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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
古の覇王と夢見る巫女
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87-2、因果断ち切る唯一の刃。俺がフレイアに頼りにされたこと。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 様々な困難を乗り越え、ようやく目的地に着いた俺は、「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けることとなる。

 その後、自警団の少女ナタリーらとの出会い等を経て、俺はサンラインの歴史を左右する重要儀式「奉告祭」に参加する。

 しかしそこで待ち受けていたのは、五大貴族の一人、及び異教徒「太母の護手」を手引きとした、敵国・ジューダムからの襲撃であった。

 教会騎士団と共に何とか襲撃者が遣わした竜を倒した後、俺達はジューダムに占領されている都市・テッサロスタの奪還を目指して遠征隊を結成する。

 旅はつつがなく進むかに見えたが、俺達は最初の野営地へ着く直前、ジューダムからの刺客と遭遇した。

 その場は何とか窮地を凌いだものの、次の追手である「流転の王」は、さらなる強敵であった。

 俺の息が異様に上がっているのに気付いたフレイアは、目を大きくして俺を振り返った。


「大丈夫ですか、コウ様!?」


 俺は彼女をきつく抱き締め、掠れ切った声を精一杯に絞り出した。


「大、丈夫。それより、幻霊が…………来る! 火蛇を…………はやく…………!」


 フレイアは不安げな表情を浮かべつつ、即座に応じた。

 彼女は火蛇2匹にベールを張らせ、幻霊を屹然と見据えた。抜刀したままの刃が炎を浴びて赤々と輝いている。切っ先にこびりついていた流転の王の肉片が、熱で焦がされて夜空に舞い散る。


「たとえ倒すことはできなくとも、撃退することは可能です! 蹴散らして、流転の王へと再度挑みましょう!」


 フレイアの温かい魔力が、セイシュウを通して俺の身体にも充実していった。火照るが、まるで柔らかい毛布でくるまれたみたいに気分が落ち着く。


 一方で俺は、すぐそこにあるはずの彼女の扉に触れられないもどかしさを強く噛みしめてもいた。

 今にも堰を切って溢れそうな邪の芽の黒い衝動が、本気で憎らしい。


 彼女を守りたいと思うだけで、彼女を美しいと思うだけで、俺の懐にヤツの色が染み込んでくる。アイツが強引なのか、俺がどうしようもないのか、今ではもうよくわからない。


 …………「彼女が欲しい」。

 迂闊に思うことすら許されない。


 もし、もう一度フレイアと強い共力場を編んだ時に、そんな思いがわずかでもよぎったなら、俺は彼女を救うどころか、真っ黒に塗り潰して殺してしまうだろう。考えるだけで邪の芽の高笑いが聞こえてくる。


 フレイアが剣を振り上げたのと、幻霊達が襲ってくるのとは全く同時だった。

 セイシュウを囲った幻霊達の姿が、一斉に炎の下に炙り出された。

 それはこれまで目にしてきたあらゆる魔物達の中でも、最も形容し難い奇怪な容貌をしていた。


 …………知っている誰かの顔をしていると、まず感じた。

 だが、それはすぐに間違いだとわかった。


 幻霊の顔には、果てしない時空のどこを探しても普遍的に見出されるような、ひどく漠然とした虚無が湛えられていた。

 わずかに凹凸のあるスライム…………とでも言い表そうか。それは動物でもなければ岩でもなく、植物でもなければ土でもなく、水でもない、本当に何でも無いものだった。


 今、俺が覗き込んだから…………。

 たったそれだけのことを(よすが)として存在しうる、意識という幻が作り出した醜悪な鏡。


 虚無達はフレイアの一閃の下に、音も無くバッサリと斬り捨てられた。幻霊達は吸い込まれるように闇に溶け、あたかも最初から何も無かったかの如く、静寂だけを後に残した。最後に一筋、長い蜘蛛の糸のようなものが宙に揺らいだような気がしたが、それも瞬く間に闇夜に紛れてしまった。


「…………さぁ、急ぎましょう! お師匠様の結んだ鎖が解けてしまいます!」


 と、フレイアが言うが、その間にも新たな幻霊が続々と集ってきていた。


 俺はあと少しで、幻霊の指先がフレイアの耳に触れそうになっていることに気付いた。いつの間にか、火蛇のベールをすり抜けて接近していたのだ。


「フレイア!!!」


 フレイアがハッとして幻霊を振り仰ぐ。

 俺は彼女を強く抱き締め、目を瞑りかけた。


 こうなったら、イチかバチか…………!


