TALE39:プリンセス(♂) ランディ(♀)
「ホントとんでもないヤツだったわッ!!」
「ああッ! さすがあのプリンスと双子だけあるなッ!」
エレベーターで下りながら怒り奮闘で言うのはルヴィアとランディだ。
ルヴィアに目を向けたランディは首筋に幾つか散っている小さな痣のようなものに気づく。
「……ルヴィア、それアイツにつけられたのか」
酷くショックを受けて体が震える。
「えっ?」
「ちくしょうッ! ルヴィアにキスマークをつけていいのは僕だけなのにッ!」
悔し涙を流してエレベーターの壁を叩いた。
「アイツとはミスイよッ!」
ルヴィアがそう言うとランディは泣きやむ。
「本当かっ?」
「ええ」
「そうか。よかった……」
ホッとするランディだった。
「ねぇお姉さま、どうするの?」
「なにが?」
「船に乗る方法よ」
「えっ」
レーシアに尋ねられルヴィアは考え込む。
「うーん……。なんとかなんじゃない? そーだわっ! 『レビテイト』で空から行くとかっ!」
「ダメよ! 見つかったら大変じゃない!」
「じゃーどーすんのよ」
「やっぱり、チケットをもらったほうがいいんじゃないかしら」
それを聞いたルヴィアはレーシアに食ってかかる。
「チョット!! それってニキッドにもらうってコトッ!!?」
「そうよ。それが1番安全にシティを出る方法でしょう?」
「じゃあレーシアちゃんはルヴィアにアイツのものになれっていうのかッ!?」
「そうじゃないですけど……」
「ジョーダンじゃないわよッ! ニック王子の時とおなじパターンだわッ!」
「チケットは欲しいけど、なんとか別のルートで手に入れることは無理かな……」
「そうですね……」
考え込むランディとレーシア。
「チケットなんかいらないわよ。キョーコートッパで乗りこむわッ」
拳を突き出すルヴィアにレーシアは驚く。
「そんな!」
「とにかくココから1番近いミナトに行くわよ。レーシア、ドコだかわかる?」
高層マンションを出てルヴィアが言った。
「え、ええ」
ガイドブックを取り出したレーシアはオズフェウス・シティのマップを開いて指差す。
「私達のいる所は今ここだから……この港が近いわね」
といっても結構な距離がありそうだ。
「そぉ」
「でもルヴィア、近いったってけっこう遠いぞ? そこまでどうやって行く気だ?」
ランディが尋ねるとルヴィアは考え込む。
「そーねェ……。やっぱあのエアカーってのに乗ればてっとりばやいんでしょーけど、バレたらメンドーだし……」
するとレーシアはひらめいて口を開く。
「性別を替えてしまったらどうかしら」
「はッ!?」
何を言いだすのかとルヴィアとランディが目を丸くした。
「妖精術書に性転換の術があったのよ。それを試せば私達だって気づかれる可能性も減るんじゃないかしら」
「ナルホドっ! いーわねやりましょっ!」
周囲を見回すと近くに林が見える。幸いにも人通りがなく、ルヴィア達はなんとかシティの連中に見つからずに人気のない林に移動できた。
木々のない開けた地面にレーシアは木の棒で大きな魔法陣を描く。
「これでいいわ」
妖精術書に目を通す。
「それじゃ始めますから魔法陣に立ってください」
レーシアがそう言うとルヴィア達は向かい合ってに三角に魔法陣に立った。
「目を閉じ精神を集中して」
ルヴィアとランディが目を閉じレーシアは美しい旋律の不思議な言葉を詠唱する。
魔法陣が光り輝き光が立ち上る。
中央に小さな人影が現れた。もうおなじみのピクシーだ。
ルヴィアとランディは目を開ける。
「はっじめましてぇー☆ あたしはぁ、キューティーピクシーのぉ、スズちゃんでぇーす☆ ヨロシクぅ☆」
スズが可愛くウィンクした。
そしてレーシアを見る。
「召喚してくれたのはぁ、あなたねぇ? どうもありがとぉ☆」
「私達3人をお願いしたいんですけどできますか?」
「オッケェー☆ それではぁ、あなた方のぉ、性別をぉ、12時間だけぇ、転換したいとぉ、思いますぅ☆ 心の準備はぁ、よろしいですかぁ?」
「ええ」
「はい」
ルヴィア達が目を閉じた。
「それではぁ、いきますよぉ☆」
スズの手に3つの光の輪が現れ、それぞれルヴィア達の頭上に投げる。
