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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
【第7章】遠い空の真っ只中
161/411

83-2、フレイアの蕾と、禍々しき芽吹き。俺が新たな任に就くこと。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 様々な困難を乗り越え、ようやく目的地に着いた俺は、「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けることとなる。

 その後、自警団の少女ナタリーらとの出会い等を経て、俺はサンラインの歴史を左右する重要儀式「奉告祭」に参加する。

 しかしそこで待ち受けていたのは、五大貴族の一人、及び異教徒「太母の護手」を手引きとした、敵国・ジューダムからの襲撃であった。

 教会騎士団と共に何とか襲撃者が遣わした竜を倒した後、俺達はジューダムに占領されている都市・テッサロスタの奪還を目指して遠征隊を結成する。

 そしてその旅の途上、俺達の動向を察したジューダムが刺客を送ってきた。

 フレイアとシスイは付かず離れずの距離を保ちつつ、戦闘へ入った。

 彼らは群れている濁竜のうちの1頭に目を付けると、特に何を申し合わせるでもなく、ごく自然な流れで協調してそいつを追い立てにかかった。


 フレイアがわざと濁竜を後ろへつかせ、そこへ織り込むようにシスイが矢を射かけていく。

 相手は素早く矢を躱し続けていたが、幾度か繰り返すうちに、堪らず姿勢を乱した。

 フレイアとシスイはすかさずお互いの位置をすり替え、擦れ違いざまに視線を交差させた。

 濁竜の目が二人の間を微かに泳ぐ。


 濁竜の背後へついたフレイアは、勢いよく火蛇を相手へ向かってしならせた。

 遅れず、シスイもまた彼の火蛇に合図を出す。


(――――行け!!)


 火蛇は前後から濁竜に絡み付き、悲鳴を上げさせる間もなく、見事に逆鱗を砕いた。

 生気を失った濁竜の翼が傾く。

 未だ硫黄色の逆鱗の欠片が宙にきらめく中、シスイの声が響いた。


(すぐに次が来る! 分かれるぞ!)


 彼は竜を上昇させながら、未だ残る有月が吐いた炎の波間へと姿を沈めていった。吐き出された炎はすでにだいぶ弱まりつつあったが、それでもなお彼の姿を隠すには十分盛っている。

 フレイアは俺の方を振り返ると、


「お掴まりください!」


 と強く告げ、セイシュウの身を大胆に宙返りさせた。シスイに付いていた火蛇が、そんな俺達を囃し立てるみたいに火炎を吹雪かせて戻ってくる。回る火の粉と星空。地平線が逆さまに、遥か彼方に見える。気付けば水平の姿勢に直っている。俺は右斜め後方から、新たに3頭の濁竜が飛来してくるのを捉えた。


「コウ様も、念のために濁竜の魔力を探っておいていただけますか?」


 フレイアは俺と襲ってくる濁竜達とを見比べ、また前方を向いた。


「火雲波の他に、氷雲波という冷たい霧の噴射が来ることもあります。火蛇達はそれがとても苦手ですので…………。コウ様のお力で事前に気配を察知して、お伝えしていただけると助かります」


 頼られて頷かないわけはない。俺は、


「任せて」


 と心の中で胸を叩いた。

 これ以上シスイに良い格好をさせては、元々大して無いであろうフレイアの俺への関心が、より薄らいでしまう。


 俺は追ってくる濁竜達を改めて見据えた。3頭とも、こちら目掛けて凄まじい勢いで距離を縮めてきている。

 1頭が俺達の側方へ回り込むべく、群れから逸れて旋回し始めた。


 俺はじっと神経を研がせた。

 濁竜の魔力は、硫黄を水飴に溶かし込んだみたいな、何とも奇怪な風味がした。甘くてベトつく割に、後味は完全に温泉卵。頭が痛くなってくる。


 時折、その風味がうんと強まった。濁竜同士で巨大な共力場を編んでいるせいだろう。俺はさながら毒の谷に迷い込んだ小鳥の気分だった。突破口を探すのは容易ではない。


 それから、俺はシスイの行方を探った。まばらな星と火雲波の名残の炎だけがちらつく夜に、一切明かりを纏わない人影を見つけるのは難しい。濁竜の魔力に紛れてしまって、彼の魔力を探ることもできなかった。

 彼と力場を編んでいるフレイアは、ちゃんと把握しているのだろうけど…………。


 って、ああ! 嫉妬なんてしている場合か! 馬鹿か、俺は!


