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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
俺とアイツと、ハジける郷愁
135/411

71-1、竜を巡る相談。俺が異世界で会うべき大人達のこと。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 様々な困難を乗り越え、ようやく目的地に着いた俺は、「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けることとなる。

 その後、自警団の少女ナタリーらとの出会い等を経て、俺はサンラインの歴史を左右する重要儀式「奉告祭」に参加する。

 しかしそこで待ち受けていたのは、五大貴族の一人、及び異教徒「太母の護手」を手引きとした、敵国・ジューダムからの襲撃であった。

 教会騎士団の精鋭部隊と共に、何とか襲撃者が遣わした竜を倒した後、俺達はリーザロットの館で今後の作戦を話し合うのだった。

(…………ちなみに俺は今、色々あって顔の表面をエメラルド色の鱗で覆われた怪人ミナセとなっている)

 オースタンの知識と一口に言っても、色々とある。あり過ぎる。

 その中でどんなものがウケるのかなんて、俺にはサッパリ見当がつかなかった。


「そもそも、俺が何を話したところで簡単には信じてもらえないんじゃないかなぁ」


 俺は思っていたことを素直に口にした。


「俺が嘘吐いていないっていう証拠はどこにも無いんだし、大体、火も水も指先一つで呼び出せる世界で、逆に何ができないんだ? 何に困っているの? 何を、何で、知りたいの?」


 ツーちゃんは肘掛けに頬杖をつき、ウンザリした顔をした。


「なぜ? 何を? どうして? フン、これだから凡百は。…………何でも良いのだ。究極的には嘘でも構わん。真実を判断するのは話を聞いた相手の方だ。真実の定義も、真実を知る手段も、世界によって千差万別だ。…………知と出会い、その出会いを咀嚼すること。それ自体が貴重にして極上なのだ」

「そりゃ大層なことだけど、もっと具体的に話してくれよ。さすがに、「勇者」がいい加減なことを吹いて回るのはマズイだろう? 俺だって、嘘吐き野郎みたいに思われたくないしさ」

「だから。貴様が真実だと思い込んでいるだけという可能性など、魔術師ならば皆、織り込み済みだと言っておるのだ。傲慢なヤツめ。オースタン人の性質なのか?」


 俺はちょっとカチンときて、ムキになった。


「ツーちゃんにだけは言われたくないな! 他人にきちんと伝えたいと思うのは、当然のことだろう?」

「それが傲慢だというのだ。無自覚に知を選別する、その態度こそが」

「意味がわからないよ」

「そこに知がある」

「言わせておけば…………。そんなに何でもご存知なら、ご自身でやられたらいかがですか? 大魔導師様」

「貴様! 誰に向かって…………」


 不毛な言い合いを、リーザロットが取りなした。


「琥珀も、コウ君も、少し落ち着いてください。そんなに難しい話ではないと思うわ。…………まずは、誰に協力して頂けそうかをお話しませんか? 何を交渉できるかは、その方に合わせて考えていきましょう?」


 俺とツーちゃんはしばらく睨み合っていたが、やがて緊張を解いて息を吐いた。


「その通りだな。…………ワンダに話すべき内容ではなかった。反省してやる」

「見た目につられて、つい大人げない対応をした。反省しなくちゃ」


 もう一度、俺達は視線をぶつけ合う。リーザロットは眉をションボリと下げて、話を引き取った。


「もう。仲が良いんだか、悪いんだか。…………それで、誰に協力をお願いしようかというお話なのですけれど」


 リーザロットは髪を耳に掻き上げ、俺とツーちゃんを交互に見やった。彼女の蒼い眼差しは降りしきる雨を映すかのようにしっとりとしていて、見ているだけで気分が凪いだ。いつまでも見ていたい気になるけど、あんまり夢中かえって見ていたら失礼かな。

 話すリーザロットの唇は、今日も柔らかそうな桜色だった。


「私は、まずはロドリゴ宮司様にお願いしたらどうかと思うの。霊ノ宮でもあまり多くはお持ちでないでしょうが…………お話すれば、1頭ぐらいは譲っていただけるかもしれません」


 ロドリゴ宮司と言えば、タリスカと共に昨日の事件の犯人、東の貴族を処刑した人だ。俺に「呪い」をかけ、窮地を救ってくれた人でもある。性格や立場は良くわからないものの、確かに俺やリーザロットに悪意を抱いているようには見えなかった。

