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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
竈に火を点けてみよう!
134/411

70、雨降りサンライン。俺が実はロリコンだったかもしれないこと。★

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 様々な困難を乗り越え、ようやく目的地に着いた俺は、「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けることとなる。

 折しもサンラインでは、歴史を左右する重要儀式「奉告祭」が開催される時期であった。

 俺は「勇者」としてその祭に参加していたのだが、そこで何者かの襲撃に遭い、教会騎士団の精鋭隊と共に戦わざるを得なくなった。

 何とか襲撃者が遣わした竜を倒したその翌日、俺は魔術を学ぶために精鋭隊の宿舎へと赴く。

 しかしそこで俺はどういうわけか、肉体と霊体を融合させる薬によって、顔の表面をエメラルド色の鱗で覆われた怪人に変えられてしまった。

 台所の始末が粗方ついた頃、ポツポツと雨が降り出した。

 クラウスは天気の崩れを機敏に察し、しょげかえっている俺の肩を叩いて言った。


「コウ様。申し訳ないのですが、ちょっと洗濯物の取り込みを手伝って頂けますか?」

「わかった」


 俺は怪人ミナセのまま、肩に「霊体の欠片」なる謎のトカゲをくっつけ、裏口の方へとついて行った。


 ザクザクと手早くベッドシーツを取り込みながら、何気なく遠くの空を見やると、街の上を一直線に横切っていく小さな影が見えた。翼の形や飛び方からして竜のようだ。よく見れば、背に人らしきものが乗っている。


「竜だ」


 俺が呟くと、クラウスは籠一杯の靴下と下着を抱えて答えた。


「ええ。昨日の事件以来、ひっきりなしに行き交っていますね」

「俺も一度乗ってみたいなぁ」

「そんな顔して何の冗談です…………と言いたい所ですが、俺の予想では、それほど遠くないうちに叶うと思いますよ、それ」

「どういうこと?」

「とにかく、今は洗濯物が先です! 急いで!」


 いよいよ扱いが雑になってきたなと思いつつ、俺は引き続き残りのシャツを取り込んだ。男物ばかりの、実に無味乾燥な作業であった。

 取り込みが終わると、たちまち雨は本降りとなった。


「いやぁ、危なかったな」


 クラウスがどしゃぶりの空を見上げて言う。俺はもう一度、彼が言っていたことを尋ねた。


「なぁ、さっき言っていた竜に乗る話、聞かせてくれよ」

「ああ、はい。あくまでも、俺の憶測に過ぎない話ですけれど」


 クラウスは慣れた手つきで近くの籠(隊員の名札? が掛かっている)に洗濯物を選り分けつつ話した。


「多分、近々遠征があると思うんです。それも恐らくは…………テッサロスタへ向けて」

「奪還のため、ってやつ?」

「まさに、まさに。時々貴方の勘の鋭さは怖くなります」

「今回は勘じゃない。フレイアから聞いたんだ」

「彼女から? それはそれで驚きです。あの子が自らの見解を述べるなんて、滅多に無いことですので」

「まぁ、それはともかく、その遠征と俺がどう関係あるんだい? そもそも、その計画自体が現実的じゃないって、フレイアは話していたけれど」

「いや、俺の見立てではそうとも限りません。貴方のお力を持ってすれば奪還が成し遂げられるのではないか。そんな気がしています」

「えぇ…………? 俺、そんなに大層なものかな?」


 思わず肩を縮こめる俺に、クラウスは真っ直ぐな眼差しを向けた。


「…………扉の力は、ハッキリ申し上げて超・超・超強力です。何せ、あのヴェルグ様ご自身が異国へ乗り出し、手に入れようとなさった程のお力です。やりようによっては、国一個丸ごと滅ぼすようなことも不可能ではないでしょう」


 言われて俺は、オースタンのことを頭によぎらせた。例え無自覚であったとはいえ、すでにそれに似たヤバイことをしでかしている。彼の話はあながち大袈裟でもないだろう。

 クラウスは淡泊に続けていった。


「貴方が底抜けにノーテン…………善良なお方ですから、こちらもついつい気が緩んでしまいがちですがね。本来ならば、貴方はもっと我々に対して強気に出ても構わない…………いえ、出て当然なのです」


