EPILOGUE:王女の運命
意識の戻ったルヴィアは目を開けた。
「ルヴィアッ!!」
すぐランディの声が飛び込んできた。耳は聞こえるが、視界は定まらずボンヤリしていて見えない。
やがてハッキリしてくると目に涙を溜めたランディ達の顔が見えた。その中にはドミニオの姿もある。
「あ……。あたし、もどったのね……」
「よかった、本当によかったよっ!」
「お姉さま。もう、本当に心配したわ」
「ルヴィアお姉様ぁ、本当によかったですぅー」
涙を流すランディ達。
「しばらくは安静にして、ゆっくり休むといい。悪いが君達、もう面会は終わりにしてもらえないか」
「えッ!」
「ルヴィアさんももう今日はゆっくり休まないと。また明日来てくれるかね」
「ルヴィアの側にいたいですっ」
ドクターにランディが頼み込む。
「気持ちはわかるが……」
「ランディさん、また明日来ましょう?」
「レーシアちゃん」
「ドクター、姉をよろしくお願いします」
レーシアがドクターにお辞儀した。
「さっ、ランディさん、ティナさん、ドミニオさん。タウンに戻りましょう」
淋しそうなランディは病室のドアで振り向く。
「ルヴィア、また明日お見舞いに来るからな」
「ルヴィアお姉様。明日絶対に来ますから、ゆっくり休んでくださいね!」
「プリンセス、ゆっくり休めよ」
ランディ、ティナ、ドミニオが言った。
「ええ」
ランディ達の乗った馬車はタウンへ向かう。
「なぁティナちゃん。ルヴィアに何があったのか話してくれないかな」
ランディがティナに尋ねた。
「え……。はい、わかりました」
ためらったもののティナは決心して口を開く。
「ルヴィアお姉様達が盗賊をやっつけに行ってしばらくしてから、ティナとお兄ちゃんはタウンに出たんです。そしたら人だかりができているのを見つけて、行ってみたらお2人が眠っていて、もうそこにはルヴィアお姉様の姿もなく盗賊もいなかったんです」
「そうか、ルヴィアは盗賊にさらわれたんだな?」
「そうです。ティナはそれをタウンの人に聞いて気絶してしまったんです。お兄ちゃんはルヴィアお姉様を助けに行ったのよね?」
「ああ」
ドミニオがうなずいた。
「ティナは目が覚めてすぐルヴィアお姉様がご無事か水晶球で見たんです」
「それで?」
「ルヴィアお姉様はご無事でした。そこは盗賊のアジトで、ルヴィアお姉様は盗賊と何か話してるみたいでした。そして盗賊と戦い始めたんですが、ちょっとしたスキに盗賊に捕まってしまってナイフを刺されてしまったんです……」
「エッ!? あのルヴィアがッ!?」
信じられないといった表情のランディとレーシア。
「はい」
「それから……どうなったんだ?」
ランディが尋ねたがティナはうつむき口をつぐんでしまった。
「それ以上は聞かないほうがいい」
「なんだとッ!? おまえ知ってるのかッ!?」
「…………」
黙り込むドミニオ。
「答えろよッ!!」
「……後悔しても知らねーぜ」
「後悔?」
「オレがプリンセスを助けに行った時には、プリンセスは出血多量で血の気が失せちまってた。そんで……盗賊に犯された後だった」
ドミニオの衝撃発言にランディとレーシアは目を見開き驚愕する。鈍器で頭を殴られたような衝撃をランディは受けた。
「犯されたッ!?……盗賊にッ!?」
まさかそんな。
信じたくないが顔面蒼白になるランディ。
「嘘だろッ!?」
「いえ……。本当なんです……」
うつむいたティナが答えるとランディは気が遠のくような感覚に陥った。
次の日。
病室のベッドでルヴィアはブツブツと独り言を呟く。
「あータイクツゥー。まさかこのあたしがニューインなんて……。ねーあたしいつタイインできんのー?」
付き添っているナースに尋ねた。
「そうね。ドクターが今日1日様子を見たいとおっしゃっていたから、異常なければ明日にはできるんじゃないかしら」
「ホントっ!?」
ルヴィアの表情が明るくなった。
「でも不思議ね。あの時あなたの体が突然光りだして傷が自然に塞がり顔色もすぐよくなったのよ」
「…………」
もし、マリアンヌとリオナルディスが見ているなら大声で叫びたい。
ありがとうと。
そして、これからも見守っていて。