 蒼ざめた幻霊の爪先が彼女を撫でる、その寸前。


 スッと澄んだ鋭い音がして、眼前から幻霊が掻き消えた。

 俺はその直後、あの蜘蛛の糸が真っ二つに千切れて宙にヒラリと舞うのを見た。


「!?」


 俺とフレイアが同時に息を飲む。


 それから間を置かず、セイシュウを囲ってスススッと短い音が連続して聞こえた。冷たくも小気味良い、爽やかな風切り音が空を気持ち良く滑っていく。くの字型の小さな飛行体が回転しながら半円状の軌跡を描いていくのが、視界の端にかろうじて映った。


 微かな魔力が舌に触れる。清流を口に含んだ時によく似た、張り詰めた澄んだ感覚が乾いた咽喉を癒す。

 俺は辺りを見渡し、幻霊が辺りからすっかり消え失せたことを知った。ヒラヒラと宙に散る無数の蜘蛛の糸が、冷たい夜風にあっという間に飲まれて消えていく。


 セイシュウの上空を一頭の竜が素早く横切っていったすぐ後に、シスイから念話が届いた。


(遅れてすまなかった。もう大丈夫だ! 「ジコン」の刃で断ち切られた幻霊は、もう二度と蘇らない)


 そう言って竜上の彼が片手で振って見せたのは、彼が腰に下げていた螺鈿細工のブーメランだった。

 虹色のしとやかな輝きが、頼もしく夜空に光る。

 俺とフレイアは彼の竜を追って、共に流転の王の方へと向かって行った。

 シスイは竜の速度を緩め、俺達と並んだ。


「ありがとう、シスイさん! すごいですね、そのブーメラン!」


 俺が呼びかけると、シスイはキョトンと返してきた。


「ぶーめらん?」

「その…………ジコン、でしたっけ? それと同じ形状の武器がオースタンにもあるんです! さっき貴方がやったみたいに、投げると手元に戻ってくる。鳥とかを追い立てるのに使っていたんです!」

「まぁ、鳥よりは大物用だが、これもそんな感じの武器だ。

 ただ、俺のはその中でも特別製だ。獲物の霊体を斬り裂くだけじゃない。コイツは相手の「因果」を断ち切る」

「因果…………?」


 聞いたフレイアが首を傾げ、遠慮がちに言葉を挟んだ。


「シスイさん。失礼ですが、それは伝説では? 因果の力場は、まだ存在が実証されておりません。そもそも縁を断つなど…………俄かには信じられません」


 シスイは肩を竦め、こなれた笑みを浮かべた。


「サンラインの魔術師連中は皆そう言うな。だけど、幻霊が追ってこないのも事実だろう? コイツは未知の力を秘めている。それは確かだ」

「…………まだ安心するのは早いでしょう。いつ、また復活するか…………」

「後ろの勇者君にも聞いてみたらどうだ? …………コウさん。君には切れた「糸」が見えただろう?」


 フレイアが目を瞬かせてこちらを振り返る。

 俺は頷き、シスイに尋ね返した。


「あの、蜘蛛の糸みたいなヤツのことですよね? 普通は見えないんですか? っていうか、それならよく俺に見えているって気付きましたね」

「君の視線があからさまにその方へ泳いでいたんでな。…………あれはな、コウさん。竜の因果を持つ者の内でも、とびきり密なのに囚われているヤツだけが認知できる代物だ。俺はともかく、君は…………。

 …………と、それは今はいい。要するに、あの糸が幻霊を繋ぎ止めている「因果」の象徴みたいなものだ。あれが切れたのが見えたなら、ヤツらはもう二度と君達を追ってこない」


