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扉の魔導師<BLUE BLOOD RED EYES>  作者: Cessna
それは、祈り
118/411

61-1、落ちていく希望。俺が絶望の淵で願うこと。

 ある夜、突如として部屋にやってきた深紅の瞳の少女・フレイアに誘われて、俺(水無瀬孝、26歳ニート)は魔法の国サンラインへと旅立った。

 様々な困難を乗り越え、ようやく目的地に着いた俺は、「蒼の主」ことリーザロットの館に招かれ、正式に「勇者」としての役目を引き受けることとなる。

 折しもサンラインでは、歴史を左右する重要儀式「奉告祭」が開催される時期であった。

 「奉告祭」では、目前に迫った戦争の行方が、サンライン屈指の重要人物たちによって相談されるという。

 俺は「勇者」としてその祭に参加していたのだが、そこで何者かの襲撃に遭い、宿敵の魔導師・ヴェルグの手によって不可思議な領域へと連れ去られてしまった。

 ――――…………「助けて」


 誰だって、一度は願ったことがあるはず。


 それは生き物の本能だ。

 命がある者なら皆、生きたいと願って、苦痛から逃れようとする。自分がかけがえのない存在で、いつの日か必ず失われると知っている。

 道端で猫やネズミが当たり前のように死んでいるのを見て、どうして自分だけはああならないと本気で思うヤツがいるだろう。

 俺たちはいつか絶対に死ぬ。

 そしてその危機に瀕した時、光よりも速く、願う。


「助けて」


 それは正真正銘の、魂からの叫びだ。もうどう足搔いても決して逃れえない、「呪い」。


 ツーちゃんの顔をした悪魔はおもむろに俺を懐に抱き込むと、小さな手で、いともやすやすと俺を握り潰した。


「――――――――ッッッ!!!」


 何かがめり込んだ感触と同時に、クキリという異様に軽い音が耳に響き、俺の身体があっけなく割れた。ぬるぬるとした不快な感触が手足を染めていく。一拍遅れて、痛みが襲ってきた。

 吐いた血で咳き込んだ。口の中が粘つき、気持ち悪い。視界がグラグラと揺れ、回り出す。流れるな、ダメだと、俺は乱れきった意識の中で必死に繰り返していた。自分の血に対して訴えていたのか。俺は混乱しきっていた。


 俺は辛うじて腕を前へ伸ばし、もがいた。自分が何をしようとしているのか、ちっともわからない。ただただ、寒くて、怖くて、痛くて、苦しくて、気持ち悪い。


 ――――…………たす、け、て…………


 俺の呟きに、相手は何も言わなかった。彼女は昆虫のような目で俺を見下ろし、科学者のような顔つきで起こっている現象を観察していた。悪魔でも死神でもない、何か不可解な存在がそこにいる。縋りようのない眼差しに射られ、俺は絶望を骨の髄に染み渡らせた。


 遠退いていく意識の片隅で、白い光が点滅していた。プラスチックが焦げるような、奇妙な匂いが漂う。段々と視界が霞みがかっていく。どこか遠くで、針の落ちる音が聞こえた。ウチの前で死んでいたドブネズミのこととか、庭で蟻に食われていたセミの死体だとか、しょうもないイメージばかりが脳裏を巡る。

 涙も出ない。寒い。怖い。痛い。苦しい。悲しい。寂しい。


 俺は腕を前へ伸ばした。

 力が入らない。

 掴み切れずに、あえなくずり落ちる。


 諦めきれない。


 怖い。

 暗い。

 誰か。

 誰か。


 俺はもう一度、声を震わそうとした。しかし「誰か」の言葉は俺の頭上から、冷たく、無慈悲に降ってきて、かろうじて残っていた希望をぐしゃりと潰した。


「…………もう十分だ、オースタンの」


 少女は無表情のまま、静かに言い継いだ。


「おやすみ。お疲れ様」


 彼女は遠くへ視線を投げると、無造作に俺を捨てた。彼女が両手を払うと、生臭い匂いがあっけなく闇に放られる。


 俺は叫んだ。

 何を呼んでいたんだろう。

 何を願っていたんだろう。


 だけど何度も、ひたすらに、魂を嗄らして叫んでいた。


 ――――…………。

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