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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
母の良き息子
208/411

104-2、背中合わせの告白。俺がナタリーの魂に伝えたこと。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けた俺は、自警団の少女ナタリーらとの出会い等を経て、サンラインの歴史を左右する重要儀式「奉告祭」に参加する。

 だがそこで俺達は五大貴族の一人、及び異教徒「太母の護手」を手引きとした、敵国・ジューダムから襲撃を受ける。

 辛くも危機を脱した後に、俺達は少数精鋭で、都市・テッサロスタの奪還を目指し遠征を開始する。

 旅はつつがなく進むかに見えたが、その途上で俺達はまたもやジューダムからの刺客と遭遇、ついにはジューダムの王…………俺のかつての親友、ヤガミと対峙する事態にまで陥った。

 戦いの最中で仲間とはぐれ、満身創痍の俺達の下に現れたのは魔導師・グレン。彼は俺達に救いの手を差し伸べ、再びテッサロスタの奪還へと挑ませた。

 そして今、俺達はジューダムの支援を行う「太母の護手」と相対し、死闘を繰り広げていた。

 喰魂魚の腹の中で溶かされかけたことを、俺は勿論ちゃんと覚えている。

 そのせいで邪の芽とかいう中二病野郎がフレイアから俺に感染ったことも、まだまだ記憶に新しい。


 今回も、危険は承知の上だった。

 だけど今の俺には、あの時と違って戦う術、扉の力がある。

 今度はむざむざ消化されたりしないつもりだ。


 三重の牙によって閉ざされた暗い闇の中で、俺とナタリーは背中合わせに身を寄せ合って力場を編んでいた。

 もうずっと編んでいるが、改めて触れ合って確かめたら、随分と気持ちが馴染んだ。ナタリーの「無色の魂」の色合いが自分のもののように、しんみりと染みてくる。

 俺は何となくバツが悪そうにしている彼女に、できるだけさりげなく話しかけた。


「そのさ…………ちょっとデリケートな話がしたいんだけど、いい?」

「…………いいよ」


 ナタリーがしおらしく呟く。初めてサン・ツイードの自警団の待機所で会った時のあの図々しさが、今となってはちょっと恋しかった。今は特に緊張しているのだろう。背中越しに感じる息遣いが、いつもより浅くて速かった。

 俺は少しでも彼女が安心できるようにと強く手を握り、話し始めた。


「最初の指導者を倒した時に、君の前の水先人達の記憶…………根源の光? とかいうヤツに触れたんだ。

 それで…………その時に、君のお父さんのことも、見たんだ」


 ナタリーは何も言わなかった。呼吸のリズムも変わらず、俺の手を握り返す強さにも変化がない。顔は見えないが、寂しさと悔しさと、懐かしさの入り混じった感情が飛沫となって俺にぶつかってきた。

 俺は彼女に、詳しくは語らなかった。


「お父さん、君のことを最後まで思っていた。

 …………お父さんが亡くなった後、君がどれだけ辛い思いをしたのか、俺にはわからない。でも、あの日から今日まで、君がどんな風に戦ってきたかは何となくわかる。長くは無いけれど、君と一緒に共力場を編んできて、俺は一度だって君の海に醜悪なものは見なかった。怒りや憎しみで濁ることはあっても、どんな時も決して残忍な暴力に染まったりはしていなかった。…………君の正義はいつだって、温かな平和の中にあるんだって、俺は信じているよ」


 ナタリーが震える声で答えた。


「…………買いかぶり過ぎだよ。「無色の魂」だから、余計なこと考えられないだけ」


 俺は弱々しく力を抜いていく彼女の手を離さず、言い継いだ。


「違う。君には君の魂がある。問題は、君自身がそれをどう信じているかなんだと思う。

 …………生意気言ってごめんね。でも俺、魂に定まった形があるだなんて、どうしても思えないんだ。心持ち一つで、魚にもトカゲにもなれる。…………何でもないままでもいられる。

 その…………本っ当に生意気を言うけれど、サンラインの考え方に囚われる必要なんて無いよ。君は君の在り方をすればいい。君は君の魔術で、戦える」


 ナタリーが持てあますように、俺の指先をなぞる。

 彼女はいじけと甘えとがない交ぜになったような、ややあどけない口調で言った。


「そんな、タリスカさんじゃないんだし…………。そんな風に割り切って戦えるなら、誰も苦労しないよ。アナタはフレイアさんや蒼姫様みたいな、とても強い人達といつも一緒にいるから、わからなくなっちゃってる。

 魔術は…………魂は、そんなに自由にならないよ」

「いいや」


 俺は思い切って、彼女を振り返った。

 驚き戸惑う翠玉色の瞳は、俺の心が映すものだった。芽吹いたばかりの若葉を彷彿とさせる表情は、本来なら暗闇の中で見えるものではない。だが俺には、彼女の豊かな髪がふわりと風に煽られるのがよく見えた。


 吹くはずのない風。

 差すはずのない光。

 それらは魔術の世界で、全て他愛も無いことだった。


「自由だよ。君は縛られることを選んでいるだけだ」


 ナタリーが瞳を瞬かせ、眉間を険しくする。

 握った手に若干力がこもるも、引き結んだ赤い唇から言葉は出てこない。

 俺は彼女から伝わってくる不規則な波を浴びつつ、続けた。


「俺はサンラインの人間じゃないから、こんな風に考えるのかも。でも、扉を開く度にわかるのは、どんな力場にも数え切れないほど沢山の想いが渦巻いているってことだ。

 唯一つの色で出来上がっている力場なんてない。魔術は必ず、誰かと紡ぎ上げるものなんだ。共に戦う時も、敵対し合う時でさえ」


 俺はさらに続けた。


「魂も同じだ。一人きりの魂なんてあり得なくて、誰だって色んな色を纏って生きている。「水先人」だからとか、「三寵姫」だからとか、「勇者」だからとか、そういう話ではなくて…………皆、ただ普通に生きていく中でも、絶対に誰かと繋がっている。例え君が「無色の魂」であったとしても、その周りには沢山の本物の魂が結びついている…………絡みついてるんだ。魔術がこんなにも複雑で、時々、物凄く美しいのは、それを編む魂自体が単純な色をしてないからなんだ。

