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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
【第9章】テッサロスタ奪還作戦
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100、賽は投げられた。俺が戦の前に出会った、瑞々しい花達のこと。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 様々な困難を乗り越え、ようやく目的地に着いた俺は、「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けることとなる。

 その後、俺は自警団の少女ナタリーらとの出会い等を経て、サンラインの歴史を左右する重要儀式「奉告祭」に参加。そこで五大貴族の一人、及び異教徒「太母の護手」を手引きとした、敵国・ジューダムから襲撃を受ける。

 辛くも危機を切り抜けた俺達は、ジューダムに占領されている都市・テッサロスタの奪還を目指して少数精鋭の遠征隊を結成する。

 遠征はつつがなく進むかに見えたが、その途上で俺達はまたもやジューダムからの刺客と遭遇し、ついにはジューダムの王…………俺のかつての親友、ヤガミと対峙する事態にまで陥った。

 仲間とはぐれ、満身創痍の俺達の下に現れたのは魔導師・グレン。彼は俺達に救いの手を差し伸べ、再びテッサロスタの奪還へと挑ませるのであった。

 たっぷりと降り注ぐ初夏の日差しを浴びながら、俺達は意外な程にあっけなくテッサロスタへの侵入を果たした。

 ガラクタと薬草を竜に山程積んで行商人のふり…………だなんて、絶対にうまくいくはずないと思っていたのだが、グレンは難無くこの難関を突破した。


「…………約束のものだ」


 出会った時よりも幾分上等なローブに身を包んだ彼は、街の門番にそっと小袋を手渡した。

 門番は何食わぬ顔でそれを受け取ると、黙って台帳に何か記入し、俺達を通した。

 簡単な荷物チェックだけは行われたが、それも本当に形式だけだった。俺達自身への検査に至ってはマジで何も無しであった。

 あまりにも杜撰な対応に、門を抜けた後、俺はついグレンに尋ねてしまった。


「あの…………本当に大丈夫なんですか、これ? こんなにアッサリ通れるなんて、もしかして罠じゃ?」


 グレンは目線だけで俺を振り返ると、落ち着き払った小声で答えた。


「安心したまえ。ジューダムという国は、あまり個人の財産に寛容ではない。それゆえ如何なることに手を染めてでも欲しい物があるという輩は、沢山いるのだ」

「でも、いくら何でも露骨過ぎやしませんか? まだ何人かこっちを見てますよ…………」

「堂々としていなさい。彼からすれば、バレなければ良いのだ。自分達の目の届く範囲で騒ぎが起きさえしなければ、それで構わない。

 …………むしろ、往来でこのような会話をしていることの方が遥かに危険だ。もう口を閉じなさい。魔術など使わなくとも、人の会話を盗み聞く技術はいくらでもあるのだから」


 俺は言われた通りに口を閉じ、フードの下の顔を俯けた。

 確かに、誰がどこで見ているかわからない。油断は禁物だ。

 俺は後ろにいるフレイアの様子を窺いたかったが、ぐっと堪えて通りを歩き続けた。


 テッサロスタという街は、サン・ツイードとは違って随分と重々しい雰囲気に包まれていた。

 ジューダムに占領されているせいもあるのだろうが、それよりも、街を形作る石の色と質の違いが大きいように思えた。

 肌理の粗い、黒く巨大な岩を大胆に積み上げて作られた家々の塀はとても丈夫そうだったが、どうしても圧迫感があった。石垣の内の家も、切り出した岩のように四角ばっていて彩りに乏しく、牢獄じみている。

 緑が少なく、ジューダムの兵士以外の人の行き来が極端に少ないのとも相まって、街はあたかも洞窟の中のように窮屈だった。


 街中を整然と走る灰色の石の道も、何だか病院の廊下みたいに冷たい。

 時々、そんな道の上にカンラン石に似た宝石の欠片が落ちていることがあった。何となくその一つを拾ってみた時、俺はふと街の塀のあちこちに細かな穴が空いていることに気付いた。