 フレイアが難しい顔をして俺とシスイとを交互に見やる。

 彼女は渋々といった様子で、俺に尋ねてきた。


「コウ様。本当にそのようなものをご覧になったのですか? 「因果の象徴」と言われても、フレイアにはピンとこないのですが…………」


 俺はもう一度頷き、答えた。


「最初に幻霊と戦った時は見えなかったけど、気脈を辿ったせいか、いつの間にかわかるようになっていた。俺もシスイさんの言う通りだと思う」


 フレイアはしばらく俺を見つめていたが、やがて「わかりました」と小さく答え、前を向いた。何となく横顔が寂しそうだ。

 シスイはそんな俺達のやりとりの後に、話を継いだ。


「それにしても、あの馬鹿でかい王様…………何か倒す算段はあるのか? ヤツに関しては、俺にどうにかできる範囲を大幅に超えている。できるとすれば、あっちにも集まっているはずの幻霊を葬ることだけなんだが…………」

「いえ、それで十分過ぎるぐらいです。ぜひご協力、お願いいたします」


 フレイアは火蛇のベールを解き、己の刃に纏わせて続けていった。


「流転の王は、私とお師匠様で倒します。あの王は多くの死者の肉を繋ぎ合わせた物理的な肉体を有しています。ただ、自身の肉体をお持ちのお師匠様とは違って、肉体を一つに維持し続けるために何らかの「核」を体のどこかに仕込んでいるはずなのです。

 それを見つけて破壊すれば、この場での無力化は可能でしょう」


 俺はフレイアの燃える紅い瞳を覗き込み、尋ねた。


「でも、あの巨体の中のどこに核があるかわからないんじゃ、少し厳しいんじゃないか? あのタリスカだって苦戦しているし。核がどんなものかもよくわかってないんだろう?」


 フレイアはちらと振り返ると、挑戦的に微笑んだ。


「それは…………コウ様が頼りと申し上げたら、図々しいでしょうか?」


 俺は初めて見る彼女の表情にちょっとドキリとしたが、一拍置いてからすぐ、


「わかった」


 とだけ答えた。


 次いでフレイアはシスイに、他の仲間のことを尋ねた。


「ところで、ナタリー様をお見掛けしませんでしたか? 私にも、コウ様にも、先程から彼女の魔力が全く感じられないのです。

 グラーゼイ様の魔力も、大変微弱で気に掛かります。お二人について、何かご存知ありませんか?」


 シスイは辺りに気を配りながら、淡々と答えた。


「隊長さんは最後に見た時、ウェーゼンとやり合っていた。あの人は気配を隠すのが上手い。敵を惑わすために、わざと魔力の滲ませ方に緩急をつけているんだろう。

 ナタリーさんの方は、悪いが全く知らないな。タリスカ氏と一緒じゃなかったのか?」

「今は違うみたいです」

「となれば、彼女の魂獣がどこかに隠しているのかもしれないな。強大な魂獣はそういうことが出来ると聞く。彼らにとって具象、抽象の境目など無いが故に」

「ですが、ナタリーさん自身には区別があります。彼女はどうしているのでしょうか?」

「優れた魂獣使いと魂獣は一心同体だ。お互いにお互いを取り込むことは訳もない。

 いずれにせよ、とにかく今は俺達が凌ぐ方法だけを考えよう。俺やお嬢さんは竜の上に慣れているが、コウさんは違う。あまり彼に負担を掛けると、今度こそ本当に潰れてしまいかねない」


 その言葉に、フレイアは険しい顔つきで頷いた。

 俺も強がりはしているが、確かに「まだまだいけるぜ!」とは答え難いのが実情だった。流転の王の禍々しい魔力は、扉を探るのはおろか、意識を保つことすら困難な程に俺の頭を朦朧とさせる。


 いよいよ間近に迫ってきた流転の王を見据え、フレイアは手綱を握り締めて言った。


「では…………お願いします! コウ様!」


 火蛇が待っていましたとばかりに輝かしく燃え盛る。


 シスイは急に大きく竜を舞い上がらせたかと思うと、しなやかな所作で大きく腕を振り被った。

 虹色の清い輝きを引いて、ジコンが勢いよく空を裂いた。

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