 …………だからこそ色を抜く必要があるんだって、君やツーちゃんは言うだろう。でも俺の考えは違う。君達は「無色」っていう色にこだわり過ぎている。そのせいで本当の「無色」から遠ざかっているんじゃないかって、そんな気がするんだ。

 魂は…………自分一人では完結しない。俺も、これまで色んな人に助けられてきた。君に、リズに、フレイアに、ツーちゃんに、クラウスに、古い親友に、レヴィに…………最悪な時には、悪魔としか言いようのない邪悪なヤツの手だって借りた。…………俺が今、こうして生きているのは…………俺の今の魂の色があるのは、数え切れない程の他人の色に染まってきたからだ」


 以前垣間見た異邦人の記憶が、ふと頭の端をよぎる。

 救われなかった哀れな魂の行方。

 魔海への深い絶望。


 重なって蘇る、水先人たちの記憶。

 「裁きの主」の理不尽。

 連なることのできない孤独な魂の定め。


 俺は牙の闇の中に、微かな力場の綻びを見出した。

 その扉は大きく羽を広げたリボンのように傲然と闇を留めながらも、頼りなく端をそよ風に揺らしていた。

 俺はその一端へそっと意識を伸ばしつつ、ナタリーに言った。


「君の魂は、君を支える人達の中にちゃんと織り込まれている。

 だからもし今、君が君自身を信じられないなら、俺を信じてほしい。…………俺が君の魂を引き受ける。君の美しさと強さは、俺の魂に刻まれているから」


 ナタリーの頬がみるみる桃色に染まっていく。握っていた掌が熱を持ち、じっとりと汗ばんだ。

 ようやく開きかけた形の良い唇は、震えたまましばらく何も言わなかったが、やがて絞り出すように声を発した。


「…………っ、ミナセさんって、本当…………っ」

「馬鹿なのはわかってる。でも大真面目だ。

 これから扉を開く。その時には、君の本気の力が必要だ」

「違う…………、…………そういう話じゃなくて…………」


 ナタリーがふるふると何かを振り切るように左右に首を振った。しきりに小声で何か唱えているが、早口でよく聞き取れない。「ダメ、ダメ、どうせ深い意味なんてないんだから…………」そんな感じか。


 俺は未だに熱っぽい彼女の手を離さず、先の扉に本格的に意識を注いだ。

 あのリボンを解けば、牙の魚の術者である男の力場の中心へ流れ込めるだろう。


 ナタリーは一つ大きく深呼吸して気を取り直したのか、キュッと俺の手を握り返してきた。

 翠玉色の瞳が、勇ましく光っていた。


「よし、わかった! アナタの言う通りッス! 確かに…………ある意味では私が一番、感情に囚われ過ぎているのかもしれない。

 …………そうだね。要は、どんな色をしてたって、レヴィを悪い子にしなければいいんだもん! アナタが一緒に定めを背負ってくれるのなら、今まで誰も…………歴代の水先人の誰も、お父さんにだってできなかったことでも、挑めるよ!

 アナタの中で生きていていいなら…………怖くない」

「ありがとう」


 微笑むナタリーが小さく首を傾げ、優しげに俺を見つめ返す。珍しく少女らしい仕草に、少しドキリとした。

 お転婆だけど、こうしてみると当たり前のように美女だ。


「あ…………ええっと」

「まだ、何かあるんスか?」

「いや、ない…………けど、その」

「? 何でも言ってよ」

「俺…………」


 ちゃんと気持ちを伝えようとして、できなかった。

 まだしない方がいい、と寸前でブレーキが働いた。


「…………いや、やっぱり、何でもないよ」

「…………」


 どことなく寂しさを湛えた面持ちで、ナタリーが肩をすくめる。

 俺は悪いと思いながらも、気持ちを切り替えた。

 ようやく追い詰めた相手なのだ。次こそは、確実に倒す。


 俺はナタリーに目線を送り、それから思い切ってリボンの端を引いた。

 スルリと解かれた闇の結び目から、黒、灰、青、白の光が一斉に溢れ出てくる。

 俺はナタリーを自分のすぐ近くに引き寄せ、光の中に意識を投げ入れた。




 ――――――――…………そして、俺達は降り立った。


 そこは壮麗なエルフの地下宮殿へと続く、白亜の大階段の麓だった。

 宮殿は赤々と燃え上がっていた。最早悲鳴も聞こえない。だが、ついさっきまで人の暮らしていたことを如実に示す不快な臭気が濃厚に立ち昇っていた。

 城下町もまた業火に包まれ、辺りには地獄の使徒じみた煙が濛々と巻いている。


 宮殿のすぐ前では、あの男…………諸悪の根源であるエルフの王子が、くすんだ革表紙の本を片手に、冷たい眼差しで佇んでいた。

 彼は俺とナタリーを微笑みながら見下ろし、ゾッとするほどに響きの良い声音で呟いた。


「…………ああ、巫女。無垢なる母の娘。

 …………私を一なる所へ導き給え…………」

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。


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