あたしは、絶対に後悔のない人生を歩むから。
「お姉さまっ」
「ルヴィアお姉様! お見舞いに来ました!」
レーシア達が見舞いにやってきた。
「あっ、来てくれたの?」
「プリンセス、具合どーだ?」
「もーぜんぜんオッケーよっ! 明日タイインできるって」
「ホントかっ!? よかったなっ!」
嬉しそうにドミニオが微笑んだ。
そんなドミニオをルヴィアは見つめる。
「ドム……」
「ん?」
「あなたにはカンシャしてるわ。助けてくれてありがとー」
「えっ、いや、感謝してんのはオレのほうだ。プリンセスが来てくれなかったら……」
「そうですよ! ルヴィアお姉様が来てくれなかったら盗賊はまだいたし、おじいちゃんは危なかったかも……」
ティナが言った。
「プリンセスにはマジで感謝してる」
「ドム」
「ルヴィアお姉様! 見てください綺麗でしょう!?」
持っていたブーケをティナが見せた。
「あらホント」
「花瓶に生けときますね」
「サンキュー」
「お兄ちゃん手伝って」
「ああ」
ドミニオとティナは病室から出ていった。
するとルヴィアは病室の隅に立っているランディに目を向ける。
「アンタなにしてんのよ。そんなトコつっ立って」
「えッ」
ルヴィアに声をかけられランディは反応したが、すぐ表情は暗くなる。
ランディの目は赤く腫れている。そんな顔をルヴィアに見られたくないしルヴィアの顔を見るのが辛い。昨日の衝撃事実がずっと頭の中をグルグルと回り、眠れず一晩泣き明かした。
「アイツがあんな顔してるとブキミだわ。なんかあったの?」
「え……」
レーシアがランディを見つめた。
そこへ花を生けた花瓶を持ったドミニオとティナが戻ってきた。
「…………」
暗い表情のランディを見るドミニオ。
「キミ、ちょっとこっち来いよ」
「な、なんだよ」
「いーから来な」
ランディを廊下へ促した。
「キミがあのことショックなのはわかるけど、プリンセスの前でそんな顔すんなよ」
ドミニオがランディを睨む。
「そんなこと言ったって……」
「オレだってショックなのは同じなんだぜ。ティナだって、レーシア王女様だって同じだ」
「…………」
「でもプリンセスの前でキミみてーな顔したら、プリンセスがどー思うかわかんねーか?」
……確かにそのとおりだ。皆辛くないはずがない。なのに自分は……。
自分の事しか考えていなかったランディは反省した。
次の日。
ルヴィアは退院する事となった。
「おセワになりました」
病院の外でルヴィアがドクターに言った。
「いや、礼を言うのはこちらのほうだよ。ルヴィアさんが盗賊を退治してくれたから私もタウンに行くことができたのだから。本当に感謝しているよ」
ドクターがそう言うとルヴィアは微笑む。
「それじゃ皆さんお元気で。気が向いたらまた訪ねてください」
「ええ」
ドクターとナースに見送られ、ルヴィア達は馬車に乗り込みタウンへ出発した。
「ハァー……。それにしてもほんとエライ目あったわァー。まさかこんなコトになるなんて」
「……本当にごめんなさい。ルヴィアお姉様……」
申し訳なさそうにティナがルヴィアに頭を下げた。
「ティナ、もーいーのよ。過ぎたコトだし気にしないで。それにこーして助かったんだから」
ルヴィアが言ったがティナの表情は晴れず、皆無言になり馬車内は静まり返った。
そんな重い空気を破るかのようにドミニオは口を開く。
「なープリンセス。タウンに着いたら退院祝いかねてまた祝宴しよーぜっ!」
「あらいーわねっ!」
タウンに戻ったルヴィア達を町長は迎えて再度祝宴が催された。
食べて飲んで盛り上がり、それは夜まで続いた。
エレンティア家のティナの部屋。
ルヴィアはベッドに横たわる。
「くるしィ〜」
「お姉さま! いい加減に食べ過ぎる癖を直しなさいよね!」
呆れたようにレーシアが言う。
「だぁってェ、言っちゃワルイけどニューインしてる時ロクな食事してなかったんだもん」
「それはそうかもしれないけど」
しばらく間が開いてルヴィアは切り出す。
「ねーレーシア」
「なあに?」
「あたしね、おかーさまに会ったの」
唐突なルヴィアの発言にレーシアはビックリする。
「えッ!? お母さまに!?」
