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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
【第10章】枝分かれする我がカントリー・ロード
223/411

111-2、勇者・俺の妹。俺がヤガミに諭されたこと。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けた俺は、自警団の少女ナタリーらとの出会い等を経て、サンラインの歴史を左右する重要儀式「奉告祭」に参加する。

 だがそこで俺達は五大貴族の一人、及び異教徒「太母の護手」を手引きとした、敵国・ジューダムから襲撃を受ける。

 辛くも危機を脱した後に、俺達は少数精鋭で、都市・テッサロスタの奪還を目指し遠征を開始する。

 旅はつつがなく進むかに見えたが、その途上で俺達はまたもやジューダムからの刺客と遭遇、ついにはジューダムの王…………俺のかつての親友、ヤガミと対峙する事態にまで陥った。

 戦いの最中で仲間とはぐれ、満身創痍の俺達の下に現れたのは魔導師・グレン。彼は俺達に救いの手を差し伸べ、再びテッサロスタの奪還へと挑ませる。

 そして無事、ジューダムの支援を行う「太母の護手」の指導者を倒し、奪還まであと一歩という所まで迫った俺達。

 しかしジューダムの王はそんな俺達を見逃さず、俺はフレイアと共に急遽時空の扉を潜り抜け、オースタン…………俺の故郷、地球へと舞い戻ることとなった。

 そこで待っていたのは、真の「勇者」こと俺の妹・水無瀬朱音と、もう一人のヤガミであった。

「本当はあんまりこのお薬は使いたくないのですが…………」


 フレイアが渋々セイシュウを眠らせる。

 俺達は境内のとりわけ目立たない一画に彼を匿った後、俺の実家へと移動した。


 せいぜい3週間程度しか離れていなかったはずなのに、自分の家を仰いだ時には、もう何十年も帰っていなかったかのような深い感慨を覚えた。


 ごくごく当たり前だと思っていた日本の一般的な一軒家のデザインが、妙に斬新に見える。ただの民家にしては複雑であり過ぎる気がしたけれど、考えてみても特に不要なものは無いのだから不思議だ。


 車庫に収まったありふれた国産車と、端っこに置かれた俺の愛車のスクーターの煤け具合が愛おしくて堪らない。


 辺りを見回して目をぱちくりとさせているフレイアを玄関に通すと、彼女はしげしげと中の様子を探って言った。


「ご家族の方は…………ご在宅ではないのでしょうか? ぜひ一度、ご挨拶に伺いたいのですが」


 俺は「とんでもない」と言って首を振り、靴を脱ぎ捨て、彼女をリビングへと導いた。


「車の中でも話した通り、ここでは「異世界(サンライン)」や「魔術」は、最早お伽噺なんだよ。ヤガミの適応力が異常なのであって、普通はあーちゃん以上に大混乱して、パニックになっちゃうんだ。

 それに、すぐにまたあっちに戻らなきゃいけないし…………しかもあーちゃんを連れて行くだなんて話したら、パニックどころの騒ぎじゃなくなる。絶対に見つからないようにしなきゃ」


 フレイアは首を傾げ、俺が散らかした靴と自分のブーツを几帳面に整えながら、少し残念そうに頷いた。


「わかりました。では、そのようにいたします。しかし…………アカネ様までが何も仰らずに行方不明となりましたら、コウ様のご両親は大層心配なさるかと存じます。せめてコウ様とアカネ様だけでも、お顔をお見せになってから出発なさったらいかがでしょうか?」


 俺はもう一度首を振り、冷蔵庫から一通り食べられそうなものと飲めそうなものを掻き集め、話を継いだ。


「書き置きぐらいはしていくよ。でも、直接話すのはダメ。母さんに問い詰められて、俺もあーちゃんも誤魔化しきれる自信が無い。

 っていうか、あーちゃんが言うには、母さんは今週末は伊豆の爺ちゃんの家に行っているらしいから、いずれにせよ会う暇が無いよ。父さんは海の向こうだし」


 とはいえ、いつ気が変わって帰ってくるか油断できないのが、あの2人の恐ろしい所だ。特に母さんは、全然帰ってこられない距離じゃない。


 冷蔵庫をじっくりと観察しつつ、フレイアは「わかりました」と繰り返すと、後は何も言わずに俺の部屋へとついてきた。家の中の色んなものが気になるようだが、とりあえずは質問は控えているみたいだ。

 俺は自室の扉を開けつつ、改まって彼女に挨拶した。


「ようこそ、俺の部屋へ。…………今度は、ちゃんとドアから入ってくれるよね」


 フレイアはサッと頬を赤らめ、返した。


「あの時は…………体が小さかったので、どこが入り口か見当もつかなかったのです。…………お邪魔いたします」



 時空移動の際に散らかったはずの俺の部屋は、誰かの手によって(母さんしかいない)綺麗に片付けられていた。

 少し見られたくないようなものまで整理整頓された気配は感じるものの、まぁ、そのおかげで今、フレイアの目に留まらないだけマシというものだ。

 俺は締め切られていたカーテンを開き、部屋の中央で所在無さげに立っているフレイアを振り返った。


「あー…………ごめんね。ヤガミの家と違って、あんまり綺麗じゃないけど、とりあえずそこのベッドにでも座っていてくれないか? 今、お茶を淹れる。あと、トイレは部屋を出て右の突き当たりだよ」