 少し形は歪だが、どれも拾ったカンラン石が丁度良くはまりそうなサイズであった。石の奥ゆかしいオリーブ色と、荒々しい塀の黒色のコントラストもとても美しく思える。

 訝しんで近所の家の壁や窓枠を仰いでみると、そこにもまた、何かが(えぐ)り取られたようなでこぼこが沢山見えた。

 さらによく見れば、色とりどりの宝石の破片が街中に散乱している。


「…………なるほど」


 俺の呟きに、グレンが眉を顰めた。

 俺はこの街が異国の占領下にあることを改めて思い知り、拾ったカンラン石を放り捨てた。グレンは何か合点がいったと見え、無言で前方へと視線を戻した。

 全く、本当に、もう。人の街になんてことを。


 それにしても、俺達のやっつけの変装は相当うまくいっているらしかった。道行く兵士で、わざわざ俺達に目を留める人は皆無だった。


 俺はいかにも商人の召使いらしく、つまらなさそうに歩みを進めていく。

 すぐ後ろからは、キャスケット帽を被って麗しく男装したフレイアと、サンラインらしい質素な白いシャツと青いスカーフを身に着けたシスイが、竜を引いてついてきていた。最後尾には護衛役という位置づけのグラーゼイが、いつも通りの面構えで控えている。一応、精鋭隊の鎧だけはマントで覆っていたが、あのオオカミ面はなんとそのままであった。

 っていうかこれ、もしタリスカが一緒にいたらどういう風に変装させるつもりだったのだろう。ハロウィンの仮装と言って誤魔化すわけにもいかないし。


 そうして市内をしばらく進んでいき、もうすぐ約束していた協力者の家に辿り着くという時であった。

 突如、辻からボロを纏った若い女性が俺達の下へ駆けよって来た。

 ツーちゃんと同い年ぐらいの女の子を連れており、見るからに切羽詰まった様子である。

 ギョッとする間に、女性らは俺達のすぐ傍までやって来てしまった。


「どうかしましたか、お嬢さん方?」


 不測の事態に真っ先に対応したのは、シスイだった。彼はいかにも世慣れた旅人然としている。

 女性達はキッと鋭い目つきで彼と俺達とを睨み付けると、えらく勇ましい、どこか語尾の上擦った妙な調子で言葉を発した。


「おっ、お花は要りませぬか!? て、テッサロスタでは、訪問の折には、き、季節のお花を添えるのが、こ、こ、小粋とされております!!」

「…………すっ!!」


 女性の語尾に被せて、少女が腕一杯に抱えた籠の中から黄色い花を一輪取って掲げてみせる。

 彼女の一番近くにいた俺はこれでもかと鼻先へ花を突きつけられながら、戸惑った。

 これは、罠? だが罠にしては、何とも…………。


 悩んでいると、少女が焦った口調で言葉を続けた。


「こっ、これ!! うんめぇんだよ、すごく!! お兄ちゃん、試しに花びら1枚、食うてみ!!」

「あっ、こらぁ、チェル!! 人間はお花は食べんって何度も言うとるでしょが!! って…………あっ、またこんな喋り方しちまっただぁ!!」


 言うなり女性が口元へ手をやり、泣き出しそうになる。

 …………「人間」は?


 疑問に思う暇もなく、叱られた少女の目にみるみる涙が満ちていく。

 俺はこのまま騒がれてはマズイと思い、咄嗟に少女の傍らに膝をついた。少女はなおも必死にグイグイと俺の頬へ花を押し付けながら、俺を一心に見つめている。

 俺はその大きな飴色の瞳(どんぐりのような、愛らしい目をしている)に微笑み掛け、精一杯優しく話しかけた。


「どうもありがとう。この岩だらけの街に、そんな優雅な作法があるだなんて知らなかった。…………良かったら、その籠ごと全部貰えないかな? これから、沢山の人に会うから」