「そーよ。あたしが死にかけて天界に向かってるとちゅうでおかーさまに会ったわ。おかーさまが亡くなったのって、あたしちょーちーさかったのに声聞いたらなんかなつかしくて……。あたしおかーさまに怒られちゃったわ。『ココはまだあんたの来るトコじゃない』って……。おかーさまってなんかあたしとセーカク似てて、まるでジブンと話してるみたいだったわ」
「知っているわ。お姉さまって、お母さまと何から何までソックリだってお父さまが言っていたもの」
「そーだったわね」
2人が笑い合った。
……このままじゃいけない。ルヴィアとちゃんと話をしないと。
決心したランディはティナの部屋のドアをノックする。
レーシアが開けた。
「あっ、ランディさん」
「レーシアちゃん、ルヴィアはいる?」
「お姉さまなら、上です」
人差し指を立てて天井を差すレーシア。ランディは意味が解らずポカンとする。
「えっ、上?」
「屋根にいます」
エレンティア家の屋根でルヴィアは夜空を眺める。
無数に煌めく星々は、まるで散りばめた宝石のよう。
こんなふうに夜空を眺めるのは久しぶりだ。
そういえば、旅に出た夜も眺めたっけ。
あの日の夜空も、こんなだった。なんだか少し懐かしい。
「ルヴィアー、いるんだろー」
下から呼ぶランディの声に気づきルヴィアは精霊術『レビテイト』で窓の所まで舞い降りた。
「あらランディ、呼んだ?」
「ルヴィア、話がしたいんだ。いいかな?」
「話? それなら上で聞くわ」
ルヴィアはランディを屋根に連れて行き並んで座った。
「何してたんだ? こんな所で」
「おかーさま見てたの」
夜空を仰ぐルヴィア。
「えっ、お母様って、マリアンヌ様のことだろ?」
「そーよ。こーやってあの星空を見つめてると、ソコにおかーさまがいるよーな気がしてくんの……。あたしおかーさまに会ったのよ。おかーさまシンパイしてたわ。キングダムのコトや、あたしとランディのコトも……」
そう言いルヴィアはランディを見つめた。
ランディはドキッとして顔を赤らめる。
鼓動がドキン、ドキンと高鳴り始めた。
「ルヴィア……。本当にルヴィアが助かってよかったよ。あのことはショックだったけど、ルヴィアが無事にここにいてくれてるだけで僕は充分だ」
「? あのコトってなによ」
「えっ?」
「あのコトってなにっ!?」
「えッ! あッ!」
脂汗をかきランディがうろたえる。
「その……。ル、ルヴィアが死にそうだったことだよっ」
「ふーん」
なんとかごまかせてランディはホッと胸を撫で下ろした。
そしてルヴィアを見つめる。
「マリアンヌ様は僕達のことを心配してくれてるのか。だったら僕達はちゃんと愛しあってるってことを見せてあげようか」
ランディがルヴィアの肩を抱き寄せた。ルヴィアの額に青筋がピキッと立つ。
☆★ 殴 ★☆
頭にタンコブができたランディはうつ伏せで倒れていた。
「このバカッ!! すぐチョーシのってッ!!」
憤慨するルヴィア。
ランディは頭を片手でさすりながら起き上がる。
「イッテェー。危ないじゃないかッ! 落ちたらどうするんだよッ!」
「おーいプリンセスー」
下からドミニオの声が聞こえた。
月星の輝く夜空は神秘的な女神像によく似合う。白い満月は真上にあり、その月明かりを浴びて青白く浮かぶ女神像は、より一層神秘的さを増して見る者の目を吸い寄せる。
そんな女神像の前でティナは両手を握り合わせて目を閉じていた。
「ティナ」
声をかけられ振り返ると、そこにルヴィア、レーシア、ランディ、ドミニオが居た。
「あ、皆さん。お兄ちゃん」
「なにしてんの?」
ルヴィアが尋ねるとティナは女神像に向き直る。
「女神様にお礼してたんです」
「お礼?」
「はい。ルヴィアお姉様が大ケガをして、ドクターと向かう前にティナ、女神様に助けてくださいってお願いしたんです」
「……そーだったの」
ティナはルヴィアに振り返り微笑む。
「本当にルヴィアお姉様がご無事でよかった」
「ティナ……。ありがと」
その時ティナの背後から空に打ち上がる物があった。それは夜空に大きな花を咲かせた。
皆、一斉に空を見上げる。
次々と夜空に大輪の花が咲く。その華やかさは目に染みる程美しく、皆の目に色鮮やかに映った。