その輪はルヴィア達の肩幅より一回り大きくなり3人の頭から体を通すようにゆっくり下りていく。
ルヴィアの髪はピンクのまま短髪になり服装が男物に変わった。体格が良くなって胸はなくなり背がグンと伸びる。
ランディはブロンドが肩まで伸び服装は女物のスカートに変わった。体つきも丸みを帯びて胸が大きくなり背が縮む。
レーシアもルヴィアと同じく短髪になり服装が男物に替わって背はランディより少し高くなった。
3人は目を開ける。
「どーなったの? キャーッ!! 声が男ッ!!」
男になったルヴィアが声に驚きうろたえた。
ランディは下を向き自分の体をジックリ見ていた。
「女だ……」
ルヴィアはどこからか手鏡を取り出して自分の顔を見る。
「きゃっ! ステキーっ」
ウットリした。
「あたしのちょータイプだわっ! イイ男ーっ」
「どれ?」
ランディがルヴィアの顔をジッと見つめた。
「おーっ! 確かに男になっても、ルヴィアの美しさは変わってないなぁ。素敵だよルヴィアっ」
「ホーホホホッ! トーゼンでしょ」
気を良くするルヴィア。
「なぁルヴィア、僕にも貸してくれよ」
ルヴィアから手鏡を取りランディは自分の顔を見る。
「おおっ! 僕もけっこう美人じゃないか。胸もルヴィアほどじゃないけど大きいし」
言いながら片手で胸を揉むランディをルヴィアは睨む。
「ドコさわってんのよッ!」
「だ、だけどさ、なんか初めてって感じじゃないよな。ルヴィアと僕、入れ替わったことあるし」
「そーね。ヤなコト思い出させてくれてありがとッ」
ルヴィアがジロッと睨むとランディはビビる。
繁華街に響くのは女の黄色い悲鳴。ちょっとした騒ぎになっている。
その声に男共はなんだと振り向く。
そしてそちらからやってくる信じられない程美しい3人に目を奪われた。
2人は男だが、今まで見た事もない美貌で思わず見とれてしまう。
ブロンドの女も美しいが目が吸い寄せられるのはピンクの髪の2人の男。見とれてしまって自分にその気はないと言い聞かせる。
「お姉さま、言葉遣いには気をつけてね」
レーシアが忠告するとルヴィアは振り向く。
「えっ?」
「普段どおりに話さないように気をつけて」
「あんたこそ、おにーさまとゆーのよ」
「あ、あのすいませーん。写真撮ってもいいですか?」
カメラを手にした顔を赤らめた2人の少女がルヴィアに声をかけた。
「えッ!? シャシンッ!?……まーいーけど」
ルヴィアがそう言うと2人は喜びカメラをルヴィアに向ける。
「チョット待って。これでいーかな?」
前髪を掻き上げたルヴィアが流し目を送った。
周囲の少女は見惚れて目をハートにして黄色い悲鳴を上げる。
その黄色い声は自分に対してのもので、聞いている内に段々気持ち良くなってきた。女のコにモテるのも悪くない、とルヴィアは得意顔になる。
その様子をランディとレーシアは冷や汗を垂らして見ていた。
少女はルヴィアを撮影する。
「あ、あの今度は一緒にいいですか?」
「えッ!?……しかたないね」
ルヴィアは2人と順番に写真を撮った。
そんな事をしている内にルヴィアの周囲には女の人だかりができていた。
「……やばいんじゃないか……」
冷や汗を垂らしっぱなしのランディが呟いた。
「次! 私とお願いします!」
「エエッ!?」
別の少女に頼まれルヴィアが冷や汗を垂らした。
「あた、あ、おれ今おなかすいてんだ。またこんどねっ」
そう言いルヴィアは逃げるように走りだす。
「あっ!! ちょっと待てよっ!!」
ランディとレーシアが追いかけた。
歩きながらルヴィアはため息をつく。
「いくらなんでもあんなに相手できないわよ」
「ルヴィアは男になってもカッコいいから、さすがモテるな」
感心するランディにルヴィアは気を良くして胸を張る。
「フッ! トーゼンよ」
一方レーシアは何かを発見して声を上げる。
「あッ! あれを見て!」
「ん?」
ルヴィアとランディがレーシアの指差すほうを見ると信じられない物があり愕然とする。
「ああーッ!!」
壁にルヴィア達の写真が貼ってあるのだ。
近くに行きよく見てみると、それは指名手配書だ。
「なッ! ナニコレェーッ!!」
「指名手配書だわ」
「酷いな」
「……信っじらんない。こんなコトするなんて」