 俺は己を叱りつけ、濁竜達の動きを追った。

 すぐ後ろに付いている2頭は、高度を上げて俺達を見下しつつあった。離れていった1頭は大きく緩やかに蛇行しながら、不気味な眼差しをチラチラとこちらへ投げかけている。

 機を見て、一斉に畳みかけてくるつもりだろう。


 ヤツらに魔弾のような遠距離攻撃の手段が無いのが、せめてもの救いだった。この上さっきの魔人がやったようにポンポンと撃たれては身が持たない。


 後方の濁竜の魔力が、嫌な拍動を伴って震え出した。どこか嗚咽に似ている。何か熱いものが咽喉の奥から吐き出される、そんな予感がした。

 これは、もしや…………。


「フレイア! 火雲波だ!」


 俺は彼女を掴む手を強くし、叫んだ。


 フレイアはセイシュウの腹を蹴るや、斜め上方へ急な弧を描いた。

 狙い澄ました軌道で、側方を飛んでいた1頭が俺達の後ろへ滑り込んでくる。ヤツからも嫌な気配がする。キリキリと舌に霜が張っていく。恐らく、氷雲波の気配――――…………。


 叫ぼうとした瞬間、後ろに付いていた2頭が同時に火雲波を放った。

 炎はぶつかり合って大津波となり、夜を地獄の如く塗り潰す。セイシュウは間一髪で直撃を避けた。

 飛び交う濁竜達の興奮した鳴き声が鼓膜をつんざく。激しい熱気で気流が乱れ、セイシュウが大きく煽られた。

 側方からの気配が寸前に迫る。

 俺は咄嗟に、火蛇へ呼びかけた。


(渦巻け!! アクエリィだ!!)


 なぜアクエリィ? 叫んでから、そう思った。


 俺の声が途切れるより早く、火蛇の1匹が円を描き、もう1匹がその内側へ渦を巻いた。彼らは俺達の盾となって、濁竜との間に立ち塞がった。

 フレイアが驚愕で目を大きくする。紅玉色の瞳が燃え上がる炎を映して、壮絶な色に染まっていた。

 俺は火蛇の描いた陣に、深呼吸して気を込めた。

 火蛇(彼ら)の扉を、今日こそ開く――――…………!



 ――――…………熱く、うねりのある力が全身に伝ってきた。

 ――――火蛇の炎が、夜空に陽炎をくゆらせている。

 ――――時がうんと間延びしていく。

 ――――水中のような浮遊感。

 ――――陽炎の向こうに見えるものを探る。


 ――――俺は熱気の奥へ、力一杯泳いでいった。

 ――――腕に触れるフレイアのほっそりとした身体の温もりを、命綱に。

 ――――火蛇の生きた魔力へ溶けていく。

 ――――邪の芽が胸の内でうるさく疼いている。


 ――――…………。

 ――――火蛇はぐるぐると深みへ向かって渦を巻き続けていた。

 ――――俺はその流れに沿ってゆっくりと落ちていく。

 ――――深く深く沈んでいく、冷たい潮流。

 ――――フレイアがいるから、恐ろしくはない。

 ――――火蛇の魔力は優しく、

 ――――…………甘く。

 ――――温めたクリームみたいだった。


 ――――…………火蛇の、

 ――――いいや。

 ――――フレイアの扉は、螺旋の最奥に潜んでいた。

 ――――スズランの蕾そっくりの、小さな扉。

 ――――無数に連なった、たくさんの扉。

 ――――俺は触れるのを躊躇った。

 ――――俺達の内には、邪の芽がいる。


 ――――…………もしも、

 ――――もしも「誤った」扉を開いてしまったら…………?


