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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
影の、その奥へ……
19/411

11-1、魔導師からの追撃。俺が初めて魔物と遭遇すること。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳、ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 だが魔法に不慣れなフレイアは時空の移動に失敗してしまい、俺たちは誤って竜の国へ飛んでしまう。

 何とか竜の国から脱出したは良いが、次に辿り着いたのは「影人」の国・トレンデ。またもや術に失敗したフレイアはすっかり気落ちし、魔力回復のために散歩に出て行った。

 残された俺は魔導師ツーちゃんの頼みを聞き、彼女の探し物である「正四面体」を探しに出掛け、リーザロットという謎めいた女性と出会った。

 建物を出ると、いやに切羽詰まった表情のツーちゃんが、こちらに駆けてくるのが見えた。俺は正直彼女のことなどすっかり失念していたので、ぎょっとして身構えた。


 だがやって来たツーちゃんは俺をとがめるでもなく、だしぬけにこう言った。


「コウ! 緊急事態だ!」


 ツーちゃんはいきなり俺の腕を力強く掴み、俺に全力で走るよう指示した。一方で彼女自身は早口で何らかの呪文を唱えた後、薄黄色のスケートボードのようなものを召喚して、ひらりとそれに飛び乗った。

 ボードは、よく見れば数センチの高さで宙に浮いており、ツーちゃんが指を弾いた拍子に、ひゅっと風を切って滑り出した。


「えっ?! 何、どういうこと!?」


 俺はもつれる足で慌てて彼女の後を追って尋ねた。ツーちゃんは目線をちらと俺に向け、すぐに前を見て答えた。


「さっきは行けなくてすまなかったな。ちょっとまずい奴らが、この世界に入り込んできた。今もフレイアが戦っている」

「まずい奴ら? 何? 誰?」


 俺は息を切らしながら聞き返した。ツーちゃんは思いきり眉を寄せると、心の底から憎々しげに言葉を吐いた。


「…………「大魔導師様」だ、サンラインの」


 言うとすぐにツーちゃんはパチンと指を鳴らし、8の字を空に描いた。すると中空から大きな狼に似た四足獣が突如、勢い良く飛び出した。

 獣は音も無く地面に降り立つなり、黄金色の毛を風になびかせ、ピンと耳を立てた美しいフォームで駆け出した。


「そやつの名はユルギス。乗るがよい」


 ツーちゃんが俺を見て短く言った。


「え? これに?」

「早く」


 急かされた俺は、併走するユルギスと呼ばれた獣をおそるおそる見やって、唾を飲んだ。彼は無機質な、白銀を思わせる冷たい瞳を真正面に向けたきり、一切俺の方を見なかった。

 ユルギスの口から垂れる赤い舌と鋭い牙を見て、俺はツーちゃんに叫んだ。


「どうやって乗るんだよ!? どう見ても友達になれる顔してないじゃないか!! そもそもコイツ噛まないの!?」

「ええい、面倒な!」


 ツーちゃんは低く呟くと、片手を素早く翻して合図を送った。

 ユルギスはそれを受けて、やや身をかがめたかと思うと、唐突に俺の右わき腹を頭で跳ね上げた。


「うわぁっ!」


 宙に吹っ飛ばされた俺の直下に、すかさずユルギスが滑り込んでくる。直後、俺はふさふさの背中に腹から落下した。


「マジかよ」


 俺は獣の首筋にしがみつきながら、長く息を吐いた。


 ツーちゃんはなおも前方を走りながら、小さな頭を四方八方に巡らせて何かを警戒していた。

 俺は彼女に倣って左右を見渡しつつ、しばらくユルギスの背に跨って街道沿いを進んだ。流れる景色は美しい夕陽も含めて、行きとほとんど変わらなかったが、何となくどこかに違和感があった。


 ――――飛行場がない?