怒りの込み上がったルヴィアが拳をワナワナと震わせた。
「ルヴィア、本当に僕がやるのかよ」
困り顔で言うランディ。
「そーよ」
「だ、だけど……」
「ウルサイわね、つべこべ言わずにやんなさいよッ! エアカーひとつ止めるくらいなんだってのッ!?」
「うッ……。わかったよ」
シブシブ承諾するとランディは道路の脇まで行った。
ルヴィアとレーシアは離れて見ている。
ランディがエアカーに向かって手を振ると1台のエアカーが停まった。
窓が開き乗っていたサングラスの男がランディに声をかける。
「ブロンド美人の彼女、どこまで行きたい?」
ランディの顔がひきつる。
「ランディっ! つかまえたのっ!?」
そこへルヴィアとレーシアが駆け寄った。
「ランディ?」
男が反応した。
「なーんだ君、男連れだったの?」
残念そうに言う男にルヴィアも反応する。
「エッ!!?……ふたりともっ!!」
血相を変えたルヴィアがランディとレーシアを促して走りだす。
「あれ、ちょっと」
男が声をかけたがルヴィア達は走り去った。
サングラスを外す男。ニキッドだった。
ルヴィア達は若い女の運転するエアカーを捕まえて乗せてもらう事ができた。
「サンキュー、ちょー助かるー」
助手席のルヴィアが笑顔で言う。
「いいのよ別に」
頬を赤らめた女がルヴィアをチラっと見た。
「それにしても、さっきはビックリしたよな」
後部座席のランディが言うとルヴィアは振り向く。
「ホントホント、まさかアイツとはねー」
そんなルヴィア達の乗っているエアカーの後を真っ赤なエアカーが尾行していた。
夕暮れ。
無事に港の近くまで来る事ができたルヴィア達は一安心してホテルでくつろいでいるところだった。
なのに。
ドアをノックする音が聞こえた。
「ダレよ、ランディ開けて」
「うん」
ルヴィアに言われランディはドアを開けると目を見開きビックリ仰天する。
「わッ!!」
「やあ」
なんとそこにニキッドが居た。
「俺、君のこと超気になってさぁ、つけてきちゃったんだ。俺の部屋で話でもしない?」
笑顔で言うニキッドにランディは青ざめた顔で思う。
……コイツ、僕のことが好きなのか?
「ダレなの?」
やってきたルヴィアもニキッドを見て驚く。
「ちょッ! ちょっとアンタッ!! なんでココにいんのよッ!!」
「えッ!?」
ニキッドが冷や汗を垂らす。
「……君、オカマ?」
「はッ!?」
それを聞いたルヴィアが目を丸くした。
そして今自分が男である事に気づく。
「ちがうッ!! とにかくアンタッ!! おれ達に近づくんじゃねーよッ!!」
そんなルヴィアをランディは顔を赤らめて見つめた。
ルヴィアがカッコいい。
「この男、君の彼氏?」
ニキッドがランディに尋ねた。
「あ、彼氏っていうかフィアンセ」
顔を赤らめて嬉しそうに言うランディにニキッドはビックリする。
「エッ! フィアンセッ!?」
ホテルのレストランでいつものごとくもの凄い勢いで料理をたいらげるルヴィアは男になったらなんだか余計にパワフルだ。
その様子を同じく夕食をとっているニキッドが離れた席から見ていた。
ルヴィアとよく似た食べ方の男が気になる。髪もピンクだし珍しい。顔もなんとなく似ている気がする。でも男だし……。
ジッと観察するニキッド。
そういえば、あの彼女の事をランディと呼んでいた。まさか。
脳裏にランディが浮かぶ。
という事はもう1人の男はレーシアか? そんな馬鹿なと思ったが、似ている。
……2人は魔法王国のプリンセスだ。魔法を使えば性別を替える事くらいできるのだろう。
いとも簡単に見破った。なかなか勘が鋭いようだ。
幸運にも誰も居ないホテルの大浴場はルヴィアにとって天国だった。
オズフェウス・キングダムに来てから色々あり過ぎて、入浴中の一時は本当に安らぐ。
キングもそうだったが、あの双子にはほとほと困らされた。
でも明日になれば。港に向かってなんとかして船に乗って脱出するだけだ。
そう思えば気が楽になり自然と鼻歌なんか歌っちゃったりして。
すっかりリラックスしていた。
なのに。
ドアが開いた。
不幸にもニキッドが入ってきた。
「ゲッ!!」
ルヴィアが目を見開いた。
「やあ君、また会ったな」
すぐルヴィアは目線をそらす。もう奴の事は見たくもない。しかも裸だ。