 俺が首を傾げると、クラウスは最後の靴下一組を籠へ放り投げ、溜息を吐いた。


「そんな凶悪なお顔で、そんな気弱な表情をされてもこちらが弱ってしまいます。…………この際だから思い切ってぶっちゃけますと、当初、というか本当は今でも、我々精鋭隊は貴方の護衛としてのみではなく、監視として付けられているのです。何か妙な動きをすれば、即座に対処できるように…………とね」

「えっ、それ、ちょっとショックなんだけど…………」

「これでも、かなり寛大な処置と言えましょう。蒼姫様の強い意向により、結局はこの形に落ち着きましたが、それまでにはもっと厳しい意見の方が隆盛でした。何を隠そう、この俺だって「どうしても「勇者」様を招来なさりたいのであれば、事前に意識を制圧してからに」。そう提言していたのですから」

「えぇっ!?」


 血の気が失せた俺の心を代弁するように、肩に乗っていたトカゲが叫んだ。


「――――ヒドイヨ!!!」


 クラウスはちょっと頭を傾けて、フッと笑ってトカゲを見た。


「そう、ヒドイ。ヴェルグ様方と全く同じ発想です。…………しかし、それだけ警戒されるお力を秘めているということです、コウ様は」


 クラウスはトカゲの頬をつつき、話し継いだ。その顔はやけに無邪気で、トカゲは相手を判じかねるように、顔つきを険しくしてじっと口を閉じていた。


「何もわからない段階では、「勇者」様の召喚は賭けでした。もし貴方が狡猾な男で、逆に国を乗っ取りにきたら? あるいはごく普通の人間で、己の利を優先し、こちらに不利な要求を突き付けてきたら? こちらでは、ありとあらゆる想定がなされていました」


 トカゲは口を開きかけて、また閉じた。クラウスはそんなトカゲを荒っぽく一撫でし、俺へ目を移した。


「で、もっとも相手を油断させ、なおかつ戦闘力が高いフレイアが遣いに選ばれたと、そういう顛末だったのです。…………にしてもコイツ、なかなか愛嬌がありますね」

「…………。そう? 不気味じゃない?」

「今のコウ様のお顔の方がずっと気味が悪いです」

「この野郎。自分はなぜか顔だけ無事だからって…………」


 クラウスはくっくと笑みを漏らし、話を繋げた。


「でも、今の俺はもう微塵もコウ様を疑っておりませんよ。というより、到底そんな気になれません。貴方は良くも悪くもずば抜けたア…………素直な方なので、自然と警戒が解けてしまいます。あまつさえ無力化どころか、魔術の手解きまでしてしまいました」

「能天気なアホを信頼するってのも、変な話な気がするけど?」

「怒らないでください。口が過ぎました、ごめんなさい。…………コウ様はもっと自信をお持ちになられていいという話なのです」

「どうしてそうなるんだよ? 君は何でもかんでも、ぶっちゃけ過ぎだ」

「それだけ期待しているんです」


 閉口していると、トカゲがガサゴソと俺の頭によじ登り、代わりに叫んでくれた。


「――――マカセテ!」


 俺は思いきり顔を顰める。クラウスは空色の瞳を瞬かせて、爽やかに笑った。



 それから夕方まで、俺はクラウスからもう少し魔法陣のことを教わった。円以外にも四角形や三角形、その組み合わせなんかで描くこともあるとか、そんな話だった。

 ちなみに、ウィラックはあれ以来ずっと部屋にこもりっきりだったので、俺は怪人ミナセのまま過ごさざるを得なかった。


 強い雨音に紛れて時々、教会から重々しい鐘の音が響いてくる。クラウスいわく、時刻を告げているそうだった。

 それがいくつか鳴った頃、坂道を馬車が駆け登ってくる音が聞こえてきた。どうやら俺の迎えが来たようだった。


 俺が、このままではホラー顔のまま帰らねばならなくなると案じていると、クラウスが気を利かせて慰めてくれた。


「大丈夫ですよ、コウ様。蒼姫様にお話すれば、きっと何とかしてくださるはずです。…………それに、もし元に戻れなくても、それはそれで強そうでいいと思います。そのお顔ならば、まず誰にも舐められません」

「…………お願いだから、たまには嘘を吐いてくれよ」


 俺はノックに応えて宿舎の扉を開け、迎えに来た人物と対面した。人形かなという予想に反して、迎えは生身の人間だった。


 その女性は、黒い、少し癖のある髪を雨に微かに濡らし、琥珀色の瞳を静かにたゆたわせて俺を見つめていた。大胆に肩を出したワインレッドのドレスは、彼女の身体の線を隠すようなストンとしたシルエットで、それがかえって無性に布の下への想像を掻き立てた。鎖骨のすらりとした形は最早芸術的ですらある。

 もしかして、女神が気まぐれで地上に降りて来たとか?


