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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
影の、その奥へ……
20/411

11-2、ドウズルと黄金獣のチェイス。俺が何度目とも知れず途方に暮れること。 ★

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳、ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 だが魔法に不慣れなフレイアは時空の移動に失敗してしまい、俺たちは誤って竜の国へ飛んでしまう。

 何とか竜の国から脱出したは良いが、次に辿り着いたのは「影人」の国・トレンデ。またもや術に失敗したフレイアはすっかり気落ちし、魔力回復のために散歩に出て行った。

 残された俺は魔導師ツーちゃんの頼みを聞き、彼女の探し物である「正四面体」を探しに出掛ける。 

 そして戻ってきた俺は、ツーちゃんから突然の敵襲の知らせを受けた。ツーちゃんは俺に魔弾という武器を与えた後に、他の敵のもとへ向かって猛スピードで去って行った。

 汚れた爪――――。


 瞬間的に脳裏に焼き付いた、その危険なイメージに、俺はとにかく力一杯に魔弾を回転させた。

 拍子に黒い輪は再び回転軸を傾け、ドウズルはさっきよりも勢いよく弾き飛ばされた。思いきり遠く、5、6メートルは吹っ飛んだろう。


「よっしゃ!」


 俺は息を切らしつつ、小さくガッツポーズを作った。ユルギスはさしずめオートパイロットといったところか、うまい具合にドウズル3匹から距離を取って走り続けていた。


「…………なぁ、ありがとうな」


 一息ついた俺は、おずおずとユルギスに話し掛けてみた。だが予想通り、やはり反応は一切返って来なかった。


 俺は何となく、この獣が生き物というよりかは、「魔法」に近い存在なのだということに気付きつつあった。限りなく動物に似てはいるけれど、この獣は決定的に生命とは異なっている。黒蛾竜と対峙した時のような生の緊張や熱気が、どうしても彼からは感じられなかったのだった。言い表しにくいけれど、生きても死んでもいない、霞のような手応えというか。


 まぁ、だが、正体が何であれ、この状況ではユルギスが実に頼もしい味方であることには違いなかった。

 俺が速度に気を付けてさえいれば、ユルギスは俺よりはるかに賢く立ち回ってくれて、ドウズルたちに追い込まれたりとか、囲まれたりとか、そういった事態には陥らないですむようだった。


 俺は気休め程度にユルギスの首筋を撫で、それからより旋回半径を縮めるべく、内側に体重をかけた。いくら頼れるからといって、良い加減、いつまでも逃げ続けているわけにもいかない。

 聞いた限りでは、どうもフレイアたちの方もかなり手こずっているようだったし、せめて任された仕事ぐらいはこなして、力になりたかった。


 右手の方に、やや仲間から外れてドウズルがいた。若干他のものよりも動きが鈍く、俺はまずそいつに目をつけた。

 照準器と魔弾を敵に合わせ、呼吸を整える。けたたましい鳴き声が、徐々に意識の外に遠ざかっていく。


 じりじりとタイミングを窺う。

 重ね合わせのイメージ。

 時を意識――――…………。


「…………って、できるか!! 「時」って何だよ!?」


 当然ながら、さっぱりだった。

 弾はいくら待てども、俺の前でぴたりと静止したまま、何の変化も見せなかった。「当たれ当たれ、当たりやがれ!」と、十分に気合いを込めたにもかかわらず、何かが起こる気配は一向に汲み取れなかった。


 俺は藁にも縋る思いで、ドウズルの額に刻まれた印を見つめた。何か手がかりがあれば、と思ったが、そこには意味不明な幾何学模様が見える以外には、何一つヒントは見出せなかった。


 幾何学模様をどうにか解釈してみるか。それとも、もっと気合を入れて念じてみるか。どちらもあまりうまくいきそうにない。

 俺は途方に暮れ、一旦相手から目を離して辺りの景色を見渡した。


 幸い、新たなドウズルの影はどこにも見えなかった。日没の残光は未だに地平線を覆い、彼方に立ちすくむ風車の群れは、まるで巨人の抜け殻みたいに寂しく、ぼんやりと虚無的に佇んでいた。


 民家や鉄塔といった近くの建物は、眺めているうちに不思議と、何がどこにあったのか覚束なくなってきた。瞬きして「あれ?」と思った後には必ず、元からそうだったかのような感覚に陥ってしまう。