 

 だいぶ進んできたあたりでふとそう気付いた時、


「来るぞ!」


 と、ツーちゃんの鋭い声が空に響いた。



 最初は鳥だと思った。カラスぐらいの大きさの黒い鳥が三羽、こちらに向かって飛んで来ているかに見えた。

 だが次第に、それらの影が近付いてくるにつれて、俺の見込みは大いに修正された。


「あれ…………ハーピー?」


 俺は目を皿にして、その怪物を見つめた。

 怪物は確かに、今や漫画やゲームですっかり名が知れた、ギリシア神話の半人半獣の生き物と似た体形をしていた。

 しかし、お馴染みの艶めかしい女性の上半身は見られず、代わりに、コレラで痩せ細った死にかけの老人のような面貌と四肢が、くっきりと目に映った。


 よく見れば翼もおかしかった。伝説のような鷲の羽では決してなく、どちらかと言えば、皮膚病の蝙蝠を思わせる、黒くてぼろくて、見ているだけで不安になる、歪んだ形の翼をしていた。


 ともあれハーピーらしき生き物は、よだれだか食べ残しだかわからない汚物を、しきりに口から飛ばしながら、金属音じみた鳴き声を上げて俺たちの方へ迫って来ていた。


「ヤバイよ、アレ!! どうするの!?」


 俺は前を行くツーちゃんに向かって言葉を投げた。ツーちゃんはボードを器用に乗り捌きながら、


「左へ!」


 と大声で指示を出した。


 俺はユルギスを強く抱きしめ、曲がれ曲がれと願い、ライダーのように左へ体重をかけた。彼はそれによってかよらずか、俺の望み通り、左方の耕地へと進路を変えた。


「うまいぞ」


 ツーちゃんの応援に、俺はかろうじて引き攣った笑みで応じた。例によって夢中だっただけだが、結果オーライならそれに越したことはない。

 ツーちゃんは続けて語り出した。


「あれは、ドウズルという。魔術師の使い魔だ。見ての通り醜悪だが、元は普通の人間だ」

「えぇっ!?」


 俺はいきなり明かされた衝撃の真実に思わずのけぞった。途端にユルギスはそれを減速の合図と解したのか、微妙に速度を落とした。


「ほれ、集中するのだ」

「ああ、ハイ」


 俺はツーちゃんにたしなめられて、急ぎ姿勢を元に戻した。ユルギスはすぐにまた先程の速さで走り始め、ついでに気持ち頭を前に倒してみると、さらに加速した。


「うむ、良い調子だ」


 ツーちゃんは満足そうに鼻を鳴らして言い、話を続けた。


「ゆえにドウズルは、人を惑わすようなことを囁きかけてくる。いわゆる命乞いや懺悔の類だな。だが耳を貸してはならないぞ。哀れなことだが、彼女らはもう人ではないのだ」

「でも」

「でもも、だってもナシだ。あれ以上魂が穢れぬよう、一思いにやってやるのが情けというもの」

「そうじゃなくてさ」

「何だ?」


 迷惑顔のツーちゃんに、俺は己の困惑をありったけぶちまけた。


「何か、当たり前みたいに俺がアレと戦うことになっているけど、困るから! さっきも言ったけど、本当に俺には何もできないんだよ!」

「馬鹿が。なぜ貴様はいつも結論を急ごうとする? 元より貴様になぞ微塵も期待していない」


 言うなりツーちゃんは、今度は左腕を頭上で一回転させて、そこに黒い球でできた、直径1メートルちょいの数珠状の輪っかを出現させた。


「そらっ」


 ツーちゃんはババくさい掛け声と同時に、その輪っかを輪投げの要領で放ると、見事俺に命中させた。


「え…………何、これ?」


 俺は自分の周りに浮いている、黒く半透明な球をしげしげ眺めながら尋ねた。ツーちゃんは自分の周りにも同じものを出現させ、


魔弾(まだん)だ」


 と答えた。

 それから彼女は指先で輪を撫でると、自身を軸に、魔弾をくるくると回転させ始めた。


「こうすれば簡単な防御にも使える。回転中は攻撃ができないが、触れたものを弾くことができる。素早く回転させれば、それだけ強い力で弾くぞ。状況に応じて適度に使い分けよ」