 その時、突如として冷たい霧が蕾を覆った。


 強引に時が流れ始める。火蛇の螺旋がぐにゃりと形を歪ませた。

 濁竜の硫黄の魔力が、容赦無く力場に染み込んでくる。俺の意識に強烈な砂嵐が吹き荒れた。

 俺は慌てて腕に力を込め、扉のいくつかを乱暴に掴んだ。

 蕾を千切る生々しい感覚が、掌全体に溢れた。



「――――…………フレイア!!!」



 叫んだ途端、禍々しい何かが自分の胸を突き破って芽生えた。

 フレイアは微かに身を震わし、答えた。



「開けてください――――…………、コウ様!!!」



 フワリと白い花の綻ぶのが、かろうじて霧中に見えた。


 瞬間、火蛇が真っ白な炎を天高く噴き上げた。

 フレイアの紅い瞳が今までになく濃く、妖艶な輝きを帯びていく。

 彼女は火蛇を真っ直ぐに見つめ、高らかに詠唱した。


「――――――――我が誇り、双竜よ!!!」


 フレイアの声が、火蛇をさらに焚き付ける。


「――――――――主の、無二の僕より乞う!!!」


 濁竜から凍える吹雪が溢れ出る。

 ギラつく嵐は、火蛇の炎と衝突して無数の氷粒を宙に作り出した。

 風が苛烈に巻き上がる。

 フレイアは飛び来る氷片で頬を切りつつ、追って唱えた。


「――――――――混沌の泥土より生まれし、闇の仔よ!!!

 ――――――――眠れ!!!

 ――――――――焦がれよ!!!

 ――――――――我が白焔に、

 ――――――――…………抱かれよ!!!」


 火蛇が燃え盛り、濁竜はたちまち白き大火炎に飲まれた。

 空を引き裂く絶叫がセイシュウの翼と俺達の身体を震わす。

 フレイアは掠れた声で、最後に続けた。


「―――――――――溶かせ、因果を…………

 ―――――――――逆鱗を!!!」


 俺は目を見張った。

 濁竜がアイスクリームのように溶けていく。

 漆黒の巨体が粉塵となって風に巻かれ消えていく。

 灼熱の白が網膜を焼く。

 俺は永遠とも思われるような一瞬を、声も無く見守っていた。


 フレイアは息苦しそうに唇を噛むと、セイシュウに何か合図した。弱い蹴りが、セイシュウを加速させる。

 息つく間も無い。

 俺達の後方にはすでに、火雲波を吐いた濁竜達が気焔を上げてすぐ傍に迫ってきていた。


「フレイア!!!」


 俺は未だ微かに白い炎を纏っている火蛇に視線を送った。

 心なしかどこか弱々しい彼らは、いつものベールを張るべく俺達の周りを囲おうとしていたが、それより先に、濁竜達の牙がセイシュウの尾に振り被られた。


「ギャアア――――――――ッッッ!!!」


 セイシュウが鳴き声を上げ、血飛沫を飛ばして身をよじる。フレイアから小さな呻き声が漏れた。

 2頭の濁竜は続けざまに、大口を開けて俺達へも襲い掛かった。

 俺は思わず身を強張らせる。

 牙が俺達へ食い込むより一瞬早く、火蛇が割って入って濁竜を弾いた。


 窮地は続く。

 濁竜の1頭は爪を振り上げ、セイシュウの尾を再度裂いた。セイシュウが身を悶えさせる。もう1頭はその合間に、俺へ執拗な噛み付きを繰り出してきていた。俺は限界まで身を竦め、牙の届かないことを必死で祈った。


 セイシュウは高度を大きく落とした。

 若干の加速も、濁竜達は離れず付いてくる。このままでは、またすぐに追いつかれてしまう。


 火蛇は少しずつ橙色を取り戻しつつあったが、それでもまだ頼りなげな様子であった。新たに張られたベールは、まるで作り損なったシャボン玉のようにぶよぶよとしている。


「…………こうなっては、仕方ありません」


 フレイアの思い詰めた呟きに、俺は背筋が寒くなった。


「え…………? き、君、何、考えて…………?」


 フレイアは俺を振り返り、凛とした面持ちで答えた。


「コウ様。セイシュウの手綱をお願いいたします。真っ直ぐ飛ばすだけでしたら、手綱を握って何も考えずにいてくだされば、恐らくは問題ありませんので」


 言うなり彼女は手早く自らのハーネスを解いて手綱を俺にパスすると、いとも容易く竜の背に立ち、剣を抜いた。

 俺は渡された手綱を固く握りしめ、動転して尋ねた。


「ちょ、ちょちょちょっとフレイア!? ここ、こ、ここれはいくら何でもむむむ無茶、無茶だよ!? だっ、だいだい大体どうやって、君を回収しに行けばいいんだ!?」


 フレイアは向かってくる濁竜達をキッと睨み据え、振り返ることなく言い切った。


「何とかなります。…………コウ様のご無事を、心よりお祈り申し上げております」


 俺の話!?


 彼女は火蛇を1匹、颯爽と刃に纏わせると、果敢に竜の背を蹴って濁竜へと飛び掛かっていった。


 っていうか…………どうすんだよ、コレ!?

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