 だが、一見何も変わらないように見える景色は、確実に意識の隙を突いて移ろいでいた。

 俺は走っても走っても終わりが見えない畑に寒気を覚えつつ、後ろを振り返って、敵との距離を測った。着実に縮まってきている。


「クソッ、どうしたらいい?」


 俺は独り言と共に、近付いてくるドウズルを睨んだ。



 ――――なぜだろう。


 その時、ふいにリーザロットのことが頭に浮かんだ。

 彼女が俺を引き倒した時の、あの何とも言えない抗い難い力の感覚を、俺はまざまざと思い出していた。

 俺と彼女の身体がじんわりと重なっていき、時間がベッドという空間の一点へ、すとんと落ちていく。

 一連の行動は淀みなく流れていて、一方向に向いていて…………。


 そう、矢印のイメージだ。


 まさにその発想を得た瞬間、魔弾が勢いよく射出された。


 黒球が鮮やかな放物線を描いて発射され、ドウズルの一匹の頭部に見事命中、花火のごとく豪快に弾けた。


「うおお!!!」


 俺は喜びよりも、驚きで身震いした。


 被弾したドウズルの身体は肉片となって空をバラバラと舞い、残されたドウズルは、その粉々になった破片を浴びながら、一層けたたましく鳴き騒いだ。

 暴れるドウズルの喉が、ガマガエルのように急激に膨れ始める。嫌な予感がした俺はユルギスの頭をぐっと大胆に押し込み、急ぎその場からカーブして離れた。


 空をつんざく奇声と共に、ドウズルの吐瀉物が降り注ぎ、ちょうどさっきまで俺がいた所におびただしく撒き散らされた。

 濁った緑色の液体が、じゅうじゅうと不気味な音を立て、激しく泡を吹きながら地面に染み込んでいく。


 俺は全速力で獣を駆けさせた。

 いつの間にか正面に、あの動きの鈍いドウズルが控えていた。俺は避けようと一瞬躊躇ったあげく、覚悟して魔弾を構えた。

 ここまで来たら、勢いに乗じてやってしまおう!


「――――行け!」


 さっきまで撃てなかったのが嘘のように、景気良く魔弾が射出された。


 直撃。

 同時に俺はすぐに次の弾を構えた。肉片と血の雨を掻い潜り、ユルギスと俺は軽快に走り抜ける。少しばかり飛沫を頬に浴びたが、気にしている暇は無い。ドウズルはあと一体、残っている!


 撃った後の魔弾は白く変色していた。俺はまだ黒い残弾数をざっと確かめ、小さく頷いた。6発もある。


 獣の進路をわずかに逸らせつつ、俺は狙い良い機会を待った。

 最後の一匹が、喚きながら猛烈な勢いで追って来ていた。見たところ他の個体よりも大分俊敏であったが、俺は怖気づかなかった。

 魔弾はまだたくさんある。油断せず今まで通りこなせば、この場は切り抜けたと言っても過言ではない。


 俺はユルギスをじわじわと減速させつつ、照準をドウズルに合わせた。


「! いけね!」


 俺は相手が急加速するのを察し、すぐさま魔弾を回して防御に切り替えた。

 回転する魔弾の輪がドウズルの吐いた汚物を弾き、そのすぐ後に繰り出された爪での斬撃をバチッと重々しく弾いた。


 俺はユルギスをうんと加速させ、必死で距離を取った。

 ドウズルの甲高い不気味な声が遠退くまで、俺は額に滲んだ汗を拭う余裕さえ無かった。滲んだ汗が目に入り、視界が不安定に揺らぐ。俺はユルギスにしがみつき、構わず走り続けた。

 

 最後のドウズルは、倒した二匹よりも遥かに狙いが正確だった。多少頭も良いのか、こちらに自分の速度を読ませぬよう、加減速に緩急をつけてきた。フェイントをかけるのが上手く、ペースも、進路も、すごく読み難い。


 俺はやや高い位置につけたドウズルを見据えて舌打ちをした。

 今までは偶々上手くいっていたが、回転軸を未だ自由に変えられないせいで、ある程度以上の高さにいられると手の出しようがなかったのだ。


 俺は奴が降りてくるのを待ちながら、駆け続けた。

 とにかく、辛抱である。いずれ攻撃に移る時には、ヤツは絶対に下りてくる。照準が定まりさえすれば、間違いなく当たるのだ。要はその瞬間が来るまで耐えればいいだけだ。

 俺はじれったさをぐっと堪え、集中して相手を睨んでいた。


 ドウズルはなかなか下りて来なかった。ギリギリまでは迫ってくるのだが、いざ撃つという段になると、すぐにまた空へ跳ね上がってしまう。おちょくられているようだった。

 一瞬だけならばタイミングが無いことも無いが、そこを捉えて撃つのはさすがに至難の業だった。


 …………もしかして、こっちの弱みがばれているのか?

 俺は心に芽生えた疑念が根を張るのを感じながら、その説が正しかった時に備えて、どうにかして軸がいじれないものか努力し始めた。射出の時みたいに「これだ!」という発想がぽんと生まれるかもしれない。


 とはいえ、射出の時とは違って、今度はノーヒントである。ツーちゃんの言葉からそれらしきものを拾うとすれば、せいぜい「相手の気を感じろ」といったことぐらい。

 けれど、そもそも「気」って何だ? あまりに漠然としている。


 俺は果てない荒野をひた走りつつ、最初に攻撃を弾いた際に思いがけず軸が動いてしまった時のことを思い浮かべていた。

 あの時はとにかく夢中で、全く何も考えずに動かした。ツーちゃんと別れた後にも1回同じことがあったが、その時も敵の爪を防ごうとして、無意識に動かしたのだった。

 どちらも、きっかけとなる程のことはしてなかったように思えるが…………。


 その時、ドウズルが急にガクンと高度を落とした。


 ――――チャンス!


