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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
【第7章】遠い空の真っ只中
163/411

84-1、囚われの大魔導師と秘密兵器の本領。俺が歌を歌うこと。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 様々な困難を乗り越え、ようやく目的地に着いた俺は、「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けることとなる。

 その後、自警団の少女ナタリーらとの出会い等を経て、俺はサンラインの歴史を左右する重要儀式「奉告祭」に参加する。

 しかしそこで待ち受けていたのは、五大貴族の一人、及び異教徒「太母の護手」を手引きとした、敵国・ジューダムからの襲撃であった。

 教会騎士団と共に何とか襲撃者が遣わした竜を倒した後、俺達はジューダムに占領されている都市・テッサロスタの奪還を目指して遠征隊を結成する。

 そしてその旅の途上、俺達の動向を察したジューダムが刺客を送ってきた。

「何をしに来た!? 馬鹿どもが!!」


 ツーちゃんは開口一番、俺達を怒鳴りつけた。


「グラーゼイが負傷しておる! 先にあっちへ行け! そもそもコウなんぞ連れて来て、どういうつもりだ!? 足手まとい以外の何ものでもない! とっとと行かんか!」


 ナタリーがセイシュウをツーちゃんの竜、ギオウの横に添わせる。タリスカは続々と集結してくる濁竜を相手にすべく、黙って俺達から離れていった。

 俺は千切れ飛ぶ火雲波の内へたやすく溶けていくタリスカを横目に見つつ、ツーちゃんに怒鳴り返した。


「何、今更強がってんだよ! いいから一緒に戦うよ! どうすればいい!?」


 ツーちゃんは盛大に舌打ちし、苦々しげに言葉を投げた。


「…………後方の一軍を任す! すでに奴らの共力場に誘導線を仕込んである。今、線の端は私に繋がっているが、それを貴様らに結び直す。故に貴様らは…………」

「ああもう、まどろっこしいな! 要は、後ろから付いてきてるヤツらをやれってことでいいんだよな!?」

「違う! 結び直しにしばし時が要る。それからだ、それは! 少しは落ち着け、ワンダめが!」


 俺は売られた喧嘩を買わず、振り返って後ろを確かめた。

 確かに、不自然に俺達にばかりついてきている一団がいる。俺はそのまま、ナタリーに尋ねた。


「君の調子は大丈夫?」

「いや、大丈夫っていうか…………」


 ナタリーは困惑顔で、ツーちゃんと俺とを見比べて言った。


「やるのはいいとしても、あんなにたくさん、どうやってやるんスか!? 私、あれを一遍にやっつけるような魔術は使えないッスよ!?」


 ツーちゃんはフン、と鼻息を吐き、強い調子で答えた。


「承知の上だ! お前をこの遠征に連れてきたのは、そんなことを期待してではない! …………ナタリーよ、貴様は魂獣を呼べ。呼ぶだけで良い。濁竜がそれへ集中している間に、私が術を使う!」

「レヴィを、飛びながら!? 無茶だよ!!」

「コウ、手伝え」

「わかった」

「ミナセさん!? またそんないい加減なこと…………っ」


 ナタリーが目を大きくして俺を見る。俺は彼女へ


「やってみよう」


 と真顔で答え、ツーちゃんの方へ向き直った。


「それより、君は大丈夫なのか? …………無理しないでいいからな?」

「貴様! 癪に障る物言いをしおって…………! 何が言いたい!? 信用できぬなら、ハッキリ言うがよい!」

「言ったら言ったで怒るくせに! …………ツーちゃんの不調って、十中八九ヴェルグ絡みだろう!? そんな状態で、大きな魔術なんか使って平気なのか? って聞いているんだよ!」

「チッ、貴様と言うヤツは…………」


 ツーちゃんがくすんだ琥珀色の瞳で俺を睨み付ける。

 彼女は一度チラと追ってくる濁竜達へ目を向けた後、再度俺を見据えた。


「ああ、憎らしいが、貴様の言う通りだ! 紡ノ宮でヴェルグと妙な力場を編んでから、あやつと私の均衡が崩れ始めた!」

「…………。俺、どうにか君を治したい。何か方法はないの?」

「今できるようなことは何もない! …………「塔」に登らねばならんのだ!」

「「塔」って、時々言っているけど、どこにあるの?」

「貴様が思い描くような時空上には存在せぬ!」

「じゃあ、どうやったら行けるんだよ!?」

「ええい、鬱陶しい! 結び直しが上手くいかぬ!」


 ツーちゃんは片手でわしゃわしゃとキャラメル色の髪の毛を掻き乱すと、乱暴な早口で続けた。


「塔は魔海深奥に存在する霊的建造物…………永続的に存在する、一種の特殊共力場だ! 私とヴェルグのな!

