ひと時の自由
「あたし、自由ですわっ!」
ミハエルがいる部屋を出たあと。
あたしは自分の馬車に飛び乗った。
家に戻る馬車の中で。
とても清々しい気分だった。
自由は気持ちが良い。
公爵であるミハエルとの婚約関係があるので、社交界にも我慢して出席していたけど。
もう出る必要もないんだもん。
なんだかスッキリ。
色んなものが取れた気分。
今なら空だって飛べるかもしれない。
あたしはのほほんと馬車に揺られている。
婚約者の義務から解放された。
でも、家に帰ったらお父様とお母様は許してくださるでしょうか。
公爵との婚約を勝手に解消して。
いいえ・・・違いましたね。
正確には解消はしていませんわ。
ミハエルも婚約は解消しないといっていたから。
あと彼、修道院に入れっていっていたっけ。
それもいいかもしれませんね。
質素に穏やかな時間の中で暮らすのは。
静かな心で、小鳥さんの声を聴きながら過ごすには楽しそうです。
この先の幸福な未来に想いを廻らしていると・・・
「ひぃいいっ!」(馬の叫び声)
ガタンッ
あれ?
馬車がいきなりとまった。
どうしたんだろう?
馬車の歯車が溝にでも嵌ったのかな。
「どうしたんですか?」
あたしが馬車の小窓をあけて、運転席をみると・・
ブルブルと震えている従者のトーマス。
「お、お嬢様・・・まずいことになっちまったっ!」
「一体、どうしたというのですか?」
「周りを見て下さいな。囲まれてるっす」
えっ?
なにに?
っと思いながら馬車から周りの風景をみると・・・
「えええええぇぇえええ!?」
人よりも大きな豚の魔物。
大量のオークに囲まれていた。
ざっと20匹以上いる。
何匹かのオークは武装もしている。
なんでこんなところに魔物が・・・
普段は人通りが多い場所には出てこないはずなのに。
「やばいっすよ。お嬢様。知ってますか。
オークは人の男女も構わず襲ってくるんです。
男も一晩で女になるって話っす。
俺もお嬢様も掘られた上、食べられちまうっすよ」
「な、なんですって!?それ本当なの?」
せっかく自由になったのに。
魔物堕ちエンドなんて信じられない。
しかも相手は醜いことで有名なオークだなんて。
「本当っすよ。酒場で冒険者から聞いたっす」
「金目の物を渡せば見逃してくれないのですか?」
「わかないっす。あっ、デカイオークがこっちくるっす。
ドドドドドドドド、ど、どうします?」
ガクブルトーマス。
腰が抜けて動けないようだ。
プルプルした腕で馬を叩こうとしているが・・・
「あっ」っと叫んだと思ったら、彼はムチを地面に落としてしまった。
「くぅ、あっしの剣さえあれば・・・自慢の腕をふるえるのに・・・」
そういえば・・・トーマスはいつも剣を持っていた。
馬車の傍で剣を振り回しているところを見た事がある。
「剣はどうしたの?」
「鍛冶屋に預けてあるっす。この後とりに行く予定だったんです。
ヤバイっすよ。お嬢様。奴らあっしを変な目でみてるっす」
確かに・・・トーマスは中性的名顔立ちをしており、女に見えなくもない。
草食系男子といえるかもしれない。
体が大きいオークにとっても女と思われているのかも。
「落ち着いて。冷静に。あたしに任せて下さいまし」
「へ、へい・・・」
どうにかしなきゃ。
あたしがどうにかしないと。
相手のオークは20体以上はいる。
対してこちらは・・・あたしとガクブルトーマスだけ。
多分だけど・・・トーマスは頼りにならないと思う。
ならあたしが上手く交渉しないと。
異種族コミュにケーションよ。
頑張れっ、あたし!
どんな人だってどんな種族だって分かり合えるの。
そうだよ・・・絶対に。
皆、友達なんだから。
あたしは馬車から降りて、オークに対面するけど・・・
お、大きい・・・
とっても大きい。
やばいですわー。
3mぐらいありそうなオーク。
近くで見ると筋肉のとか凄いんですけど・・・
胸板とか、腕とか・・・
怖いぐらい盛り上げってる・・・
だ・・・だめ。
怖気づいちゃだめ。
負けちゃダメ。
ガクブル禁止よ。
あたしから笑顔で話しかけないと。
リラックス、リラックス。
落ち着いて、あたし。
笑顔はコミュニケーションの基本なんだから。
非道なオークじゃなくて・・・
かわいいお豚さんって思えば良いわ
あたしはニコッと微笑み。
「ごきげんよう、オークさん。
大勢のお友達と一緒のようですが。
今日は天気も良いので、皆でお散歩ですか?」
「ブヒッ」
オークは鼻をヒクっと動かす。
なんだか驚いているみたい。
「何いってんだ、おまえ?」という表情にも見えなくはない。
あたし・・・へんなこといったのかな・・・
「おま、え・・・、魔物語・・・話せるのか?」
なんだ、そっちか。
よかった。
ドキッとしちゃった。
「はい。そうですわ。淑女の嗜みです」
あたしは魔物語を何故か話せる。
気づくとそうだった。
特に覚えたわけでも練習したわけでもないし、貴族令嬢の必須スキルでもない。
異種族と結婚するなら必要でしょうけど・・・希少でしょうね。
「なら・・・簡単・・・全てよこせ・・・抵抗するな」
オークさんは全てをお望みのようです。
これでは交渉の余地がないですわね。
「お散歩ではないのですか・・・今日は良い天気ですのに。
オークさんは、日光浴は好きですか?」
「日陰が・・・好きだ」
「そうですか。あたしもインドア派なのです。
陽光を浴びすぎるのは体に悪いですからね。
家の中では読書するのですが、オークさんはどうですか?
