいる。それぞれの大切なもののため、死すら覚悟で剣を取った。…………君のお兄さんですら、例外ではない」


 兄が顔を皺くちゃにする。

 大方「ですら」に異議があるのだろうが、私には兄がそう言われるような振る舞いをしてきたことが容易に想像できた。

 そして今、それでも仲間として認められているということも、わかる。


 グレンさんは真っ直ぐな誠実さを、私に向けていた。


「「勇者」君。君の役割は、世界に荒波を巻き起こすことでも、鎮めることでもない。そうした仕事は「大魚」…………魔海から昇ってくる、我々の魂の兄弟と、この地に結実した我々が担う。

 君は、ただ見つめる存在であってほしい。「大魚」に跨り、我々の海の中を泳ぎ渡る。

 そしてもし心に沿うならば、君はあるべき世界を願ってくれたまえ。

 君の悔いの無いように生きることこそ、最も因果に適う道なのではないかと、私は考えている」


 私は一度俯き、青い水面の内でたゆたう自分を見つめ、


「…………わかりました」


 と、小さく頷いた。



 一段落ついた折を見て、お茶酌み人形がまた健気にお茶を注いで回った。

 兄と私の消費量ばかりがやたらと多くて、そろそろ恥ずかしくなってきた。

 いつまで経っても淹れたてのように温かいから、ついつい進んでしまう。


 リーザロットさんは入れてもらったばかりのお茶を一口飲んでティーカップを置くと、柔らかに言った。


「…………それでは、今日のお話はここまでといたしましょうか。最後に何か、お話したいことはあるかしら?」


 一同を見渡してみたが、特に意見のある人はいないらしい。

 フレイアさんが、ようやく存在に気付いたとばかりに新しいお茶を見て目を瞬かせていたのが、何となく気に掛かった。(マジで寝てるの、あの人?)


 厳粛な雰囲気の中、兄の飛びぬけて素っ頓狂な声が響いた。


「あ! 俺、聞きたいこと見つけた。いいですか、蒼姫様?」

「なぁに、コウ君?」

「今日のお夕飯って、何?」


 研ぎ澄まされた氷柱じみた眼差しが、兄にグサグサと刺さる。

 リーザロットさんは全く動じることなく、朗らかに答えた。


「今日はマヌーのシチューです。新しいお友達がいらしたから、特別腕によりをかけて作りますよ!」

「マヌーのシチュー! ビーフシチューみたいなものだよね! 良かったね、あーちゃん! きっとすごく美味しいよ!」


 唐突に会話を振られて、私は引き攣った頬をどうすることもできなかった。


 私を巻き込むんじゃねぇ、このアホ兄貴め…………!

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