 背後で誰かが怒りに駆られて動こうとするのを(グラーゼイだろうな)、別の誰かが制止した。

 少女達はお揃いの飴色の瞳を忙しなく瞬かせ、「はわぁ」だとか「うへぇ」だとか言ってしばらく顔を見合わせてうろたえていたが、やがて


「あっ、ああっ、ありがとうございますただ!!!」


 と大袈裟に頭を下げて、花を渡してくれた。

 俺が手持ちの宝石でお代を支払うと、少女達は「こんなに!?!?」と甲高い声を張り上げて、もう一度大きな声で馬鹿丁寧にお礼を言って、元来た方へと騒がしく駆け戻っていった。


 去り際に2人が見せた笑顔はどんな花にも負けないぐらい朗らかで、籠一杯の花を抱えた俺も、ついつられて笑ってしまった。

 街を巡回する兵士がはしゃぐ娘達に何か小言を言い、ようやく彼女達の足取りが大人しくなる。

 兵士は俺達と擦れ違いざま、呆れた声で言った。


「キザな野郎だ。サンラインじゃ乞食娘さえ、お姫様か?」


 俺は花を1輪摘まんで花弁を噛みちぎり、シャクシャクと食みながら答えた。


「さぁ。…………けど、良い買い物だったみたいだ。…………結構イケるよ、これ。オクラみたいな味がする。…………ポン酢とか欲しくなるな」

「…………ケッ、蛮族共が」


 兵士は唾を吐いてもう一度これ見よがしに肩をすくめると、そのままどこかへと歩いていった。

 俺達は彼の姿が完全に消えるのを見届けた後、1ブロック先の協力者の家の門をくぐった。



 協力者である街の魔術師達は、フレイアやグラーゼイの顔を見て大いに驚き、そして喜んだ。

 「白い雨」から助っ人が派遣されるという話は聞いていたが、よもや精鋭隊員が2人もやって来ようとは考えてもいなかったという。


 思いがけない強力な援軍を得た魔術師達のはしゃぎようは、俺から見てすら少々不安になる程だった。とりわけ見目麗しいフレイアは若い連中の興味を強く惹いたようで、質問攻めにされていた。


「フレイア様。貴女様がいらっしゃったということは、ツイード家もテッサロスタの独立に協力的であると見てよろしいということでしょうか? それともまさか、貴女様ご自身がこの正義のための戦いに興味がおありですとか? 光栄です!」

「獣型…………蛇の魔力をお持ちと伺っております。後学のために、少々拝見させて頂けませんか? ああ、いえ、本当に少し、ほんのわずかの間で構わないのですが…………」

「剣術に大変優れていらっしゃると、「白い雨」の友人が感動しておりました。その技はどこで、どなたから習われたのでしょうか? 実は僕も最近剣術を齧り始めまして、よろしければ…………」

「お噂通り、紅姫様そっくりのお美しい顔立ちでいらっしゃいますね。常々不思議に思っていたのですが、なぜ蒼姫様付きの護衛になられたのです? お姉様の紅姫様の下ではなく?」


 次々と群がってくる男共は、グラーゼイが一睨みで蹴散らした。


「部下から離れろ。教養ある者ならば、礼節ある振る舞い方は承知しているはずだ。

 作戦への助力には感謝するが、場と立場に適った態度を弁えろ」


 萎縮した若い魔術師達が頭を下げ、すごすごと下がっていく。

 フレイアは俺にはあまり見せない、どこかひんやりとした表情でただ口を引き結んでいた。

 緊張しているのかと思って近付こうとしたら、不意に横から誰かに引き留められた。


「あの、すみません。「勇者」様がどこにいらっしゃるか、知りませんか?」


 振り返ると、あどけない顔立ちの背の低い女性が、目を輝かせて俺を見上げていた。

 彼女は屈託の無い笑顔で、ハキハキと言葉を続けた。


「グレン様とご一緒にお見えになると伺っていたのですが、お姿がお見えになりませんので…………。もしお困りでしたら、お迎えに上がろうかと思っているんです。テッサロスタはどこも似たような風景ばかりで、迷われる方が多いですから」