「ど…………どちら様でしょう?」


 俺が畏まって尋ねると、相手は急に険しい顔になって問い返してきた。


「無礼者め。二度は名乗らぬ。…………早く乗れ。帰るぞ、ワンダめ」

「えっ? あっ、ツ、ツーちゃん? マジで? どうしてそんな恰好してるんだ?」


 黙ってスタスタと馬車に戻って行く女神、もといツーちゃんの背中を覗き見て、クラウスがこぼした。


「ああ、琥珀様ですか。今日も麗しいですね。良いドレスだ。ディアンナあたりに着せても似合いそうだな」

「誰だよディアンナって? っていうか、「今日も」って…………君にはいつも彼女があんな風に見えているの!?」

「まぁ、コウ様が俺と同じものをご覧になっているとは限りませんけれど。深紅の似合う、神秘的な女性でいらっしゃいます。琥珀様のお姿は見る者の魂を通して映されるそうですから、我ながら上出来でしょう。…………むしろ、コウ様にはいつも何がお見えになっているのです?」

「えっ!? それは…………」


 俺は口を噤み、考え込んだ。

 俺はロリコン? ロリコンだった?

 …………?


 …………いずれにせよ、これからはあんな美人が勝手に部屋に入って来るのだとしたら、今後は生活の仕方を改めねばなるまい。

 っていうか、どうして最初からあの姿で来ない?


「オイ!! 何をモタモタしておるのだ!? 走って付いてくる方が好みか!? そこまでワンダなのか!?」


 怒鳴られて、俺は急いで馬車へと駆け寄った。


「じゃあクラウス、またね!! ウサギさんに覚えてろって伝えといてくれ!!」


 振り返って手短な挨拶を済まし、俺はすでに走り出しつつあった馬車にどうにか飛び乗った。



 馬車の中で、俺は謎の急成長を遂げたツーちゃんと差し向かっていた。

 ツーちゃんはいつにも増して不機嫌そうで、しかもそれが大人の顔(儚さとあどけなさと冷たさが見事に同居した、中性的な美貌だった)なので、余計に話しかけづらかった。

 子供だった頃の面影は表情…………特に眉の辺りによく残ってはいたものの、逆に言えば、それ以外にはほぼ残っていない。

 色々と考えていた矢先(そもそもこの人の服ってどうなっているんだろう。下着とかも付けているのだろうか、等々)、ツーちゃんが口を開いた。


「貴様、今、下劣な考えを催しておるな」

「えっ!? ナ…………ナンノコト?」

「貴様が想像するようなものは付けておらぬ。今の私は、より本来の霊体に近い姿なのだ。不本意だが、存在を保つためには致し方ない」

「へ!? ツケテナイ!?」

「…………下らん。口を閉じていろ」


 馬車は景気良く水飛沫を上げ、ガタガタと大通りを走り抜けていった。



 館に到着した俺達は、リーザロットのいつもの書斎へと向かっていった。


「今度は、何の話?」


 廊下で俺が尋ねると、ツーちゃんはわずかに振り返って答えた。


「調達についてだ」

「何の調達?」

「竜だ」


 竜とは、またタイムリーな。俺は窓の外の雨模様を(ついでにガラスに映った、鱗まみれの己の顔を)チラッと見、さらに尋ねた。


「何でまた、そんなものを?」

「それをこれから話す。…………リズ、入るぞ」


 ツーちゃんは声掛けもノックもそこそこに、部屋の扉を開けた。


 リーザロットは本を読んでいたが、顔を上げて俺の姿を見るなり、「キャッ」と短く悲鳴を上げた。大きな蒼玉色の瞳が、ひたと俺を捉えている。わかってはいたけれど、実際に味わうとちょっとショックな反応であった。