「はぁ」


 俺が真似して回転させてみると、ツーちゃんはさらりと続けた。


「どんな攻撃でもというわけではないが、ドウズルの攻撃を防ぐには十分…………だっ!」


 言いながらツーちゃんは急遽回転を加速させ、ドウズルが遠方から飛ばして来た吐瀉物を弾き飛ばした。俺は大急ぎで自分の魔弾を高速回転させ、弾かれてきた吐瀉物を寸前で防いだ。


「あっぶねぇな!!」

「コウ、油断するな!!」


 気を取られた隙をついて、後ろから突進してきたドウズルが、大きく開いた鉤爪で俺を引き裂こうとしてきた。


「くっ!」


 俺は咄嗟にまた魔弾を回した。何のはずみか、輪の回転面がドウズルへ向けて傾き、うまい具合に爪先をバチリと弾いた。

 ドウズルは大袈裟な悲鳴を上げ、2メートルほど引き下がった。


「これ! 回転軸はどうやって動かすの?!」


 俺は耳を聾するドウズルたちの鳴き声の中で、ツーちゃんに聞いた。


「軸は!」


 ツーちゃんは言葉の途中で手際よく手で印を組むと、例のあやとり語で何やら怒鳴った。


「それじゃわからねぇよ!」

「貴様に言ったのではない、阿呆め!」


 会話の間にも、俺は全力でユルギスを走らせていた。

 黄金の獣は、見る限りそうそうばてるような生き物ではなさそうだったが、どうやら俺の操縦に関わらず、徐々に頭が上がってきて速度が落ちてしまうようだった。


 ドウズルらは、ねばついたよだれのような液体を撒き散らしながら、またじわじわと距離を詰めてきていた。かつて人であった頃の理性など、全く感じ取れなかった。


「あれを見よ!」


 唐突に、ツーちゃんが敵を指して叫んだ。

 指示通り彼女の示す方向を見てみると、ドウズルらの額に、焼きごてで押されたかのような痛ましい印が浮かび上がっているのが窺えた。


 それからツーちゃんがさらなる詠唱を加えると、俺の魔弾を囲って新たな光の輪が出現した。こちらは針金のように細い輪っかだった。新たな輪には照準器に似た簡素な十字がぽつんと付いていた。


「それは今、貴様のために拵えた。回転軸の操作に関しては後回しとする。まずは魔弾の射出方法について説く」

「後回し? できれば、先の方がいいんだけど!」


 俺の抗議にツーちゃんはわずらわしげに応じた。


「うまく説明する方法が思いつかんのだ。何というか、とにかく…………相手の気を感じろ! それで自ずから動く」

「気を感じろって…………えぇ?」


 俺が絶句しているうちに、ツーちゃんは滔々と魔弾の撃ち方を語り出した。さっさと自分で撃ってくれればいいのにとすごく思ったが、口を挟む隙はなかった。


「簡単だぞ。最初に、照準器とドウズルの身体に付いた印を合わせる。照準器は魔弾と同じ方法で回せる、はずだ」


 はず? 俺は疑問を押し殺し、彼女に言われた通り照準を定めた。(照準器は幸い、問題なく動かせた)


「できたか?」

「うん」

「それは良かった。では次に、魔弾をセットする。照準器の前に、黒い球を合わせろ」


 俺は魔弾を少しスライドさせ、準備が整ったことを告げた。


「あとは気合だ」


「は?」


 俺がそう問い返した時には、もうツーちゃんは俺の傍から大きく逸れて、街道の方へ戻ろうとしていた。


「ちょっと!」


 俺は思わず片手を伸ばしてツーちゃんを引き留めようとした。だがユルギスは何食わぬ様子で耕地をひた走りに走り、彼女との距離は離れていく一方だった。


 ツーちゃんは軽々と地を滑りつつ、声を張って言い残した。


「重ね合わせのイメージだ! 時を意識しろ!」


 時? 重ね合わせ?


「…………マジかよ」


 俺は独り呟いて、今まさに俺に飛び掛からんとしているドウズルを見た。

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