 俺は急旋回し、大急ぎで魔弾を射出した。

 浅い角度でなされた射撃は直線に近い緩い弧を描き、相手は断末魔のごとき凄まじい悲鳴を上げた。


 ――――当たる!


 手がガッツポーズを作る0.5秒前。

 唐突に、ドウズルが大きく翼を空に打ち付けた。


「!!!」


 俺は相手が取った行動に度胆を抜かれた。

 ドウズルは魔弾から逃れようとせず、かえってこちらに突進してきた。魔弾は紙一重の差ですれ違うようにして、ドウズルの身体をかすって外れた。

 パァン、と、奥で虚しく花火の音が響く。

 ドウズルが爪をぐわばっ、と振り上げる。


 俺はがむしゃらに魔弾を回した。

 すると偶然にも軸はまた上手い具合に前方へ傾き、ドウズルの爪を弾き飛ばした。

 仕組みはわからないが、何とかなるようならもう気にしない!

 俺は冷や汗を垂らし、再度ドウズルを見据えた。ヤツの学習能力はやはり高く、もう最初のようには、過剰に距離を取ってはくれなかった。


 俺は相手が続けて襲いかかってくる刹那、機先を制するつもりで、がむしゃらに魔弾を撃った。照準を合わせ忘れたが、それでも弾は躊躇いなく前へ飛んだ。

 俺はドウズルの額の印を食い入るように見つめていた。矢印のイメージはいつの間にか、照準器を必要としない程に意識に馴染んでいた。


 ドウズルは頭を守るようにして翼を交差させ、若干身を沈めた。

 俺は思い切って、矢印を「曲げた」。

 魔弾が、捻り込むような軌跡を描いてドウズルへ向かう。重力が捩じれた奇妙な感覚を一瞬、味わった。


 弾は盛大にドウズルの腹を爆ぜた。

 鼓膜をビリビリに引き裂く、凄惨な悲鳴が辺りに響き渡る。草の影すら痺れて、震え上がった。


 俺は飛沫となって散らばる肉や体液の合間から、ふとドウズルの顔を垣間見てしまった。

 そんなことしなければよかったと、後悔した時にはすでに、ドウズルの眼差しは俺をぶすりと深く射抜いていた。


「…………タス…………ケテ」


 俺は何も言えずに、そう言って空から崩れ落ちて来る、涙まみれの老婆の顔を眺めていた。

 老婆は血の気の無い、乾いた唇を震わせ、掠れた声で囁いた。


「マダ、タスカル…………モウ、イジメナイデ…………」


 まだ助かる?


 俺の胸が一気にざわついた。

 ツーちゃんから聞いた言葉が音にならぬまま、頭の中でリフレインし、ただ彼女の毅然とした態度と、冷酷とも言える眼差しとだけが強く目に浮かんだ。


 ユルギスは俺の動揺を汲み取ったかのように、極端に速度を落としてきていた。

 ドウズルは、今までからは想像ができない頼りなさで、かろうじて宙に縋っていた。破れた腹からは、凄まじい量の暗紫色の血液が流れ出ていた。


「…………痛い、のか?」

 

 おそるおそる俺が尋ねると、ドウズルはすすり泣きで答えた。

 俺は相手がついに力尽きて地に落ちるのを見、ユルギスを止まらせて相手を見下ろした。


「……………………」


 俺は悩んでいた。

 ドウズルは、かつて人だったいうが、どんな事情でこのような姿になってしまったのだろう。悪い魔法使いに捕まって無理矢理、とかでなければいいのだが…………。


「なぁ」


 瀕死のドウズルは獣から降りてきた俺の呼びかけに応じ、わずかに目を上げた。


「その姿は…………」


 パァン!!!


 ドウズルが俺に牙を立てかけたのと、魔弾が飛び出したのは、同時だった。


 俺は自分の顔に思いきり振りかかったドウズルの肉片や血液を拭いながら、いたたまれない気持ちで、地に残った魔物の切れ端を見つめていた。

 手を差し伸べながら、何かあれば撃とうと思っていた自分も自分だけれど、やっぱり襲ってくる方が悪いんじゃないかと、しばらく内心で無意味にごね続けていた。


 ああ。こんなのは、ちっとも格好良くない。


 こびりついた肉片は恐ろしく生臭かった。

挿絵(By みてみん)

古川アモロさんからファンアートを頂きました。

ありがとうございます!


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