 彼女はおずおずと俺の方へ近づいてくると、じっくりと俺の顔を焦がすように覗き込んだ。

 俺は泣きたい気分で、訳を話した。


「…………これ、ウィラックさんの実験で、やられちゃって」

「可哀想なコウ君…………。元に戻りたいですか?」

「そりゃあ、もちろん!」

「それじゃあ、後で私の私室へいらして。何とか、頑張ってみるわ」


 俺は「ありがとう」と答え、何か叫ぼうとするトカゲの口を塞いだ。お願いだから余計なことは言わないでくれ。

 リーザロットはトカゲの方へ目をやると、「可愛い」と言って目を細めた。


 ツーちゃんはズカズカと部屋の奥に入り込んでいき、奥のソファのど真ん中に腰を掛け、白く長い足をスリットから覗かせて大胆に組んだ。そのままひじ掛けで頬杖をつくと、まさに女王のようである。

 女王陛下はフン、と偉そうに鼻息を吐いて言った。


「まったく、その方が多少は勇ましく見えるものを。…………リズよ。本題に入るぞ」

「はい」


 リーザロットは俺に椅子を勧めると、自分も元いた席に腰を下ろした。隣のテーブルには彼女がさっきまで呼んでいた本が開かれたままになっており、興味本位でちょっと覗いてみると、複雑怪奇な魔法陣がズラリと目に飛び込んできた。俺は小学生が積分の数式を目撃したのと同じ気分になり、急いで目を逸らした。

 ツーちゃんは声を沈めて話し始めた。


「実は…………金が無い」


 俺が何か発言するより前に、ツーちゃんは言い継いだ。


「正確に言えば、必要とする額を間に合わせられぬ。あの商会連合の太っちょが、ここぞとばかりに吹っ掛けてきよった。ヴェルグを主導に、ツイードの連中がヤツと結託しておるせいで、全く手の打ちようが無い。自前でもそれなりに持っとるつもりであったが…………がめついヤツらめ!」


 俺は話が読めず、口を挟んだ。


「ちょっと待って。何の話?」

「竜のことだ、察しが悪い。頭が悪い。歯並びが悪い。竜の流通を取り仕切っておる商会が、昨日の今日でとんでもない値上げをしてきよった。昨今の政情不安から来る全国的な竜の需要増加がどうとか抜かしておったが…………本心は見え透いておる。我々の陣営の足止めよ」


 俺がまだいまいち飲み込めずにいると、リーザロットが解説してくれた。


「今後の作戦のために、どうしても竜が必要なの。それも若くて体力のある、出来る限り速い竜が欲しいのです」

「その、作戦って?」

「それは」


 リーザロットが言い淀み、ツーちゃんを振り返る。ツーちゃんは腕を組み(胸元に微かな谷間ができた)、眉を吊り上げた。


「まだ言えぬ。竜の手筈がつかないと話にならんのだ」

「でも、聞かないと協力しづらいよ。竜を売る人だって、きちんと話さないと売りにくいんじゃないか? 大切に育てたものかもしれないしさ」

「生意気な。スレーン人か貴様は。…………商会のヤツらが売り物の用途など気に掛けるものか。値上げは単純に需要に乗っておるのと、ヴェルグが自陣営以外をこの街に封じておくための小賢しい策に過ぎん」


 ツーちゃんはうんざりした口調でこぼした。


「だから、常に竜を飼っておけと言っておったのだ! 有事の際に、こうして困ることになる」

「そうは言っても、今回は数が要るのでしょう? 例え五大貴族でも、常時飼育しておけるのは、せいぜい3頭が限度です。いくら三寵姫であっても、工面は難しかったわ」

「だが、少なくとも1頭はおったはずだろう。アイツはどうした?」

「あの子は、サモワールの事件の時に、タリスカが」

「チッ。あやつは時折、頭に血がのぼる。骨しか無いくせに」


 上品な顔に似合わない舌打ちに、俺は眉を顰めた。あれでは折角の美人が台無しだ。

 俺はサモワールの屋上で見た竜の亡骸を思い、会話に混じった。


「けど俺、やっぱり、どんな風に使うのかぐらいは知りたいな。あんまり酷い乗り方をするのなら、貸してもらうっていう手は使い難くなるし。もし呪いとかに使うのなら…………俺が反対だし。何より、譲れる点が無いんじゃ、交渉もできないよ」