ルヴィアは花火を見上げているドミニオに顔を向ける。
そっと近づき手を引いた。
突然の事に驚いたドミニオは声を上げそうになったが、手を引いたのがルヴィアと解り声を抑えた。
ランディ、レーシア、ティナは花火に夢中で気づいていない。
建物と建物の間の狭い路地。
辺りは暗闇だが打ち上がる花火の光でルヴィアとドミニオは姿が確認できる。
「プリンセス、どーしたんだ?」
「ドム、あたしあなたにちゃんとお礼言いたくて」
「礼?」
「ホントにありがと。あたしのコト助けてくれて。あたし見てたのよ」
「えっ?」
「あたしを助けてくれてるトコ。ドム、ケガしてたのに」
「そんなの当たり前じゃねーか。ホントに助かってよかった」
「ドム……」
時折見えるお互いの表情。暗闇でも、お互いから視線は外さない。
ドミニオは真顔でルヴィアを見つめる。
ミステリアスなシルバーの瞳も自分を見つめている。思えば初めて逢った時から、当然のようにこの瞳に惹かれた。
……今、ずっと聞きたかった答えを聞こう。そうしなければいけない気がする。今なら、何を聞かされても平気だ。
「プリンセス」
「ん?」
2人の頭上で大きな花が咲く。
ドミニオの顔がハッキリ見えた。真剣な眼差しをしたドミニオが。その瞬間、唇が動いた。
「好きだ」
愛しい女性の肌のぬくもり。柔らかな髪の感触。脳をジンとさせる甘くて良い香り。
気づいたら、腕の中で抱きしめていた。
そして再び頭上で花開いた時、浮かび上がったのは、顔を寄せ合う2人のシルエット。
雲1つない空の青は目に痛いくらいまぶしい。
白を基調としたアイルーン・キャッスルは澄んだ青空に良く映える。
暖かな太陽の日差しを肌で感じ、懐かしい景色を眺めて、懐かしい空気を胸いっぱいに吸い込む。
1人の兵士が逸る気持ちを抑えて城内を足早に進む。
重厚な扉から続く真紅絨毯を通り兵士がマックスにひざまずく。
「失礼いたします、キング」
「どうした」
「プリンセス方がご帰国いたしました」
「何!?」
「まもなく、こちらにいらっしゃると存じます」
「……わかった。下がれ」
「はっ」
兵士が下がるとマックスは穏やかに微笑む。
「そうか。ルヴィア達が帰ってきたか」
再び重厚な扉が開く。
「おとーさまーっ!!」
美しく明るい声が響きルヴィアが姿を見せた。
「ルヴィア!」
マックスが玉座から立ち上がる。
「ただいまおとーさまっ!」
「ルヴィア、よく帰ってきた」
駆け寄ってきたルヴィアをマックスが抱きしめる。
レーシアとランディもゆっくりやってきた。
「お父さま、ただいま帰りました」
「おじ様、ただいま帰りました」
マックスは2人に顔を向ける。
「レーシア、ランディ君。よく無事に帰ってきてくれた」
「はい、ご心配をおかけしました」
ドレス姿のルヴィアは薔薇のブーケを手にして地下へ向かう。
棺の中で薔薇の花に包まれた美しいマリアンヌ。
「おかーさま、ただいま」
ルヴィアを宙から見下ろしている女性の影。優しく微笑む。
「ルヴィア姉ちゃんっ!! レーシア姉ちゃんっ!!」
ルヴィア達の帰国を聞き、駆けつけたリッド。
「お帰りーっ!!」
笑顔でルヴィアに飛び付き、それを見たランディの額に青筋が立つ。
ケンカになるランディとリッド。
そんな2人に冷や汗を垂らすルヴィアとレーシア。
――あれから数日。
レーシアはゆっくり読書にふける日々。
懲りないランディは相変わらずルヴィアにブッ飛ばされている。
そして、ドレス姿で廊下を走り回るおてんばプリンセス、ルヴィア。
バルコニーでルヴィアは空を仰ぐ。
冒険の旅に出る前と変わらない清々《すがすが》しく晴れ渡る青空。心地良い風。キャッスルタウンの風景。
でも、あの時とは違うものがある。それは胸の中に。
あの時は、ただ旅に出たくて、外の自由な世界を知りたくて仕方なかった。
今は不思議な程に穏やかな気持ちだ。
あたしは、この旅をとおして知った。
たくさんの人との出会いと別れで、
何かを護るために戦うこと。
そして、
あたしも皆に護られていたんだということを。
これからも、永遠にずっと、忘れない――。
【FIN】
最後までお読みくださり、ありがとうございました!
ぜひあとがきもご覧くださいませ♪