 今の私は、霊体のほんの一欠片に過ぎぬのだ! 塔の中の本体を解放しさえすれば、ヴェルグを圧倒できる! このような屈辱的な状態からも脱することができる!」

「じゃあ、俺がその塔に行って…………」

「舐めるな、阿呆め! それが出来るのであればとっくにやっておる! 塔には常にヴェルグの飼い犬がうろついておる! 貴様如きがすり抜けるなぞ、無謀の極みだ!」

「じゃあどうすればいいんだよ!?」

「だから!! 今はどうしようもないとさっきから何度も言っておるだろう!! 覚えの悪い馬鹿ワンダめが!! いい加減黙れ!!」


 俺は仕方なく口を噤んだ。どさくさに紛れて案外色々と聞き出せたが、実際彼女の言う通りならば、今の俺に出来ることは皆無だ。

 俺は諦め、ナタリーを振り返った。


「それで、レヴィのことなんだけど…………」


 聞くなりナタリーは俺の腹を力強く締め(ウッ)、話を遮って話し始めた。


「あのね、ミナセさん。レヴィを呼ぶにはね、まずあの子を見つけるところから始めなきゃならないの。レヴィはいつも魔海のどこかを気ままに泳いでいるから、こっちへおいで、って呼んでこなくちゃいけないわけ」


 話しながら、ナタリーは上着のポケットからいつもの派手なアクセサリーを取り出すと、せっせと首や耳に留め始めた。シャランと気持ちの良い音が俺の耳元で響く。

 彼女はそのまま、厳しい表情を維持して続けた。


「で、それには特別な詠唱が必要なの。いつも悠々とやっているように見えるかもしれないけれど、あれって実は結構、集中力がいるんです。だから、とてもじゃないけど、この子…………セイシュウと気持ちを通わせながら片手間に出来ることじゃないんスよ」


 ナタリーはもう一度俺の腹をギュッと締めた。(ウウッ、勘弁してくれ)


「というわけで、ミナセさん。私が思いつく方法は2つ。ひとつは、私がレヴィを呼んでいる間、アナタがセイシュウを操ってくれること。そしてもうひとつは」


 ナタリーがさらに俺をきつく抱き締め(ウッ、吐きそう…………)、言い切った。


「アナタが私の代わりに、レヴィを呼んでくれること! アナタの力があれば、出来るかもしれない!」


 俺は青ざめた顔をこくりと頷かせ、呻いた。


「わかっ…………た…………。呼ぶから…………腕、少し緩め…………」

「本当!? さっすがミナセさん、頼りになる!! 」

「ウゲッ!!!」


 ナタリーの腕にさらに力がこもる。俺は逆流してきた胃液を根性で飲み下し、引き攣った笑顔を浮かべた。

 彼女はようやく気が晴れたのか、パッと腕を解放した。


「そしたら、まずは私と共力場を編んでください。私が詠唱無しで、出来る限りレヴィの気を引くから。そこから先はミナセさんが、どうにかあの子を呼び込んでほしいんだ」

「オ、OK。その…………リケに襲われた時、似たようなことを何となくやった覚えがあるんだけど…………あんな感じでいい?」

「うん! 多分!」


 多分。俺は長い溜息を吐き、ぐっとナタリーの翠玉色の瞳を見つめた。

 視線を受けたナタリーの頬が健康的な桃色に染まる。

 彼女の瑞々しい若葉の魔力は、いつも俺に活を入れてくれる。彼女といると、自然にやってやるって思えてくる。彼女の溌剌さは、街中にあっても、戦場にあっても、かけがえのない魅力だ。