「借りるという手段は考えておらぬ。…………テッサロスタへの長距離航行のため、使い潰すつもりなのだ」


 ツーちゃんの言い方には、罪悪感が全く感じられないわけではなかった。どちらかと言えば、苦渋の決断といった暗い響きさえ漂う。

 俺は一旦は口を噤み、話を続けた。


「テッサロスタってことは…………奪還の遠征に使うってことだよね」

「ああ。たまには頭が回るのだな」

「…………その遠征、マジでやるの? 何頭使うつもり?」

「なるべく多く欲しい。少なくとも、5頭は」


 リーザロットが少しだけ形の整った眉を顰める。

 俺は肩を落とし、言い継いだ。


「まぁ、それはわかったよ。…………でも、いずれにせよ買うだけのお金は無いんだろう? どうするんだよ?」

「そこで、貴様の出番だ」

「俺?」


 思わず声が上擦る。俺は同じく目を丸くしているリーザロットと顔を見合わせ、再度ツーちゃんに目を向けた。


「俺に、何ができるのさ?」

「その奇怪な面なら」


 ツーちゃんの目が妖しくギラつく。彼女は怯える俺へ向けて上体を少しだけ倒し、言葉を繋げた。


「変態に売るという手もありそうだが…………まぁ、それは最終手段にしておいてやる。…………私が貴様に望むのは、オースタンの知識だ」

「オースタンの? でも俺、ニートだし、ロクなこと知らないし…………」

「ニートが何だかわからんが、きっと役立たずの臆病野郎という意味だろうな。

 …………コウ。己を無意味に卑下する気持ち悪い趣味は勝手だが、的外れなタイミングで、望んでもいないのに見せつけられると、相手は非常に腹が立つというのを覚えておけ。

 よく考えてみろ。このサンラインで、貴様以上にオースタンに詳しい人間がいると思うか? この大魔導師・琥珀ですらもよく知らぬ遠国なのだぞ。それに、魔術師共が知識と力に餓えておることぐらいは、貴様でも見ていればよくわかろう。人間共通の性として、欲望はどこまでも深く、濃く、重い。オースタンにコネを持つということが、どれだけの武器になるか。少しは頭を使え!」


 俺は愕然として、口も利けなかった。言っていることはもっともだが、果たしてこれが人にものを頼む態度か。いつものことながら、彼女の発想の無茶さ加減には怒りを通り越して、呆れを覚える。

 俺は言い返したかったが、うまい言葉が思い浮かばなかった。そもそも、ここで「出来ないもん!」と言い張ったところで何になるというのだろう。

 俺は悔しさやら戸惑いやら不安やらをぐっと飲み込み、渋々答えた。


「…………わかったよ。引き受けるよ」

「よし」


 ツーちゃんが偉そうに顎を引く。釈然としないながらも、俺は次いで話した。


「でも、どんなことがウケるのかぐらいは教えてくれよな。俺は、オースタンのことは知っていても、こっちのことはまだ全然知らないんだ。それぐらいは、お互いのためにいいだろう?」

「そこは、私が相談に乗ります」


 隣からリーザロットが答えてくれた。彼女は嬉しそうに両手を合わせると、ひょっこりと俺を覗き込んできた。流れた長い髪が絹のようだ。

 彼女はふんわりと微笑み、ちょっと甘えるような口調で言った。


「コウ君。…………一緒に頑張りましょうね」


 俺は心臓がポン、と軽やかに跳ねるのを感じつつ、なるべく平静を装って返そうとした。

 が、一足先に頭にいるトカゲが返事した。


「――――ガンバルネ!」


 俺はおもむろにトカゲの口を閉じ、溜息を吐いた。クールに決めようと思ったのに、この畜生めが。

 リーザロットが楽しそうに笑う一方で、ツーちゃんはしみじみと呟いていた。


「「霊体の欠片」か。…………阿呆はどれだけ砕いても、阿呆なのだな…………」


 俺はもう一度溜息を吐き、この紛うこと無き「俺の欠片」をどうしたものか、悩んだ。

 捨てる? どこに?


挿絵(By みてみん)

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