 フレイアはちょこんとベッドに座り、変わらず俺を見ていた。

 熱心な、ちょっと危なっかしいぐらいに素直な眼差し。彼女の感情の色が、鈍い俺にもよくよーく伝わってきた。


 あの忌々しい邪の芽の野郎がいなければ、俺はタイミングを忘れて彼女に迫っていたかもしれない。

 自分のベッドの上に、可愛い女の子が無防備に(鎧、着こんでいるけどな…………)座っている。しかもその子は俺のことを、心から好いていてくれている。

 文字通り、夢にまで見たシチュエーションであった。


 感じ入っている俺に、フレイアが話しかけた。


「あの…………コウ様」

「へっ? …………あっ、うん。何?」

「サンラインへ戻る日取りなのですが、いつ頃になりそうでしょうか? 帰還はなるべく早い方が好ましいのですが、アカネ様やヤガミ様のご都合もございます。それにこれだけ大勢の方をお連れするとなると、事前にしっかりと準備が必要ですので、決まり次第、至急知らせてくださるようお願いいたします」

「あぁ、えーっと…………うん、わかった」


 俺は現実に引き戻され、浮かれ気味だった自分を戒め直した。

 そうだった。故郷の香りの懐かしさについつい気が緩んでしまったが、実際、今はそれどころではない。

 テッサロスタがどうなったか、あっちに残った皆は無事でいるのか。気がかりなことは山積みだ。


「あーちゃんが戻ったら、すぐに話し合うよ」


 俺は顔をキリッと引き締め、持ってきた急須を使ってお茶を淹れた。

 フレイアは神妙な顔をして、注がれた緑茶を睨んでいた。


「…………コウ様、それは?」

「日本茶だよ」

「ニホン…………。緑色ですよ」

「ま、飲んでみなって」


 フレイアはおずおずと俺の手から湯呑みを受け取り、ゆっくりとお茶を啜った。

 苦いが、コーヒーよりは好みの味とのことだった。



 そうしてあれこれ他愛も無く話しているうちに、俄かに家の前が騒がしくなった。

 次いで玄関のドアが思い切りよく開かれ、あーちゃんの刺々しい声が響いた。


「ただいま! …………お兄ちゃん、どこにいるの?」


 俺は同じく大声で、2階から返事した。


「俺の部屋!」

「何でそんなところにいるの?」

「万が一誰か帰ってきたら面倒だから」

「帰ってこないよ。リビングに降りてきて!」


 ううむ、露骨に機嫌が悪い。

 何で帰って早々、あんなにピリピリしているんだろう? 玄関前でヤガミと話していた様子では、そんなに怒っていなさそうだったのに。俺の部屋なんてキモくて堪らないっていうのか? 思春期って難しい。


 ともあれ、あれでは降りていかなくては話にならない。俺は肩を竦め、凍り付いた面持ちで栗羊羹と対峙しているフレイアに呼びかけ、階下へと降りて行った。


 リビングに入った途端、キッチンから鋭い視線が俺を刺し貫いた。


「…………何してたの?」


 客人にお茶を汲むあーちゃんの声と眼差しは、もう何の隠し立てもなく冷え切っていた。

 ヤガミはテレビの前のソファに座って、飾られた俺やあーちゃんの子供の頃の写真を懐かしそうに眺めている。

 俺はあーちゃんの機嫌を刺激しないよう、なるべくやんわりと答えた。


「…………いや、別に。普通にお茶を飲んでいただけだよ」

「ふぅん」


 あーちゃんは一瞬だけ俺を(フレイアを?)見て、お茶をお盆にのせてソファへと歩いていった。


「ヤガミさん、どうぞ」

「ありがとう」


 ヤガミへの声かけは俺へのそれと違い、至って穏やかであった。彼女はお盆にのせたお茶を淡々とテーブルに並べ、俺へともフレイアへともなく言った。


「…………どうぞ」


 フレイアがチラと俺を見る。

 俺はわからないように溜息を吐き、フレイアを伴ってソファに腰を下ろした。座り際、ヤガミが意味ありげな視線をこちらへ送ってきたが、俺には彼の意図がわからなかった。


 あーちゃんはお茶菓子のつもりか、柿ピーとチョコレートの大量に盛られた器をテーブルの真ん中にドンと置き、ヤガミの隣に座って、俺を見ずに言った。


「…………で?」


 ヤガミが溜息を隠すようにお茶を飲む。

 俺はその顔を見てようやく、彼の伝えんしていることを察した。


 …………ああ、そうか。

 あーちゃんはヤガミのことが好きで、ヤガミはそれで困っているんだ!