 折良く、ツーちゃんから合図が届いた。


「連結が終わったぞ! 後は任せた、コウ、ナタリー!!」

「ああ!!」


 俺は逸れていくツーちゃんとギオウを見送り、それからナタリーを窺った。

 彼女は微笑み、俺の背に軽く額をぶつけた。シャランとアクセサリーの擦れる爽やかな音が鼓膜をくすぐる。

 俺は前を向いて目を瞑り、彼女に身体を預けきった。


 さぁ、心を空っぽに。

 真っ白に…………――――。



 ――――…………風切り音が聞こえる。

 ナタリーのアクセサリーが風に煽られて騒がしく踊っていた。

 セイシュウの激しい挙動が時折、俺の内臓を浮かせる。

 濁竜達が漂わす硫黄の魔力がひどい頭痛となって俺を苛んだ。

 痛みのリズムは次々と重なり合い、やがて凄まじい雑音となる。


 ナタリーがもう一度、俺の背に額を付けた。


「…………」


 ほんの短い間の、何の言葉も無い応援だったが、俺は痛みを忘れた。

 エメラルド色の暖かい海が心に溢れてくる。

 水面から差す陽光がカーテンのように揺らぎ、海はあたかも一つの宝石になったみたいに輝いていた。


「…………」


 俺はしばしの静寂の中で、ナタリーの言葉にならない詠唱を耳にした。


 ああ…………思い出した。

 彼女が歌うのは、喰魂魚の中で聞いたあの歌なのだ。

 我を失った魂が自ずから奏でるという、不思議な旋律。

 言葉ではなく、想いで紡ぐ歌…………。


 ――――p-p-p-n……

 ――――rr-n-rr-n……

 ――――tu-tu-tu-n……


 俺は覚えている旋律を真似て、おそるおそる想いを添えた。



 どこかで扉がふわりと開く。



 …………。


 海へ。

 どこまでも果てしなく広がる、その果てより遠くへ。

 泡の一粒一粒にまでだって、届くよう。

 丁寧に、

 優しく、

 呼びかけていく。


 この海のどこかにいる、あの大きくて臆病な獣を怯えさせないよう。

 ゆっくりと――――…………。


 ――――ppp-p-pppn……

 ――――rrr-n-rrr-n……

 ――――tu-tu-tu-n……


 いつからか、ナタリーの歌声も一緒になって海中に響いていた。


 彼女のほろ苦い翠の魔力がしっとりと俺に伝わってくる。

 サァッと駆け抜けた冷たい潮の流れが、一陣の風と変わって俺の頬に触れた。

 ナタリーのアクセサリーが一層、高らかに鳴る。

 くるんと反転する空と海。

 いや、空と森…………――――?



 瞼を開けた俺は、眼下に巨大なクジラが遊泳しているのを目の当たりにして――――ついでに、セイシュウが大胆なバレルロールをかましているのを知り――――度肝を抜かれた。


「ヒッ!! えっ、えっ!? ナタリー!?」


 俺は独りでセイシュウの背にまたがって(というか、吊られて)万歳していた。


 セイシュウはさらに身体を捻り、タイトな螺旋を描いて一気に空を滑り落ちる。俺は絶叫すらできないまま、彼に引き摺られていった。


 セイシュウは猛スピードで白黒模様のクジラの隣に並ぶと、翼を軽く立てて速度を落とした。


 と、突然ドサリと質量のある何かがクジラから俺の後ろへ飛び移ってきた。

 その何かはガッシと力強く俺の首を片腕で抱き締めると、もう片方の手で勢いよく俺の頭を掻き撫でた。


「ありがとう、ミナセさん!!! レヴィが来てくれたよ!!!」


 ナタリーの歓喜の声がガツンと酸素不足の脳に響く。

 フレイアといい、この子といい、いきなり竜の上に独り置いてけぼりにされる気持ちがわかっているんだろうか!?


 俺は鼻をすすりつつ、すぐ傍らを悠然と泳ぐ、威厳溢れる海獣の姿に感嘆した。

 濁竜達は突如として現れたこの巨大な魂獣に恐れをなして、すっかり遠巻きに飛び交っていた。


「レヴィ…………」


 俺の呟きに、大いなる海獣は鳴いて応えた。


 Oooo-n…………


 夜の奥底まで届いてこだまするような、深く重たい声に背筋がぞくぞくする。

 ナタリーは颯爽と手綱を取ると、一層声調子を明るくした。


「さぁ、ここまで来たらやれるだけやっちゃおう! レヴィ、今日は何だかとっても機嫌が良いみたい!