「読書・・・しない・・・話も・・・しない・・・・・全て・・・よこせ・・・早く」
おやおや。
会話を楽しむことは出来ないようですわね。
オークさん達がソワソワしています。
「そうですか・・・分かりました。馬車ごと差し上げましょう」
あたしは馬車に戻り、ガクブルトーマスが馬車から降りる。
貴重品もオークに渡し。
立ち去る準備は済んだ。
「では、ごきげんよう。オークさん。楽しい一時でしたわ」
「あっしもっす」
あたしとトーマスが去っていこうとすると。
「まて・・・・どこにいく」
オークに道を塞がれる。
隙間なくオークの集団が目を光らせている。
ネズミ一匹逃亡できないだろう。
「レディに行き先を聞くのですか?失礼ですよ」
オークにギロっと睨まれる。
社交辞令は聞かないようですね。
「お花を摘みにいって来るのです」
「そっち・・・花畑・・・ない」
まぁ、意図が上手く伝わりませんわ。
異種族コミュニケーションは難しいですね。
本当に花を摘みに行くのではありませんのに。
「お前ら・・・連れて行く・・・来い」
・・・・
くっ・・・やっぱりそうですか。
なんとなく雰囲気で見逃してくれないかと思っていたのですが。
現実は非情ですね。
陵辱腹ボテエンドが近づいてきます。
でも、負けないぞ。
諦めいないんだからっ!
「お嬢様、オークはなんていってるっす?」
ガクブルトーマスが聞いてくる。
彼はコソコソと周囲を伺い、ポケットに手を入れながら。
ごそごそ動いている。何か探しているのだろうか。
「ええっと・・・一緒にお散歩したいって」
「うへっ。それまずいっすよ。ついていったら終わりっす。掘られて食べられますって」
でしょうね。
あたしもそう思います。
仲良く日光浴して「はい、さようなら」とはならないでしょう。
「仕方ないっすね。すみません。お嬢様。ここまで楽しかったっす」
「えっ?」
何いってるの?トーマスは。
どういうこと?
なんでスッキリした顔してるの。
まるぜ覚悟を決めた男みたいに。
トーマスを見ると、ポケットから何やらとりだし。
決意の表情で「うんうん」と頷く。
「あっしは逃げます。家族がいるっす」
「ちょ、ちょっと、どこ行くのよ?」
あたしにも家族はいるわよ。
独身だけど。
それにどうやって?
今は大量のオークに囲まれているのに。
どうやって逃げるのよ?
「これ一人用なんっす」
ポケットから何かを取り出したトーマス。
左手にひとつ。
右手にひとつ。
右手に持っている物は見覚えがある魔道具で。
確か馬車に備え付けのもの。
「食らえ、豚野郎っ!」
従者が左手にもっているものをオークに投げつけた。
光がこだましたと思ったら。
次の瞬間。
従者は消えていた。
左手の物は閃光弾で。
右手の物は転移系の魔道具だったのかもしれない。
あのー
それって・・・
もしかして・・・
ひょっとしてあたしのための物じゃないの・・・
緊急脱出用の転移魔道具。
・・・
・・・
ポツン。
一人取り残されたあたし。
従者が投げた目つぶしで、オークさんがちょっと怒り気味。
目をパチパチさせている。
光にやられて目が痛いのかもしれない。
単純に獲物が一人減ったから怒っているのかもしれないけど。
「・・・人間・・・・卑怯・・・連れて行く。抵抗するな。抵抗するな。次妙なことしたら。分かるな」
「・・・はい」
あたしはオーク達に連行された。
この場で反対できる力はありません。
やっ、やばいですわ・・・・
絶体絶命ですわっ。
自由はどこにいってしまったんでしょう。
先程まであった自由は・・・
―――あたしの旅立ちは・・・
―――前途多難で・・・・終了一歩手前ですわっ!
次もマリアのお話になります。
オークさん達との交流です。
※本作は全年齢&ハッピーエンドですので。
妙な事にはなりませんので、ご安心下さい。
~~~~~~~~~~~~~
同時連載中の【ビューティフルざまぁ】ですが。
一部完結しました。
切りが良い「ざまぁ」まで辿りつきましたので。
もし、宜しければご一読下さい。