 …………。


 …………って、んな訳ないだろう。この馬鹿野郎。


 タカシから光の速さでツッコミが入る。

 あれやこれや俺が反論する間もなく、ヤガミがお茶を置き、俺を見て話し始めた。


「戻ってくる道で、アカネさんと話したんだけど」


 ヤガミは表情を変えず、普段通りの冷静なトーンで続けた。


「サンラインでの戦争に関しては、俺もアカネさんも、直接状況を確かめに行く必要があると思っている。

 俺は「勇者」であるアカネさんとは違って、その伝承とやらには登場しないらしいけれど、俺そっくりの人間が戦争を引き起こしている張本人だというのなら、どうしてもそいつを一目見てみたい。コウが言っていた肉体と霊体の話に関しても…………俺の個人的な事情から、確かめてみたいことがある。

 アカネさんは」


 話の途中で、あーちゃんがぶっきらぼうに言葉を挟んだ。


「私は、問答無用でしょう?」


 ヤガミが黙って彼女の方を向く。

 あーちゃんはお茶を飲み、その水面に目を落としたまま言い足した。


「話の流れ的に、私が「行かない」なんてあり得ないし」


 ヤガミが何か言いかける。あーちゃんは先回りして彼の目を見、話を続けた。


「ヤガミさんと一緒なら、不安も少しは和らぐし」


 ヤガミが俺を見やる。彼は肩を落とし、話をまとめた。


「と、いうことだ。だから、あっちの世界への出発に関しては、もうそっちに任せるよ。覚悟と言う程のものじゃないけど、一応俺達の心づもりは出来ている。

 ただ、できれば俺は車を横浜の方に戻してから行きたいな。万一いつ戻ってこられるかわからないなんてことになると、さすがに駐車料金が怖い。レッカーされるのも御免だ」


 俺は一貫して無表情なあーちゃんを横目で見守りつつ、頷いた。


「…………そっか。それなら、わかったよ。そう言ってもらえると、実際助かる。

 そしたら詳しい話は向こうでリズ…………俺を招いたお姫様とかを交えてしよう。その方が、俺とフレイアだけで話すより誤解が生まれなくて良い」


 あーちゃんは聞いているのかいないのか、黙々とお菓子に手を付けているばかりだった。本当に納得している態度には到底見えないが、あの感じでは取り付く島がない。

 フレイアもまた、そんな彼女へ掛ける言葉を見つけられないでいるようだった。


 俺は改めてヤガミの方を向き、話した。


「車は、そうだな。手間をかけさせて悪いけど、一旦戻してから、また電車でこっちに来てもらえるか? それに、仕事のこととかもあるだろう? いずれにせよ、すぐには出発しないよ」

「ああ。多少片付けの時間をくれるなら、それは嬉しい」


 ヤガミは腕時計に視線を落とし、それからまた俺と目を合わせた。


「とはいえ、そっちの時間もあまり無い感じだろう? 俺は今から出て、できるだけ早く戻ってくることにするよ」

「いつぐらいになりそうだ?」

「今日中には必ず戻る」

「OK」


 ヤガミは早速立ち上がると、「ごちそうさまです」とあーちゃんに声を掛け、玄関の方へと足を向けた。


「じゃあ、行ってくる。置いていかないでくれよ」

「ああ。さすがにそこまで身勝手じゃない」

「…………ちょっとそこまで送ってくれないか?」

「え? …………あ、ああ」


 俺はヤガミについて、リビングを出た。

 残されたフレイアが微かに戸惑いの色を見せたが、俺はそのままでいるようジェスチャーで伝えた。

 刹那、あーちゃんの視線が刺さる。

 俺はそそくさと逃げるように玄関を出て、ヤガミに言った。


「悪い。ここまででいいか? あの子達をあんまり長く2人きりにしたくない」


 ヤガミは百も承知といった様子で振り返ると、やや強い調子で返してきた。


「というか、コウ。マジで気付いてないのか? 彼女達がぎこちないのは、彼女達のせいじゃないぞ」

「えぇ? どういうことだよ?」

「アカネさんは、お前と話したいんだよ。お前とだけ。状況的にフレイアさんを放っておけないのはわかるけど、真に時間を作るべきは俺より、お前の方だ」


 俺は面食らい、呻いた。

 ヤガミは颯爽と道へ出ると、もう一度同じ調子で俺に言い残した。


「俺が戻ってくるまでに、ちゃんと話せよ。…………絶対だぞ」


 俺は去っていく彼の背中を見送りながら、一段と長く溜息を吐いた。


 …………わかっている、そんなことは。


 わかっているけど…………あの子(あーちゃん)が一体何で怒っているのか、俺にはサッパリわかんないんだよ!

 一旦ああなった彼女の扉を、俺は未だかつて一度たりとも開けたことがない。

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