表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
古の覇王と夢見る巫女
167/411

86-1、夜明け前。俺が募らせる、溶けそうもない雪のこと。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 様々な困難を乗り越え、ようやく目的地に着いた俺は、「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けることとなる。

 その後、自警団の少女ナタリーらとの出会い等を経て、俺はサンラインの歴史を左右する重要儀式「奉告祭」に参加する。

 しかしそこで待ち受けていたのは、五大貴族の一人、及び異教徒「太母の護手」を手引きとした、敵国・ジューダムからの襲撃であった。

 教会騎士団と共に何とか襲撃者が遣わした竜を倒した後、俺達はジューダムに占領されている都市・テッサロスタの奪還を目指して遠征隊を結成する。

 旅はつつがなく進むかに見えたが、俺達は最初の野営地へ着く直前、ジューダムからの刺客と遭遇した。

 何とか窮地を脱した後、俺達は臨時の野営地で一時の休息を得た。

 未明に、外から微かな物音が聞こえた。

 何かあったに違いない。俺は起き出して先に支度を整えた。シスイもグラーゼイもまだ眠っていたが、決して気のせいなどではないと確信できた。

 俺の内の邪の芽が、心臓を踏みつけるようにして騒いでいた。


 俺はテントの外に出て、そこでタリスカの髑髏顔と鉢合わせた。

 一瞬、本物の死神に出くわしたかと背筋が凍ったものの、それは彼の放つ尋常ならざる殺気のせいであった。


「…………タリスカ。何かが変だよ」


 俺が言うと、彼は低い声で返した。


「裂け目の魔物の残党が此方へ向かい始めた。…………ツヴェルグが消滅したのだ。

 勇者よ、休めたか?」

「はい」

「良い。これよりは一層厳しい戦となる。…………私はシスイとグラーゼイに伝える。勇者はフレイアらの天幕へと向かい、出発の準備を手伝え」

「わかりました」


 俺は直ちに彼女らのテントへと走った。冷えた空気が肺を満たしていくにつれ、脳が残酷なぐらい冴えていく。

 その一方で邪の芽は、狂おしくはしゃいでいた。「来る、来る、ついに来た」と、無邪気な子供のように会敵を待ち望んでいる。


 俺は天幕をまくろうとし、危うく思い留まって外から二人を呼ばわった。


「フレイア! ナタリー! 起きてくれ! 敵が来た!」


 布の擦れる短い音がした後、フレイアの声が返ってきた。


「コウ様! 申し訳ございません。すぐに準備いたします!

 …………ナタリーさん! …………ナタリーさん! 起きてください! 敵襲です! 早くお洋服をお召しになってください! ああっ、あれだけ申し上げたのに、どうして全部脱いでしまわれたのですか!?」


 一拍置いて、ナタリーの寝惚けた声が聞こえてきた。


「むにゃ、ミナセさんまたそんなところ触って、本当にヘンタイなんだから…………って、テキシュウ…………? あれ? っていうか、ここどこ…………?」


 俺は堪らず、言葉を挟んだ。


「ナタリー、目を覚ませ! 誰が変態だ!

 今すぐ出発しなくちゃならない! 手伝いに来たんだ! もう入っていいか?」

「えっ? えぇっ!? ダメ!! 服着るからちょっと待って!!」


 ナタリーの声に急に張りが戻る。

 そうこうするうちに、荷物をまとめたフレイアが天幕から出てきた。さすがは精鋭、素早い。

 彼女はナタリーがあたふたと出てくるや否や、早速テントの片付けを始めた。俺は彼女達と協力して素早くテントを丸め、肩に担いだ。

 ナタリーは未だに呆けていた。


「大丈夫? まだ眠い?」


 俺が聞くと、ナタリーはくしゃりと前髪を掴んで、


「寝癖!」


 と答えた。俺のことか? ともあれ、元気そうで一安心。

 それから俺達は連れ立って、セイシュウ達の下へと駆けていった。



 竜を繋いでいた木陰へ来てみると、シスイらの手によって竜の出立準備は完璧に仕上がっていた。竜達は皆、しっかりと目を覚ましており、ハーネスやら何やらも全頭分きちんと取り付けられていた。


 セイシュウの傷の手当は、昨晩のうちにフレイアが済ませておいてくれたという。シスイが言うには、今さっき追加の痛み止めを打ったので、しばらくの間ならば空戦も可能だろうとのことだった。