 ツーちゃんは腕を組み、話した。


「フム…………。だが、望むような竜がおるかどうか。老いた竜では、いたずらに苦しめるだけになる」

「高望みはしていられません。なるべく体力のある個体を譲って頂けるよう、努力するしか」

「そうだな。訪ねてみるか」


 俺も同意を示した。あの寡黙な男性がオースタンの何を欲しがるのか、そもそも何かを欲しがるような人間なのかすら想像できないのだが、まぁ追々考えていくとしよう。

 それから次に話題に上ったのは、「サモワール」の館主(オーナー)だった。


「…………タカシが一度、会ったことがあるけど」


 俺は脳裏に刻まれているタカシの記憶を辿りつつ、話した。(ちなみに、タカシの記憶はちゃんと俺に引き継がれている。ただ、なぜかあまり鮮明に思い出すことは出来ず、浮かでくる像はどこか夢の中のように空々しかった)


「スレーン出身の人で、物凄いお金持ちって感じだった。ウチで育てた竜は本当に素晴らしいって、全然関係無い俺…………っていうか、タカシにまで自慢してきたぐらいだったし、確かに竜はたくさん持っていそうだね」

「ええ。それも、かなり上質な竜を集めているのではないかしら」


 一見すると適任に見えるが、不安もあった。


「でも、そうなると逆に売ってくれないんじゃないかって気もしてくるよ。戦争に使うなんて言ったら、ますます嫌な顔されるんじゃないかな」

「加えて、先日のリケとのこともあります。こちらは完全に私のせいなのですけれど…………」


 俺達の発言に、ツーちゃんは頷いて眉間を狭めた。


「さらに言えば、商会から買うのと変わらぬ高値を付けられる可能性も十分にある。そう考えると、こちらはあまり良い選択肢では無いかもしれんな」

「では…………一応、というところかしらね」

「交渉次第だな」


 俺の呟きに、リーザロットが肩をすくめる。

 ツーちゃんは足を組み直して、話を続けた。


「他に当てがあるとすれば…………西方区領主・コンスタンティンか」


 俺はツーちゃんのスカートの中を観察しようとして失敗したことを悟られないよう、努めて冷静なトーンで会話に戻った。


「その前に、竜の産地だっていうスレーンから直接買い付けるってことはできないのかな? 商会って、きっと問屋みたいな仕事をしているんだろう? だとしたら、それを通さなければ、ちょっとは安くなるんじゃないか?」


 俺の提案に、リーザロットは小さく首を振って残念そうに答えた。


「以前でしたら、そうしたやり方もあったのですが…………今は不可能なのです」

「なんで?」

「商会が独自に竜の育成を始めて以来、スレーンの竜には高い関税がかかるようになってしまったんです。それに、サン・ツイードからスレーンまでの道程は険しく、入手までに結構な時間が掛かってしまうという難点もあります。こうした負担を考えると、あまり安い買い物とは言えなくなってしまうの」

「なるほど。…………ってか、関税なんてあるの?」

「スレーンは独立した国ですから」


 唸る俺に、ツーちゃんは追って言い足した。


「スレーンはジューダムとサンラインの戦争に対して、永らく中立を保っておる。先日もタリスカが同盟を乞いに出向いたが、あえなく追い返されてきよった。今回の件でも芳しい結果が得られるとは言い難かろう」


 俺はさらに呻いた。リーザロットは考え込むように口元に手を添え、話を戻した。


「西方区領主様は…………どうなのでしょうか? 商会に牧場を貸している関係で、竜にはかなり融通が利くそうですが…………。あまり、人となりを存じ上げなくて」


 西の貴族は、確か、あの綺麗な魔導師のエレノアさんと親しげに会話していた男だ。五大貴族領主の中では、フレイアのお父さん以外での唯一生き残りでもある。フレイアから聞いた話だと、先代の領主とリーザロットとの間には微妙なしがらみがあるらしいけど。

 ツーちゃんはまた足を組みかえ(見えない)、話した。


「コンスタンティンは、学院の生徒の中では大分まともであった。才にも血にも溺れることなく、何事でもしぶとく考え抜いた。今回の件に関して、あやつがどういった見解を持っているのかは知らんが、まぁ話す価値のある相手ではあると思うぞ」


 ツーちゃんにしては、これはかなり高評価だ。俺は先代の領主との一件を持ち出すのを控え、話を継いだ。


「じゃあ、その人にも頼んでみようか。この場合は、俺達の代わりにその人に商会から竜を買ってきてもらって、それを俺達が譲ってもらうって感じでいいのかな?」

「そうなるな。仲介料を取るかはわからんが、まぁ払うべきと考えても、そう高額にはなるまい」

「OK」


 リーザロットはちょっと考える風にしてから、遅れて頷いた。やはり何か気に掛かることがあるのかもしれない。後でそれとなく話してみようかとも考えたが、それも藪蛇だろうか。ああ、こんな時、女の子の扱いが上手いヤツならどうするのだろうなぁ。

 次いで、俺は思いついたことを口にした。


「あっ、そう言えば…………教会のおじいちゃんはどうだろう?」

「というと、総司教様のことかしら?」

「そう。優しそうだったし、「和平」のためだって言ったら、助けてくれないかな?」


 そう、「和平」だ。自分で口にして改めて気が引き締まるが、あくまでも目標はそれなのである。俺はそのために呼ばれたのだ。総司教さんも期待していると言ってくれていたし、頼んでみても良いのでは。