「そ、そーだね……。おれ、もーあがるから」
「えーなんでー? まだいいじゃん。もう少しゆっくりしとけば?」
ニキッドがそう言うとルヴィアはイヤーな顔をする。
「いーよべつにッ!!」
浴槽から上がりドアに向かおうとしたルヴィアの腕をニキッドは掴む。
「ちょっと待ってよ。少し話でもしない?」
「ヤダッ!!」
ルヴィアがニキッドの手を振り払った。
だがニキッドはルヴィアの背後から抱きしめる。
「キャアッ!!」
ゾッとしたルヴィアがつい女の悲鳴を上げてしまった。
「君、綺麗な肌してるねー」
ニキッドがルヴィアのうなじにキスをした。
「ヒィッ!! ナニすんのよッ!!」
取り乱した為すっかり女口調のルヴィア。
「君、やっぱオカマ?」
「ちッ! ちがうッ!! 離せよッ!!」
エルボーをニキッドに繰り出し急いで大浴場を出るルヴィアだった。
ルヴィア達の部屋。
「何ィッ!!? アイツに手を出されたァッ!!?」
驚きの声を上げたのはランディだ。
「そーよッ!! アイツちょーヘンタイよッ!! キモイわッ!!」
「……バイセクシャルなのかアイツ……」
青ざめた顔のランディが呟いた。
するとドアをノックする音が聞こえた。
「……またアイツだぞ」
「ほっときなさいよ」
「いや、ガツンと言ってやる」
ランディはドアを開けた。
「やあ」
やはりニキッドが笑顔で居た。
「おまえ、僕達に関わらないでくれるかッ!!」
キッと睨みつけるランディ。
「……君、男っぽいんだね」
ニキッドがそう言うとランディはハッとする。
「君のフィアンセはいる?」
「なッ! なんの用よッ!!」
「仲よくなりたくてさぁ」
そこへルヴィアがやってきてニキッドを睨みつける。
「いーカゲンにしろよアンタ。ウザイんだよ」
「そんな睨むなよ。俺、君と友達になりたいんだ」
「おれはなりたくねーよッ!!」
「そんなこと言わずにさぁ、これあげるから」
そう言いニキッドは持っていたワインを差し出す。
「えっ」
それを見たルヴィアの瞳が輝いた。
やっぱりルヴィアだ。
笑いを堪えながらニキッドが思った。
ルヴィアはハッと我に返りニキッドを睨みつける。
「いらないよ」
「えッ!? 何、警戒してるの?」
「アンタなんか大ッキライだッ!!」
「そんなぁ、まだ会ってまもないのに嫌いなんて言わないでくれよ。じゃ、ここで話すならいいだろ?」
「アンタと話すコトなんかないッ!!」
「そうだッ!! 早くどこか行けッ!!」
ルヴィアとランディが睨みながら言い放った。
「……なんでそんなに俺のこと嫌うの? 俺が何かした?」
ニキッドがそう言うとルヴィアはムカッとする。
「ナニすっとぼけてんだよッ!!」
「……君、似てるなぁ」
「はッ!!?」
「俺の好きな女のコに」
「エッ!!」
唐突なニキッドの発言にルヴィアとランディがギクッとした。
「俺さ、好きな女のコにフラれたんだ」
「……そ、そーなんだ」
「超好きでアプローチしたのにさ、彼女は俺のこと眼中になくて」
「トーゼンでしょッ!!」
「えっ?」
白々しく見るニキッドにルヴィアはハッとする。
「お、おれ、そのコのキモチわかるな。だってアンタ、ちょーカッコワルイじゃない」
それを聞いたニキッドはガビーンとショックを受けた。
「……そう」
口元がヒクヒクしていた。
「で、俺が好きだった女のコってさ、キャッスルを破壊したルヴィア王女なんだ」
ニキッドがそう言うとルヴィアは更にギクギクッとして額から脂汗が溢れだす。
ランディとレーシアもハラハラと気が気じゃない様子だ。
「へ、へー会ったの」
「ああ、超美人だったぜ。ホントに君によく似てる」
ルヴィアの顔をジーっと見つめるニキッド。
「な、ナニ言ってんだッ! おれ男だろッ!」
「わかってるけど似てるなぁ」
「もーいーカゲンにしてよバカッ!!」
そう言い捨てルヴィアはドアをバンッと勢い良く閉めた。
「ニキッドさん……。私達のことに気づいているのかも……」
レーシアがそう言うとランディはうなずく。
「そうかもしれないな」
「だとしてもダイジョーブよ。もーココはミナトに近いわ。朝になったらすぐシュッパツするわよ」
そうして夜は更けていくのだった。
【TALE39:END】