 ――――…………さぁ、レヴィ! 濁竜達を洗い流して!!!」


 Oooo-n…………


 長大な鳴き声が戦場を渡る。

 レヴィがその尾ひれを優雅に振り上げ、堂々たる体躯を力一杯に夜空に押し出した。


 ダイナミックに身体をくねらせたレヴィを取り巻いて、どこからともなく翠玉色の水流…………風でも雲でもない、不思議な水の流れが大量に湧き出てくる。


 水流は瞬く間に一個の津波をなすと、レヴィを乗せ、慌てふためく濁竜達へ一挙に押し寄せていった。


 甲高い悲鳴と波の砕ける音が混ざり合い、壮絶な水飛沫が空に飛び散る。

 レヴィの巨体がうねりの真ん中でぐるんと激しく回ると、彼のひれに打ち据えられた数頭の濁竜が、なす術無く渦から弾き飛ばされ、突き刺さるように地へ落ちていった。


 やがて波が引き、後には翼を無惨に破かれた数頭の濁竜が、よろめきながら何とか高度を保っているだけとなった。

 たくさんいたはずの他の濁竜がどこへ流されていったのか、俺にはわからない。水は湧いて出てきた時と同様に、何の脈絡もなく空へ染み込んで失せた。


 余韻に浸る間もなく、残った濁竜を小爆発が襲う。

 それと共に、俺達の頭上から一頭の緋王竜が緩やかな円を描きつつ降りてきた。レヴィはいきなりの爆発に驚いたのか、俺達から少し離れていった。

 現れた竜の乗り手は、琥珀色の瞳を真ん丸にして何度も瞬いていた。


「…………驚いたな。まさかここまで見事にやってしまうとは…………。嬉しい誤算だ。でかしたぞ、ナタリー! コウ!」


 俺は笑顔で親指を立てて見せた。ナタリーも真似をして同じポーズをとる。ツーちゃんはいつもの顰めっ面に戻り、言葉を継いだ。


「なんだ、そのポーズは…………? まぁとにかく、よくやった。残りはわずかだ。タリスカらがもう大分片付けた」

「フレイアは?」


 俺の問いかけに、ツーちゃんは俺達と並走しながら答えた。


「フレイアならまだ無事だ。ただ、これだけ濁竜の数が減った以上、足場にはさぞ難儀しておるだろう。早く助けへ向かった方が良い」


 そこまで話した時、俺達の上空を一際素早い濁竜が横切っていった。

 ナタリーは瞬時にそちらへ注意を向けたかと思うや、即座にセイシュウを蹴って後を追わせた。

 と同時に、ツーちゃんもまた俺達とは別方向から同じ竜を追い始める。いつになく切羽詰まった彼女の表情に、俺は動揺した。


「えっ、何!? どうしたの!?」


 うろたえる俺の目が捉えたのは、他より少し小型の、スラリとした濁竜の首に辛うじてしがみついている、華奢な人影だった。


 人影は目まぐるしく動き回る濁竜にどうにか姿勢を合わせつつ耐えている。その腕には橙色に輝くロープのようなものが、火の粉を上げながら巻き付いていた。


「フレイア!?」


 俺が叫ぶのに被せて、ナタリーがレヴィに合図した。


「レヴィ!! 私を彼女のところまで乗せて!!」


 言うが早いか、滑り込んできたレヴィの背へナタリーが飛び乗る。

 レヴィは大きく尾ひれを打ち下ろすと、水流を巻いてフレイアが組み付いている濁竜へと突進していった。

 図体がでかい分、推力も後流もとんでもない。


 俺はまたしても独り、突風やらレヴィの水流の名残の渦やらに煽られながら、必死にセイシュウのたてがみを引っ掴んでいた。


「ちょっ…………どうするんだよ!?」


 セイシュウは俺の言葉など意にも介さず、愚直にナタリーやフレイアらの後を追っていった。俺はどうにかこうにか歯を食いしばりつつ、彼に身を任せていた。


 …………ああ、フレイア。待ってろよ! 今、(ナタリーが)助けに行くからな!


 自分が悲しくなってきた。

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