 俺は言い出し難い空気をひしひしと肌に感じつつ、躊躇いがちに伝えた。


「いや…………、いますよ。「勇者」」

「え? どちらに?」

「…………ここに」

「ええ? では、あの黒い瞳の、スレーン訛りのお方がそうなのですか? 先程尋ねたら、「違う」と仰っておりましたが」

「…………」

「…………まさか、フレイア様かグラーゼイ様がそうだと? それは何とも、心躍る意外なお話ですが…………」

「そうでなくて…………」

「ではグレン様が!? 信じられません! てっきり、もっとお若い方だとばかり…………」

「いや、だから…………その…………、…………俺です」

「え?」

「俺です、「勇者」」


 聞いた途端に、女性の瞳からみるみる光が失われていく。それまでは若々しく華やいでいた表情が俄かにどよんと曇り、深夜の仕事帰りのOLもかくやという顔が露わになる。

 彼女は「失礼いたしました」とボソリと呟くと、一転して一切浮つきの無い、ごくごく冷静なトーンで尋ねてきた。


「あの…………大丈夫ですか?」

「…………何がです?」

「貴方と…………この国」

「…………」

「私、錬金組合に所属している魔術師なんですが…………この作戦には、マジで人生懸けてるんですよね。

 このテッサロスタ抜きに、錬金術の未来は成り立ちません。資源も鍛冶場も人材も、絶対に絶対に、ジューダムから取り戻さなくちゃならないんです。テッサロスタの独立云々はともかくとして…………ひとつ、それだけはどうかよろしく頼みますよ。…………いやマジで」

「はぁ…………」

「まぁ…………他の方もいらっしゃいますしね。魔導師・グレン様とか、白狼の精鋭隊長様とか、建国の英雄の末裔にして「白い雨」最高の剣士・フレイア様とか。あちらにいる竜使いのスレーン人の方も、よく見れば貴方とは違って結構鍛えられた良い身体していますし。困ったら、見栄を張らずにきちんと人を頼ってくださいね。それが一番だと思います。この国にとっても。

 …………では、そろそろ失礼致します。さようなら。お気を付けて」


 そそくさと去っていく女性の背を、俺は黙って見つめていた。

 こんな扱いにはもう慣れっことはいえ、やはり寂しくはなる。

 っていうか、流石にちょっとヒドくない?


 それからややした後、グレンが集合の合図をかけた。

 グレンはざわつく人々を慣れた手際でなだめると、これから始まる戦について朗々と語り始めた。


 次第に人々の顔つきが険しくなり、場に緊張が漲ってくる。

 部屋の中央にある円卓には、俺が持ってきた場違いに明るい花の籠が置かれていたが、誰も見向きもしなかった。

 俺は手慰みに一輪を手に取り、花びらを齧った。

 ほんのりと舌に粘つく、やや野性味の強い爽やかな味わいが癖になる。やっぱりがポン酢が合いそう。もしここがオースタンなら、きっともっと流行っているはず。



 そして最終確認が済み、いよいよ作戦決行の時が来た。


 集まっていた魔術師達が順々に散っていき、最後に俺達が出発した。

 最初の目標はここから3ブロック程先にある、対侵入者用の結界の楔である。


 日はまだまだ高いのに、街は相変わらずの重たい静寂に包まれていた。


 歩いていくとすぐに、目標の魔法陣とそれを操る魔術師、そして見張りの兵士が見えてきた。

 俺達は目線だけで頷き合い(結界を破壊しなければ、共力場が編めないのだ)、道端に散ったカンラン石の欠片を蹴飛ばして、一斉に彼らへと掛かっていった。

 祝100話!

 いつも読んでくださっている方、本当に本当にありがとうございます。

 物語後半戦、まだまだ盛り上げていきますので、どうかお付き合いください。

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