 だが、返ってきたツーちゃんの答えはあっけなかった。


「ダメだな。あやつに動かせる竜となると「白い雨」所有の竜になるが、これは今は戦の総指揮を執っておるヴェルグの管轄下にある。たとえ総司教のパトリックから働きかけたにしても、何かと理由を付けて引き伸ばされるのがオチだろう。…………もっとも、あやつがあの魔術師会長並みの強情なら無理も通せたであろうが…………あの通りだからな」

「ううん。じゃあその、魔術師会長さんは? あの、目玉がギョロリとした、おっかない人」

「あの石頭にか? 冗談はその鱗まみれの面だけにしろ。あれは徹頭徹尾、己のことしか頭に無い。自分の役に立たぬ者の話など、歯牙にもかけん。しかも、超ド級のケチときとる。竜など、持っておったとしてもまず間違いなく人に譲ったりはしないだろう。…………そもそも、ヤツの飼っておる竜など、食費をケチられて骨と皮に瘦せ細っているに違いない」


 俺は溜息を吐き、両手を頬の横に上げた。どうも犬猿の仲らしい。こうなると、もう降参である。リーザロットもまた、困り顔で小さく溜息を吐いた。



 それからしばらく俺達は議論を重ね、訪ねる先をまとめた。

 最終的には、やはりロドリゴ宮司、サモワールのオーナー、西方区領主であるコンスタンティン・リリ・バレーロという所に落ち着いた。他にもいくつか案が上がったが、ヴェルグや、その後援のツイード家との兼ね合いで難しいという判断になった。


 あとは、俺が何を差し出せるかという話が残ったが、それについてはツーちゃんからこう丸投げされた。


「では、私はしばらく席を外す。後は貴様とリズとで決めるが良い。もし意見が欲しくば、明日の夜にまた聞きに来る」

「へ? これから何か用事?」

「…………まぁな」


 答えるツーちゃんの顔色は暗く、悪い意味で大人びていた。何か隠し事をしているのが丸見えである。

 俺はさらに立ち入って尋ねた。


「ツーちゃん、体調でも悪いの?」

「貴様ごときに心配される私ではない」

「でも、何か隠しているだろう」

「だとしたら何だ? 私は何もかもを貴様に申告しなくてはならないのか? 下らん。もう話さぬ」


 彼女はけんもほろろに俺から目を逸らすと、今度はリーザロットに向かって言った。


「リズ。私はこれから「塔」に戻る。どうも平衡が崩れつつあるらしい」

「「塔」? 平衡?」


 ツーちゃんは俺の問いには答えず、リーザロットに向かってだけ話し続けた。


「お前ならもうとっくに気付いておろうが、どうも昨日から様子がおかしい。今となっては、コウにすら気取られる始末。とにかく、早急に処置が要る。留守は任せたぞ」

「わかりました。…………くれぐれも、お気をつけて」


 リーザロットが憂いを帯びた眼差しをツーちゃんに向ける。俺は話に入れないもどかしさで、少しイラついた。


「オイ、少しは俺にもわかるように話してくれよ! どうしたの? 平衡って何のこと? 「塔」ってどこ? 大変なら、俺も手伝うよ」

「…………貴様は黙っておれ!」


 ツーちゃんは琥珀色の瞳を鋭く光らせ、俺を睨み付けた。俺は思いのほかの剣幕に一瞬怖気づいたが、引き下がらなかった。


「で、でも、扉の力があれば何かできるかもしれないし…………。心配だよ」

「うるさい! 貴様は貴様の世話だけしとれば良いのだ! たかがコウの分際で…………私を心配しようなど、頭が高いにも程がある!」


 ツーちゃんは真っ赤になって怒鳴り、いきなり立ち上がって部屋から出て行った。扉が壊れるかという程の乱暴な開閉音の後には、窓を叩く淡々とした雨音と、沈黙だけが残された。

 リーザロットは目を伏せ、首を振った。


「琥珀ってば、素直じゃないんだから…………。普通に、「心配してくれてありがとう。大丈夫だよ」って言えばいいのに…………。

 それより、コウ君」


 リーザロットは読み止しの本を抱えてゆっくりと立ち上がると、こちらに優しい笑みを向けた。


「私の部屋に行きましょうか。早く、コウ君のいつものお顔が見たいわ」


 俺は跳ねる鼓動をなだめ(ついでに抜かりなく、「ヤッタネ!」と叫びかけたトカゲの口を塞ぎ)、「ああ」と返事した。


 ツーちゃんのことは気になるが、まぁ、彼女のことだから、きっと本当に俺の心配なんか要らないのだろうな…………。

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