「だが、無茶は禁物だ」


 シスイは俺とフレイアがセイシュウに乗るのを見守りつつ、続けた。


「基本は退避すべきだ。今は薬が効いているが、じきに痛みは戻ってくる。痛みは共力場を編むのに有害でしかない。…………特に、コウさん」


 彼は目を細めて俺を見た。


「君がそんな人間でないことはわかっているんだが、一応聞いてほしい。

 竜の痛みを使って扉を開こうなどとは決して考えるな。もしもそんなことをすれば、君は瞬く間に巨大な呪いの渦に飲まれてしまうだろう」

「呪いの力場ってこと?」

「そうだ。それも、恐ろしく広大で深淵な力場だ。「何人も竜の嘆きに触れるなかれ」。スレーンに古くから伝わる訓戒だ。…………どうか覚えておいてくれ」

 健闘を祈る」


 彼はそう言い残すと、自分が乗る老竜の傍へと足早に戻って行った。


 フレイアは呼び出した火蛇の明かりに、紅玉色の瞳をきらめかせて言った。


「さぁ参りましょう、コウ様。只今よりセイシュウと共力場を編み、出発いたします」

「もう一度あれを詠唱するの?」

「いいえ。セイシュウはまだコウ様の力場を覚えていますので、その必要はありません。コウ様はただ、セイシュウとフレイアを信じていてください」

「「信じて」って、具体的にどうすればいいの?」

「何もなさらないで結構です。心を落ち着かせて、寛いでいらっしゃってください」


 それが一番難しいのだが、きっとわかっていないのだろうな。

 俺はフレイアの背中に寄り添い、意識を澄ませてセイシュウとフレイアの力場に気持ちを添わせた。

 ひとつ深呼吸して、段々と気持ちを温めていく。


 日溜まりのようなフレイアの優しい魔力。甘くあどけない、キャンディのようなセイシュウの魔力。俺もまだ二人の感触をよく覚えている。じっとしていると、自分が透き通っていく感じがした。目に見えない流れが、滞りなく通い合っている。

 ややしてから、フレイアから念話が届いた。


(派遣団各位へ、フレイアより告ぐ。…………セイシュウ、ドラード山方面へ離陸します)


 セイシュウが軽やかに、力強く大地を蹴って駆け出す。雄々しく広がった翼が風を掴み始めるや、彼は背の筋肉を一杯に使って大きく羽ばたいた。

 セイシュウ大きな身体が、いとも容易く空へ吸い込まれていく。


 続くしなやかな羽ばたきが、さらに景気良く俺達を満天の星空へと吸い上げていった。フレイアは手綱を握り締めて前を向いている。俺は強い向かい風に、ぐっと力を込めて耐えていた。


 やがて豊かな大気の流れがセイシュウの翼を分厚く包みこむようになり、今やセイシュウの身体は、羽ばたき無しでも十分に浮き上がっていっていた。

 俺は紡ノ宮で味わった、フゥテルバ達との幻想的な飛行のことを思って少し微笑んだ。こんな時にというか、こんなタイミングだからというか。妙な高揚感が俺を炙っている。


 フレイアは火蛇を掲げ、後続を振り返った。最初に飛び立った時と同じように、念話は忙しなく続いていたけれど、俺には専門用語が多くてよくわからなかった。俺達の次にグラーゼイ、次にナタリーとタリスカ、最後にシスイが発ったということだけは把握できたが。


 しばらく行くと、例によってシスイがスルスルと俺達の隣へと滑ってきた。相変わらず、つい見惚れてしまう華麗な飛行である。彼を見ていると、サモワールのオーナーが言っていた「竜」のイメージが少し理解できそうだった。単なる野生動物としての竜ではなく、人と共にあって完成する、「竜」という芸術品。


 彼はこちらに片手を上げて合図し、念話で伝えてきた。


(君達が隊列の要だ。俺も気を付けてはいるが、君達も各人が離れないよう引き続き注意していてくれ)

(了解です)


 答えるフレイアの顔色は明々とした橙色に縁取られて、心なしかいつもより蒼白く見えた。

 シスイは俺達の前へ出ながら、言い継いだ。


(どこまで逃げられるかわからないが、せめてイゼルマ湖までは辿り着きたいものだ。あそこまで行けば、「裂け目」の魔物の力を少しは弱めることができる)


 シスイの背中がゆっくりと闇の帳へと沈んでいく。火蛇の炎がほのかに照らし出すのみとなった彼と竜の姿は、それでも凛然としたオーラを失うことはなかった。


 フレイアは真っ直ぐに先頭のシスイを見据えつつ、時々後ろを振り返って隊列の具合を確認した。そしてその際には決まって、俺のことも気に掛けてくれた。


「コウ様。…………」

「…………。うん」


 特に言葉を交わすことは無くとも、お互いの意思は十分に通っていた。

 濃い共力場を編むなとツーちゃんは言っていたけれど、それは俺にとって綱渡りじみた行為だ。

 彼女への想いは俺の意思とはほとんど無関係に、しんしんと降り積もっていく。

 言葉があろうと無かろうと、ただ、彼女と共にある限り。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